[ アホな五夏のはなし ]


(※ 高専の頃のお話であります)






「悟。 そこに座れ」
「ハイ」
「違う。 正座だ」
「・・・・ハイ」




怒っている。
夏油傑が怒っている。
その表情と佇まいと声色からこれは本気だ、とその名の通り(???) 五条は悟り、体育座りから正座に脚を組み変え、素直に従った。
場所は夏油の部屋、キッチンへ向かう手前の一角の床である。 普段全く正座などしない五条は座って二十秒も経たないうち、地味に痛くなってきた脛をもぞもぞと動かしながら、
「す・・・、傑?」
眼前に仁王立ちでこちらを冷たく見下ろす夏油を仰ぎ見る。
そのまま、
1分、
2分、
・・・・・・・・5分が過ぎた。
この長い長い沈黙が、とにかく居心地が悪い。 そして足が痛い。
と。
「私が何故怒っているか、わかるな」
「・・・・・・わかる」
口火をきったのは夏油の方で、嗚呼、声も凄く怒っている。 抑え気味で抑揚があまりない。
「わかっているなら何故直そうとしない?」
「それは、」
その、と続けようとして口籠らざるを得なくなった。 五条としても言い訳も弁明もできない。
「それは?」
酷薄に促され、
「その、いや、だって帰ろうとしてたら急に任務の連絡が入ってさ、しかも今からすぐ直行しろって」
懸命に釈明の途を辿るのだが。
「それが三日前か?」
「ああ」
「そうか。 任務で出張自体は構わない。 私が言っているのは、どうして連絡のひとつも入れないのかということだ」
携帯の電波の届かない山奥の魔境の秘境が現場だったりでもしたのか、それとも手こずって携帯を壊すほどのダメージでも受けたか、もしくは何か、三日間の時空が歪む空間に放り込まれでもしていたのか、と至極冷静に言葉を紡いでくる夏油。 それが五条は物凄くオソロシイ。
「答えろ悟。 今が挙げた中で当てはまるものがあれば言え。 違う事象が理由ならそれを述べろ」
頭の上から、淡々と降る声も物恐ろしい。
情けなくも 「う、」 と言葉に詰まり ――――――。
「・・・・・・・・ゴメンナサイ」
全面降伏、正座したままべたりと五条は両手を床に付き、
「忘れてた」
ほぼ土下座に近い状態で白旗を揚げた。
任務は東京からそこそこ離れていた現場到着後、半日もたたずすぐに完了した。
与えられていた時間は三日間、その三分の一も終わらないうちに手っ取り早く完遂、旅先での解放感からパーッと遊びたい気分に駆られた。
しかし高専に任務完了の連絡を入れてしまえば即座に呼び戻されることがわかっていたため、鼻歌まじりで携帯の電源を切り、その足で最寄りの観光地やら繁華街やらでパーッとふらふらしていた。
一度だけ入れた高専への連絡は、あろうことか最終日になってから探しまくって探しまくってようやく見つけ出した公衆電話からかけた。
しかも 「無事完了。 あッもうブザー鳴ってる切れちゃうけど小銭ない!」 と十秒もたたないうち、自分から切って終わりにした。 もちろん自演。
携帯も戻ってくるまでの間、一度も電源を入れなかった。
そして高専はともかく、夏油からの着信がその間にいくつも残っていたことに気が付いたのがこちらに着いたばかりのつい五分前、「げッ! やべッ!」 とその足で彼のところに直行、叩くと無言で開かれた部屋のドアの中、今に至る。
「忘れた?」
「・・・・・・悪かった」
「それなら私が、今後一切君の言うことを忘れても文句はないな?」
「う・・・・」
またも言葉に詰まる。 平伏したまま言い返せない。 何も言えない。 何故って。




