[ 出すか出さないか滅茶苦茶迷ったはなし・前編 ]


(※ 呪術で一番最初に書いたのがコレでした)





ある晴れた日の放課後、「ふああ」 と欠伸混じりで五条が足を進めていた階段途中、ちょうど踊り場に差し掛かったところで。
「センセー!」
下の階から元気よく勢いよく、四段飛ばしで階段を駆け上がってきた悠仁に呼び止められた。
「先生、わかんなくなったから聞きたい事があるんだけど」
「ん、何」
よしよし自分から積極的に質問ができるようになってきたなイイ兆候だな悠仁、と機嫌よく、
「何でもどうぞ?」
とばかり見下ろした五条に悠仁は一段下で立ち止まり、どんな質問をしてくるかと思えば。


「ナナミンの攻略方法と、 攻略後のヤり方を教えて下さい!」


「―――――――――――― な、???」


一瞬、本当に一瞬、耳を疑って呆けて固まってしまった。 この五条悟が。
それほどまでにあっけらかんと悠仁は聞いてきて、五条の返答を期待に満ちた目で見上げてくる。
「あー、えーと、それは」
コホン。 無理矢理咳払いをひとつ。
「それはアレ? 攻略ってのは七海に勝つってこととか、ヤり方ってのもシメ落とし方とかそういうアレじゃなくて」
半ば独り言に近い台詞を口にする自分に自分でも少し驚いた。
「???」
そんな五条に悠仁は僅かに首を傾げながら、
「あ、そういうアレじゃなくて、ぶっちゃけ告白の仕方とセッ・・・・」
「ストップ」
途中まで言ったところで最後まで喋らせず、悠仁を抱えて瞬時に階段上、廊下左手の一番手前のほぼ使われていない空教室に飛び込んだ。 ピシャリと引き戸を閉める。 案の定、本日も誰もいない。
加えて周りに何の気配も無いことを確認してから、「すげー! またマジ瞬間移動!!」 などと小脇に抱えられたまま喜んでいる悠仁をひょいっと下ろし、
「セックス?」
自ら遮った続きの単語を口にしてみれば。
「そう。 そのヤり方」
先刻と変わらずあっけらかんと彼は頷き、
「五条先生だからぶっちゃけるけど、俺、ちょっと最近マジにヤバイくらいナナミンが好きで。 けど告るにしてもどうすればいいかよくわからなくて」
「それを僕に?」
「うん。 だって先生、わかんないことあったら何でも聞けって言ったじゃん」
「、まあ、言ったかな」
言った。 確かにそんなようなことは言った覚えがある。 けれどそれは例えば呪術関係や格闘関連の手引きに関してのことであったつもりで、まさかそっち方面での質問をここまで開けっぴろげに受けるとは思わなかった。
「攻略、ねえ・・・・」
呟きながら、手近にあった机に腰掛けて足を組む。 と、悠仁はその席の椅子の方にすとんと腰を下ろして胡坐座り。
「先生なら沢山モテてそうだし、なんかいい方法教えてほしくてさ」
「んー。 その前に僕の方からいくつか」
「?」
「悠仁が聞きたいのが、七海に今彼女/彼氏がいるのかどうかとか、あいつの過去の遍歴とかだったら悪いけど知らないって答えるよ? ついでに好みとかもほとんどわかんないし。 そのあたりはお互いプライベート尊重派だからさ」
付き合い自体はそこそこ長いとはいえ、さほど踏み込む柄ではなかった。 お互いに。
と。
「あ、それなら俺もう直接聞いた。 今は別に特に何も誰もいないって。 でもって昔のコトまで遡って詮索するのもどうかと思ったから、それは別にわかんなくてもいい」
「へえ」
おそらく何のてらいもなく世間話の一端として聞き出したのだろうが、彼から引き出すとはなかなかの手腕である。 加えて続けた部分、しっかり弁えていたあたりも誉めたい。
