[ 何もない夏の話 ]






毎日毎日ただただ繰り返されていく日々の中、
瓢箪から駒、というか、
一寸先は光明、というか、
開けゴマと口走ったら天岩戸が開いてしまったとか、
もしかして知らず知らずのうちにもしもボックスの中にいたのかも、とか、
気付かないまま神龍に願いを唱えていたのかも、とか。


そんな予測できない幸運も、時には存在することだってある。
















「行きてー行きてー行きてー今日こそは真ちゃんのウチにオマエんとこに行きたい!!!!!」




と、普段に増していつもに比べて我を張り我を突き通し言い切って一歩も譲らず、
電話の向こう、「何故に今日に限ってそこまで頑ななのだ」 と緑間が眉を潜めるにも構わず、
高尾が押し通して昼過ぎ昼下がり、緑間宅の玄関にて 「お邪魔しまーす」 と靴を脱ぐ僥倖にありつけたのが、つい三十秒ほど前のことである。
とりあえず簡単に端的に高尾的に状況を説明するとすれば今現在、


・夏休み
・盆中はさすがに部活も無し
・出された課題も前半中にそこそこサクサク要領よく進めちまってるし
・夏だからって休みだからって特に出かけたいトコとか別にねーし
・となると暇
・とか言いつつ実際はそこまで暇って訳でもねーけど
・真ちゃんに会えないから暇
・ヒマっつーかつまんねー
・つまんねー、っつーか不満
・欲求不満
・禁断症状出そう
・だから会おうぜ遊ぼうぜ
・会うならオマエんとこがいい
・えっ何マジで盆でオマエ以外誰もいねーの?
・行きてー行きてー行きてー今日こそは真ちゃんのウチにオマエんとこに行きたい!!!!!


こんな感じで。
珍しくも押しの一手が通用し、ワガママついでムチャ振りついで、玄関にて脱いだ靴をさりげなくもきちんと揃えながら 「・・・・昼メシ、とか。 作ってくれたり・・・とか、ないよな?」 などと無理は承知でぬかしてみたところ、正にキセキ。
キセキの世代って今なんじゃねえのキセキって今起きてんじゃねえの(※違う)、というレベルの奇跡的な緑間様の、
「今、ちょうど煮込んでいたところだ」
とのお言葉。
それに高尾は今更気付く。
玄関をあがってすぐ漂ってきたのは空腹をさらに刺激する匂いの筆頭、カレーの匂い。
「まさか、オレのため? 真ちゃんの手料理???」
などとついつい聞いてしまったが、
「そんな訳があるか」
一刀両断。 まあそれはそうだろう。 いくらなんでもそこまで求めたらバチがあたるというものだ。
「下拵えは母だ。 オレはただ、自分の昼食用に煮込んで仕上げをしていただけなのだよ」
「あ、そりゃそうか。 そうだよなー、電話してまだ30分経ってねーもんな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「なんだよその沈黙?」
「面倒な奴を自宅に上げてしまう結果に陥った自分を律していた」
「・・・・・・・・・・・・あ、そ」
冷たい言葉に軽く嘆息したが、こんな程度で高尾は一ミリたりとも凹まない。
くるりと踵を返し、すたすたとキッチンへ向かう緑間様の背中を眺めつつ、
「そんじゃ早く食っちまえよ、とりあえずそれからイチャイチャしよーぜ」
戯言を唱えながらその後を追うと。
キッチンテーブルの上、
「オマエの分だ」
カタン、と差し出されたカレー皿、一人前。
「えっマジ!!? マジでオレの分もあんの!?」
「オマエが来るというので、適当に嵩を増してみた」
「カサ増し・・・・?」
つまり量を増やしたってコトだよな、と舞い上がりながらもその台詞を不思議に思い、
何の気なしにカレー皿に目をやったところ、
一瞬、いや、三秒ほど凝視。 目を疑った。
だって肉や野菜に混じり、カレールーの中で見え隠れしているのは、輪切りになってはいるものの、
「・・・・・・・・・・・・・・・・・なあ、これ、チクワか???」
「竹輪だけではない」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだコレ。 ・・・・・・・こっちは、・・・・・・ガンモ」
「ちょうど良いことに煮物用の買い置きがあったからな」
「だからってカレーに入れるかよ普通!!」
滔々と説明する緑間様に、さすがに突っ込まざるを得ない。
が、当の眼鏡はどこまでも堂々と、淡々と。
「カレーに入れれば大抵のモノは食える。 そもそも料理とは物質の配合により無限に変化する化学なのだよ」
「ああ、ハイハイ」
どうせこれ以上問答したところで、なんだかよくわからない方向に向かってしまうことは否めず、
このあたりで高尾は白旗を揚げるフリをして、軽くスルー。
「そんじゃ、いただきます」
長い休日、こうやって向かい合って戯れられる僥倖を噛み締めつつ、
いつもと変わらない他愛無い話を主に自分の方から振り、時折彼からの返答待ちなども交えながら、
喋って語って平和に平穏に揃って昼食を取り終える。
ちなみに竹輪とガンモ入りにも関わらず、カレーは普通に美味かった。
と。
「高尾」
呼ばれて再び、テーブル上に緑間が置いた二つのガラスのグラス。
「生憎コレしか無いが、オマエなら何でも飲むだろう」
そんな憎まれ口(?) を叩くと同時に冷蔵庫から出したリッターボトルのコーラを注いで、一つをグイっと無造作に押しやられる。
「お、サーンキュ」
ありがたく受け取ると、ここで何故だか緑間は眼鏡を外した。
改めて眼鏡を外すような意味が高尾には見当たらない。
「?  どしたんだよ」
だから怪訝に思い、訊ねてみると。
彼はあっさり。 グラスに口を付けながら、
「眼鏡に炭酸飲料は敵なのだよ」
ああ成程。
訊いてみればフタを開ければなんてことはない、そんな理由。 確かにそりゃそうだ。
素直に納得しながら、Not眼鏡の端整な素顔を数秒、眺めやる。
いつ見ても相ッ変わらずオトコマエだよなあ、と何を今更、感じ入る一方、


