[ コール? ]




何をもってして 『買い物』 と 『デート』 との区別になるんだ、とか。
まあこの場合 『買い物』 ではなく 『買い出し』 になるような気がするけれど別に大した違いもないし、とか。
ぶっちゃけ 『買い出し』 というより 「休憩時間に皆で飲むスポーツドリンク、30分以内に買って来いお前ら。 遅刻にはしねーから」 とか突然言い出して、たまたま部室前、偶然近くにいた自分とコイツに二千円を渡してきた羊谷の 『使いっ走り』 というか。
この時に限ってたまたま誰も近くにいなかった女子マネージャーの代役というか。
まあ、切っ掛けはそんなくだりで平日午後三時半、
普段であればそろそろ練習が始まりかけるであろうはずのこんな時間、
学校からそこそこ近くの名も無き(実際はあるのだろうが知らない) 公園を、
コンビニ袋を両手に提げながら、本日も何かと騒がしい猿野天国と横切っているのは犬飼冥である。






「うあ゛あ゛あ゛ヤバイ! ヤバイんだっつーの! ホントならオレ、こんなトコ歩いてる場合じゃねーんだって!」
「・・・・何が」
「プリント! 世界史のプリント提出が三枚も残ってんだよ! しかも明日中に出さねーとマジヤバの!」
「だから?」
何だ、と犬飼が問い返すと、天国はあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛とドリンクの入ったコンビニ袋を持ちつつも器用に大袈裟に頭を抱えて、行間読めコゲ犬、とばかりに。
「だから! 今日は真面目に練習休んで本気モードで家でプリント片付ける予定だったのに・・・・クソ・・・」
一回部活出ちまったらそのまま帰れる雰囲気でもトンズラ出来る立場でもねーし、とこれまた大袈裟にタメイキをつく。
が、犬飼としてみれば、そんなことたった一言で片がつく。
「帰ってからやればいいだろ」
そう。 その通り。 
部活自体は余程のことがない限り、どんなに遅くても夜の七時には終わる。
それから真っ直ぐ帰れば、コイツの場合八時には自宅につくはずだ。
帰って夕食をとって風呂に入ってから取り掛かるとしたって、九時。
そしてコイツがどんなにバカ(・・・・) でも、数学じゃないのだ。 物理でもないのだ。 世界史なのだ。 ほとんど答えの載っている教科書と首っ引きでプリントに挑めば、
いくら三枚もあるからといったって日付が変わる前には終わるはずだ。
おまけに明日の朝は、学校の一方的な都合で朝練の無い日でもあるし。
そんな内容をぼそりと告げると、
「わかってねェ!」
ピシリ! と人差し指を突き突けてサル・・・・否、天国は全否定。
「部活やって帰って風呂入ってメシ食ったら、間違いなく寝ちまう!」
「・・・・・・・・・・」
「だからここまで提出が延びてたコトくらい察しろよな犬」
「・・・・・・・・・・」
「犬?」
「・・・・・・・・・・」
「コゲ犬?」
「・・・・・・・・・・」
なんていうか、
なんというか、
元々自分でも多弁な方だとは思ってはいない犬飼だけれど、
ここまで返す言葉を失うことは、あんまり無い。
話すことがない時や、別に話さなくてもいい場合や相手だったりするならば、
自分はいくらでも黙っているしそれで構わないと思ってはいるのだが、
この天国相手、ちょっかいを出したいがためにあえて無視(・・・・) したりしたいケースを除いては、
大抵にして往々、短い台詞少ない言葉ながら返事や会話は交わしているのだが。
「・・・・・・・・・・」
突如黙りこくった犬飼に、今度は天国の方が怪訝そうなカオをする。
