[ たとえばこんな日々日常 ]


※崩落編とレプリカ編の間の話、と思っていただければ幸いです






某日某国、某宮殿にて某皇帝の私室内。




唯一人、帝国に坐す誰よりも高尚で高貴な位であるはずの人物の口から、
溜め息とも呟きとも取れない倦み疲れた声が洩れた。


「王様稼業も、大変なんだぞー?」


ぐったりと寝台に顔から倒れ伏し、


「今日だって公務だの謁見だの検分だのって、朝から今の今まできっちりかっちり働きっぱなしだ、おかげで肩がこって肩がこって仕方ない」


即位するまで、王様ってのは玉座に座って鷹揚に構えて笑ってりゃそれでいいとばかり思ってたんだがそりゃ大間違いだった、とピオニーは続けてぼやく。


対して寝台脇、ピオニーきっての命令で先日誂えられたばかりの機能重視(モノをどこまでわかりやすく収納できるか) に重点を置いた机に向かい、
それまで怒濤の如く積まれた書類の束に一つ一つ目を通し、押印やらサインやら走り書きやらを終えたものを片っ端から脇に退け、『検閲済み』 の印が捺された紙束の山を作成していたのは他でもない、ジェイド・カーティス大佐で。
彼はピオニーの発言が耳に届くなり、あからさまに嫌な顔をした。


「・・・・ふう」


隠そうともしない嘆息と同時にペンを置き、
寝台に伏せたまま 「ああ疲れたうう疲れた」 としつこく呻く皇帝陛下に声をかける。


「・・・・今までのマルクトの歴史を少しでも鑑みて、どこからそんな馬鹿な、ああいえいえどこからそんな楽観的な展望が開けるのか是非ともお聞きしたいところですが」


「そりゃお前、」


「はい?」


のそりと顔だけを上げたピオニーの視線を真正面からジェイドは受け止め、
そのままじっと見つめあうこと僅か数秒。


こんな時、先に笑み混じりで口を開くのは大抵ジェイドの方だ。
今回も多分に漏れず、


「――――――。 でしょうね。 私のような家臣がいるのですから大変なのは当然ですか。 お察しします、色々と」


胡散臭いほどの、笑みとはいっても薄い笑顔と彼特有の、
あの澱みも抑揚もさっぱりない口調で返され、ピオニーは少しばかり眉を寄せた。


「・・・・嫌な奴。 撤回してやる。 それほど大変でもない、お前みたいのがいても」


「でしょうね。 それも承知していますよ」


言った途端にこれまた眼鏡の笑顔。
仮にも一国の皇帝相手にここまで遠慮も畏れもなく、何もかも余裕綽々で接することが出来るのはたぶん彼くらいのもので。


「・・・・ああわかった、お前がそういう性格でそんな性質だから俺が大変なんだ。 昔っからそうだった。 だから今も絶対そうだ」


ピオニーの寄せられた眉に、拗ねた響きが加味される。
しかし当のジェイドは意に介する様子も微塵もない。
置いたままだった万年筆型のペンにキャップを回し入れ、小さな笑みを絶やさず席を立つ。


「そうでしょうね。 ですがもうそれはそれで仕方がないので我慢して下さい」


そして言いながら告げながらちょうど三歩分、すたすたすたと歩を進めてベッド上、再び伏せられた金髪に近い側に歩み寄った。
一方でもう一度伏せった拗ね声の持ち主は拗ね様相のままだ。


「我慢、いや、辛抱か? どっちにしろ昔からずっとし続けて、気がつきゃ36まで来ちまってこの状態だ。 もしかしなくても全部お前のせいなんじゃないのか、おい」


そうして一息で言い終えたあと、忙しく再びむくりと上げられた顔、
その頬でぱさりと揺れた金髪を無造作に払ったピオニーにまたもやじっと見上げられ、
ジェイドはその笑みを今度は苦笑に変えた。


「そうですよ? 今頃気が付かれたのですか?」


だが笑みの種類を変えたところで、言っていることは結局無礼で不敬で無遠慮に不謹慎極まりなく。


「まさか。 とっくに承知済みだ」


「でしょうね」


諦めて答えるピオニーに、「ですからもう全ては『仕方がない』ということで遍く了承して下さい」 とジェイドは告げ、おまけに彼が次に取った行動は、「はい、少し脇に避けて下さいね」 と満面の笑み、直後には二人分の体重を受けて小さく軋むベッド。
自然に取られるマウントポジション。


「肩こりは、少し動けばすぐ良くなるかと」


「ん? でもお前が上に乗ってたら、俺が動くも動かないもないだろう」


揶揄めいた言葉に、紅い眼が楽しげに細められる。


「・・・・それもそうですねえ。 それでは、陛下には途中から張り切って頑張っていただくということで如何です?」


屈んだ拍子、金髪に滑り落ちる飴色の長い髪。
それに重なるようにして触れてくる口唇に、
同等のキスで仕種と行動をもって肯定を返しておいてから、


「まあ、それも悪くはないな」


ゆっくりとピオニーは言葉で返事をしてみせる。
息が触れ合うほど互いに近い距離で、今度はもう一度、更に深く口唇で貪り合おうとした、
そのとき。












「どうでもいいから、そういうことは別の場所でやっていただけませんか、陛下・・・・!」












部屋の隅から、切羽詰まって痛切な一声を響き渡らせた人物、
それは同室内にてブウサギたちに今夜の分の餌を与えていたブウサギ世話係、
ガイ、であって。


「おや、まだそこに居たのですかガイ」


居たも居た、部屋の中、位置は違えどガイは最初からずっと居た。
意外でしたてっきりもうとっくに帰ったかと、とほざくジェイドは白々しいにも程がある。
そもそも自分はジェイドと一緒に、ジェイドが書類の片付け・そしてガイはブウサギの面倒を見る、という名目でこの部屋に呼び付けられたのであって。


