[ 出すか出さないか滅茶苦茶迷ったはなし・後編 ]


(※ 前後に分けた意味はあまりないです)








3日後。
20時きっかり1分前に七海は悠仁の部屋の前に立ち、無造作にドアを2度ほどノックした。
と。
「ハイはいハイ!! 今開ける!!」
中からやたら元気の良い声がして、
「スゲー! 先生が時間ピッタリ・・・・・・・・ギャッ!!!!」
そんな言葉と同時に勢いよく開かれた個室のドアの内側。
待ち人の勘違い? 人違い? をしていたのか、訪問者が自分だと視認するなり、
「ごごごごご本人登場ーーーーーー!!!?」
悠仁はまるで悲鳴のような声をあげた。
「何をモノマネ番組みたいな事を言ってるんですか」
たまらず突っ込む。 しかし悠仁本人は全く耳に入っていない様子で、
「えッなんで、だって五条先生が8時に来るって・・・・!!」
などと一人、慌てている。
・・・・・・・・ああ。 即座に七海は大体、理解した。
眼前でアワアワしている悠仁にも理解できるよう、簡潔に簡便に。
「五条さんから、20時に君のところを訪問しろと言われたのは私です。 あの人の事だから、『誰が』 来るというのを伝えそびれたんでしょう」
告げながら、内心で嘆息する。
五条に呼び出され、話をしてからの3日の間、何やら彼はやたら楽しげに(・・・・) いろいろ思索、思案していたようなのだが、辿り着いた行き先が、
『やっぱ僕が小細工するより、オマエが悠仁んとこ行っちゃった方が早いよね! 別に悠仁を行かせてもイイんだけど、それだと理由付けとか面倒じゃん?』
だったのだ。
これは途中で考えることを放棄したのだろう、全部こちらにぶん投げるつもりかと踏んでいたのだが。
悠仁に正確に伝わっていなかったあたり、彼へのサプライズを仕組んだつもりか。 それとも。
などと詮無いことを考えていると、次に何を言っていいのかわからなくなった悠仁は口をぱくぱくさせたあと、
「ナ、ナナミン、久しぶり・・・・」
それだけ言って、ふいっと視線を逸らして口ごもった。 こんな姿は珍しい。 どうした。 五条から聞いていた様子とはかなり違うなと漠然と思い、
「1週間ほど前にも会っていますが」
助け船にもならない(・・・・) ツッコミを再び入れて、「え、あ、そ、そうだったっけ」 と未だ落ち着く様子のない悠仁が呟くのを耳にしながら。
「とりあえず、入れていただいても? ココでは伏黒君にも迷惑でしょうし」
部屋先、ドアを開けたままのこの状態では隣室の伏黒にも多少なりとも聞こえてしまう。 すると悠仁は素直に七海を室内に招き入れつつ、
「伏黒、昨日から出かけてていないよ」
背中でドアが閉まる。
「帰ってくるのは明日の夕方だってさ」
と言ってきた。
「・・・・・・・・。 そうですか」
それも五条は織り込み済みだったのか、偶然か、俄かには判別し難い。 半々といったところか。
さておき。
用件は手短に切り出すに限る。
「私に何か言いたいことがあるとか」
「うッ・・・・・!」
単刀直入に訊くと、悠仁は喉に声を詰まらせ、一瞬だけ目線を伏せ、それから改めて意を決したよう、真っ直ぐ自分を見ると一緒、すうっと深く息を吸ってから。


