[ 雨 ]







雨。
せっかくの久々の逢瀬だというのに休みの日の午後だというのに、外はざあざあ雨が降っている。
雨降りの日ばかりのこの季節はどうしたって仕方がないし、
エアコンさえ入れておけば除湿機能で少なくとも部屋の中だけは快適だし。
だから本日のデートは 『おうちデートにしよう』 という結論で落ち着いて、
いつもの通り黄瀬の部屋でそろって二人、まったりゆっくり数十分。


そんな中、おもむろに時計に目をやって黒子が口を開いた。


「雨でなければ、水族館に行きたかったんです」
「え? なら今から行ってもイイっスけど。 行く?」
時計の針はまだ15時少し前で、今から出れば閉館前に余裕で間に合う。
そう思って黄瀬が身を起こしかけると、「でもイイです」 と黒子はゆっくり手と首とを横に振った。
「こんな日は、絶対に混んでるってわかってますから」
「えー?」
「次でいいです」
自分から言い出して、結局次回以降に持ち越そうとする黒子に、黄瀬はあんまり納得が行かず、
「なんで?」
ちょっとくらい混んでたってあんまり支障ないスよ、と重ねて告げる。
「あ、同じ傘に入るの照れくさいとか?」
「・・・・・・違います」
「相合い傘も捨て難いけど、せっかくの雨だったらオレ、レインコート姿の黒子っちが見たいス」
「え?」
「てるてる坊主みたいできっとカワイイっスよ」
「・・・・・・。 ボクを何だと思ってるんですか」
「オレの黒子っち(断言)。 ・・・・で、なんで混んでるとダメ?」
思いきり自分で脱線させた会話を、これまた自ら無理矢理戻して黄瀬がしつこく問うと、
「・・・・・ムダに目立つ黄瀬君と人混みは行きたくありません」
「は?」
「どうせファンの子にバレて見つかって、写真攻めに遭うのがオチですから」
「あー・・・・。 まあ、それは・・・・」
言われて身に覚えがありまくってしまう(・・・・) 黄瀬は、咄嗟に口籠もる。
確かにそれはその通り、黒子が言うとおりで、
前回、一緒に買い物に出かけた際も、極力目立たないようにしていながらも当然にして顔バレ、
女子数名に囲まれて十数分、まったくもって身動きが取れなくなってしまった例もあり。
しかもそれがその時に限ったことではなく、休日出歩くたびに(特に街中では) そこそこの頻度で起き得てしまう、というあたりが耳の痛いところで。
しかもしかも大抵大概十中八九、黒子と一緒のときに勃発する(・・・・) 運の無さ。
どうやら自分の目には黒子しか見えていないのに、
周囲からは彼の存在が(それが彼のアイデンティティーといえばそうなのだが)
空気のようなものとして捉えられてしまっているらしい。
だから余計、なんとか抜け出すにしても 「ツレがいるんで!」 と早々に退散を決め込むにしても、
なかなか上手く行かず無駄に時間を浪費する破目に陥ってしまうのだ。 いつも。
「・・・・・スイマセン黒子っち」
そのあたりを鑑みて、オレのせいスね、と素直に肩を落とすと、
「なので、水族館はまた、空いてそうな日に」
黒子はさらりとフォローを入れてくれて、それからつい今の今まで手に取っていた雑誌、
黄瀬が数ページ、当然のようにして載っているその一冊をぱらぱらと捲って眺めたあと、
「・・・・・・・・・・・・」
じっ、と本人と見比べて、
何を言い出すかと思えば。
「何か、少し違います」
「そりゃ、撮影の時はカッコつけてるっスから」
そういう指示だし、と照れもせず堂々と答えた黄瀬に、またも黒子は首を横に振って。
「ホンモノの方がカッコイイです」
「えっ・・・・!!」
思いがけない黒子の言葉に、幻聴!!? と一瞬耳を疑った。 けれど。
「生身の黄瀬君の方がやっぱり。 上手く言えないですが」
「黒子っち・・・・!!」
幻聴じゃ、ない。
空耳でも、ない。
それだけでも、嬉しすぎる一言だったのに。
「ボク、黄瀬君のカオ、好きですよ」
黄瀬を有頂天にのし上げる、トドメの科白。
「ちょ・・・・黒子っち・・・・どうして今日に限ってんな、オレに甘々なんスか・・・・」
これは何かでかい落とし穴でも待ってたりするんじゃ、とか、
もしくは誰か(・・・・誰?) に唆されて黒子の仕掛けたドッキリなんじゃ、とか、
もしくはもしくは、またいつかのように緑間から下されたご託宣だったりしちまうんじゃ、とか。
いつもあまり甘やかされることに慣れていない黄瀬は、
ヨロヨロよろめきながらも純粋に滅茶苦茶喜んで、だけど、(だから?) うまく笑えずにまるで苦笑いのような表情で。
「で、しかもそこで、どうして 『オレが好き』 っ て言ってくれないんスか・・・・」
『カオ』 じゃなく 『オレ』 って言って欲しいんだけど、と苦笑いを深くする。
「でも、黄瀬君のカオが好きなのは本当ですから」
同じよう、譲らない黒子の口調も普段に増してやわらかで穏やかで、
なのに言い終えると同時、ふう、と軽く溜め息をつく。
「何スかそのタメイキ?」
大して気になったわけではなかったが、ついでに訊ねてみると。
「諦め、です。 黄瀬君が目立つのはとっくの昔から諦めて受け入れてます。 そんな自分に向けたタメイキなんですが、それが理由じゃダメですか」
「いんやぁ最高の理由っスよ」
今度黄瀬が浮かべたのは満面の笑み。 思わず腕を伸ばす。
「黒子っち、」
名前を呼んで、前髪に触れる。
「・・・・・・黄瀬君の前で、意地は張りたくありませんがボクにだって意地くらいあります」
いつだってキャアキャア遠慮もなしに、キミに近寄ってくるファンの女の子に嫉妬だってイライラだってちょっとだけだけどします、と零され、
「イミねえし、そんなコト」
当のオレが黒子っちしか見えてねーのに、と囁きながら薄水色の髪を指で梳いて。
ゴク、と無意識のうち唾をのんで喉を鳴らして、前髪と前髪が触れ合うほど、近くに寄る。
「このまま、黒子っちにさわって良いスか」
「え?」
何言ってるんですか今更、今日に限って、と怪訝そうな目をする黒子に、黄瀬は正直に。
「あんまりにも黒子っちが甘やかすから。 ・・・・オレもこの手も、黒子っちに優しくできるかどうか、今日はちょっと自信持てねえ」
「なんだ。 そんなコトですか」
「そんなコト、って・・・・」
距離は近いまま、黄瀬の呟きを最後に、ほんの少しの沈黙。
聞こえてくるのは、エアコンの稼動する音と、
互いの前髪が擦れる擦過音のあと、どちらからともなく、ほんの数センチ顔を寄せ、
やわらかく食み合う口唇。




