あばたもえくぼ。





・・・・・その日、ヒートは朝から何がしかの嫌な予感、ろくでもない予兆がしていたのだ。




早々から起き掛け、靴の紐が切れた。(たまたま紐のついた靴を履いていたので)
次に昼間、珍しくも雨が小降りになっていたので外に出てみたら、唐突にカラス・・・・否、バイブ・カハに襲われた。(勿論殺して喰った)
夕方になると、シエロの飼っている黒猫が通路からいきなり出てきて目の前を横切った。(少し驚いた)




・・・・・・それだけでも何やら不吉めいていたのに。
























夜。
「・・・・コーヒーを煎れた。 少し余ったが、飲むか?」
「・・・・あ?」
いつもと同じ、変わらないアジトの一室(半ば談話室と化している) で、明日探索予定箇所の地図を眺めていたところ、
部屋の隅で、何やらガチャガチャとカップやら皿やらの音を響かせていたゲイルが珍しくも必要事項以外の件で自分に話しかけてきた上、
横から煎れたばかりの温かな湯気の立つコーヒーカップまで差し出されて、ヒートは少しだけ驚いた。
「何で俺に」
「余ったからだと今言っただろう。不要なら捨てるが」
「待て、貰う。 ちょうど喉も乾いてたところだ」
言って、くるりと背を向けようとするゲイルを急いで止め、
「俺はブラックだぞ」
「ああ」

皿ごとカップを受け取って口を付ける。
確かに言われるまでもなく、ブラックだ。
それも随分と濃い。 苦い。
どうやって抽出したのか、これはインスタントでは出せない味と濃さだ。 
変なところでやたらと拘って几帳面なゲイルのこと、たぶん豆からきちんと挽いたのだろうが。
それでも先刻自分でも言った通り、程々良い具合に喉の乾きも覚えていたこともあり、
湯気は出てはいるもののそう熱くないコーヒーを一気に飲み干したあと、
ヒートは先ほどから気になっていた一件をゲイルに問い掛けた。
「妙に静かだな・・・・。 残りの奴等はどうした?」
そう、いつも暇さえあればこの場所もしくは作戦室にたむろしている残りの3人の姿が見えない。
特にシエロあたりは、ゲイルがここにいるのだから強制的に同じ場所にいるのだと思っていたのだが。
問われた参謀は、事も無さげにヒートの手から空になったカップを奪い取り、
やっと片付いたとばかり備え付けのシンク台にトレイごと置きおいた後、おもむろに説明口調で。
「シエロはもう眠った。昨夜夜更かしが過ぎたのでな。 アルジラは風呂に入っている。女の風呂は長い。あと一時間は出て来ないだろう。 サーフは自室に居るはずだ」
「なるほどな」




言われてみれば、そうそう特に気にするようなことでもないのだ。
生きているのだから眠くなれば眠ることも当たり前で、風呂にだって入れる日は毎日入る。
そして一応、トライブ上層には個室まで与えられているのだから自分の部屋にいたって何一つ不思議じゃない。
むしろ自室にいる方が当たり前、でもあるのが普通なはずなのに。
ただ、普段から何をするにも否応なしに5人で行動しているため、半分以上が不在だと逆に不自然に思えてきてしまう。
そんなふうに思うようになった自分は、
どこか馴れ合いに順じてしまっているような気もしないでもないのだが、それはそれで別にそう悪い気はしない。
・・・・・・何故かと問われるとよくわからないのだけれど。




そんなことをつらつらと考えているうちに、ずっと細かい地図を見ていたせいか、何故だか眠くなってきた。
つい今さっき、カフェインを摂取したばかりなのに何故だろう。
「ゲイル、」
「何だ」
言いながらも込み上げてくる欠伸は止まらなくて、卓上の地図を手荒くまとめて参謀様に押し付ける。
「シエロじゃねぇけど、なんか急に眠くなってきちまった。 後は任せた」
たぶん最後の方は、欠伸にかき消されて言葉にもなっていなかったような気もするが、
空腹と同じくらい眠気には勝てないのが世の常でもあって。




