[ピアス]

(注:主人公名前は公式?設定の 「藤堂 尚也」 になってます)


週末の放課後は、生徒のほとんどが校内になんて残っちゃいない。
ましてや再来週の初めから中間テスト、
従ってテスト期間突入前として大っぴらに遊び回れる週末、土・日となっては余計。




そんなとき、藤堂尚也は普段なら一番に飛び出して行きそうな上杉秀彦と教室に居残って、
前述の通り自分たち以外は自然と皆が下校した中、
一つの机で各々のノートとテキストとを広げていた。




尚也はともかくとして上杉がこんなふうにノートに真剣に向かい合っている図は珍しい。
だが理由は上げてみれば至極簡単、
本日昼休み、上杉が突然、
「頼むぅぅぅ・・・! 数学と日本史のノート貸してくれぇぇぇ!」
と尚也に泣き付いて拝んで頼み込んで来たからだ。
「頼むなおりん、俺様を救うと思って! マジヤバイ! 今回俺様、マジヤバイんだって!」
後生だから貸して見せて触らせて、ついでに全部写させて、と拝み倒されては嫌とはとても言えず、じゃあ月曜まで貸すと返事をしたところ、
「そしたらなおりんが土日ノート使えなくて困っちまうから、放課後だけ俺様が写すのに付き合って! 秀彦一生のお願い!」
という訳でノート2冊分、テスト範囲内である十数ページ分を彼が書き取り終えるまでの間、付き合って尚也も残ることになったという顛末で。




「・・・・・・・・」


眼前、真剣に書き写している上杉のシャープペンがせかせかと動くのを、
頬杖を付きながらぼんやりと眺めているうちになんだか眠くなってきた。
自然とふああ、と小さく欠伸をしたところ。
ピタリ。 シャープペンが止まった。


「あ、やっぱ見てるの退屈? やっぱつまんね? そしたら一息入れて、俺様ジュースか何か買ってくるけど」


欠伸と表情から尚也の退屈を読み取ったらしい上杉が、顔を上げる。


「ノートの礼に、俺様のオゴリってコトで。 なおりんコーヒー?」


言いながらガタリと椅子を鳴らして立ち上がりかけたところを、首を横に振った。


「いい」


「え?」


「いらない」


別段、喉は乾いていない。 そして別に見返りが欲しくてこうしている訳でもないし。
加えて早いところ写し終えて貰わないと、あと1時間足らずで完全下校時刻、
そうなったら見回りの教師にイヤでも追い出されてしまう。
「だから今は自分に構わず、ノートに集中しろ」、そう言うと。


「な・・・なおりん・・・・」


上杉は何故かがっくりうなだれ、よろよろと椅子に座り直しながら、
どこか恨めしげに尚也を見てきた。


が、


「いいから写せ」


とノートを押しやってやる。
ついでにどこまで終えたかをちらっと確認してみるとほぼ八割方は済んでいて、
真面目にやればあと十五分程度で終わるというあたりだった。
とりあえず今は終わらせて、コーヒーは帰り道でいいと言うために口を開こうとしたら。


「・・・・なおりん」


恨めしげな目付きに加え、口調までそんな響きで名前を呼ばれる。


「何」


そして上杉が何を言ってくるかと思えば。
思い切り芝居じみながらも、哀れみを誘う顔をして。


「もうちょっとだけでイイから、優しくして?」


「してるだろ」


即答。


「・・・・!」


尚也の返答の早さと短さに、ぐっ、と上杉が詰まるが、容赦なんてしてやらない。
そもそもにしてこのタイプはこちらが甘く出れば出るだけ付け上がる性質で、
一度でも調子に乗らせるとそれに乗ってどこまでも突っ走り兼ねない傾向であるからして。


「優しくしてなかったら、授業中ずっと寝てたり遊んでたりしてた自業自得の奴にハイハイっておとなしくノートなんか貸さないと思う」


「う」


再度詰まる上杉。
そう、自分は彼に充分に優しくしている。 たぶん他の誰よりも。
けれど鈍感な本人にはさっぱり伝わらず、だから。


「〜〜〜〜なおりん、」


「何、」


先程と似たような呼びかけと、受け答え。
しかし確実に違っているのは上杉の目と口調が恨めしげなものではなく、情けないものに変わっているということで。


「お、俺様となおりんて、一応コイビト同士ってコトになってるよな???」


「そうじゃん?」


疑問符に疑問符で返してやったのは、少し意地が悪かったか。
そう一瞬思ったのだけれど、そもそも何を今更確認してくるのか、
一体何を確認したいのか上杉は。
でも、あまりに情けないカオをしているから、続けて言ってやる。


「でなかったら、こうやってわざわざ放課後付き合わないし」


それだけではなく、一緒にほぼ毎日の登下校もしないと思う。
そうでなかったら、時々のキスもさせないと思う。
『なおりん』 だなんてかなりハズカシイ呼び名なんか許可しないと思う。
なのに。