「真ちゃん、」
「何だ」


ナイスタイミング。
グッドタイミング。


両方うまいこと見計らい、テーブル越し、ずいっと乗り出して対面まで上半身ごと持っていく。


一方的に仕掛けた真夏のキスの後、
てっきり怒られるかと叱られるかと思っていたら。
あっという間、いつも通り素早く眼鏡をかけられつつ、


「皿はオマエが洗え」


その程度で許していただけた。
だから高尾は少しだけ、調子に乗る。
「あのさ、実はオレ、この夏のうちに叶えたいコトがあってな」
「?」
「『マジで真ちゃんをオトす』 『本気でオレに惚れさせてみせる』 ってやつなんだけど」
今の時点でなんとなーく、半分くらいまでは達成できてるよーな気もするんだけど、
なかなか判定がムズカシくてさ、当の真ちゃん的にはそこんとこどうよ、とけらけら笑いながら、
あざとく問い掛けてみた。
すると緑間はやはりと言うかなんと言うか、直接的には依然応えず、
「・・・・・・・・オマエには負の方向の感情がないのか」
不可解を隠そうともしない表情で、逆に訊き返される。
咄嗟にどう返答しようか迷いかけた高尾だったのだが、その逡巡さえ決して悟られないよう、
間髪入れず、誤魔化してもウソを吐いても意味が無いからここは正直に。
「あるぜー? そんなん、毎日毎日天才が目の前にいるんだから、あるに決まってんだろって」
当の本人を目の前にして、正直、面と向かって告白するよりハズカシイかもしれない心情を、
軽く、軽ーーーく吐露してみせる。
「オマエはオレのコンプレックスの象徴だし」
毎日毎日スキスキ言ってんのも、オレが持ってないモノばっかで出来上がってる真ちゃんに対する憧れが多分に占めてるんだぜ、と告げつつ決して軽口調は崩さない。
すると緑間はその長い睫毛を二度ほど瞬いて、
「高尾」
何かを告げようとしてくる。 それをあえて先手を取って、
「あー、イイって何にも言わなくて。 大体オマエの言いたいコト、わかってるから」
聞きたくないから言わせない。
どこまでも自分のスタンスを保って、この際だ、言いたいことだけ言ってしまえ。
「天才がさ、『努力すれば叶う』 とかほざくなよ。 そりゃちょっと傲慢が過ぎるってもんだぜ」
正論。 これは譲らない。 けれど。
「けどさ、凡人が 『才能が無いから』 なんて放り出しちまうのもな。 いくらなんだって怠惰が過ぎるだろ?」
むしろ譲れないのはこっちの方だ。
しかし、天才でしかも努力家、なんてのが相手で恋愛対象で一番近くにいる場合、
何をどこまでどうすればいいのか、まだ高尾にはわからない。 わかっていない。 それでもここまで惚れ込んでしまった以上、ああだこうだ言わず突き進むしかないのだけれど。
「知ってるか真ちゃん、人間の原動力ってのはさ、嫉妬とか劣等感とか疎外感とか、いつだって負の感情なんだって」
ここまで好き勝手言い切って、それでも高尾は口許を上げる。 笑う。 何故って、


「ちなみにオレは、イイところを10個言われて煽てられるより、ダメなとこを20個グサグサ攻撃してくるどっかの誰かがいてくれれば、マイナスもプラスに受け取っちまえるタイプ」


それに尽きる。
どれだけ四の五の言ったって、どれだけ御託を並べてみたって結局は相手がコイツだからだ。
緑間以外考えられないし、誰も当てはまらない。
それを本人は理解しているのかいないのか、


「オマエは・・・・」
呆れたように溜め息を吐く緑間の表情に、否が応にも高尾の我欲に火が灯る。
けれどさすがにこんなところでオオカミに変貌するにはまだ早く、、
「ってコトで。 愛してるぜ真ちゃん?」
衝動を薄皮一枚で覆い隠した余裕で繕い、懸命にいつもの台詞にとどめようとして、失敗。


「とりあえずこの夏からは、『オレの真ちゃん』 はやめて、『真ちゃんはオレの』 宣言させてもらうんで。 よろしく」


表現的には微々たる違いだが、確実に違う。 絶対違う。


「いつものことだが、オマエが何を言っているのか、全くもってわからないのだよ」


呆れを通り越し、生真面目にそう告げられてしまった。
だからと言ってそれを額面通りに受け取る義務は無い。


「またまたー? わかってるクセに」




今度は強引に、身体ごと近付いて身長差を逆手に下からキスを奪う。




口唇越しでも唾液を介してでも息継ぎを仲立ちにしてもいい。




自分の声は、緑間にだけ届けば良い。

















暑さにやられて何がしたいのかまったくわからなくなりました
自分で書いててそう思うんだから読んでる方は余計そうだったと思います
カレーとチクワとガンモはただの身内ネタです。 身内以外ワケがわからない箇所ですすみません
・・・・・・・・本当にすみません!!