「俺も寝る」
「・・・・ああ」




マントを揺らして立ち上がり、眠さゆえにふらふらと部屋から出ていくヒートをゲイルは僅かだが複雑、
そしてどこか気の毒そうな表情で見送ったあと、ふう、と小さく溜め息をついた。

























コンコン、とノックの音が何処かから聞こえる。
「・・・・うるせぇな」
最初は夢かと思っていたのだけれど、またもやコンコン。
どうやら夢ではなく、現実に実際に部屋のドアを叩いている誰かがいるらしい。
「うるせぇ」
そのノックに目を覚まされ起こされた形になり、ベッドの中、ヒートは寝返りをうつ。
何故だが微妙に身体がだるくて熱いのは、眠さに負けてプロテクトを付けたまま眠ってしまったせいか。
おまけに今気づけば部屋の明かりも付けたままだ。
僅かに首を傾けて時計に目をやれば、まだやっと日付を越えたところ、あれからせいぜい二時間程度しか経っていない。
それでも身体を起こす気には到底ならなく、ドアの外の訪問者は無視しようと決め込んだところで、
突然、外側からカチャリとドアを開けられる音がした。
「誰だ・・・・!」
「あ、俺」
咄嗟に身を起こしたところ、開けられたドアからひょい、と覗いた頬のウォータークラウン。
「・・・・てめぇか・・・・」
とりあえず入って来たのが敵ではない、ということに小さく息をつきながらも、
そうなると今度はサーフの突然の訪問目的が気になる。
「何の用だ? くだらねえ用だったら追い出してやるから早く言え」
「まあ、別にくだらなくはない・・・・と思う」
「あぁ?」
眉を顰めるヒートに構わず、サーフはつかつかと歩み寄ってきて、
「ヒート」
止める間もなくベッドの上に腰掛けた。




か、と思ったら。




「!?」




どさ。
がさ。
ごそ。




「!!?」




アートマ化もしていない人間態のままだというのに、信じられないほどとんでもなく素早い動きでサーフはベッドの上に乗ってきて、
気づけば寝転んでいたままのヒートの上、マウントポジション。
反応が遅れ、むざむざそんな体勢になるまでをつい許してしまったのは勿論、何よりも驚いたからだ。
「な・・・・!」
驚いて、未だ意図の読めない行動に柄にもなく、目を見開いて次の言葉を捜すのだけれど、
それよりも自分の上、普段の無表情面とは対象的に小さく笑ったサーフが口を開く方が早かった。




「ヤろう」
「・・・・・・・・!!?」




言って、あまりのことに次の言葉が出て来ないヒートに構わず、がさごそと手際よく自らのプロテクトをジョイントから外して脱いでいく。
そして今度は自分の方にも手が伸びてきた時点でやっと、
「ふ・・・・ふざけんじゃねえ!」
やっと言葉が口から出てきた。 思考が動き出した。
「ヤる!!? 何をだよ!!?」
「エッチ」
「ああ!? てめぇ戦闘で殴られすぎて頭おかしくなっちまったんじゃねぇのか!!?」
「俺物理デストロイア付いてるし殴られてなんてないけど?」
「うるせぇ! それなら混乱してんだよ! 今すぐありったけパナシーア飲み込んで来い!!」
「混乱も何もしてない。 至って正気で本気」
「〜〜〜〜余計タチが悪ぃだろうが!!」
思考は動く。
ただ、
ただ、先ほどから身体を、腕を脚を動かそうと、自分の真上に乗っているバカを跳ね退けようとしているのに、何故だか身体に力が入らない。
と言うか正直、目を覚ましたときからどこか痺れたような感覚が全身にあって、力が入らないどころか動かない。
頭はすっきりしているというのに。
「じょ・・・・冗談じゃねえぞ・・・・」
なんなんだ一体、
一体何がどこでどうなって、今こんな状態で状況に自分は陥ったんだ、
大体なんでサーフが俺に、
なんで俺がサーフに、と動いた思考が本格的に混乱し始める。
一方サーフはあくまで余裕。
「心配いらないって、やり方とかちゃんと勉強してきたから」
マントに手をかけてきた。
「て・・・・めぇ・・・・ッ!」
これ以上ないほどに全力でぎりっと睨みつけても効果無し、あっという間にバサリ、とマントが剥ぎ取られ、落とされてしまう。
「・・・・ッ!」
歯噛みしたって、身体は全く動いてくれない。
何故だ、何故動けないんだ。
近頃どこか身体の具合が悪い、とか調子が悪い、とかそんな覚えは全くなくて、だから余計混乱する。
本日食べたものは全て周囲と同じものだし、喰った悪魔だって普通に喰えたものばかりだ。
如いて言うなら、寝る前にゲイルの煎れたコーヒーを一杯飲んだだけで、