「おい、犬?」
「・・・・・・呆れただけだ」
思いのほか素直に正直に心情を口にして、ふー、と軽く息を吐き、犬飼は。
「それじゃ早く寝て、その分朝起きてやりゃいい」
もはや色気もへったくれもない、この話題をさっさと終わらせたくて適当も適当、
何の解決にも助言にもならない台詞を百も承知で告げ、
程好く丁度よく、三メートルほど先にあった公園に設えられているベンチにすとん、と腰をおろした。
そうしてコンビニ袋の一つから取り出したのは、食パン(三枚切) 一袋。
バリリと袋を開け、一枚に齧りつきつつ、
「・・・・食うか?」
天国に袋を差し出せば、
「テメ・・・・いつの間にそんなん買い込んでたんだ・・・・」
思い切り、思いっきり、唖然としたカオをされた。
「食わねーなら、自分で全部食うぞ」
「・・・・いらねぇ。 つーか毎回毎回思うんだけどよ、よく何もつけねーでそのままで食パン食えるよな。味しねーだろ」
「コレもあるし」
言われてゴソゴソ。 犬飼はまたも袋の中から250mlパックの牛乳を取り出す。
「一緒だろ! カルシウムばっか摂りやがって、それ以上身長伸ばす気か黒コゲ犬!」
「何とでも言え。 今日は昼メシもゆっくり食うヒマもなかった」
「なんでだよ」
「逃げてるうち昼休みが終わった」
「・・・・・・・・・・・・羨ましくねぇ。 ちっとも羨ましくなんてねーからな!」
そう悔しがりながら叫ぶ天国の言葉にも、主語はない。
何から、とか、なんで逃げてるのか、とか、具体的に何も言わずとも、サルなりに察して理解したようだ。
まあ実際、いつも通り普段通り、女子の 「お弁当食べて攻撃」 からの逃走、
それが単純に長引いたがゆえという日常茶飯事の一環なのだが。
「くそ・・・・なんでこんなワケわからん犬がモテて、オレが・・・・」
天国は天国で、ブツブツ呟きながらも、「実はオレも買ってた」 とか言いながら、ガサゴソ。
袋からコーラを取り出して飲み始めながら、ドサリとベンチにもたれ掛かりつつ。
「さっきのに話戻すぞ。 朝なんか余計ムリムリムリ! オレの特技は朝起きて着替えて顔洗ってメシ食って10分で家を飛び出すコトだからな。 無理だ」
毎朝ギリギリまで布団の中、ってのがオレの日課だ、と嘯く。
それを聞いて、犬飼も自分だってそうそう寝起きの良い方ではなかったけれど。
「早起きは三文の得。 ・・・・・・辰の口癖だ」
「三文? 三文て、今の金に換算するといくらになんだよ?」
「30円くらいじゃねーのか」
「・・・・・・寝てた方がマシだな」
「かもな」
「だろ」
自分にしては珍しくも天国の意見に頷いてやって、
珍しくも天国にしては素直に相槌を打ってきた。
だからそれがひどく新鮮で、改めて、あらためて犬飼はじっと天国のカオを見る。
「おい猿、」
「あ?」
怪訝そうに見返してくる表情。
どこも何も悪くない。
茶色い髪に茶色の瞳は全然オーケーだし、顔立ちだって普通にしていれば中の上、いや、上等な部類に入る程度なはずで。
それをもっと自覚すれば、もう少し周囲の評価もどうにでもどこまでも上がるハズではあるのだが。
普段の言動と立ち振る舞いがここまで影響する奴も珍しい。 が。
「・・・・いや、何でもねー」
あえて本人に教えてやって、あえて恋敵をムダに増やすコトもない。
「はあ?」
じっと凝視されてケンカ売られてんのかと思ったぜ、とぼやく天国に、
少しからかってやろうか、なんて思いがムクムク芽生えてきた犬飼冥は。
最後に一枚残った食パンと、
眼前の猿野天国とをわざとらしく交互に見比べてから。


