どうしようもない。





アクゼリュス崩壊後、久々の帰還で数時間前に揃って謁見・揃って始終一部を報告した際、
彼特有の悪戯心から意識して零された 「俺のジェイド」 発言はさらりと流した。




さらりと流して、後々巧く(決して誤魔化すのではなく) 丸め込もう説明しよう説得しよう取り計らおうとジェイドにしては小珍しく(・・・・)、
奸計企て悪知恵画策以外の(・・・・) 件、いわゆる私事について、
(つまり簡単に言えばこの長期間、主君に対しある意味で見上げるほど思いきりかましてしまった音信不通、所在不明・生死不明であった理由とその訳と顛末他etc.、)
「さてどう話しましょうかね、」 と小さい溜め息を吐きかけつつ自分の執務室、立ったまま仕事机に軽くもたれ掛かり思案しかけた途端、
まるで計ったかの如くのタイミング、突然ガチャリとドアが開いた。




こんな遅い時間に、ノックも無しに突然ここに踏み込んでくることの出来る人物など、何処を探してもただ一人しか居ない。




「入る時はせめて一声かけて下さいと前々からお願いしていたはずなんですがねえ、陛下」




「あ。 忘れた」




悪びれもせず、ずかずか入ってくるのは口述の通り・あえて最後に敬称呼びまで加えた通りのこの国の皇帝陛下で、
・・・・まあそんな程度のことなど今更どうという問題でも何でもなく、先程吐きかけた溜め息の続きを浅く短く吐き出しながら、
「どうぞ」
「言われなくても勝手に座る」
勧めた椅子にどかりとまるで子供のように逆を向いて反対に掛け、
それからピオニーはくるりと椅子ごと身体ごと向き直って、下方からじいっとジェイドを見上げてきた。
「随分と、今回の諸国漫遊は長かったな」




―――――――――――――――――― 来た。




「おや、心配されでもしましたか?」
内心で先程のものとは比較にならない深いタメイキを吐きながらも、表向きはどこまでもさらりと、普段と同じくあっさりと。
すると彼は彼で内心どうあれ、
「まさか」
表向きはからりとするりと一言で。
「ですよね」
だから引き続きあっさり頷いて見せれば、
「殺したって生き返ってくるタイプだからな、お前の場合」
「もしくはアレですね、死んでからも毎晩毎晩かかさず枕元に立ったりするタイプですね。 または毎夜毎夜の夢枕にでも出現してみせても構いませんが」
「自分で言うな、おい」
毎度毎度の軽口の応酬、しかしこれ自体に大した意味はなく。
「で、結局、心配されてたのですか?」
「まさか」
「ですよね」
互いの飄々としたイントネーションは何一つ変わらない。
けれどほんの少し、
「俺が此処に居る限り、イヤでも否応無しに戻って来ざるを得ないだろうからな、お前」
「・・・・・・・・・・・・・・」
ほんの少しだけ、確かに何かが、喩えるなら含みの何かに混じる鈍く小さい棘のようなもの。
「ん? 気に障ったか?」
そして彼のこういうところが小狡い。 と云うより抜け目が無い、若しくは聡いと誉めるべきか。
しかしながら当然にして無表情を貫き通す選択で、
「いいえ。 事実ですから」
短く簡潔極まりなくきっぱり言い切ってやれば、
彼は、ピオニーは、1から3までゆっくり数えるくらいの時間、ジェイドの眼を注視してそれから突然、片手でがしがし頭を掻きながら。
「・・・・・・思いっきりカオに出てんだよ。 あーーーー、悪かった、だからそう怒るなって」
「突然何を言い出すんです? 怒ってなどいませんよ。 第一、私が怒る理由などありません」
心外ですね、と意識してケロリとした疑問符口調で返してみたところ、
「だから! その言葉と口調とカオがもう怒ってるだろうが!」
心持ち、声を荒げられ睨まれた。(とは言ったところで大したことではないのだが)
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
それからまた、今度は1から5くらいまでを数える程度の間を置き、
仕方なくジェイドは椅子に陣取り座ったままの皇帝陛下をじっと見据えながら、わざとらしい嘆息を。
「・・・・・・・・・・・・ふう」
「なんだよ」
じと、と拗ねた子供が見上げるような上目遣い。
そんなカオが似合う一国の主というのもある意味モンダイであることは十分ある(・・・・) のだが、とりあえず今現在の論題はその点ではなく。
もう一度ジェイドはふう、と息を吐き、変わらず自分を見上げたままでいる姿勢のピオニーと視線を交えつつ。
「怒っている、というか苛ついているのは貴方の方でしょうに」
「はあ?」
告げてみたところ、当然にして 「何言ってんだお前」 を雄弁に代弁する表情を返された。
が、ここで一度交えた視線を外して、構わず先を続けていく。
「・・・・今回は、連絡も入れられずほぼ最初から最後まで音信不通状態ですみませんでした。 反省しています」
彼の蒼い眼を見ないまま、一言で謝って言い切った。
「・・・・・・・・・・」
そして、また逸らしていた目線を今度はぶつけておもむろに。