「・・・・!」




・・・・コーヒー。
それも、ゲイルが煎れた。




「まさか・・・・」




脳裏をよぎった嫌な予感。
あの時ゲイルは、『余ったからだ』 と言っていた。
だが、よくよく思い出してみれば自分に渡してきたカップ以外、他にどこにもコーヒーなんて見当たらなかった。
味も妙に苦みが多かった。
飲んでいる最中は、豆から挽いたのだろうと大して気にも留めなかったが、
そうだ、あそこの何処にも豆はおろか、ドリップミルも何もかもなかった。




「まさかてめえ・・・・、」
嫌な予感が倍増する。
「ゲイルと組んであのコーヒーに・・・・!」




何か入れやがったなこの野郎、と歯軋りすると。
「ああ、なんだ今頃気づいたのか」
「・・・・・・!!」
とっくに気づいてたかと思った、とさらりと流され、思わずそのキレイなカオを思いきり張り倒してやりたくなった。
が、哀しいかな腕も何も力が入らない。
そして、叶うことならアートマ化してでもこの状態を脱したいと先ほどから努力しているのに、
「? 人型キーパ付けてただろ?」
「!」
自分でも失念していた点で先手を取られ、そうすることも不可能で、
「俺としては別にヴァルナとアグニでやってもいいけど・・・・。 なんかそれだといかにも【交尾】って感じがしてアレだろ? 怪獣みたいで」
おまけに洒落にもならないほどある意味おぞましい科白を飄々と口にされてしまう。
それも思いきり腹ただしくて、
「なんでゲイルがてめぇの言うこと聞くんだよ!」
代わりにそう怒鳴ってみるのだが、
「だって俺ボスだもん。 ボスの言うこと聞いてくれって頼んだら溜息混じりでOKだったし。 大体、こういう役得がなかったらボスなんかやってられない」
「・・・・・・・・、っ」
「ボスの仕事って結構面倒くさいんだ、これでも」
更にとんでもない返答で逆に言葉を失う始末。
そしてそんな間にもサーフの手は止まるところを知らずに、パチンパチンとスーツのジョイントを外し、
気づけば自分も相手も上下共、黒いアンダーだけになっている。
やばい。
これは冗談抜きで、やばい。
「ヒート」
何やら意味深な呼び声と同時に顔が近づいてきて、背筋を嫌な何かが伝う。
「待・・・・待て! ちょっと待て、ヤりてぇならよっぽど女がいるだろうが! アルジラに頼め!」
言いながら自分でも、切羽詰まって出てきた言葉にしては真っ当で、正論だと思う。
だけれども、
「アルジラは生理中。 だから今日も少しイライラしてただろ? わからなかった?」
普通じゃない返答に、ぐっと詰まってしまう。
それでも、それでもここで言い負かされるわけには行かなくて、
「んたことわかるか! なら他にも女は沢山いるだろ! アルジラだけじゃねえ!」
そう懸命に叫んだら。
「そりゃそうだけど・・・・。 女の子だと色々面倒だろ」
「・・・・!」
有り得ない。
こんなヤツがボスだなんて、ボスの本質がこんなヤツだったなんて、
前々から変なヤツだとは思っていたけれど、思ってはいたけれど・・・・・・!
「ならゲイルに、あの参謀サマに頼めばいいじゃねぇか!!? ボスの言うことなら何でも聞いてくれるんだろうがよ!?」
「・・・・ゲイルにそんなこと頼んだら、なんとなく祟られそうでさ」
「じゃあシエロだ!」
「シエロに手を出したら呪いをかける、ってゲイルが前言ってたの知らないのか?」
「知らねぇよ・・・・!」
サーフは俺、呪われるのイヤだし、それに第一さ、と言ったあと、
事も無げに。




