[ 被虐か、否か ]







「悪ィ!! 本ッッッ当!! に悪かった!! ごめんな、って・・・・!!!!」


「・・・・・・・・・・・・」


もうじき完全下校時刻の迫った、がらんとした部室内にて平身低頭、高尾は謝り倒す。
その相手は言わずと知れた緑間で、
当の彼の様子様相はといえば、ほとんど普段と変わらず、
パッと見には別段腹を立てているようでもなく、素っ気無い態度も大していつもと大差ない。
の、だが。


「なあ頼む真ちゃん、ここらへんでいい加減許してくれって、マジ全部オレが悪かったからさあ」


「許すも許さないも無いのだよ。 別にオマエが自分の時間をどう使おうと、オレの知ったことではない」


「!!   んな冷たい台詞で返されると・・・・マジ凹む・・・・」


高尾はわかる。
高尾には、わかってしまう。
緑間真太郎、カオも口調も一見通常モードに見えはするし、
冷たい台詞もまあ基本、日常モードではあるのだけれど、
高尾には、自分にはわかるのだ。
そう。 この感じ。 こんな感じ。 コレはかなりそこそこ、ご立腹モードの緑間真太郎なのである。
何故わかるかと聞かれれば答えはただひとつ。
この原因と元凶が自分にあるからで、つまり自分がちょっとばかりやらかしてしまったからであって、
端的に一言で片付けてみるならば、、

『昨日の日曜日、寝坊して待ち合わせ(高尾語録の中では:デート) をすっぽかしてしまった』

のだ。 
11時に某大型書店で落ち合う予定で約束だったのだが、
寝坊して目が覚めたら気がついたら11時半を回っていたという悲劇に加え、
せめて11時を何分か過ぎたところで緑間から一本でも連絡が入りでもしたなら、
その時点で目を覚ますことも可能だったはずなのかもしれないのに、
待たされているはずの彼からも何も連絡は無くて。
とにかく慌てに慌てて11時37分にこちらから彼の携帯に電話をしてみるも、
無機質この上ない、オヤクソク 『電波の届かないところにあるか、電源が入っていないため以下略』
のアナウンスが流れるばかり。
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!! と頭を掻き毟る勢いでとにかく全力、
全速力で待ち合わせ場所に向かったものの、時すべて遅し、
彼の影も形もそこに見つけることは出来ないまま、
昨日一日は連絡すらつけることが出来なかった(何度電話しても例のアナウンスが流れるだけ)、という顛末。
加えておまけに、本日朝イチで謝り倒そうとしていたのに、
間が悪いのか運が悪いのか、今日に限って朝錬も無い。
なら教室、前後の席であることを最大の強みに、休み時間にでも空き時間にでも隙を見て詫びまくる手筈で気合いでいたところ、
まさかとは思うけれど黒子にでも学んだのか気配を消す極意を独学で悟ったのか、
高尾が声をかけるその前に、休み時間になった途端に 『すいー、』 『すすすす』 と地味ーに、
しかし妙に素早く、しかもやたらと上手く教室を出て行ってしまうため、それすら不可能で。
しかも一番長い昼休みなどはその境地で、どうやってあのでかい身長とやたら目立つ髪の色とを消し去って姿を消したのか、高尾の必殺技(?) この鷹の目を使ってもその後すら追えず(!!!!)、
居場所さえさっぱり掴めなかったという体たらく。
こうなると完璧・完全に高尾の敗北である。
そうしておまけのおまけ、部活の最中でも接触は本当に必要最低限、の範疇で抑えられてしまい、
さっきだって周囲の連中に紛れて黙って 『ささささ』 と姿を消されようとしていた寸前、一歩手前で、
「待てって!! 今週一週間、ジャンケン無しでずっとオレが漕ぐから!! だからちょっと待った!!」
と叫んで何とか部室内に押し留め、
「カギ、オレかけときますから」 と無理矢理口実を作り、先輩たちまで含めた周りの外野連中が全員、姿を消したところで冒頭、
やっと昨日の不始末を謝り倒すところにたどり着けた、という段階だったりする。


だから正直、やっと向かい合えたというところであって、実際は何一つ解決したわけではなくて。
これから何とか、今からどうにか緑間様に許しを請わなければならない状況で、状態なのだ。
・・・・・・・・。 立場は正に下僕である。
そうして緑間様は手ごわい。


