[ 何も起きないただの小話・3 ]






「あーーーー、タイクツ」




今日も今日とて、ヒマを持て余したはじめが転がり込んでいるのは明智宅である。
せっかくの週末、土曜の午前中だというのに美雪は女友達数人で連れ立って朝からお買い物三昧ツアー(※男子禁制とのことで) に出てしまったし、
草太は季節はずれの風邪をこじらせ寝込んでいるし、
こうなると今日は完全引きこもりデー、
未クリアのゲームやらまだ読み終えていない漫画やら目を通していないまま放置しておいた雑誌やら、
この際今日丸一日フルに使って片付けてしまおうと思っていたら、
「今日は家の大掃除! アンタ邪魔だからどこか出かけなさい」
と鶴の一声。 否、母の一声。
えええええ!!!! 俺べつにいたっていいじゃんかよ!!? と驚きつつ、はじめも反論してみたのだが、
「それなら手伝う? 廊下キッチン玄関トイレにお庭にお風呂に物置!」
「え゛、 ・・・・・それは・・・・ちょっと・・・・」
「なら出かけてきなさい。 手伝いもしないのに家に居られると邪魔以外の何者でもないのよ」
「ひでえ・・・・我が母親ながらひでえ・・・・」
「手伝うなら家にいてもいいけど? はい、バケツと雑巾」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・行ってきまーす」
という顛末に至る。
そして渋々、外に出たのは良いのだが。
不幸にも今日は小遣い日前、ひとりでどこかフラフラするにも資本金が到底足りそうになく、
つまりは財布の中身が最高レベルに心もとないという状態で状況で。
こうなったら最後の手段、
ダメ元で明智に連絡をとってみたところ、
こちらは幸い(?) にも在宅、
『片付けたい仕事がひとつありますが、居場所くらいなら提供できますよ?』
と、上がり込んでもOKの返事をもらって、
いそいそとはじめが転がり込んだのがおよそ二時間前。
午前中、早いうちに自宅を出て来たため、まだ正午にもなっていないとはいうものの、
前述の通り明智はずっと何やら机に向かっている。
訪問直後、
『とりあえずこれでも飲んで待っていなさい』
と出してもらったコーヒーも冷める前に飲み干し、
暇つぶし対策に自宅から持ってきた雑誌もとっくに読み終えてしまった。
「退屈・・・・」
ふああ、と欠伸混じりにぼそっと呟いてみても、
「もう少しで終わります。 おとなしくしていなさい」
と机の向こう側の明智からは定型文極まりない台詞が返ってくるだけで、
こうなってしまうと。
否が応にも、はじめのイタズラ心がツノを出す。
「構ってくれねーと、家捜しとか始めちまうけど」
などと口にしながら、
そろそろと立ち上がり、英文字やら小難しい日本語やらの羅列された背表紙がずらりと並ぶ、本棚の前に立って、
「こう・・・・こういったスキマに、一冊くらい・・・・」
ブツブツ言いつつ、お目当てのブツ(※いわゆる成人雑誌) を探し始めたところで、


「・・・・・・・・まったく。 何をしているんですか」


呆れたような溜め息と一緒に、すぐ後ろから明智の声が降ってきた。


「いやー、いかがわしい本の一冊や二冊、どっかに隠してあるんじゃねーかなってーーー」
やっと退屈から解放されて(直訳:ようやく構ってもらえて) へらり、と笑いながらはじめが振り向けば、
案の定、明智はこの上なく呆れた表情で口を開く。
「ありませんよ。 君と違ってね」
「即答・・・・。 なーんか、逆にアヤシイぜ? 絶対どっかありそう」
こうやって無理にはじめが吹っ掛けてみても、
「君がそう疑うなら、好きに捜してくれて結構。 そうしているうちに、時間も経つでしょうからね」
さらりと流されて、不発に終わってしまう。
ぐ、と口篭って意味もなく白旗を掲げたくなりつつも我慢して、
持参していた雑誌の中の数ページ、袋とじグラビアのところを開いて持ち上げて彼に突き付け、
「こーゆーの、明智サン興奮しねーの?」
えっちぃお姉ちゃんのアレなページを思いきり、見せてみた。
すると彼は眉をひそめるどころか、顔色ひとつ変えず眉一つ動かさず。
「そういったものに動じるほど若くはないので。 あしからず」
再びさらりさらりと流しに流されて、またもや不発。 それどころか、
「その程度で興奮できるとは、まだまだお子様ですね金田一くん」
イヤミ(?) 混じりに小さく笑われて、「なぬ!!?」 とお子様はお子様らしく、はじめが反駁しようとしかけたところ。
「ですが」
「は?」
「興奮しかけた君の相手をするくらいの甲斐性はあるつもりですよ?」
間髪入れず、のタイミングでこの上ない笑みと共にフォロー(?) が繰り出され、
「ぐ・・・・っ」
お子ちゃまは息をのむ。 口ごもる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
十数秒の沈黙のあと、
ちらりと上目遣いで明智を見やれば、
「もちろん、この仕事を終わらせてからですが」
余裕めいた笑みとカオ。
別に推理なんかしなくてもわかる。 なんだよ、明智サンだってやる気まんまんじゃん。
と、はじめが納得して了承して、




