[ イン&アウト ]






七月。
まだ突入したばかりだというのに、まだ梅雨も明けきっていないというのに、とにかくこの日は暑かった。
気付かないうちに一ヶ月ほど季節が進んでしまったのではないかと錯覚しかねないほど空は真夏真っ盛り、
腹が立つほどの晴天青空の下、
「暑ぃ・・・・マジ、暑ぃ・・・・」
とんと非生産的この上ない呟きに似たぼやきを一人発しつつ、
全力で自転車を漕いでいるのは高尾である。
思い切り道交法違反であることも承知の上で、漕ぎながらも携帯を取り出し、
発信してみるとちょうどコール五回、で繋がった。




『何だ』
「何だもなにも、ノート! 真ちゃんとオレの数Tのノートが入れ替わってんだよ、で、今オマエんちのすぐ近くまで来てっから」
『明日渡せば良いことだろうが』
「そんじゃ間に合わねーの! オレ、まだあと3ページ分問題解いてねえし」
『オレは済んでいるのだよ』
「だーかーら! オマエは終わってても、オレのノートが今日オレの手元になきゃ明日の一限提出に間に合わねーだろ!?」
『終わらせていないのが悪い』
「それを言ったらおしまいだって・・・・。 この暑い中、家帰って気付いて速攻またチャリ漕いできたんだぜー?!」
『いい体力作りになるな』
「真ちゃん・・・・」




