[ 甘ったるい五夏のはなし ]


(※引っ付く前という前提で見ていただけたら)






恐らく、全てはタイミングの問題だったのだと思う。




何もなく何事もなく何くれともなく終わりかけたその日の夕刻。
何やら何かを懐にてコソコソ抱えながら周囲を窺いつつ靴を履き替えて帰室しようとする灰原、
そんな彼に気付き取り立てて気配を消していた訳ではなく、声はかけずともごく普通に近付いて、後ろからヒョイと覗き込む五条。
突然の彼の出現に、驚いてそのブツをカタンと床に落としてしまったのは、完全に灰原のミスである。
「ン? 灰原、ソレ何」
「ううううわあああああ」
泡を喰う彼の足元にて、見事に極彩色のパッケージを上にしたそれを、
「へーえ。 見せてみ」
「うううううわあああああああああ」
五条は膝を曲げ、屈んでひょいっと取り上げる。
「女子 『校』 生&ミニスカナース? なんかフツー過ぎねえ?」
「うううううううわわわわあああああああああ」
狼狽えまくる灰原を他所に、パッケージ表、裏、をまじまじと眺めて。
「ふーーーん。 ま、イイか。 新品じゃないけどレンタル? でもないな。 ・・・・・・なあコレちょっと一日貸して???」
屈んだまま、膝を曲げつま先立ちの五条に下方から眺めやられたところで、灰原の耳は言われた言葉の意味をようやく理解したらしい。
「うううううわ・・・・・・・、 ・・・・・はっ?」
ほとんど反射的に、訊き返す。 と。
「? 今夜、ご使用予定だった?」
「え、あ、い、いえ、そういうワケじゃ」
とりあえず手に入れたからこっそり持ち帰ろうと思っただけです、と馬鹿正直に答えるけれど五条はそもそも聞いていない。
「そうだよなお前ら明日現地実習に実践あるもんな。 じゃあ借りてく明後日の夕方にでも返す」
「はい。 ・・・・はあ」
灰原としては、そんなに急がなくても構いませんが、と続けようとしたのだが。
すでにとっくに視界から五条の姿(と、DVD) は消えていて、数秒間呆然としたあと。
ただ何となし、「アレ、無事に戻ってくるかなあ」 と小さな溜息をついた。












「すーーーぐーーーるーーーー」
ノックもせず五条が夏油の部屋のドアを開けると、タイミングの良いことにちょうど彼も帰室したばかりだったらしい。
「何だ騒々しい」
手にしている上着を椅子の背に掛け、くるりと身体ごと振り向いた夏油に、
「コレ、一緒に見よーぜ?」
先程の成人向DVDを差し出してみせれば、ちらりと一瞥され、
「凡庸だな」
一言のもとに片付けられた挙句、
「君の趣味ではないだろうに」
憎たらしいほど冷静に真理を突いてくる。 それに内心感心しつつ、
「灰原が持ってた」
だからちょっと借りてきたプレーヤーの電源入れるぜー、と五条はずかずか室内に上がり込み、持ち主の承諾も得ないままテーブル上のリモコンに手を伸ばす。
一方、夏油が制止してくるかと思えばそれも無く、ただ淡々と。
「そういうモノは単独で見るものだろう?」
「えーーーー? 一人で見ても面白くねーじゃん」
こんなんエンタメなんだからさ、と五条は言いきってやる。
「そうなのか」
「そういうモンだろ? てゆーか俺DVDプレーヤー持ってないし」
「そういえば君の部屋には何もなかったな」
「つーワケで、ほら早く座れって」
床に胡坐をかき、テレビ画面の前に堂々と陣取る五条の頭の上、
ふう、と夏油の軽い溜め息が落ちてきたけれど。
気付かないフリをして、リモコンでボリュームを三段階ほど上げた。
まだ夕方の早い時刻だしこの部屋に上がり込むとき鍵もかけた覚えはないが、前触れもなくアポも無しに夏油の自室に突撃突入侵入侵攻可能なのは自分くらいだと五条はわかっている。
おそらくそれを夏油本人も知っているし承知していることも同様にわかっていたから。
隣に彼が同じよう腰を下ろすのを見計らい、[チャプター1] を再生した。