一時間後。




まだ終わらない。
しっかり朝食だけは詰め込んできたため、特に空腹ではないけれどいい加減待ちくたびれた。
本格的に飽きてきて、ごろりと転がったソファーの上、とうとうはじめはふて腐れ始める。
「なぁー、俺とそんな持ち帰り仕事、どっちが大事なんだよー?」
短慮にも程がありすぎる質問をほとんど嫌がらせ、あえてわかっていて投げかける。 と。
「模範的回答例でいいなら返してあげますよ。 【そんな言葉を言わせてしまって、申し訳ない】  これでいいですか金田一くん」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
黙るはじめに、明智は小さく咳払い。
そして。
「ちなみに、そんな台詞を口にする輩と職務とを天秤にかけるほど下らないことは無い、というのが私の持論です。 あしからず」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ゴメンナサイ」
ぐうの音も出ず、今度こそはじめは、白旗をあげた。
そうして、
もういっそこのソファーで爆睡しちまおうか、一回眠って起きれば明智サンの仕事も片付いてる頃じゃん?、と腹を決めかけたところ。
ふと、明智と目が合った。
「あ?」
何?、と訊くと。
「それにしても、今日は、君にしては悪くないセンスのコーディネートですね」
「?」
「普段はカジュアルなTシャツ一枚にハーフパンツ、といった格好の多い君が、今日は珍しくもどちらかといえば綺麗めの長袖シャツにボトムもきちんとしている。 イメージチェンジでも図るつもりですか?」
言われて、
つられて一瞬自分の服を見て、
「ああコレ?」
答えながらも、その後また一瞬だけ、躊躇した。
「・・・・・・・・コレ、アンタに言っても大丈夫かなーーーー」
こう零してしまっている時点で、というか明智に指摘された時点で、『黙っている』 という選択肢は無いも同然なのだけれど。
「何ですか」
重ねて怪訝なカオをされ、ここはまあ、正直に。 素直に。


「コレ、高遠セレクトなんだよなー」


「!!!?」


こんなに驚いた表情の明智をはじめが見たのはたぶん、今までどの事件のときにもなかったような気がする。


どういうことですか、と問い詰められる前に。 自ら自白。 いや、供述。
「先月、一人でショッピングモールふらふらしてたら、気付いたら横にあいつがいてさ」
「何故、 ・・・・・いや、続きを聞きましょう」
「『偶然ですね、金田一くん』 とかって。 いやー、俺もスゲーびっくりしたのなんのって」
「そんな偶然がある訳が・・・・、いえ、続きを」
「咄嗟に通報しようかとも思ったんだけど、あんなところでそんな騒ぎ起こしたら絶対周り巻き込んでパニックになっちまうだろ。 だから何にも出来なくて」
「それはそうするしかないでしょうね。 それで?」
「で、お前なんのつもりだよって聞いたら、『私だって日用品の買い物くらいしますからね』 とか言うワケ」
「・・・・・・・・・・・」
「んで、『私の買い物に付き合ってくれたら、ここ一ヶ月は犯罪には手を出しません。 約束しますよ』 って言ってきたからさあ」
「・・・・・・・・・・・」
「絶対だな、絶対約束は守れよって言って、二時間くらい一緒にいてやったら、最後に入った服屋でコレ一式あいつが買い込んだの渡されて」
「・・・・・・・・・・・」
「『私は自分の着るモノには大した執着はありませんが、君にはこういうのも悪くないと思います』  『サイズは合っているはずだ』 『今日、買い物に付き合ってくれたお礼とでも思ってください』 って」
「・・・・・・・・・・・」
「そうは言ったって、んなのサンキュー! て受け取れるワケがないから、いらねーよ! って、突っ返そうと思ったらもういなかった」
「・・・・・・・・・・・」
「いくら何でもその場で店に返品ってのもヘンな話だし、今更通報したってどうしようもねーし、仕方がないからそのまま貰って帰って今日、初めて着てみたんだけど」
「・・・・・・・・・・・」
「とりあえず高遠、約束は守ったみたいで先月から今月にかけては平穏だったから、まあいいかって」
と、ここまで順を追って全部話して、
気付けば無言になっていた明智に、今になってようやく、「え、もしかして明智サンにこの話ってヤバかったんじゃ、」 とはじめは気付いた。
が。




すでに遅かった。




「脱ぎなさい」 ←スッ、と立ち上がる明智




「へ・・・・っ?」 ←目が点になるはじめ




「脱ぎなさい(※繰り返し)」 ←真顔の明智。 眼鏡はずす。 ヤバイ明智。 本気の明智。




「だ、だってまだ仕事途中なんじゃ、何いきなりソノ気に・・・・」 ←はじめ、後ずさる




「良いでしょう。 高遠から私への宣戦布告と受け取りました」 ←何か言い出す明智




「って、ちょ・・・・! 俺、別になんにも・・・・!!」 ←不穏な気配に蒼褪めるはじめ




「自覚が無いというのもいい加減にしなさい金田一くん」 ←伸びてくる明智の手




「ギャーーーーーーーー!!!!」 ←首根っこ引き摺られて寝室に連れて行かれるはじめ


















勿論、ベッドの中でメチャクチャ叱られた。








そして今度は明智が新しい服一式、買ってくれた。














いつもながらイチャ! をさせたかったーーーー
それにしてもいつになったら明金で本番(プッ)が書けるようになるんだろう・・・・(笑)