「それに、」
「あぁ!?」




「それに俺が好きなのはヒートだけだし」
――――――――、・・・・・!




あまりにあまり、唐突すぎる告白(・・・・・・) に、思わず呆気に取られて隙を見せてしまった一瞬。




「ン・・・・っ・・・!」




一瞬、喰われるかと本気で戦慄したほど激しいキスを奪われて、
噛み付いてやる間もなく。




「美味い♪」




心底嬉しそうに舌舐めずりしたサーフの頬、
ウォータークラウンが小さく笑った。


























以下、その後ご満悦で作戦室に戻ったサーフと、ヒート以外の三人の会話である。




「皆、まだ起きてたのか」
シエロとか絶対寝てると思ったのに、と意外そうなサーフに、すでに全てを悟っている表情で声をかけたのはアルジラの姉御だ。
「・・・・・・。 ヒートは?」
「身動き一つしないで寝てる。 起こしても起きないからそのままにしてきた」
あっけらかんと答えるサーフに、
「それって気絶・・・・してるんじゃないの・・・・」
予測だがほぼ事実をアルジラは言い当てたのだけれど。
「大丈夫、あいつ頑丈だから」
「・・・・・・・・」
そう言いきられてしまっては、どうしようもない。
気の毒にヒート、と心の中で呟いていると、突然。
「寝顔眺めて思った。 改めてヒートって、スリーピング・ビューティーだなって」
そう思うだろ? と賛同を求められ、「え、」 と思い切り詰まる姉御。
目的達成でご機嫌なサーフに対する必死の努力と心遣いを持って、「そそそそうね、そういうことにしとく」 と答えるのが精一杯で。
そんなアルジラと、部屋の奥の残り二名にボスはひらひら手を振りながら、
「じゃあもう遅いし俺も寝るから。 明日は8時半厳守でここ集合な。 それだけ一応言いに来た」
言って 「それじゃおやすみ」、とドアの向こうに姿を消した。




「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」




残された三人は三者三様、しばしの沈黙を守っていたのだが。




「・・・・恋は盲目、というやつか」
口火を切ったのは参謀、




「違うわよ、蓼食う虫も好き好き、ってやつよ」
参謀の言を(それなりに)女性らしく訂正したのは姉御、 ・・・・しかし。




「えー、あばたもえくぼ、ってやつじゃねー?」




ふあああ、と欠伸をしながら最後に呟いたシエロの一言に、
「それだな」
「それよ!」
ゲイルもアルジラも即、賛同あっさり即、納得。




しかし何にせよどちらにしろヒートに対しては 『南無三気の毒にご愁傷様』 で、
アバタだろうがエクボだろうが明日一日くらいは、いつもより少し彼に優しくしてやろうと思った三人だった。












これ、2の発売ちょっと前に書いたやつです。 ずっと出しそびれてた。
なので時間軸とか物凄く有り得ないことになってますが、そのあたりはさらりとスルーでお願いします。
ていうかヒートの口調がさっぱりわからない。 ボスは完璧捏造。