[ 十五日と十六時間二十三分四十九秒目に帰還しました ]







世界はそれほど平和ではなかったが、
日頃各地で起きている紛争は神々の抗争ではなく、100%人間同士での闘争であったため、
今現在、女神の(しかも割と最強部類の) 手駒として(・・・・) 駆り出されずにすんでいる。
聖域で日々の勤めはあるにはあったけれど、
戦いのない日常は年長組の黄金組からしてみればどちらかといえば非番も同然で、
いつか来る女神とどこかの神との悶着の起きるその日まで、某双子は、一緒に暮らしている。




















兄に夕食は何が良いか訊かれたので、「何でも構わない」 と返事をしたら、
「それなら私の独断でミートローフとラビオリにしようと思うのだが」 と決められた。
特に異議はなかったから、「ああそれでいい」 と相槌を打ったら、
「無論繊維質も摂らねばならんからな、シーザーサラダも添えておく」 と言われ、
さすがに双子座の双子の弟の方は。
「サラダは構わないが、ミートローフとラビオリにシーザーというのはしつこくないか?」
パラパラとめくっていた雑誌を閉じ、相向かいにて、
自分とは対照的に何やら小難しいハードカバーの本を手にしていた兄の顔を、見遣った。
すると全く同じ顔をこちらに向け、サガは。
「ずって海底にいたお前だから、肉類+炭水化物+野菜+乳製品の夕食は喜ぶだろうと思ったのだが・・・・?」
真正面から、そんな回答を、プラス疑問符まで添えて投げかけてきた。
当然、そんな返事を貰ったカノンは、「う、」 と一瞬返答を詰まらせる。
これは何なのだろう、
1、兄としての心遣いなのか 2、それとも冗談なのか 3、まさか素なのか。
咄嗟に1、2、3、全てのパターンで考えてみる。
鉄板で堅いのはおそらく1、『兄としての心遣い』 だ。
十三年前、黄金聖衣まで身に纏った状態で、容赦なく丸腰の自分をぶん殴ってスニオン岬に幽閉して拷問にも似た方法で半殺しにしてくれたとんでもない兄(・・・・) ではあるけれど、
通り名は一応 「神のような男」 でもあったし、
なんだかんだ言いつつも今現在、身内には、自分には、甘い。
だが確かにあの頃悪かったのはまあ8割方自分の方でもあったし、
今とはなってはそこまで負い目を感じているようにも端からは見えず、
所謂 「白サガ」 の代表格のパターンか。
次に、2、『冗談』 という選択肢だが、まあこれは無い。
冗談が通じるような男だったら、たぶん十三年前の自分ももう少しラクだったはずだ(・・・・)。
3、『素である』 まさかの大穴だが、これも捨てるに捨て難く。
「神のような男」 はどこまでも生真面目で、そういえばついこの間は 『あの』 シャカに 「もう少しくだけた物事の考え方をしたらどうだね」 とまで言われていたと、その場に同席していたというアルデバランから聞いた。 しかも、「俺が仲裁に入らなければあわや千日戦争になるところでな」 と冷や汗混じりの言葉のオマケ付きで。
カノンからしてみればサガもシャカも五十歩百歩、どちらも堅物極まりない二人だと思うのだが、今のところ表沙汰になっていないところを見ると、大した修羅場ではなかったのだろう。
と、
ここまでを光速の速さをもって瞬時に考えてみたのだが、
結局、口から出てきた言葉は台詞は。


「俺だって十三年間、ずっと海底にい続けた訳じゃない」


「・・・・そうなのか」
「当たり前だ」
「十三年ぶりの地上の生活だとばかり、思っていたのだが」
「・・・・・・・・」
「きちんと地上にも上陸していたのだな」
「上陸・・・・」