「私と違って、此処から出られない陛下にご心配をかけ、大変申し訳ありません」




「、」




途端、すうっと蒼い瞳が細まった。
喧嘩を売った訳ではなく、単なる当て付けの嫌味も幾分か加味された軽い皮肉のつもりだったのだが、




「・・・・殴るぞ」




ピオニーは低く短く、たぶん本気で本音の言葉。
ジェイドはまた溜め息を吐く。 無論これは自分に向けて。
「・・・・・・・・すみません。 甘んじますよ」
彼の腕が届く位置まで歩んで近寄り、殴るならさあどうぞ、と背中で手を組んで一応眼を閉じてみたのだが、
「あのなあ・・・・。 そこまでされるとこっちが一気に脱力すんだよ。 第一、そんなキレイなカオ俺が殴れるわけねーだろうが」
もういい、そんな気なくした。 と呆れて天を仰がれた。
「ありがとうございます。 この顔で得をしました」
なのに(だから?) ついついぽろっと出てしまうそんな余計な科白。 こんな一言。
しかしこれはジェイドがジェイドであるが所以、むしろ自分の専売特許のようなものでどうしたって抑えることは出来ないし、
そもそも一番抑えずとも構わない人物相手、なのだから。
けれどピオニーはますます呆れ返った様子を見せる。
「おい・・・・。 その性格、なんとかしろ」
「今更ですね」
しかし飄々と悪びれもせず開き直ると、
「・・・・だよなあ・・・・・・」
最早とっくの昔に諦めているらしい(そして今新たに再確認したらしい) 彼は音もなく椅子から離れ、立ち上がった。
それから周囲を右に左に見渡し、
「相変わらず面白味の無い部屋だな、ココは」
大きな欠伸を、ひとつ。 時計の針はとうに零時を回っている。
「軍部に属する人間の執務室が愉快極まりなかったら困るでしょうに」
「そうか? まあ部屋の主のお前が面白いから別にイイけどな」
「・・・・・・・・。 それはさておき、やはり先程の発言の非礼はお詫びします。 申し訳ありませんでした」
確かに、あれはほぼ全般自分に非があった。
現状が現状であるがゆえ余裕がなかった反面、しかし相手がピオニーである事実もあって、悪い方に気を抜いた。
たとえ彼が主君でなくとも、相応に無礼で不敬な失言だった。 自分もまだまだ若輩者だ。
そしてこんな時、ピオニーはその大らかさを発揮するかの如くに全身で伸びをしつつ、至極簡単に笑ってみせる。
「別に構わねーよ。 そうそう出られねーのは事実だし、もし俺がフラフラ出ちまったら困る奴もいるだろうからな」
そんなところがジェイドは敵わない。 幼い頃から昔からこれからも。 たぶん一生。
そう痛感しながら合わせて自然に小さく自分も笑う。 作り笑い以外で笑ったのはもしかしたら久し振りかもしれない。
「そうなると、私の仕事が増えるのは明白ですね」
「ま、仕事なら仕方ねーだろ」
「まあ、貴方が絡むと果たして仕事なのか公用なのか私用なのか私事なのか、微妙ではありますが」
あっけらかんとした返事に、どうせなら同程度の軽口調で返しておいて。
「だったら、余計仕方ねーだろ。 お前は俺のなんだからな」
悪戯めいた言い回しではあるものの、まごこうことなき事実。
苦笑というより、微笑が浮かんだ。
「はいはいはい。 私も貴方絡みの仕事なら嫌じゃないですよ。 振り回されるのもワガママを訊くのも。 ―――― さて、そんな私はどうしましょうか」




