[ イツデモ、 ]



さらり。




床に放置され散らかされた本を片付けるため、屈み込んだら眼前で見慣れた赤髪が揺れた。




その髪の持ち主はベッドに腰を下ろし、
また今日も退屈しきった表情を持って 「ホント、よく働くよなー」 と自分を眺めている。
何をするでもなく、ただ視線をで自分の動きを追うだけの彼に対し、
ガイは拾い上げた本数冊を棚に戻しながら、話しかけた。


「随分長くなったなあ、お前の髪」


「あ? ―――― そうか?」


時刻は午後8時、場所は本人と同様、見慣れたルークの私室。
自分が此処に使用人としては過剰な頻度で堂々と入り浸っていることについてはペールも公爵も揃って(しかし全く別の意味合いで)あまり善しとしていないようなのだが、
常に彼の傍にいなければ使用人としての役目も仕事も目的も果たせない。
そう周囲と自分に言い聞かせ、本日も片付け兼世話役兼で入り込んだこの部屋内、
内装も調度品も豪華で豪奢なのだが、ルーク本人が表情で表すに違わず、
ガイが見る限りも退屈なものだった。


「よく伸ばしたもんだ」


「伸ばしたっつーか、伸びたっつーか」


ただ切らずにほっといただけだし、とルークは長い髪を無造作にばさりと払う。


「長くて、面倒じゃないか?」


量も多いしそれだけあるとさすがに少し重いだろ、と重ねて言ってやると、
彼は眠気と退屈が半々ずつ混じった欠伸をしながら。


「別に。 そりゃ逆にこっちが聞きたいくらいだっての。 大体洗うのもお前だし乾かすのもお前じゃん。 毎日毎日いちいちいちいち、めんどくね?」


言われてガイは一瞬だけ考え、それから笑ってみせた。


「はは、言われてみりゃそうか。 そうだよな。 それじゃ自讃しとくか」


「はあ?」


「これだけ長いってのに枝毛もほとんど無いに等しいし、後ろは毛先まで見事に真っ直ぐだしな。 俺の手入れの賜物だ」


言って一歩、踏み出す。 近づく。


「・・・・・・・・・・・・・」


黙ってこちらを見上げたルークにまた一歩。


「それに、なんだかいい香りもするし」


抗わない、拒否しない、自分が伸ばした手に戸惑うこともないことを全て承知の上、
流れる赤髪を一握り一房取って、そっと嗅ぐ。


「な・・・・」


伸ばされた手には何も思わなかったらしいルークも、
鼻先、というより口許に髪を持って行ったガイの行動に思いのほか目を丸くする。
が、それでもベッドから腰を上げないあたりさすが上層階級気質というか世間知らずというか。


それをいいことに今度はふわりと額、流れる前髪に顔を寄せた。


「でもこれはシャンプーの香りっていうより、ルーク本人の匂いだな」


そうして、片手でさわさわと頭を撫で始める。 撫でてやる。


「な、なんだよ、いきなりッ」


するとルークは先刻から丸くしたままの目を、少しだけ焦ったものに変えた。
けれど動かすのは口だけで、その様は潔いほどまるで愛玩人形で。
だからガイは優しくなる。 優しくできる。


「ん? こうやって頭を撫でられるの、嫌だったか?」


優しい口調。 優しい手。 優しい触れ方。


「・・・・イヤじゃ、ねーけど」


なんかすげー気持ちいいから、ちっともイヤじゃねーけど。 
と正直に答え呟くルークに目を細めてガイは、


「可愛いな、お前は」


「・・・・?」


きょとん、と向けられる翠色の目。


「―――― ああ、本当に素直で可愛いよ」








握ったままの赤い髪。
絡ませていた指に力が込められたことにルークは気付かない。 気付かせない。








「はァ? そんなんお前に言われたって全然嬉しくねーっての」


素っ頓狂な声で否定され、


「じゃ、俺じゃなくヴァンにでも言ってもらうか?」


それなら今度は色々な響きを込めて。


「〜〜〜〜〜もっと嬉しくねーよッ!!」


ヴァンの名前を出したのが癇に障ったのかそれとも何か別の理由か、
ここまで来たところで癇癪を起こされた。
怒声を飛ばしてルークはずっと腰掛けたままだったベッドに潜り込み、バサッと頭から毛布を被って不貞腐れる。 まあいつものことだ。


「もう寝るッ、 ―――――― 服、片付けといてくれよな」


器用にもベッドの中で脱いだのか、上着やら何やらをどさどさと床上に放り投げて来られ、
苦笑しながら 「じゃあお前はどんな言葉が、誰の言葉が欲しいんだ、」 と言いかけ訊ねかけてガイはやめる。


「はいはい、わかってるって」


まだ体温の残るルークの脱ぎ散らかしを一枚一枚拾いながら、
まだ夜の8時半にもなっていない、早寝にも程があることに改めて気付いて。


「まったく・・・・そういうところが可愛いっていうんだぞ、ルーク?」


「うるせッ!!」


追い討ちで最後にかけた言葉に短く喚き返し、しばらく不貞腐れていたのか、
片付けを終えたガイが部屋を退出しようとするまで、それからずっとルークは顔を出さず、

























「おやすみ!」




部屋の明かりを扉脇のスイッチでパチンと消して出て行こうとしたその時、
後ろから追いかけるよう、そんな声が背中に飛んできた。




「・・・・・・おやすみ、ルーク」




可愛い。
ああ、そんなところもこんなところも本当に、本当に可愛い。 可愛くてたまらない。




でも。

























――――― でもなルーク、「カワイイ」 と 「イマスグコワセル」 「イツデモコロセル」 は、
深いところじゃ全部同意味、同意義語なんだよ












自嘲的にうっすら嗤ったガイの表情は毛布の中のルークには見えず、
そのまま音を立てないよう後ろ手で静かに閉めた扉の向こう、
ふっと何かの感情が、湧いた。












でもまだ早い。












まだ、早い。







屈折したガイ様を書こうとしたんだけど、フタを開けてみたら何故だか黒ガイラルディアになってしまいました。 切腹。 でも妙に楽しかったです。