当たり前だ。
いくら何でも十三年間、延々と海の底でマリンスノーをかぶり続けていた訳がない。
あくまで海底は、海底神殿と柱は仕事場に過ぎず、
時々はきちんと地上にだって上がったりもしていた。 そうでなければどうやって衣類や生活品を調達していたと思っているのだろう、この男は。
それとも驚いたような、さも 「今初めて知った」 かの表情をしてみせるその姿は、
まさか3、『素』 なのか。
まさか。 それでは 「神のような以下略」 というよりはただの 「脳足りん」 だ。
いくらなんでも双子座の双子の兄は、そんな能無しじゃなかったはずだ、と自分に言い聞かせそうになったカノンに、
堪えきれなくなったかのよう、サガは。
「冗談だ、カノン」
小さく笑い出しながら、
「それでも疑問に思うことはある。 十三年も離れて暮らしていれば、いくら双子とはいえ多少は容姿も違ってくるだろうに。 よくぞ私とお前は瓜二つのまま年を重ねたものだ、本当に」
身長体重までまったく同じ、これはまるで奇跡としか言いようがないではないか、と称えられたが、
カノンとしてはどう返答すれば良いのか、わからないまま。
「まあ・・・・海底の生活もそう悪くもなかったぞ」
周りは当時子供ばかりで割と好き勝手できた上、
新鮮な海産物も食べ放題だったしな、と少々的外れな返答に加え、
「筋力と身体を保つポイントは、赤身魚と白身魚とをバランスよく食べることだ」
などと暴投この上ない付け足しまでしてしまって。
一方で、そんなカノンにサガは笑みを隠さない。
「それでは明日の昼食は、魚料理にしよう」
だから今夜は先ほどのメニューで良いな、と強引に話を引き戻し、
更に強引に。


「お前とこんな会話ができる今というこの世界に、感謝しよう」


取って付けたかの如く、
偽善極まりない言葉を吐いた。


「サガ・・・・」


俺と同じカオでそんな科白はやめろ気分が悪くなる、気持ちも悪い、と呆れて首を横に振る同じ顔の弟に、兄はどこまでも穏やかな表情を崩さないまま、


「何を言う、カノン。 大切なお前と再びこうしていられる今ほど至幸は無い」


背筋の寒くなるような科白を連ねやがったから。


「お前が好きなのは自分だ」


不肖の弟は、たぶん誰もがとっくのとうに知っている真実を、面と向かって。


「お前が大切なのはお前だ。 だから自分と同じ姿をした俺まで必要だと錯覚している」


告げてやりながら、ああ拙い、怒らせたらアナザーディメンジョンで異次元に飛ばされる、
そうなったら戻ってくるのが面倒だな、なんて思いながらも止まらない。


「十二宮でお前が自害した理由も、女神への贖罪ではなく、自分以外の者に裁かれたくなかったからだ。 俺を岬に幽閉した理由も、自分だけが俺を裁きたかっただけだ」


言い過ぎだ。 わかっている。
このままでは異次元どころか、星々が砕けるさまを見せ付けられる破目に陥りそうだ。
そうなる前にゴールデントライアングルで自ら逃亡するか。 それでも追って来られそうだが。


冷や汗をかきながらも糾弾の言葉を止めない、神を誑かし謀ろうとした弟に、
神を殺害しようとした兄は、どこまでも穏やか、しかし決然と。


「自らも愛せないような者に、他人を愛することなど出来ん」


「他人なんて、一欠片も好きじゃないだろう」


「尚更。 私はお前だけが切要だ」


「・・・・・・・・・・・」


カノンは口篭る。
ああそうだ。 こういう奴だった。 こういう男だった。 だから青銅の小僧などに粛清された。(・・・・ヒトのことは言えないが)
なのに相も変わらず人気だけは(まあ例外もあるにはあるが) 基本、やたら熱狂的にあって、
表立って逆らう者など前述のシャカあたりを除いては他にいない。 シャカとしたって本気で喧嘩を挑んでいるわけではなく、「神のような男」 と 「神に近い男」 のちょっとした戯れの延長、小突きあいみたいなものだ。
だから結局、誰もこの男に刃向かえる者は不在のままで、
唯一同等かそれ以上の立場に君臨するシオン・女神でさえそのスタンスは 「愚弟を与えておけば問題無し」 というあたりであって、
そんな二人の黙認があるからこそ、だからこそカノンは逆に此処から逃げられないのであって、
・・・・・・・・八方塞がりだ。
しかも、完全に拘束・聖域に軟禁されているというならまだ諦めもつくというものの、
不思議なことにそこそこ自由、気が向けば海の底にふらりと戻ることも可能だし、
青銅の小僧っ子のいる日本への旅行だってOK、
あまり良い思い出は無いが冥界地獄めぐりを観光として楽しむことだって止められてはいない。
・・・・・・・・だから、余計見えない壁で塞がりまくりで。