それを踏まえて、
「じゃあ、それなら僕が思う七海攻略方は」
「うん」
期待に目を輝かせる悠仁を、いいなあ若いっていいなあ可愛いなあとしみじみ実感を込め、3秒ほど眺めやってから。
「正面突破、かな」
五条悟のアドバイスにしてはごく普通、良く言えば定石、悪く言えば平凡、凡庸、更に悪く悪く表現するなら陳腐な返答に、てっきり悠仁はがっくり肩を落とすかと思いきや。
「〜〜〜〜〜〜〜〜やっぱそれしかないよな・・・・!!」
逆に拳を握り、どこか嬉しそうに頷いてがしがし頭をかく。
「俺も頭パンクするくらい沢山考えたんだけど、どうしたってそれしか思い付かなくて。 けど先生も同じ考えだったからスゲー安心した」
「それはそれは」
可愛いカワイイ教え子の、かいて乱れた頭に手を置き、ポンポンと撫でてやる。 そしてふと思い、
「あ、最後にもひとつ僕から質問」
「ん?」
悠仁の頭に手のひらを置いたまま、
「ヤり方、って。 いたす方? いたされる方?」
どちらにしたところで難易度レベルがそう変化するわけではないはず(・・・・そうか?) ではあるけれども、
五条としてもこれはきちんと押さえておかねばならない一点で、
とは言え、話の流れからそして悠仁の言葉からわかってはいたが、どちらかと言えば質問というより、確認だった。 するとやはり。
「いたす方」
「ちなみに悠仁、経験は? 男女どっちでも」
「どっちも無い」
即答も即答、この一年生は胸を張って(!!) きっぱり言い切ってから。
「・・・・いたされる方でもイイんだけど、向こうからはきっと絶対手ェ出してくれなさそうだしさ」
ぼそっ、と小声で呟いた一言にたまらず軽く吹き出しつつ。
「んー、そのあたりはなあ。 悠仁、フツーにオンナ相手の場合の段取りなら、そこそこ頭入ってる?」
「大体は」
「結果的に言っちゃうなら、どっちも大して変わらないと思うんだけど。 一番イイのは実践だけど、さすがにねえ。 僕が相手したげる訳にもいかないし」
僕としちゃ悠仁が望むなら相手してあげても全然構わないんだけどさあと危うく口を滑らせそうになり、
ヤバイヤバイ僕がお初貰っちゃったらイミないしね、と唇の端で止める。
「と、なるとあとはエッチなBlu-rayとか配信とかで勉強?」
僕の頃と時代も違うからねえ、今の子はどうやってるんだろうねえ、と軽く笑ってみせると。
「アレはアレで、なんつーか、プロが作ったエンターテイメントだからやっぱ実際の現実とは全然違って、あんまりアテにならない感じがして」
「そうだね。 あんなの真剣に参考にしたら相当痛い目みるね」
下手すれば炎上案件にもなりかねない、『女性相手ならともかく』、とかそういう区別差別の問題でもない。
始めから対象が対象なのだ。
五条は 「うーん、」 と一旦考えるフリだけをする。
一応曲がりなりにも悠仁の頭にセックスの段取りが入っていて、
尚且つ予習(・・・・) も不可能というのなら、最初から残された道は一択しかない。
「悠仁」
「ハイ」
腰掛けていた机から下り、僅かに屈んで悠仁と目線を合わせて。
「さっきからつまらない答えで悪い。 悠仁の頭の中にある、まあ普通の感覚に従ってヤるのが無難なところかな。 繰り返すけど、男も女もあんまり関係ないから」
すると悠仁はヘラリと笑って、
「わかった。 ありがと先生。 ちゃんと俺の話きいてくれた五条先生が言ってくれたんだから、全然つまんない答えなんかじゃないし。 スゲー参考にする。 ていうかそうする」