90分後。
[チャプター4] まで順番に鑑賞を終えた頃には、窓の外はほぼ暗くなっていた。
中腰でのろのろとDVDプレイヤーからソフトを取り出す五条を横に、
ふっと立ち上がり部屋の照明をオンにした後、窓のカーテンを閉める夏油。 揃って無駄口を叩こうとする雰囲気にはならず。
客観的に言えば、ピンクのミニスカナースもセーラー服の女子 『校』 生も出演女優は上の中、スタイルも良い。 胸もとことんデカい。 おそらく界隈ではそれ相応に有名女優なのだろう。 少なくともパッケージの修正詐欺ではなかった。 ストーリーは皆まで訊くなというレベルだったが、内容は普通にしっかりセックスしていた。 修正も最低限の範疇だった。
なのにこの漂う微妙な空気(・・・・) は偏に、ただただ偏にどちらも、自分も傑も全く、まッッッッたく持って興が乗らなかった(・・・・)、興に乗れなかった(・・・・) のが原因で理由で。
「・・・・・・。 ハズレ?」
沈黙に耐え切れなくなった五条は、パッケージに中身をしまいながらぼそっと零す。 と。
「そもそも見知らぬ男女の交尾を観て何を感じ入ればいいと言うんだ」
軽く頭をかきながら夏油がゆるく首を振る。 その言葉尻を捕らえて。
「マジで興奮しなかったのオマエ?」
「していたように見えるか?」
「・・・・・・・・反応も?」
「君は少しでも反応したか?」
「・・・・・・・・・・・・」
冷静に、とにかく平静に質問に質問で返され、五条は口をつぐむ。
自分でも驚いた。 本当に性的に何一つ、アタマもカラダも一切合切、感応のひとつも無かった。
初めの方こそ集中して画面を眺めていたけれど、前半が終わるか終わらないかのところではもう、揃って欠伸を噛み殺す努力を交互にしていたほど、興奮しなかった。 それでも何とか最後まで鑑賞したのは最早義務心以外の何でもなく。
はーーーー、と盛大に息を吐いた。 そして。
「コレちょっとヤバくねえ? 俺も傑も健全な男子高校生として問題アリだと」
「何に反応するかは個人によるだろうさ」
ぼやきは妙に楽観的、否、達観的な夏油の台詞に上書きされた。 それはまあ、そうなのだろうけれども。
何の役にも立たなかったDVDを無造作に床に置いて、五条は夏油との距離をはかってみた。 間にはリモコンが乗せられた簡易テーブルが一台と、彼の上着が掛かった椅子が一脚。 さすがに蹴飛ばして除けたら怒られるだろう。 だったら飛び越えるか。 けれどその隙におそらく避けられる。 ならば。
「傑」
「何だ?」
ここは正攻法で。
「キスしてイイ?」
「・・・・・・・・・・・・」
真ッ正面から訊ねたら、ありえないほど眉を寄せられ、判じられないほど倦んだカオをされてしまった。
そのまま5秒、10秒。 ただ時間が経過する。
「す、傑、・・・・?」
堪えきれず声をかけたら。
「ついに気が触れたのかと思ってな。 よりによってこのタイミングで触れるとは勘弁してくれ」
さてどうするか、と独り言ちようとする夏油は本気なのかそれとも全て戯言ととして流そうとしているのか、一概に判別がつかなくて。
だから正面突破のまま、突っ切るしかない。
「いや、オマエさっき、知らないヤツの交尾どーたらとか言ってたじゃん」
「それがどうした」
「だったら知らなくない俺とキスしてみれば違うんじゃねーかって」
「悟と? なぜ」
何だか今日の自分と夏油は随分疑問符が多いな、と頭の片隅で思ったが突拍子もない事を言い出したのはこちらの方だ。 彼からしてみれば至極当然の問いだと思われる。 が。 それにしては少しばかり冷静すぎる気がするのは五条の気のせいか。 ・・・・・・いや、元々いつだってこんな感じか。
何故だと問われ、仕方なく。
「傑だったら色々ラクだろって。 周りに余計なコト言わねーだろうし四の五の説明もしなくてイイし口説く手間もいらねーし俺のコトよくわかってるし。  ―――――― あ、コレ告ってるから」
「自分勝手と自分本位の極みにも程があるぞ悟」
「ズバッとそういうとこだよなー。 惚れるわー」
「・・・・・・・・どの口で言う」
呆れに呆れを重ねた口調で言われてしまったが、自分と彼であれば言ったもの勝ちだ。
再び沈黙が流れるかと予測したのだが、今回に限ってそうはならず。
「私は相応に面倒だと思うぞ?」
「知ってる」
ああ、また。
「って訳で、本気になってイイ?」
多すぎる疑問符に疑問符で返す、他愛無い遣り取り。
「それは私が決めることじゃないな」
僅かに口許を緩める夏油に。
いつの間にか距離を詰めていた。 五条の伸ばした指先が耳元と髪に触れる。 たまらず顔を覗き込んだ。
「もしかして俺に全部言わせた?」
「さあな」
何だか我慢できなくなってきた。 これからキスだけで済むだろうか。 済むはずがない。 全身が反応している。 さっきのアダルトDVDの存在意義は一体。 まあ切っ掛け&足掛かりにはかろうじてなったようなならなかったような。
「、」
五条はたまらず息をのむ。 吐息で前髪が揺れるほどの至近距離。 その隙間を埋めようとした瞬間。
「なんてカオをしてるんだ、悟」
小さく笑われ、ついっと鼻先を舐めてきた舌を追いかけて捕まえて、深く長く口付けた。

















翌々日。


五 「灰原コレありがと」
灰 「ハイっ! どうでした? お役に立てましたか???」
五 「全ッ然面白くねーしちっとも勃たなかったけど、別の方向でスゲー役に立った」
灰 「・・・・・・・・???」
五 「まあなんかたぶんそんなカンジで」
灰 「??????」


なんだか五条先輩やたら機嫌が良かったなあ、と灰原がぼんやり気付いたのは五条が去って少ししてからのことであり、こちらはこちらで無事に戻ってきたオトナのDVDをその日の夜、七海を無理矢理誘って招いて鑑賞したのだが。
七海曰く、「何の変哲もなく全く面白味がないな」 との感想に、
「じゃあ七海はどういうのがイイのさ」
もしかして貧乳派? と真面目くさって問いかけたところ、 物 凄 く イヤな顔をされ碌に答えて貰えず、見終えるなりさっさと帰られてしまって未だ彼の嗜好は掴み切れないままであり、どこぞの先輩方とは対照的にこちらは何の進歩も進捗も無いまま終わったとのことである。














10年前ならエロ媒体ってDVDで大丈夫ですよね・・・・?(震える)