[ 甘やかしてみよう! Ver.黄瀬  前編]







一ヶ月間、黄瀬は黒子と会っていない。
会っていないから顔を見ていないどころか声も聞いていない。




そこに至るに、何が原因で理由だったのかなんて、ほとんど覚えていない。




ただ、あのとき些細なことでケンカ(?) をした。
と言い切ってしまうと大袈裟に過ぎるから、実際のところはそこまでのことではなかったのだが。
有り体に言うなら、【珍しくも黄瀬の方が不機嫌になった】 のだ。
なのに黒子の方はといえば、少しだけ互いの雰囲気にトゲのようなものが発生しつつ、
あからさまにギクシャクし始めた空気の中でも、口調は大して普段と変わらずにいて、




だから余計、黄瀬の不機嫌に追い討ちをかける形になってしまって、
その日の別れ際も、




「じゃ、オレはこれで」
「はい」




だなんて冷たい(・・・・しかし黒子には表立って最後まで普段とそう変化はなかった) 挨拶で終わり、
そうして互いにそのまま、
学校が違うがゆえ、そうそう簡単に道端で出会うこともなく、お互い連絡も何にもないまま黒子と音信不通が続いてあれから約一ヶ月。
けれど、よくよく遡ってみれば、それは単に黄瀬の方からなんにも行動を起こさずにいたがゆえの音信不通だったのだ。
LINEもせず、メールも送らず、電話すらかけずにいたら当然、黒子からの返事も無い。
(・・・・・それって・・・・・)
自虐的に思い返してみれば、いつだって連絡というか、アクションを起こしていたのは自分の方からだったと黄瀬が気づくのにも、そう時間はかからなかった。
デートの約束も今までほぼ100%、自分の方から取り付けていたし、
学校帰り、時間が合えばの待ち合わせの誘いもこちらから、
たとえ会えなくとも、くだらない世間話や雑談等の電話も大抵大概、黄瀬からしていたわけで。
だからこんなふうな状況に陥ってしまって当然も当然、黒子から何某かの連絡など入るはずはなく(・・・・・・)、今更愕然としながら、
「オレ・・・・もしかして、黒子っちに全然愛されてなかった、とか・・・・?」
ハッと夜中に気づいてそんな台詞をひとり、呆然と呟く破目に陥ってしまうのだ。




そんな黄瀬の一ヶ月はといえば、
最初の一週間は、すぐに過ぎた。 黄瀬としても意地を張っていた。
次の一週間は、なんやかや学校行事に追われて過ぎ去ってしまった。 意地は半分、消えた。
その次の一週間は、仕事が入ってしまった。 意地なんてとうに消滅していた。 でも多忙すぎて、連絡も取れなかった。
最後の一週間、やっとプライベートな時間を取れる状態にはなっていたのだけれど、
ここまで来るともうタイミングすら掴めないまま、あれよあれという間に時間は経過した。
まるで時間軸が歪んで圧縮されたんじゃないか、と本気で思うほど早い一ヶ月だった。




そして一切何も連絡できないまま音信不通のまま、
一ヶ月と一週間。
が、過ぎようとしていたちょうどその日、土曜の午後。
その日は、市営の体育館を半日借り切って近隣校との練習試合が三本ほど組まれていて、
あああこの学校の中に誠凛いなくて良かったマジで良かったマジ助かったっスこんな状態でこんな状況で黒子っちと対戦なんてできるワケねえって!!
などと悶々としつつも無事、試合を終え(もちろん全部に勝利はしたが)、
海常はすぐに現地で解散であったため、ひとりノロノロと制服に着替えてそろそろオレも帰ろ、
でもちょっと喉渇いたな、と1階ロビーの自販機前に立つ。
あああああ来週になっても連絡できなかったら緑間っちにでも土下座してお願いして頼み込んで何とかどうにかしてもらうしかねえかも(・・・・どうやって?)、
あああああああそれにしてもなんでこの自販機、同じしるこドリンクが3列もあるクセにミネラルウォーター1種類しか置いてねえんスか腑に落ちねえ、
まさかアレもコレも全部緑間っちの策略なんじゃ(・・・・なんで?)、
などと追い詰められた脳みそで極論に突っ走ってしまいそうになりながら、
選択の余地もなく、半ば八つ当たり状態でミネラルウォーターのボタンを押した、そのとき。