少しでも優しい言葉を期待したオレが悪かった、といつもの如く、素っ気無くつれない緑間と携帯ごし、
会話をしながら目指す場所に到着し、キキキと急ブレーキで止まって素早く自転車から降り立った緑間宅の玄関ドアの前、
とりあえず形式だけでもインターホンを鳴らそうと高尾が指を伸ばしたその途端。
前触れもなく眼前の玄関ドアがガチャリと開いて、
「、早かったな」
半分ほど開かれたその間から姿を見せたのは、当の緑間本人だった。
あまりにも見事というしかない、グッドタイミングの中のグッドタイミングっぷりに、
「コレ、いくらなんでもベストタイミング過ぎねえ? やっぱオレと真ちゃんて繋がってるよな」
やっぱ緑の糸でぐるぐる巻きに繋がってんだよオレとオマエ、と捲くし立てる高尾に、玄関の中から緑間は小さく溜め息をついた。
「通話をしていたのだよ。 声が聞こえないはずがない」
「あ、まあそう言われりゃそうか」
簡潔な答えに高尾は納得する。 確かにその通り、すぐ近くからコールして、通話しながら辿り付いたのだ。
となるとベストタイミングでの出迎えも奇跡でもなんでもなくて、
「あーあ、つまんね」
少々気落ちしながらも、それでもすぐさま切り替えて気を取り直し、
鞄をがさごそ漁って「ほらこれオマエの」、「・・・・。 どこで入れ違った」、「たぶん昨日の部室でじゃね?」、「そうか」、「テスト前部活停止一日前ってことで、いろいろバタバタしてたからきっとあん時だろ」、「そうだな」 などなど話しながら彼にノートを渡し、緑間からも自分のノートを受け取って。
すると玄関先、ノート交換さえ終われば他に用は無い、とばかり、「早く帰って解いて3ページ分を埋めろ」と素っ気無くドアを閉められかけてしまったのだが、
こんな程度の緑間のつれなさには日常茶飯事、慣れている。
閉じられかけた玄関ドアの間にがしっと素早く足先を滑り込ませ、完全に閉まるのを阻止。
続けて緑間が対抗策を持ってくる前に(そして自分の足先が折れる前に)、先手必勝、
「てて・・・・、」
無理矢理ドアとその隙間に肩をねじ込み、力に任せぐいぐい上半身を割り込ませた。
炎天下の中、わざわざここまで来たというのに、こんなところで閉められてしまっては困るしイヤだ。
「あーもー! 愛想なさすぎにも程があんだろ!」
「な・・・・、」
閉じようとする緑間と、無理矢理入り込もうとする高尾の力が、ドア一枚を巡ってせめぎあう。
純粋に有利であるはずなのは、ただドアを閉めてしまえばいいだけの緑間の方だったのかもしれないのだが、
離せ退け身体を引くのだよ高尾、との声が聞こえてきたあたり、彼が全力を出せていないことは明白で。
それを良いことに、とにかく力任せで身体ごと中に押し入ろうとしていると、
「何なのだ・・・・オマエは・・・・」
先に力を抜いたのは緑間だった。 諦めたといったほうが正しいか。 高尾の一本勝ちである。
「真・・・ちゃん・・・もうちょっと労わってくれたってイイだろ・・・」
二人揃って妙に息が切れているのは、こんなクダラナイことで無駄に体力を使ったせいだ。
それでも、
「けど、オレがケガしたらやっぱ嫌だし困るから力緩めてくれたんだよなー。 ま、結果オーライ?」
「断じて違う。 ドアが壊れはしまいか心配だったのだよ」
軽口にもきっぱり跳ね付ける緑間にあーあ、と高尾が苦笑で返すと、
「それでこれ以上何の用がある」
改めて、問い掛けられた。
「?」
ああそうだった。 無理矢理入ることばかりに夢中になって、危うく忘れるところだった。
「ん。 そうそう。 コレ、買ってきたから一緒に食おーぜ。 ついでにノート写させてくれよ」
途中で立ち寄ったコンビニで飲み物だのパンだの菓子だの、適当に二人分買い込んだものの入った袋を見せ、冷たいモノも入ってるから早くしねーとぬるくなっちまうからさ、と告げたのだが。
「・・・・遠慮する」
高尾に対する、緑間の返事はにべもない。
「えー???」
どうしてだよ、とつい詰め寄れば。
「ノートは明日まで貸してやろう。 帰って写せ」
「それじゃオレがここに来たイミが半分なくなっちまうって・・・・」
なんでそんな頑なにオレを家に上げることを拒絶すんだよ、
もしかしてもう別の誰か来てて(※・・・・誰だよ)、浮気でもしてんのか真ちゃん?! と大袈裟に喚き出そうとする高尾に緑間は簡潔に冷静に。
「今日はオレしか居ない日なのだよ。 そんな日にこの後に及んで誰がオマエなど部屋に入れるものか。 危険極まりない域を超えている」
「!! それマジ!? マジ 『一人でお留守番』 ってやつ!!?」
「!!!!」
咄嗟にぽろりと口から出てしまった事実を告げる台詞に、緑間が後悔してももう遅い。
「オマエ、ときどきアホだよな」
「何ィ!!? オマエまで言うか!!」
「え、他に誰かんなコト言うワケ?」
「・・・・・・・・・・昔の話なのだよ。 黒子だ」
「あー、納得。 確かに言いそうだよなアイツなら」
アイツならまあ、いい。
しかも中学時代の話のようだし。 それなら、いい。
けらけら軽く笑いながらも、ココロの中では会心の笑みを浮かべ、高尾は更に後押し。
最後の手段、拝み倒しという浅はかだが卑怯で、しかし一番効果のある一手に出る。
「なー? 明後日から期末だし来週まで部活もないんだぜー? その前にこう、やる気充填させてくれって」
下僕にも僅かなりとも報酬ってモンが必要なときだってあるんだぜ、とワントーンだけ、声を落とす。
本当はこんな柄でもない台詞なんか言いたくないのに、もっと普段の軽い言葉で攻め込めればいいのに、