事は二十日間ほど前に遡る。
思いのほか平和で退屈な日々が続いて、高専から帰室後の在宅率が上がっていたその日の午後、
「なーーー、傑ーーーー」
五条の方から彼に持ちかけたのだ。
「メシ、作って」
「???」
普段からいつもから、「君は会話上のセンテンスが絶対的に足りない」 と夏油から常々言われていた通り、今回も思いきり訳のわからないカオをされた。 が、構わずそのまま。
「俺たちメシ、特にガッコウ終わったあとの晩飯とかメチャクチャ不規則じゃん」
「それが?」
今更何だ、とばかり眉を上げる夏油に、畳み掛けるよう指折り五条はまくし立てた。
「そろそろテイクアウトしたもの食うのも飽きてきた。 つって外で食って帰るのも、食いたいモノ決めて、店まで行って、そこでまたメニュー見て選んでオーダーして運ばれてくるの待ってから平らげて会計してまた帰るのが面倒くさい。 デリバリーも似たようなものばっかでヤダ。 買い置きはレトルトとインスタントばっかになるからそれも却下」
「なんてワガママな男なんだ」
知ってはいたが凄いな悟、と妙なところで改めて感心され、「フフン」 と得意気に五条は胸をはり、
「オマエ、結構自炊してたよな? 一人作るも二人分作るのも一緒だろ? つーコトで、ついでに俺の分も毎日頼むわ」
「自分で作ろうとは思わないのか」
「思うワケないだろ。 知ってんだろ俺の部屋、冷蔵庫しかないこと」
「そうだったな。 鍋も釜も食器すらほとんど無い上、冷蔵庫にも飲み物しか入っていなかったな」
初めの頃、それを知った夏油に 「どうやって生活しているんだ君は」 となかなか真顔で驚かれたことを覚えている。
晩メシだけでイイからさ、オマエが作るときだけでイイし、もちろん食費も毎月ちゃんと渡すからさー、とごろにゃん猫撫で声で頼み込み、半ば呆れ顔の夏油にお願いしおねだりし不承不承頷かせ、
「せいぜい一汁二菜がいいところ、19時半前後。 それで構わなければ」
「あーーーーやっぱオマエのこと大好き!!」
「こんなところで無駄に寄るな触ってくるな・・・・!!」
はしゃいで抱き締めようとして振り払われ、「ちぇッ」 と舌打ちしつつもそんな約束を言い出して取り付けたのは自分の方からだった。
そして翌日から、互いに用事や外出予定が無い限り夏油のところに毎晩上がり込み、そこそこ旨く作られた晩飯を食べて帰る/時々お泊まり、という日々を繰り返していたのだが。
数えて十日目に、今回と同じことを実は一度やらかしていた。
『任務でちょっと遅くなる、でも夜のうちには戻るからメシとっといて』 とメールしたのが19時、
しかし任務後、同行していた硝子とその場のノリで遊びに行ってしまい、帰ってきたのが朝6時。
そのときはまあ仕方がないなと大目にみてもらえたのだが、
今回は状態が違う。 状況も違う。 三日間音信不通、というのは完全完璧に自分が悪い。
一度目ならともかく、二度目は。
しかも高専には(タテマエはとはいえ) 連絡を入れたにも関わらず、傑に入れることをうっかり失念していた。
そういう礼儀には(彼曰くヒトとして当然、らしいが) 厳しいことくらいわかっていたはずなのに。




だから全面的に謝るしかなかった。 五条悟というものが。 こんな姿、絶対他では見せられない。
今この場所に自分たち以外の誰かがいきなり現れでもしたら、自分と傑以外マジで瞬殺の惨殺現場になるかも、と本気で考えながら、恐る恐る。
「その、三日間、ええと、メシ、何、だった、?」
妙な区切りになっているのは、恐る恐るそろそろと、段階的に顔を上げつつだったからだ。
すると夏油は引き続き淡々淡々、
「主菜を挙げるなら三日前が鯛の刺身と汁物、二日前が冷麺と焼き物、昨日が雑炊と揚げ物」
「う・・・・」
どれもそこそこ手のかかりそうなもののあたり、ぐうの音も出ない。
そして聞いた途端に腹が減ってきた。 時間は正確ではないがおそらくちょうど19時半頃のはずだ。
「ち、ちなみに、今日は・・・・」
おそる恐るそろそろ、おそる恐るそろそろと夏油を見上げ仰げば、
「もう済ませた。 いつ戻ってくるかも今の今まで知らなかったしわからなかったからな」
「俺、の分は、」
もしかしたら蹴り飛ばされるかもしれない覚悟(・・・・) で訊ねてみたら、意外にも。
「ああ、待ってろ」
くるりと夏油は背中を向け、キッチンまで行って何かを手に取り引き返し、戻ってきたと思ったら。
ポイ、ポイと手渡されたそれは、
『某ヒヨコのインスタントラーメンの袋』
『サ〇ウのごはんパック』
で。
「うわあ・・・・」
五条悟、たまらずココロの底から呻き声が出た。 自分の部屋に戻って食えということか。 けれどチキンのラーメンを作る鍋も、ごはんパックを温める電子レンジも自室には無い。 しかしこうやって手渡してくれるだけ良いと思えばいいのか、それともご立腹のあまりのイヤミ行動なのか。 どっちだ。
さすがに解かりかね、それらを抱えたまま茫漠と夏油を見上げ、ただ眺めていると。
彼はふう、とタメイキを吐き、無造作に頭を横に振りながら。
元々細い目、その目許を更に細めてまじまじと眺められ、
無意識、五条の喉がゴクリと鳴る。
空腹、胃を通り越して別の欲動が下半身に思いきりキた。
「・・・・・・・・。 三日分の余りが冷凍庫にある。 必要なら温めて食べろ」
「、」
言葉が脳みそに届いて理解するまで、一秒ほど。
「〜〜〜〜〜!!!! うあああ傑大好きィィィィーーーー!!!!」
「ッ!!?」
感激と嬉しさのあまり、床を蹴って夏油に飛びつき飛びかかり、油断していた彼を勢いに任せて押し倒したまではいい。 なのに、
「足・・・・! 痺れ、た・・・・」
仰向けの夏油の上、乗り掛かったまではよかったのだが慣れない正座をしすぎて、思いきり両脚が痺れてしまってこれ以上動けない。
「な・・・・、」
一方で夏油は不意打ちの驚きの表情を、ゆるゆると呆れたものに変えていく。
「重い。 どけ」
「ムリ。 痺れて動けねーもん。 ・・・・傑、このままベッドまで運んで」
「どうして私が」
「痺れすぎてマジ立てねー。 運んでくんないと、このままココで始めちゃうけどイイ?」
悪びれもせず、あっけらかんと五条は言い放って上着を脱ぎだした。 先程までの平身低頭ぶりは何処へ消えた。 自分でもわからない。
「何故こうなる? 自制が効かないにも程があるだろうが」
「あ、ソレはオマエが悪い」
「何?」
けろりと責任転嫁。 へらへら笑いつつ、上着から腕を抜いてそこらへんに放る。
「傑の存在自体がやらしすぎる。 無理。 好き」
「・・・・・・・・・・・・。 いくら何でも、理不尽と我儘が過ぎやしないか」
「だってホントのことじゃん」
「悟・・・・」
長い長いタメイキと共に、夏油の呆れ顔が諦観の色に移り変わっていく。 それを読み取って、嬉々として五条は右手は自分のシャツの釦にかけ、左手は夏油の着衣を乱し始めた。
