「真ちゃん・・・・。 許してくれって」


哀れを誘う響きで謝罪を口にしてみても、


「構わん。 待たされたおかげで、オレも長らく探していた本をあそこで見つけることが出来たのだよ。
しかも空いた時間で、昨日のうちに読了することも出来たのでな」


「・・・・・・・・・・・・・・・・許し・・・・てくれてるコトバじゃない・・・・よな・・・・それ・・・・」


「だから許すも許さないも無いと言っている」


きっぱり。
とりつくしまも無い、とは正にこのことだ。


「真ちゃん・・・・」


頼むよ頼むぜもう勘弁してくれ、と全身全霊、平伏する勢いで打ちひしがれたところで、


「それなら一つ訊ねる。 寝坊した理由は何だ」


どこまでも冷静に、あくまで淡々と緑間様からご質問が賜われた。
一瞬、うッ、と躊躇したものの、ここはもう、あくまで正直に。
無駄に取り繕って言い訳したところできっと看破されるだろうし、そうなったらただ無様なだけだ。
だから。
「・・・・・・その前の土曜の夜、遅くまで黄瀬と電話で恋バナしてた」
そう、答えたら。
「黄瀬?」
緑間様の、その形の良い眉が心もち顰められた。
「何故、黄瀬と」
「たまーに、電話すんだよ。 近況報告とか。 相談とか」
「・・・・・・黄瀬、」
「ちょ、勘違いすんなよ、あくまでフツーに、普通の関係だから。 アイツはアイツで黒子がいるし、
真ちゃんに別に疑われるような、んなコトとか一切ねーから!」
慌ててそう説明するのには、訳がある。
万が一疑われたところで、ジェラシーで終わるなら構わないのだけれど(だってすっげーカワイイじゃん)、
疑われてジェラシーから始まって、不機嫌に到達されるのがオソロシイのだ。
そして今、どちらに転ぶかがこれまた微妙なところに差し掛かっていて、
「言い訳は不要なのだよ」
「違う! 言い訳じゃねーって真ちゃん、コレ、説明!」
誤解されることも、このまま仲直り出来ずに下校時刻が来てしまうことも、全力で阻止しなければならない。
「黄瀬との電話が終わったあと、明日は久々に真ちゃんと一日デートだ、って思ってたらなかなか寝付けなくなっちまったんだって! 巡るルートとか、時間とかいろいろ考えてたら、どんどん目が冴えてきて」
たとえると 『遠足前日の小学生』 みたくなっちまったんだっての! と付け足す。
「で、やばい寝ないとダメだ、って思えば思うほど寝れなくなって、結局、朝の5時まで布団の中でゴロゴロしてて」
「そうして寝過ごしたということか」
「・・・・・まあ・・・真ちゃんの言う通り、その通りで」
「本番に弱い性質だな」
「真・・・・ちゃん・・・・酷・・・」
容赦のない一言にがっくり、と肩を落とす素振りを見せつつ、とりあえず緑間が普通の反応、普通の返答をしてくれたことに僅かなりとも、高尾は安心する。 と。
「先程から気になっていたのだが、何故にオマエはやたら 『真ちゃん』 と連呼する? いちいち呼ばずとも分かるのだよ」
何を今更、当の本人がそんなことを訊いてきたから。
「は? だって、オレの中で 『真ちゃん』 と 『 愛してるぜー』 は類義語だし。 だからオレが 『真ちゃん』 って呼びかけたら、愛してるぜーって言ってんのと同じ」
ただそれだけ、とけろりとさらりと口にしてやると。
「やめろ気色が悪い!!」
あからさまに嫌がられた。
まあ、そんな反応だろうなと最初からわかってもいたし、思ってもいたけれど。
「あっ、それ、対義語だろ? 訳すと 『わかっているオレも同じだ』 ってあたり?」
あえてこう言ってやる。 伝えて、唆してやる。
すると、更に輪をかけて、とことんイヤそうな表情をされて、
「本気で今、オマエとの関係を考え直したくなったのだが」
そんなふうに言われてしまっても、高尾は悪びれず、むしろ。
「て、コトはだ。 今のオレと真ちゃんてば、真ちゃんにそう発言させられるほどの仲、って解釈でイケてるわけだ。 うわ、すっげえ嬉しいんだけど」
「〜〜〜〜曲解にも程があるのだよ!」
「そうやってムキになった顔とか、やっべ、ゾクゾクする」
「・・・・・・・・被虐嗜好者かオマエは」
「え、違うって」
呆れられながらも真顔でタメイキを吐かれてしまい、高尾は珍しくも真正面から否定。
すると、
「何が違う」
そうとしか思えないのだが、と否定を緑間も更に否定。
「違う違う、全然違うって」
ひらひらと手のひらを横に振って、高尾は更なる否定で繰り返した。
「オレ、どっちかっつったらサドだぜー?」
「・・・・・・・・、」
絶対的にマゾじゃあないね、とはっきり言い切ったところ、緑間にまた少しイヤそうなカオをされて、
成り行きで調子に乗らざるを得ない。
「そーそー。 こうやってイヤそうにオレを見る真ちゃんの顔をしみじみ眺めて、あー、今オマエにそんなカオさせてるのってこのオレなんだよなあって、加虐的に楽しんでるってのが本音」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「とか言いながら、時々マゾに転んでもイイかも、とも思うけど。 だって無敵の盾じゃん、マゾって」
ま、オレの属性をSにするのもMにするのも結局は真ちゃん次第なんだけどさあ、とひらりと責任転嫁させておいて、