「あ! いた!! オイ黄瀬!!」




「火神君、ちょっと声が大きすぎです」








「なッ・・・・・!!」
ガタンゴロン、と取り出し口に転がったペットボトルを取り出そうとした体勢のまま、黄瀬は顔だけその声の聞こえた方向に向け、直後即座に固まった。
体育館のコートに繋がる通路のその向こう側、そこには最早表記するまでもなし、
誠凛の火神と、
当の本人、一ヶ月と一週間ぶりにその顔と声とを聞く黒子の姿。
「な・・・・なんでココに・・・・!!??」
とにかく驚いて、とにかく吃驚し過ぎて金縛り状態で動けない黄瀬に、
「ったく! やっと見つけた!!」
などと喚きつつ、大股でズンズン火神は歩み寄ってくる。
その後ろから、いつも通り普段通りの黒子も三秒ほど遅れて付いてきていることを視認しつつ、
「火・・・・火神っち・・・・、何、しに?」
どうにかこうにかそれだけ口にすると、
「コイツと試合を見に来た(※入場・観覧フリー)。 ってのは100%タテマエ! メンドーくせえから単刀直入に言うけどよ、とりあえずとにかく黒子連れてきたから何とかどうにかしやがれ!」
「・・・・・???」
まくしたてる火神を前に、黄瀬は現況がまったく掴めていなくて、どうやらとてつもなく間の抜けたカオをしたらしい。
思わずぽかん、と火神の後ろの黒子の顔と、真ん前の火神とを交互に見比べる。
と、途端にふいっと黒子が首を横に向けて視線を背け、ぼそっと何を言うかと思えば。
「別に、黄瀬君を見に来た訳じゃありません。 ムリヤリ火神君に呼び出されて連れて来られて、結果的に試合を見てただけです」
「あ・・・・そ、そう・・・・」
おそらく、否、この様子だと 【100%事実っぽい】 現実をそのまま告げられ、ただ頷き返すことしか出来ずにいたら。


「オマエらいい加減にしろーーーー!!!!」


叫んだのは、妥当といえば妥当、火神だった。


「ッ!!?」


あまりの大声に、驚きつつも再び固まる黄瀬に火神は、


「先月からずっとコイツが不機嫌すぎんだよ!!今月に入って無表情に輪がかかりまくって仏像みたくなってるし理由聞いたって「火神君には関係無いです」としか言わねえし原因はテメエ!!黄瀬しかいねーんだよ!!!!覚えあんだろコラァ!!!!」


脳天から湯気でも噴き上げかねない勢いで、句点も句読点もなしに早口でしかもほとんど怒鳴られまくり、


「いや・・・・まあ、」


ある意味呆気に取られてしまって、黄瀬はそんな返答しか出てこない。
と、火神はその長い腕で後ろにいた黒子の首根っこをむんずと掴んでまるで猫の仔のように持ち上げ、


「黒子!! 仲直りするまで帰って来んな!!」


言いながらぐいぐい黄瀬に押し付ける。
ギャッ火神っち何してんスかそのまんまじゃ黒子っち首吊りになっちまう、と勢いで慌てて受け取ると、


「黄瀬!! 機嫌きちっと直すまでコイツ帰すな!!」


ビシッ、と人差し指を突き付けられ、「そんじゃもう渡したからな」 と言い置き、
くるりと踵を返したかと思ったら、気づけばスタスタさっさと火神は立ち去ってしまった。
後に残されたのは、呆然とするしかない黄瀬と、
「・・・・・・・・・・」
無言でいる黒子。
この沈黙がどうしたって苦手で、頭を掻き毟りたくなりながらも黄瀬は必死で努力をする。