「好きです!! 老後の面倒もみる!! だから俺のモノになってナナミン!!」


ド直球で告白してきた。


いくら伏黒不在といっても。
声が大きすぎる。
(おそらくというか十中八九) 今頃、彼にしか出来ない何某かの技を使って(・・・・) このやり取りを盗み聞いているであろう五条は大爆笑しているに違いない。
「い、今はナナミンほど稼ぎとかないけど、出世払いで」
俺いろいろ頑張るからさ、と重ねて続ける悠仁に、
「虎杖君」
名前を一度呼ぶ。
「そこまで大声を出さなくても聞こえます」
「ゴ、ゴメン」
「加えて老後の面倒と言われても、年齢もそこまで離れている訳でもないでしょう。 そもそも私より五条さんの方が年上です」
「そ、そうだっけ?」
「はい。 ・・・・・・・・ところで一応、確認なのですが」
「?」
「先程の告白の台詞から鑑みるに、私に抱かれたい、ではなく、私を抱きたい、と」
ド直球でぶつけられたがゆえ、こちらもド直球で返す。 すると眼前の高校生(・・・・) はてっきり躊躇するかと思いきや、
「ウン」
はっきり素直に頷いてきた。 そして。
「だってさ、絶対にそっちからは手とか出してくれねーだろ?」
「まあ。 自分から未成年の生徒と関係を持とうと思うほど耄碌もしていません」
「だったら、俺から仕掛けるしかないじゃん」
「・・・・・・・・。 そうですか」
七海としてはわかるようなわからないような理屈だったが、取り立てて異論は思い浮かばなかった。
見れば悠仁は、うう、と唇を噛みしめている。
そんな姿はどう贔屓目にみてやったところでやはり十五歳で、こんな無謀(な告白) と無茶(な要求) を看過されて赦されるギリギリの歳であることは間違いなくて。
悠仁には悟られないよう、七海は小さく息を吐く。 それから。
「ところで。 今の話はどこまでが冗談です?」
「なっ・・・・!!」
訊ねた途端、『ガーーーン!!』 という擬音を背後に浮かべ、悠仁は泣きそうなカオになる。
「・・・・。 冗談です」
「初めてナナミンの冗談聞いた。 ・・・・タイミング悪すぎ」
泣きそうなカオから、少しばかり声と表情に拗ねたものが混じった。
「申し訳ない」
「うん」
「了解しました」
「うん。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へっ???」
悠仁は頷いて、直後、ぽかんと呆けたような数秒間のあと。
それって、と恐る恐る七海を見上げてきた。
「オッケーて事???」
「ハイ」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜、やったーーーーーーーーーーー!!!!」
「・・・・・・・・。 大声が過ぎます」
ぼそっと言ってみたが、まったく聞いている様子はなく。
嬉しさ余ってぐっと拳を握りしめた悠仁が、次にどういう行動に出るかと観察していたら。
「あ、あのさ。 ・・・・・・・・キスしてイイ?」
これまた弩ストレートに訊ねられる。
そうきたか。 まあ構わない。 減るものでもなし。
「ハイ」
自ら一歩近づく。
「と、届かねえ・・・・しゃ、しゃがんで?」
背伸びをすれば届くんじゃないですか、と突っ込んでみようかとも一瞬考えたが、余計なことは言わないことにした。
「ハイ」
少しだけ屈みこんで中腰。 そのうえで七海はもう半歩、近付く。
「うッ・・・・」
「虎杖君?」
「めッ・・・・眼鏡! 眼鏡邪魔、それ外して」
「ハイ」
素直に従ってやって、視線を合わせた途端。
「ッ! ・・・・余計、ハズカシくなった・・・・」
動悸息切れ、ヤバイ。 と悠仁は呟いて、更に。
「マジ口から心臓出る。 つーか心臓どころか、宿儺の指とか吐き出しそう」
とんでもないことを言い出した。
「それは勘弁して下さい」
そんなことになったら、流石に収拾がつかない。
たかだかキスのひとつやふたつでそんなに躊躇されるとは想定外だった。
やはりまだ幼い。 よく言えば未通娘い。 意地の悪い見方をするなら、度胸が無い。
とはいえ全ては生きてきた年数と、経験の差から来るものでしかなく、悠仁に責任があるという訳でもない。
が、こんな子供を止めるどころか諭しもせず、更に焚き付けたなんてやはり五条はどうかしている。
しかしそんな子供の願望を諾々と聞いてやってしまっている自分も、結局は同じで。
微妙に狼狽え気味の悠仁に、七海は。
「では、宿題にしましょう」
課題といっても構わない。 
「・・・・えっ!?」
「決心がついて、致せる自信がついたら連絡をくれれば。 それではこれで」
おやすみなさい、と辞去を告げ、
「・・・・・・・・・・・・。 お、おやすみ。 なさい」
呆気に取られたままの悠仁を残し、七海は部屋を出た。