「たぶん、ボク、もっと君に触れたい」




こんな台詞が聞けるなら、
こんな黒子っちを独占できるなら、
雨降り日和も全然悪くない。 むしろ毎日雨だっていい。




「・・・・オレも。 触れるだけじゃ全然足りなさそうっス」




外はきっともうずっと雨だし、
水族館はまた今度。
イチャイチャしよう、と黄瀬は心に決める。




細い首筋に這わせる舌に、これが自分の息遣いかと驚いてしまうほど荒ぶった吐息が重なる。
燻って抑え切れない熱は、瞳の色まで深く濃いものに変えてくる勢いで、情欲と欲動をかき立てる。
「もう止められねえっスよ?」
「・・・・ボクだって、ココで止められたら困ります」




このまま床の上では固いし痛いし、
縺れ合ってすぐ横の、ベッドの上に移動して重なり、
黄瀬の長い腕がカーテンを閉める。




「我慢しない黒子っちの声、聞きたい。 へーきっスよ。 雨音が消してくれる」




「・・・・・・・・。 そう、ですね」












でも二人、夢中になって気がついてないけれど、いつの間にかとっくに雨はあがって、
外は虹が光る夕暮れ。 













こんな野郎二人がいて、もし目の前に自分が居てしまったとしたら、
間違いなく張り飛ばしてぶん殴ってますね。 いい加減にしやがれェェェ!!!! て。