「・・・・てコトは、なおりんは俺のだよ? で、俺もなおりんのだよ?」


彼は懸命に訴える。
一人称に 『様』 を付けることさえ忘れているあたり、どこまで情けなくなるつもりなのだろう。
上杉が何故、ここまで必死になるのかが尚也が全然わからずにいると、不意に指輪だらけの右手が伸びてきた。
節ばってはいるが、決して太くはないその指を尚也は決して嫌いではなく、
伸ばされるまま、ただ見ていると眼前、前髪に指が触れる。


「この天青石の前髪も、」
天青石ってカミサマの住む世界の青なんだってさこの前エリーが言ってた、と補足しつつ。


「この目も」
すっ、と顔が寄ってくる。


「この耳も、」
あえて動かずにいれば、寄ってきた顔は斜めに傾いて、左の耳元に。


「このピアスも」
言いながらも器用に片手のみで左耳のピアスを外され、
咎める間もなくその箇所、ピアスホールについっと舌が這わされる。


「上杉・・・・!」


こんなところで、もし誰かに見られたら、と振り払おうとしたのだけれど、


「この口も、俺様全部全部大スキだからさ、だから、」


呟くように囁かれ、耳元にあった唇で一瞬、ほんの僅かだけ口を塞がれたと思ったら、
すぐに離れて行った。
ほぼ同時に廊下の向こうから歩く生徒の足音が聴こえてきたので、それが理由らしい。


「どうしたらなおりんは俺様のコト、もっとスキになってくれるワケ?」


外されたピアスを渡される。
気がつけば上杉は椅子から立ち上がり、机ごしに自分を覗き込んでいた。


「どうしたらイイ? なおりんが言うなら俺様ベンキョーだってお笑いだってもっともっと頑張るぜ?」


真顔で訊いてくる。


「・・・・・・・・」


思い切り返答に困った。
尚也としては、とっくにそうであるのに。
好きでなかったら、それも相当にそうでなかったら、誰がピアスホールを舐めたりするのを黙認なんてするものか。


「俺様、なおりんのコト好きでスキでもう歯止めきかない」


「・・・・・・・・」


そんな台詞の一つや二つより、
壊れモノ腫れモノに触れるかのような恐る恐るの啄ばむキスより、
よっぽどガバッと押し倒されてせがまれる直情さ加減をもう長いこと待っているのに。
それくらい分かれ、と思ってしまうのは尚也の我儘か、
それとも鈍感すぎる上にヘンなところで意気地がなくなる上杉が悪いのか。


(50/50ってとこかな・・・・)


ふう、と小さく息をつく。
どちらにしろここでイニシアチブを持っているのは幸か不幸か尚也の方で、


「・・・・上杉、」


「なに」


別に何も悪いことをしたわけでもないというのに、どこかシュンと項垂れたままの上杉に、
机上に放り出されていたシャープペンを渡す。


「とりあえず、さっさとノート写して教室から出よう。 そうしたら帰り道で缶コーヒー奢って」


「なお、」


彼が何か言いかけるのを、聞かずに先を続けた。


「で、今度のテストで賭けようか」


「へ?」


「この数学と日本史で両方とも90点以上取れたら、俺、何でも上杉の言うこときくよ」


「・・・・何でも?」


「いきなり百万円寄越せとか、そういうのは無理だけど」


あ、でもアヴィデア界クリアした後あたりはそれくらい持ってたような気が、とひとりごちた尚也に。


「んな金いらねー! 一銭だっていらねーから、 〜〜〜なおりんが欲しい!!」


ホントに、両方90以上でホントにイイんだな、と上杉は焦って慌てて目の色を変えて。
キス以上それ未満、
で長いこと止まっていたのだから当たり前の反応と言えば反応だけれど、
何もそこまで息せき切って宣言しなくとも。


「・・・・。 じゃ、頑張れ」


「ああ! 気合い入れるぜぇ!」


もう約束したかのごとく、先ほどの気落ちはどこへ行ったのか、
上杉は張り切ってノートに向かう。
だが両方九割以上、というのは言い出した尚也としても、かなり高いハードルだと思わないでもなく。


(でも・・・・まあ、)


けれどこれくらいの条件がなければずっとずっと中途半端なままだろうし、
かと言って甘くあっさりすんなり許可しようとは思わないし。
努力賞、ってのも世の中にはあることだし、などと心の中だけで苦笑しながら、
ずっと手の中で玩んでいた小さな輪を、元の耳に戻して付けた。




















「なおりん」


「ん?」


向かっているノートから、少しだけ上杉が目線を上げる。


「なおりんてさ、今、シアワセ?」


「?」


なんだろう。 質問の意図がわからない。
それでも。
それでも、訊いてきた上杉と目が合うと、呼び名の通り少し赤みがかった茶色の目が笑いかけてきたから。


「・・・・たぶん、そこそこには」


自分も小さく笑って、肯定してみた。
すると彼は今度は目だけでなく顔全体で笑ってみせて、


「なおりんがシアワセなら俺様もウレシイ。 けど、そこに俺様もちょっとでいいから入れてくれたら、俺様もっとシアワセ」


そんなことを堂々と口にされたが、
「馬鹿だな最初から入ってる」 とはもう少し先まで言わないでおくことにした。












テストは、再来週である。










→→→→→ 以下、[ピアッシング] に続く



上杉が情けなさすぎですかスイマセン(蒼白)。