次の言葉を探すが、どんな科白を吐いても薮蛇になりそうだ。
そんなカノンにサガは。


「神に不敬をはたらいたのだからな。 来世もその次もずっと私とお前は双子座の双子だよ」


恐怖極まりない宣告にも似た宣言を当たり前のように楽しげに謳い、
それから、ふと感付いたかのように。


「そういえば、お前に纏わり付いている冥界の小物だが」


「・・・・・・ラダマンティスのことか? あれでも一応三巨頭の一人だぞ」


「近々、私がお前だと騙って、一度手厳しく撃退しておこうと思っている」


「撃退?」


そこで何故にお前が出る必要がある、と首をひねれば、


「普通に戦っても、カノンお前の勝利だろうが」


「まあな」


「お前は私には勝てんがな」


「・・・・・・嫌な奴」


厭味? 否、事実をさらりとこぼす兄。 そして本音を吐き出す弟。
同じ顔なのに、いや、同じ顔だからこそその表情の明暗はくっきり浮き出てしまい、
苦虫を三百匹くらい噛み潰したようなカオを隠そうともしないカノン相手、
もしかしたら少しばかり 『黒』 が入ってしまっているんじゃないかと思いたくなる笑みのサガ曰く。


「殺す気は無いから心配するな。 とはいえ、私にその気が無くとも奴が弱すぎて勝手に死んでしまうかもしれんが」


「それがきっかけでまた冥界との全面戦争になったらどうするんだ・・・・」


「フ、それもまた一興」


「やめろ! せいぜい異次元に放り投げる程度にしておけ!」


絶命さえしなければ、ラダマンティスのしつこさを持ってすれば異次元の狭間に放置されても何とか戻って来られるはずだ。 どれだけ時間がかかるかは知らないが。
そう言うと、
「それではすぐにでも早速呼び出すのだカノン。 場所は聖域以外ならどこでも構わないぞ。 私が出向いて飛ばして来よう」
サガはなんだかやたら楽しげだ。
「少なくとも戻るのに一週間は要するねじれた場所に落としておくことにするか」
「・・・・・・お前の 『一週間』 は、他人の 『一ヶ月』 に相当するぞ」
「一応、三巨頭なのだろう? せいぜい半月だ」
「・・・・・・一週間、て言ったよな・・・・」
「フッ」
「・・・・・・・・」
輪をかけてやたらめったら心底楽しげな兄の表情を窺いつつ、
溜め息をつきながらカノンは、
悪いなラダマンティス、と思いながらもガラステーブルの上の携帯に手を伸ばし、コール一回半で息せき切って出た彼に明日、然る場所で然る時間に待っているから来いと告げ、
打てば響く二つ返事を返してきたラダマンティスの、明日その後の運命については、もうこれ以上、
深く考えないことにした。




















―――――――― 来世もその次もずっと私とお前は双子座の双子だよ








双子座の双子。
それが罰なら。
それをもって償えというのなら。
神に弑逆を企んだ天刑にしては、あまりにも、あまりにも、












緩すぎる。













まささんからリクいただきました、「星矢・双子座の双子」でございました。
タイトルがオチです(・・・・・)。
とりあえずご都合主義この上ないバックグラウンドで始めさせていただきました・・・・ぐはッ
わたしも双子座ですが(※誰もそんなこと聞いてない)、やたら楽しかったです。
ていうかやはり兄の方が変質・偏執的人格になってしもうた・・・・