――――――――――――――― 全てが玄関先、靴さえ脱がないまま終わった話だ。




























翌日。
この時間にしては珍しくも他に人のいない、高専校舎、昼休みのロビーにて。
「・・・・・・・っていうコトになったんで」
ありがとう五条先生、と悠仁がお礼がてら、結果報告をしてきた。
「よしよし。 良かったね悠仁。 七海には叱られなかった?」
「全然」
へえ、と五条は少々意外に思ったけれど、ああでも今更叱るアレでもないか、と自己完結する。
一方で悠仁は悠仁で、
「けどちょっと順調すぎてビビった。 叱られはしなくても説教の一つや二つくらいされたりするかと思った」
そんなことをやたら嬉しげに言う。
「ええ? 七海のお説教はオソロシイよ? 長くてもヤだし短かきゃ短いで怖いし」
悠仁まだ説教されたことなかったっけ、と聞くと、「うん。 まだ」 とこれまた溌剌とした返事、おまけに。
「正直言うと、一回くらいなら叱られて説教されたりしてみたいかなって」
へへへ、と照れ笑い。
「うわあ・・・・」
あまりのぞっこん(・・・・) ぶりに(・・・・)、五条が舌を巻いたところで、
昼休み終了の予鈴が鳴った。
「あッやべッ次の時間、校庭だった着替えねーと!! じゃあホントありがとね五条先生!!」
言ったが早いか、慌てて教室へ向かって走り出す悠仁にひらひら手を振り見送って、
今度は背中にしたロビー入口、そちらからの気配を察知して。
「七海ィ」
些か間延びした声を出しながら振り向けば、当の本人の姿が。
「聞いてた?」
「いえ」
本人を目の前にして聞いてたも何もないわな、と一方で苦笑しつつ、改めて。
「オマエ、あの子目の前にして何もさせずに終わらせるとか逆に凄くない?」
七海の情緒、生きてる??? とまじまじ見遣ってやる。
「生きてますよ。 だからお預けにしたんです」
さらりと彼は答えるけれど、どこまで信じていいものか。
「虎杖君から聞き出したんですか」
「んー。 悠仁から報告してきた。 って言っても進捗状況と報告連絡相談しろって言ったの僕だけど」
「てっきり盗み聞きでもしているかと思っていました」
「僕のコト何だと思ってる? そこまでデリカシー無いワケないでしょ」
どうせ盗み聞くなら、本番を盗み見るよと笑ってやると、
「悪趣味が過ぎます」
真顔で嫌がられた。 あははともう一度笑ってやる。
「『いざ!!』 って時が来たら、僕が誰にも邪魔されない帳、おろしてあげよーか」
「結構です」
即座に撥ねつけられてしまったが、七海のためじゃない悠仁のためにだよと平気で嘯いて、それから。
「ちょっと本気で可愛いよね悠仁。 あー、失敗したなあ。 先にお手付きしとけばよかった」
あながちウソでもない台詞を吐いてやると、
「貴方のそういうところが駄目なんです。 昔から」
たぶん今までで一番、本当に一番イヤな顔をされた。
「はは。 ゴッメーン!」
「・・・・・・・・。 失礼しました。 『貴方の』 じゃない。 『貴方は』 です」
「ん? 何?」
「貴方はそういうところが駄目なんです。 昔から」
言い換えて言い直した七海に五条は。
「どっちだって一緒。 どっちにしたって直す気ないしー」
あっけらかんと宣言、
重い重い溜め息をつく七海に。
「さあて次はどんなアドバイスしよっかなーーーーー」
可愛い教え子の恋路を発展させるため、五条は楽しげに笑った。
本当に楽しかった。
これでしばらくは無駄に退屈せずに、済みそうだ。






















おそらく続きは書かれないであろう話。 自己満足で終わりました。