「ああ、すっかり忘れてたな」


ついでとばかり、ピオニーまで尻馬に乗ってくる。
わかっている。
これは間違いなくわかっててやってるだろ・・・! と心の中だけで憤慨しつつ、
ガイ如きがこの二人相手に対等に渡り合えるはずもないことも、哀しいかな自分が一番よく身にしみていて。
そして二人、性格も悪すぎる。


「世話が終わったなら早々に戻れば良いでしょうに。 それともガイ、仲間に入れて欲しいのですか?」


「なんだそうだったのか。 来るなら来いよガイラルディア」


人の悪すぎる笑みを浮かべるジェイドだけでなく、
ピオニーなどは、「お前のことは嫌いじゃないぞ、むしろ大好きな部類に入るからな♪」 と手招きまでしてくる有様だ。


「い、いや・・・遠慮します、俺はルークで充分、あ、いやそれはまた別の話で」


自然、当然の返答もしどろもどろになってしまう。


「何を言っているんですか、いい経験になりますよ?」


「そうだぞ、俺とジェイドと、こんなチャンス滅多にないぞ」


だから早く来い来い、と重ねて手招きされても。


「だからですね、俺は別にいいって・・・・と言うか、三十半ばの二人の間にはとても入って行けないというか、その」


せいぜい玩具にされるのが関の山だ。 考えるだけでオソロシイ。
ごく丁重に遠慮、して辞退したつもりだったのだが、
先程の科白の中、ある一点が彼の何かにどこかに引っ掛かったらしいジェイドに片眉を上げられてしまう。


「おや、言ってくれますねガイ。 そうは言いますが私も陛下も、無駄に歳をとってはいませんよ? 試してみますか?」


「そうだそうだ、若造」


「う・・」


思いきり一歩、後ずさる。
これ以上下手に何か口走れば、余計にヤブヘビになりそうな予感がひしひしと。


「突っ込んでも突っ込まれても、貴方など秒殺ですよ、秒殺」


「そうだそうだ」


「だ、だから遠慮するって・・・」


二歩目。 後ずさったところで背中にドアが当たった。
背中手状態、ガイは必死でドアノブを探し始める。


「というわけで、さあどうぞ来なさいガイラルディア?」


「遠慮なんかするなよ」


「し、してませんよ・・・!」


探る探る。 ドアノブはどこだ、どの位置だ。
必死で探す。
一応、ガイだって、初っ端から自分が揶揄われているだけということは百も承知だ。
だがこの二人の場合、この場合、冗談に実行が伴いそうでとてつもなく怖い。
嘘から出た真実、という言葉ならぬ、冗談から出た(自分にとっての)悲劇になりそうで、
しかも相手が相手、悪過ぎる。


「ほら、陛下もこう言ってくれているのですから。 貴方を真ん中に置いて、仲良く連結式といきますか」


と、その時。


ドアノブ、
ドアノブは、と我武者羅に彷徨わせた右手が求めていた部分を見つけたが早いか、


「だ、断固遠慮する! そ、それじゃ俺はここで失礼します陛下・・・!」


掴んだそれをガチャリと回し、持ち前の素早さで慌てて部屋から飛び出せば、
逃げ出して外から堅く扉を閉じたガイの向こうの扉越し、
中からは三十路半ばの二人の笑い声が思いきり、聞こえてきて。


(・・・まったく・・・)


タメイキが、嫌でも込み上げてきた。


(毎日毎日、これだ・・・・)


はああああ、と深く長い長いタメイキを一旦吐き終え、思う。
心底、思う。


(私怨はどうあれ、キムラスカは、今から思うとそこそこマトモな国だったんだな・・・)


国王からして普通だったし、
軍人の中にもジェイドみたいなのはいなかった。(あんなのがあちらこちらにそうそう居てたまるかという感もありまくるが)


変人、世に憚る。
しみじみとその諺(?) の意を噛みしめつつ、


(ルークは元気でいるかな・・・)


思うと同時、なんだか無性にルークに逢いたくなってきた。
目の前であれだけイチャつかれれば当たり前、とすれば納得だ。


「明日にでも、手紙でも書いてみるか」


可愛いかわいいルークを思い出しながら、
どこまで行っても使用人・ガイが大きな背伸びをすると、応えるように背中がパキンと鳴った。


















その頃皇帝の私室では、笑いを収めた二人がやっと行為に耽り始めた頃合である。





何がやりたかったんだかわからない話になりました。
苦労するガイをやりたかった・・・のか・・・・