「・・・・・ってコトで、そろそろ本気で仲直りしてくれよ」


そうじゃねーと心臓バクバクで、マジ早死にしそうなんだって昨日からずっと、と持ちかける。
「オレの心臓、ノミの心臓だからさー? 真ちゃんが許してくれないと、もうもたねー」
「毛の生えたノミの心臓で何をほざく」
「あー、やっぱり感心するわ、間髪入れずのそーゆー返答」
へらへら笑って見せながら、頭の中、例の黄瀬との恋バナ相談電話で、
『ほんっと、なかなか隙がないんだよな真ちゃん・・・・』
とぼやいてみたことを思い出す。
するとほんの少しだけ黄瀬は考えてみせたあと、
『それ、高尾っちが手の内隠しすぎなんじゃないスか? もちっとドーンと当たって砕けてみたらどうっスかね?』
『・・・・・・当たって砕け散った後のアフターフォローはどーすりゃいいんだよ』
『・・・・・・そしたらまた、こーやって電話くれれば』
いくらでもまた相談に乗るし、なんだったら黒子っちも交えて三者面談(?) で悩み聞くっス。
なんて幸せオーラ全開で(※今現在、黄黒的に極々うまく行っているらしい) 答えられてしまい、
『全ッ然、嬉しくねえ・・・・』
心の底からのタメイキをついた、真夜中のやり取り。
そもそも、黄瀬が言うほど高尾は手の内だって隠してなどいない。
少し前までは果たしてどうだったかわからないが、
ここに到達するまでにほとんどいろいろ使ってしまって、
今となっては今更緑間様に対して隠すほどのモノなんて、
(まだいくらかは残してあるものの) もう随分と残り少なくなってしまっている。
それでも、


「な、許してくれよ?」


手を抜く気はない。
さりげなく、ついっと近寄って、最初からそこそこ近かった互いの距離を、更に縮めて至近距離まで。
自然な流れで、自分より高い位置にある頭に手を伸ばして、
ほんの少しだけ力技でぐいっと引き寄せ、端整な唇を味わう。




先手必勝、
いや、どちらかといえば今日は今回はこの場合は、




――――――――― お手付き成功。




緑間が何も言ってこないのを良いことに、高尾は散々思いを込めたキスを仕掛けて終えて、
決してまだ逃がさない位置はキープしたまま、囁く。
昨日の詫びにさ、今週末オレの部屋と家、丸々一日空けておいたからそん時は、




「すっげー、えげつないコトしよーぜ」




いろいろプラン練っとくから、と囁きを終えて身体を離す。 と、




「凡てにおいて断る」
きっぱり。 跳ね除けられた。 それでも緑色の眼は高尾に向けられていて、
その色で、高尾は何とか、緑間様のお怒りが解けたことをやっと実感する。
だからこの程度で諦めも、引き下がりもせずもう一度。
滲み出る情炎を隠そうともしないで。




「そんじゃ手っ取り早く今日、これから。 実は今夜も誰もいねーんだ、うち」




「・・・・・・・・フン」




ほんの一瞬、困惑した気配の直後、長い睫毛の下の視線をふいっと逸らされて恍惚。




「やべ。 ・・・・・・・・やっぱオレ、Sだ」




口に出して自覚するまでもない。
コイツになら、とことん御奉仕し尽くしても構わないと思った。
(・・・・・・・・・・アレ? これだと、M?)








まあ、どちらでも。
















「すっげーえげつないコト」 って何なんだろうどんなプレイなんだろう。
て書いてて自分でも思いました。

いつか書いてみたいと思わないでもないですけど  さっぱり思いつかない(笑)。