「そういえばさー」
シーツからむくりと顔を起こし、五条は言ってみる。
「入籍するとき、どうする?」
言いながら、ちょっと唐突すぎたかな、とも思ったのだが思いのほか夏油は大して驚いた様子もなく。
「何を言い出すかと思えば・・・・」
気だるげに首を横に振る。 あ、コレは別に否定されてるんじゃねーなとその仕種で理解し、後を続ける。
「五条 傑でも夏油 悟でもイニシャル今と一緒だし。 つーかどっちの名前もフツーにしっくり行き過ぎて逆に気持ち悪ィ」
「・・・・・・・・・・」
「どっちにするかなー。 俺がそっちに婿入りするのも、オマエをこっちに婿入りさせるのも面倒と手間は大体同じだろうしなー」
いっそ画数でみるとか?、と思い付きだけを口にすると、
「画数? 悟がそんなものに拘るとは思わなかったな」
ヘンなところで意外そうにじっと視線を向けられた。
「いーや全然? 言ってみただけ」
注視されて小さく笑うと。
「だろうな」
自分のそれより僅かに小さい苦笑が返ってきて、
しかし何より否定も反対もなかったことを是として受け取り大満足で、
「あーーーやっぱ俺、オマエのこと大好き」
たまらず五条は、枕に流れる自分が乱した夏油の黒髪に両手の指を通してこの上ないほど至近距離、
「そんじゃエッチと同じく、そん時になったらジャンケンで決めよーぜ?」
言いきって返事を待たずに、口で口を封じた。




















十日後。
懲りずにまたも同じことをやらかしくさった(※今度はうっかり灰原を一晩中連れ回して遊んでしまった) 五条は、
「い、今帰った、」
夏油部屋のドアを開けるなり、かなり本気の一撃をくらってふっ飛ばされ廊下の壁に叩きつけられたところ、部屋の中からポイポイと放り投げ出された自らの服やら下着やら靴やら歯ブラシやらエトセトラ(※傑'sルームお泊まりセット)、
その山に埋もれ伸びていたところをたまたま通りかかった夜蛾に発見され、
何故だか(・・・・) 夏油も呼び出され二人揃って延々と説教を受ける破目に陥ることとなった。
結果しばらくの間、
夏油からは嫌味目線てんこ盛りで無視だのスルーだの空気扱いだの、ありとあらゆる散々の放置プレイに加え、それがようやく過ぎ去ったあとも当然にして指一本どころか髪一本さえ触らせてもらえないお預けの日々が長々と続いてしまったのだが、すべては自業自得である。















全人類が思い付くイニシャルネタは必須科目だとおもいました