「じゃあ、さっき殴らなかった代わりにおとなしくキスさせろ」




「はいはい。 それから?」




「してから考える」




眼前にふっと色素の薄い金髪が揺れたかと思ったら、ついっと寄せられる口唇。
それほど深いキスではなかったが、時間をかけて馴れ合いのように、思う存分戯れる。




「・・・・それから?」
息継ぎの合間、鼻先が触れ合う至近距離から先を促せば、
「・・・・・・全然、足りねー」
「そうですね」
「寄越せ」
「はいはい」
囁く声音で短いやり取り、今度はジェイドから深く深く口付けて貪り合う。




「・・・・それから?」
互いの口唇を相手の唾液で濡らしながらも名残惜しげに僅かに離れ、『これから』 を確認してみた。
するとピオニーは濡れた口唇に軽く舌を滑らせ、
「お前に任せた」
主導権と決定権とを、どうするもこうするもお前の好きにしていいぞとばかり、潔く全てジェイドにぶん投げてくる。
「まったく・・・・。 あまりそう私を甘やかすと、後々大変ですよ?」
そうは言いながらもたまらず苦笑を浮かべてしまうと、「違う違う、」 とピオニーは真正面から小さく笑って大きく否定。




「お前を甘やかしてるんじゃなく、俺が甘えてるだけだ」




妙に自信たっぷり、しかも何故だかやたら自慢げに宣言してしまっているあたり、彼らしい。




「ああ、そうとも言えますね」




だからジェイドも彼らしい彼に合わせ、自分は自分らしく余裕めいた表情で再び口唇を口唇で塞ぎ、長く激しく熱を伝え合う。
でも足りない。
触れずにいればそこそこ我慢出来たものを、しかし一度でも、否、ここまで触れ合ってしまったら、もう。
だが此処はあくまでも仕事のために設えられた部屋であって、寝具など置いていない。 仮眠を取るとしてもせいぜい椅子で間に合っていたし。
一瞬だがそう逡巡し、視線を周囲に巡らせた途端。
「、!」
ふいに胸ぐらを掴まれ、ぐいっと引き倒された。
「二人分の服を敷いときゃ何とかなるだろ。 床で充分だ」
揃って縺れる冷んやりとした床の上。
向かい合っているだけで自然と熱を湛える身体には、このくらい冷たいのがきっとちょうどいい。
「そうですね、今から陛下の私室に向かうほどの余裕もお互いに残っていなそうですし」
了承しました、と耳元に口付ければ、愉快気に笑われて。












「ホント、どうしようもねーよな」








「どうしようもありませんね」
















どうしようもないから、どうもしない。
どうしたってどうにもならないことも世界には星の数ほどあるから、
せめてどうしようもないほど熱い身体と独占欲と恋愛感情くらい好き勝手やりたい放題愉しみたい。


















(どうしようもない) 相手が貴方である限り。
















最後の一文は一応、幸・不幸どっちとも取れるダブルミーニングになっとります・・・・(判りづらい・そしてそう説明しなきゃいけないって一体どういうこと)。
なんだかさっぱりわからない話ですみませんでした。 ついでに本番に到る前に終わらせてスイマセン。