むしろ願うのは馴れ合い。




骨の底から、骨の髄から馴れ合って成れの果て、




――――――――― そろって何処にも行けなくなるくらいに。




「なあ、真ちゃん?」




ダメ押しのように続けたあと、顔を覗き込むと緑間は長い沈黙のあと、




「・・・・・・・・わかった」




 普段と何一つ表情を変えないまま、頷いた。

































「うおッ」
まだ回数的には片手で数えるほどしか無い、
緑間の私室に入った直後、あまりの室温に思わず二の足を踏みかけ、ぐっと高尾は踏みとどまる。
「な・・・・なんでこんな暑いんだよこの部屋」
「立地・位置的に風の通りがほぼ無いのだよ。 空気が循環せず、冬は良いが毎年夏は困っている」
「・・・・・それでほとんど汗かいてねえオマエって一体」
「先程までここよりは涼しいリビングに居たからな」
「エアコン、付けようぜ」
「節電なのだよ。 心頭滅却すれば火もまた涼し、の精神で乗り切れ」
と、言われてついつい、高尾はボソッと。


「・・・・・・・・それ唱えた坊さん、自分の寺で信長の焼き討ちにあって焼け死んじまってるから」


「!!!!」


「ま、それはそれコレはコレ」


笑って流して、整理整頓された部屋の中、目敏くエアコンのリモコンを見つけて勝手に冷房のスイッチを入れたが、幸いなことに緑間のお咎めはなかった。


そうしてすぐに効果を発揮し、ぐんぐん涼しくなっていく部屋の中、
小さな作りテーブルに向かって床に座り込み、そこそこ真面目に数Tノートを高尾が写し取り、
その相向かいで緑間は何かの本に視線を落として大体30分後。
あと一問、書き取れば終わるといったところで。 ノートから目線を外さず、書き取る手も休めず高尾は。




「写し終わったら、ヤろうな」




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」




あざといほど素直にストレートに口にする高尾に、どうやら緑間は頭から無視を決め込むことにしたらしい。
だがこの程度の沈黙は苦笑で簡単にスルーして、
じゃあ別の角度からもう一度。




「だってもう入っちまったし。 オレ」




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」




またもきっぱり無視されても、高尾は聞かない。




「この部屋にもオマエん中にも」




もしかしたら怒られるかもな、と思いつつも一言の元に言い切った。




だからいろいろ策を練る。
だから各方面に手を回す。
だから搦め手で、
だから。




オマエだってわかってるハズだろそれくらい、とにんまり笑ってやると、
緑間は眼鏡の奥、一瞬呆気に取られたような表情をしたあと、
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・高尾」
深い深い溜め息をついた。
「ん? それって諦めのタメイキ?」
「・・・・・・・・・・呆れているだけだ」
「それでも愛想尽かされないあたり、やっぱオレって愛されてるよなー♪」
言って 「違う」 などと一蹴される前に、絶妙のタイミングで小さなテーブルをどかして膝を詰め、ずいっと緑間の上に乗り上げる。
体重をかけ彼の身体に乗ったまま、間髪入れずキスをするため顔を近づけたところ、
「・・・・・・・・。 オレはオマエがわからん」
今になって、今度こそ諦め混じりの表情でそうぼそりと呟かれてしまった。
思わず接近を一瞬止めた高尾だったのだが。
「あ。 実はオレも」
余裕の口調で返しておいて、
「真ちゃんのコト、まだ全然よくわかってねーもん。 だから毎日毎日、下僕の地位に甘んじて色々追求してるんだっつの」
「・・・・・・・・・・・・」




「だからさ、 ・・・・・・このままヤってOK?」




「・・・・・・・・・・・・」




もう一度告げて囁いて、ほんの僅か数秒待つ。
まあ大抵、ここまで持ち込んだ(持ち込めた)状態の場合、返事が無いのは合意の証し。 (実は勝手にそう高尾が決め付けているだけなのだが)




「眼鏡、邪魔だな」




激しいキスの途中、眼鏡を取ってやって緑間にはバレないよう、エアコンの設定温度を限界まで下げようと手探りでリモコンを引き寄せる。
冷房設定は最初の25℃から一挙に降下、下限の18℃。
きっと寒いほど涼しくなるであろう部屋の中、没頭する彼の肌と体温は外側も内側も至上の贅沢、クセになりそうだ。








いつか、







いつか、互いの全てを分かり合える時が来るのなら、叶うならば共に頂点に立てた瞬間であればいいのに。













何がやりたかったのかもよくわからない話。
精進したいです。