[ 蒼い。]





ジェイドは考える。
根本的原因はルークとガイ、どちらにあるのだろうかと。












「おわッ!」
街中を進む最中、石畳の継ぎ目の僅か2センチの段差につまづくルーク。
何とか転倒は避けたものの、思い切りバランスを崩してよろけた途端、
「大丈夫か?」
ジェイドが見た限り、絶妙のタイミングで横から差し出されたガイの手。
疑問に思うこともないらしいルークは咄嗟に慌ててその手を借り、体勢を整えて。


「あ・・・っぶねー!」
「転ばなくて良かったな」
「サンキュ、助かった・・・・」
「これくらいなんでもないさ」


5日前の話である。












「熱っちィ!!」
入った酒場、注文し運ばれてきた飲み物に口を付けた直後、
余程過熱されていたのだろうか、舌の先をヤケドするルーク。
「あーあほら、見せてみろ」
するとすかさず隣に座っていたガイはルークに口を開くように言い、
『ベー』 をさせ舌先の具合を診てやって。


「少し赤くなってるけど、ま、大丈夫だろ。 これからは気をつけて飲めよ?」
「ん・・・。 そうする・・・」


言われてルークはフーフー冷ましながら一口、二口と飲む。
そしてそれからおもむろに顔を上げ、何を言うかと思えば。


「これも別にマズイって訳じゃないけどさ、やっぱコーヒーミルクはお前の作ったやつが一番うまいよなあ」
「そうだろ? あれはミルク嫌いのお前に何とか飲ませたくて苦労した、俺特製のレシピだからな」


飲みたかったらいつでも作るぞ、と笑いながら告げるガイ。
そんな二人を眺めつつ、ルークを真ん中に置いた反対側でジェイドは思う。
コーヒーミルクではなく、ルークが頼んだのはカフェオレというものではないのだろうかと。


4日前の話である。












「わッ!!?」
宿屋のロビー。
マガジンラックにたまたま置いてあった 『恐怖! 心霊スポット! 実話心霊物語!』 という雑誌を真剣に読み耽っていたルーク。
と、ちょうどその時何らかの理由で宿屋全体が停電に襲われ、
建物内の明かりを含めた電気が一瞬にしてフッと消えた。
それに合わせたかの如く、ルークが読み進めていた恐怖物語もピークに達していたようで、
(実際停電の真っ只中だったためジェイドにも気配でしか読み取れなかったのだが)
驚きのあまり手にしていたその雑誌を放り投げ出す音がした。
続いてガタン、ガタゴトドサリ! と続く音。
雑誌を放り出しただけではなく、もしかしたら椅子から落ちたのか。
それとも慌てて立ち上がろうとして机にでもぶつかったのか。
周囲は真っ暗で視界はきかず、椅子から落ちたにしろ何かにぶつかったにしろ、
どちらにしろ大した事態に陥るとも思えなかったが一応、
「大丈夫ですかルーク?」 と声をかけようとしたところ、パッと一斉に明かりがついた。
復旧したのか。 短い停電だった。
が、明るさが戻ってジェイドが目にしたものは、


「まったく・・・・。 あんな悲鳴上げられたら何事かと思うだろ」
「だだだだって! だってマジで! マジ怖かったんだってあの本! あの話・・・・!」


未だ落ち着かないルークの前に立つ、ガイの姿。


しかしジェイドが思うに、確か彼は停電の寸前まで椅子に腰掛け剣の手入れを行っていて、
しかもその位置はロビーの一番端、いたるところつまりルークが居た場所まで間に自分を挟んで最も対角線上にいたはずだ。
一体どれだけの速さで駆け付けたのか。
停電が起きたが早いか、ルークが声を上げた途端に一目散にすっ飛んで行ったのか。
珍しくも目を瞠るジェイドの前、


「そういえば子供の頃も、夜中は一人じゃトイレに行けなかったもんな。 ルーク」
「今は行けるっての! たださっきは不意打ちでビビっただけだって!」
「そうか。 じゃあルークのために、一応そういうことにしとくか」
「そういうこと、じゃなくそうなんだっつーの!」


二人は聞いているこちらの方がむず痒くなってくるような、じゃれ合いを重ねて行く。


3日前の話である。












「でッ!!」
同、宿屋。 今度は廊下、ルークは何やら考え事をしながら歩いていたらしく、
目から星が飛び、脳天ではヒヨコが列を成して回る勢いで曲がり角の支柱と激突。
思いきり額を打ち付ける。
「〜〜〜〜〜ッッ!」
たまらずしゃがみ込み、両手でデコを抑え悶絶するルークに、
正に風の如く走り寄ったのは言うまでもなく。


「平気か? 凄い音がしたぞ、血とか出てないか?」
「いてぇ・・・・」


おそるおそる額から手を離すルークの前髪をそっとかき上げ、
怪我の有無と程度とをガイは確認する。
ところでジェイドが知る限り、自分の5メートルほど前を歩いていたルークはともかく、
それまでガイの姿は欠片も視界になかったはずなのだが。
・・・・・果たして、ガイは何処から来たのか。 突き詰めると少しばかり頭痛がしそうだ。