そんなふうに嬉しそうな顔をしてきた。 嗚呼カワイイ。 初めて会った時から気付いていたし知っていたしわかってもいたことだが、虎杖悠仁は本当に可愛い。
残念だなあ僕だったら今の一瞬でとっくに落ちてるんだけどなあと心の底からしみじみ思い、
苦笑しながら。
「このこと、恵とか野薔薇にはもう話した?」
些細ではあるが、大事な問いかけ。
「? 言ってない。 なんか二人とも忙しそうだったし、打ち明けるチャンスもなかったし」
「二年生たちにも?」
「誰にも」
言ってない、とぶんぶん悠仁は首を横に振る。 それにほどほど満足して、
「それならこのことは僕以外、誰にも言わずにいた方がいいなあ」
「なんで?」
「ヒトの口に扉は立てられない。 悠仁が自分から告白する前に、別のところから七海の耳に入ったりしても困るだろ?」
「うん。 自分から言いたい」
大きく頷かれ、よしよし、とまた頭を撫でてやる。 すると、
「あ。 実は最後に先生に一番聞きたいことがあって」
意を決したかのよう、真剣な表情の悠仁、曰く。
「ナナミン、次いつココに来る?」
「?」
「ここ一週間くらい、姿みてないから」
「???」
いや出張任務とかなければわりといつでも敷地内にはいるけど、と答えかけ、ああそうか、と即座に気が付いた。
自分とは違って、生徒である悠仁が任務関連もなしに用もなく直に此処に彼を呼び出すことは難しいのか。 言われればその通りだ。 もちろん連絡先だってわかってはいるのだろうけれど、むやみやたらに取ろうとしないあたり、やはりこの子は礼儀正しい、とても良い子だ。
危ない危ない、このままだとこっちが本気になりかねないなと五条は苦笑に失笑と自制を組み込みながら、
スマホのカレンダー画面を呼び出し、さらっと眺めてから、
「悠仁」
「ハイ先生」
「とりあえず、明日から三日間待ってて」
なんとかするから、と確約を告げてやる。
「やったー! さっすが先生」
椅子から立ち上がり、この上なく悠仁は嬉しそうだ。 途端、それを待ちかねていたかの如く下校のチャイムが鳴った。 生徒は完全下校の時間だ。 何事も無い、平和な一日で学校が終わった証だ。
こういう日が増えるとラクでいいなあと願ってもあまり意味のないことをぼんやり考えながら、
「質問っていうか、フタをあけてみれば相談だったね」
「あ。 そーかも」
「そうだ、それと、レポート出せとは言わないけどこの件に関しての進展も後転も何かあったら逐一すぐに僕に報告連絡すること。 OK?」
「OK!!」
「よし、じゃあ速やかに下校」
「ハイ! 五条先生サヨーナラー!!」
元気の良い挨拶のあと、ビシッ、と親指を立てて悠仁は窓から外に飛び出していった。
開けっ放しの窓の下、すでに遠くなりつつ彼の背中を眺めながら今更、気付く。
「・・・・上履きのまま?」
まあ、いいか。
不問不問、と窓とその鍵を閉め、入ってきたときとは違いのんびりと五条は教室を出る。
しかしながらその足取りは軽い。 何だか物凄く楽しかった。
少々煽り過ぎたような気もしないではなかったが、当たって砕けろの精神は若人には不可欠だし、
何事も経験は最良の教師である。
ただ。
(七海かあ・・・・)
いくら何でもぶっつけ本番じゃちょっと授業料が高すぎるかな、と現実を踏まえ、思案もしてみた。
さすが悠仁、お目が高いというか相手が相手だ。
さて、どうしようか。
