「味付けはテメーでいい」


ボソリと宣言して、ぱくりと天国に噛み付いた。


たぶん世間一般では、こんな行為のことを 『チュー』 という。


























この後、呆然とした直後に正気にかえり、照れと怒りとで真っ赤になってギャアギャア暴れ出した天国を押さえ込みはぐらかし宥めすかす(?) のに手間取り、結局二人がグラウンドに戻ったのは、
30分以内どころではなくて1時間近くも経ってしまった後になる。
無論のこと羊谷には怒られ、
おまけに罰として今日の部室の掃除当番まで二人ということになってしまい、
とっくのとうに日も暮れて 『夜』 となってしまった時間帯にまだ部室の掃除中、
掃除はまだまだなかなか終わる気配もなく、
「もう世界史は絶望するしかねえ・・・・」
ヨロヨロと生気も失くした天国の様子に、さすがに犬飼も少しばかり気の毒になり。
「・・・・辰に起こしてもらうか」
「は?」
「オレはヤバイ時、朝、辰に電話してもらう」
辰は絶対寝坊しない、と断言。
「だからわりと毎日、起こしてもらってる」
そう、だから枕元の携帯は犬飼的必須アイテムだ。
「6時でいいなら、辰に電話してもらって、それからオレがお前に電話して起こす」
ならプリントやれるだろ、との犬飼の提案に。
「・・・・・・あ、ああ。 頼む」
思わずこれまた素直に頷いてしまった天国だったのだが。




そんなら、辰羅川から直接オレに目覚まし電話もらえればいんじゃね?
・・・・・・・なんて疑問はあえて、あえてハッキリとは気付かず、口にしないことにした。




コゲ犬から朝イチで電話もらうのも、たまには悪くなさそうだ。



























が。
数日後。
今週の部室掃除当番は一年生ズ。
「『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・起きろ、猿』 て! 起きろ、って声が聞こえるまでの 『・・・・・・・・・・・・・・・・・』 ←コレ! コレが長げぇんだよ犬! 毎日毎日、無言電話かと思うじゃねーか!!」
部室内、箒片手にまたしてもまたしても文句タラタラ、わめく天国に。
「うるせー」
バケツを持って犬飼は、ちょっと照れんだよ、とは犬飼的には言いたくても言えず、
「ちょっと待って下さい 『毎日毎日』 って、別に私はそう毎朝毎朝犬飼くんにモーニングコールをしている訳でもないのですが」
天国の言葉尻を捕らえと鋭いツッコミを入れてきたうえ、更に、
「ちなみに今週は一度もしていませ」 と続けかける、机の上の散らかったスコアブックを片付けながらの辰羅川を 「うるせー、辰」 とその場で慌てて黙らせ、ただ自分が天国に朝コールをしたかっただけだということを何とか当人にはバレずにいられたのだけれども。
「ズルイズルイズルイ! それ、面白そうだよね〜? ぼくたちもまぜてよ兄ちゃん〜。 子津くんもシバくんもみんな一緒にさ!」
興味津々でそれを聞いていた比乃の一言で、
「え? ボクも? ボクも巻き込まれるっすか・・・・?」
驚いたように子津が雑巾を持つ手を止め、ゴミ箱からゴミを集めていた比乃を見る。
「もっちろん! そうと決まったらやっぱ順番は、辰羅川くん→犬飼くん→猿の兄ちゃんの後は・・・・ええと、子津くん→ぼく→シバくん、かな?」
フツーに考えたらシバくんがラストだよね、だってそうじゃないとほんとの無言電話になっちゃうもんね、と話しかけられた司馬がコクリと頷きながら、パタパタと棚にハタキをかけ、予想以上に舞い上がった埃に辟易して慌てて窓を開ければ、夜気をはらんだ穏やかな風が吹き込んだ。






















更に後日。


その一年生ズ 『モーニングコールリレー』 の話をちょいと耳にした虎鉄としては、


「それっTeモーニングコールっつーか、ただの連絡網なんじゃねーのKa?」


ツッコミも兼ねてそう言いたくて言いたくて仕方なかったのだけれど、


「いいじゃないかそれで寝坊や遅刻が無くなれば」


実際、それ以来その面子は誰一人として遅刻していないしね、との牛尾御門の一声にて、
そんな野暮な台詞は、あえて封印された。














仲良きことは善きことかな。





黄糖さまからのリク、ミスフル犬猿イチャ、でございました。
懐かしかったーーー!! でもって書いてて楽しかったーーーー!!
ちょいと犬が多弁すぎたような感アリアリですが(汗)、ご容赦くださいませ・・・・
マジ楽しかったです。 やっぱスキ・・・・!