昨日のことである。












「うわッ!!?」
同々、宿屋。(今回は男三人同室だった)
朝方、寝返りを打った勢いでものの見事にベッドから転げ落ちるルーク。


「おいおい、あんまり派手に落ちるとアザが出来ちまうっての。 ・・・・大丈夫か、痛くないか?」


そんな言葉と一緒にすでに床上、膝をつきルークの真横にガイは居て。
つい数秒前まで眠っていたはずだ。 一歩譲って熟睡はしていなくとも、自分のベッドの中にいたはずだ。
ここまで来ると最早ツッコミを入れる気分にさえならない。


それが、今朝のことである。



























ここ5日間だけで、それだ。
問題点とすべきところは有り過ぎるほど多々あるのだが、
まず筆頭にて上がるのは、
・ヒヨコ頭になった途端、ラブコメ体質を全開で発揮するにも程があるルーク
・それに対しその都度その都度、手助け&フォローに入るガイ
この二つ。
余計な世話だと自分でも重々承知しつつも流石に見兼ねたため、
タイミングが良いのか悪いのか、ナタリアを筆頭に女性陣がルークを巻き込み、
露天のアクセサリー選びに熱を上げている通りの反対側。
ジェイドはガイとその位置に取り残された形を繕い、



「甘やかすにも、限度があるのでは?」



静かに、話しかけた。



「?」



最初、ガイはその言葉の意味がわからなかったらしい。
だから続きを告げる。
「どれだけ世話を焼き続けば気が済むのですか」
名詞も主語も入れなかったが、ここでジェイドの質問の意味を汲み取ったのか、
「さあな」
ガイは、明るくけろりと。
その妙な快活さに、ほんの僅かの違和感を感じたような気がしたのは、さすがに穿ちすぎか。
「私が言うまでもなく、貴方だってとっくにわかっているでしょうに」
敢えてまた、対象である言葉を隠してみれば数秒、沈黙が生まれた。
が、ガイはすぐに沈黙を消し去る。 破る。
「・・・・まあな。 俺がいなくてもルークは一人で進める力は持ってるさ。 実際、証明してみせてもいるし」
「貴方が日々焼いている世話のベクトル方向と、ルークのそれとこれとは全然違いますがね」
大した感慨も持たず、軽く相槌で頷いてみせたところ、
「ジェイドは、そう思うか?」
意外にも疑問で返され、その疑問符の意味にジェイドは少しばかり興味を惹かれる。
「・・・・違いますか?」
珍しくも真正面から訊いてみれば、
ガイは高い高い青い空に目を向けて。
「実は、そこのところがよく俺もわからないでいるんだよなあ・・・・。 でも、見ていて普通に危なっかしいだろ、ルークは」
「ええ、日常生活のレベルでも少々、アホの子かもしれませんね」
当初私と会ったときとは段違い、雲泥の差で目を瞠るべきの良い子になってはいますがねと本人のいないところで少しだけ誉めておき、保護者兼責任者の様子を覗えば。
「だから、手の届くところにいるとついつい放っておけなくて、目も離せなくてさ」
「・・・・・・・・」
言い訳なのか理由付けなのか、その意味はジェイドにはわからず、
ただ黙っていれば彼はたぶん、
「それに、長い一生で大切な奴ひとりをとことん甘やかして可愛がるくらい、大してそう構うことじゃないさ」
ジェイドにはではなく、自分自身に改めて言い聞かせるように。
「それでは、ルークのためにはなりません」
自分にしては平凡過ぎる科白だと自嘲してしまうほど、月並みな警句。
いつから自分は、ルークとガイ、
二人の後見人のような科白を吐くようになってしまったのだろう。
楽観して、時々観察して面白がったりしていればそれで済むはずなのだが。
善い年長者として立ち回るには、少しばかり面倒くさすぎる。
「ガイ、」
そんなジェイドの思惑を知る由も無いガイは、まるで独白のように。


「だから言っただろ、平気なんだ。 大丈夫なんだよ、ルークは。 ルークは、問題ないんだ」


問題はあいつじゃない、と抑揚なく。


「ルークのためになるとかならないとか、そうじゃない。 俺の、自分のためなんだ」



ルークが笑えるためになら、何でもしてやる。
ルークが願うことなら、何でも叶えてやる。
ルークが欲しがるなら、何でも与えてやれる。



だけどそれはルークのためじゃない。
どれもこれも全部全部、ただ自分のためだけで、



「―――――― まったく、自分でも手に負えずに困ってるんだ」



はは、と小さな笑みを浮かべるガイ。



「・・・・そうですか」



込み上げる重い重い溜め息。
「でも、まあ、」
それでもジェイドはガイと、ガイラルディアと向かい合う。
向き直る。
そして、大人として伝える、少しばかり卑怯な答え。
「・・・・バレなければ、構わないのでは。 と私は思いますがね」
本人に。 ルークに。
当人にそれと知られずにいるのなら、ルークにとってそれは本当になる。 本物で居続ける。
だから。



するとガイは、
「まあ、な」
曖昧に頷いて。



「でも、こう考えるとさ、」












―――――――― 愛情なんて、意味がないよな。












呟きながら、苦笑。
もしくは失笑。




否、微笑。












「・・・・・・・・・・・・そうですか」




否定も肯定もせず、ただジェイドがやりきれず仰ぎ見た宙空。
風ひとつ、雲のひとつもない快晴。












今日は喩えようもないほど青空が、
彼の両眼を映したような蒼が、とてもとても綺麗だ。











なんだかよくわからない話ですみません。
自己中ガイ様をやりたかっただけだとおもいます