それから四時間後。
すでに此処以外の照明も落とされ、ほぼ完全に無人となった高専校舎、夜のロビーにて。
「・・・・・・・っていう悠仁からの相談を受けたんだけどさあ」
どうしよう七海、と五条はヒトの悪い笑みを作った。
五条の立場であるなら、こうやって突然七海を呼び出すことも、呼吸をするのと同じくらい簡単なのだけれど、さすがに悠仁には無理だよなあ、と改めて。
「他人には言うなと釘を刺した本人が何を」
「は? 他人じゃないじゃん。 オマエ当人じゃん。 張本人だろ」
「そういう問題ではありません。 即座に彼との約束を違えるというのは貴方の立場的にどうなんですか」
「ええー? 別にィー。 バレなきゃイイでしょ。 幸いにしてオマエは僕から聞いたことを悠仁にペラペラ喋るようなヤツじゃないし、そもそも僕がオマエに言わなくたって、悠仁の気持ちにはとっくに気が付いてただろうし」
ここまで、反論があるならハイどうぞと言ってやると、合い向かいのソファーで七海は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「ハイ反論ナシね。 ってことで、コンドームとローションとゼリーの三点セット、僕が手配しといた。 後で悠仁に渡しておくから。 ン? 渡しとくのはオマエの方がいいのか?」
「・・・・は?」
「あの年頃じゃ揃えるのも大変かと思って。 スイートチェリー。 手ほどきしてやんなよ」
脱・童貞。 悠仁もさ、オマエを選ぶなんてなかなかお目が高い、とわりと本音混じりで教え子を誉める。
「それは私に」
「突っ込ませてあげて?」
「・・・・・・・・・・」
まあ、予想はしていたが七海は絶句した。 彼に二の句を告げさせなくするなんて、かなりの快挙だ。
やろうと思ってもなかなか出来ることじゃない。 凄いぞ悠仁。
それとも絶句は自分に対しての絶句なのだろうか。 教師にあるまじき、とか。 未成年に何て教唆を、とか。
何だかそんな気がしてきたが、何を今更。
一片も悪びれず、五条は続ける。
「想像してみなよ、あのカワイイ悠仁に真正面から告白されてみ? ま、オマエの性格からして上手いこと諭そうとするかもしれないけど、その程度で引き下がる悠仁じゃないだろうしねえ」
「あの、」
「かと言って聞く耳もたないほど冷たくもならないだろうしなれないだろうし、聞いてやった挙句に撥ねつけるほどデリカシーのないオマエじゃない」
「あの、」
「つーかさ、あそこまで懐かせておいて 『いざ!』 ってところで拒否とかも有り得ないよなあ。 あの子相手に」
「あの、」
七海が何か言いたげに幾度も口を挟むが、無視をして。
「受け入れてやる以外、ちょっと対抗策が思い付かないだろ?」
「五条さん」
思いきりの溜息混じりで名前を呼んでくる七海は、頭痛でも起こしたのか片手でこめかみを揉んで
いる。 その仕種に五条はけらけら笑ってやって、
「あー、言わなくていい言わなくていい」
言いたいことぐらいわかってる、と先手を打つ。
「オマエはさ、一言で済む内容を10分かけて喋ることのできる実に器用で面倒くさいヤツだから、僕が結論から言ってやるよ。 ごく簡潔に」
五条の語りに、七海は別段驚く様子もなく、戸惑いの欠片も見せず、否定もしない。 反論もない。 そんな彼の態度と様子で、1000%察せる。
むしろ悠仁が悟れていなかったのが不思議なくらいだ。 それだけまだ子供ということか。
そんな子供を本気にさせた眼前の当人と、子供に後押しを確約してしまった自分。
結果的に共犯者みたいなものだし、との自嘲を隠し、
「あの子に対して、心が揺れたところで、もう決着はついてるんだよ。 若気の至りを叶えてやって、惑わされてやるのも大人の役目じゃない?」
言い切ってみた。
ソファーに沈み、両方のこめかみを押さえ続けている七海からの反駁は無い。
「と、いうわけで」
コホン。 勿体ぶって咳払い。 そしてニヤリと口角を上げる。 わかっている。 こういうことをするから嫌がられるのだ。 だけどやめられない。 だって楽しい。 面白い。
「僕は全面的に悠仁につくから」
声明を出す。 というか言い渡す。 すると、ようやくここで七海は眼鏡を取りつつ、顔をあげた。
「アナタ本当に狂ってますね」
何を言うかと思えば、そんなことか。
「いやいや。 僕が狂人だっていうなら、悠仁だって同じでしょ。 あの子のことも狂ってるって言える?」
「・・・・・・・・・・・・ある意味では」
「ほーら。 前半のその溜めが全部物語ってる」
「随分と生徒思いなことで何よりです」
同時に後輩思いでもあるけどね。 と笑ってやったら、今までで一番、物凄くイヤそうなカオをされた。
それからお互いに動かず言葉も発せず、ちょうど1分が経過したところで、
五条が、
「よーしじゃあついでに婚姻届も取って来とくからさ」
と追討ちをかけるのと、
「失礼します」
と挨拶だけは慇懃に残して立ち上がった七海がロビーから出ていくのとが同時。
あれ、こっちはちょっと煽り過ぎたかな、と残された五条悟はぺろりと舌を出した。








七海退去後。
悠仁に約束した三日後、二人きりにしてやる手筈はどうやって整えようか、
さすがに校内は避けた方が無難か。
と、なればどこかの簡単な任務に揃って放り込んで連泊でもさせてやるか、
いやいやいっそお高いシティホテルにでもぶち込んで云々かんぬんエトセトラ。
遠足の準備を整える一番楽しい時間の如く、鼻歌まじりに五条はひとり、プランを練り始める。
ああ楽しい。 メチャクチャ楽しい。














後半へつづく