「あ・・・・あの、黒子っち」


「はい」


懸命に平静を保とうとしつつ呼びかければ、彼は普通に返事をしてくれた。
だから自分もあくまで普通、を装いながら自販機の前、いくつか並べられたソファーを指差す。
「と、とりあえず、座ろ?」
「はい」
小さなテーブルを挟んでの対面、一人がけのソファーと横に長い、三人がけのソファー。
どちらにしようか一瞬迷ったが、ええいこっちでいいだろ!と三人がけの一番端にどすんと沈む。
万が一にも一人分、真ん中を空けられて向こう端に黒子っちが座ったらどうしよう、との杞憂はあくまでも杞憂だったらしく、黄瀬の心配も他所に何事もなく、黒子は隣に腰をおろしてきた。


「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・黄瀬君」
「なッ、何スか!!?」


このままではどこまでも続いてしまいそうな無言(・・・・・・・・) の応酬、
耐え切れそうにない沈黙を崩したのは意外にも、黒子だった。
黄瀬は黄瀬で、黒子に呼ばれてそちらを向きながらも、
あああオレ、今日ってばさっきから絶対絶対カッコ悪ィ反応とカオしかしてないっス絶対、と頭を抱えたくなってしまう。
そんな黄瀬に、黒子は。


「火神君に、心配かけてしまいました」
「あー・・・・。 そう、みたいっスね」
「原因は黄瀬君だって、すぐにバレたみたいで」
「火神っち・・・・」
「それで、今日ここで海常の対外試合があるってわかった途端、引き摺って来られました」
「黒子っち・・・・」
「試合は、全部ちゃんと見ました」
黒子の話すイントネーションは、ほぼ普段と変わらない。 むしろ前と比べて語彙がぐんと減ったのは、言葉数が激減してしまっているのは黄瀬の方だ。
自覚している。 情けないことに嫌というほど、その自覚だけはある。
でもずっとこんなままではいられない。 それもわかっている。
だから。
黄瀬涼太、腹をくくった。
さりげなく、周囲に人の気配が無いことを確かめ、そして。
「あ、あのさ黒子っち」
「はい?」
「・・・・オレのコト、怒ってないスか? もう、キライになった?」
核心に迫ってみる。 と。
「、ええと」
「う・・・・。 ビミョーな間が・・・・」
一旦、考え込むような様子の黒子に息を詰める。 やっぱりストレート過ぎたか。 それとも先に謝るべきだったか。
そう思った途端、
「・・・・・・。 とりあえず、ケンカしたっていう前提で答えます」
「ん」


「ケンカしたからって、どうしてキライにならなきゃいけないんですか」


「!!!!」
またも言葉が見つからなくて絶句するしかない黄瀬に、黒子は淡々と告げてくる。
「黄瀬君がいろいろ忙しいのを知ってたうえで、ボクも意地を張って、連絡しませんでしたし」
「オ、オレはっスね・・・・」
「そうしたらボクは今までいつも黄瀬君の方から構ってもらってばっかりだったコトに気がついて」
「や、それは確かにそうだったけど、あの、」
「なんていうか、見た目は悪くはないのに一言で言えばチャラ男に近くて、言葉づかいも有り得なくて、それでいてモデルとか好きな食べ物とか特技とかホントに後ろから小石とか投げ付けてやりたいような黄瀬君ですけど」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「それでも、ボクのことをスキでいてくれてることだけには、自信があって、」
「、」
「その自信をくれたのは、高校生になって、一番にボクをくださいって欲しがってくれた黄瀬君です」
だから、
と黒子は一呼吸おいて。
「一ヶ月間、わりと、ツラかったです」
「寂しかったっスよ、オレも」
素直な言葉に、実直な言葉がすらりと出た。
あんなに悩んだ一ヶ月だったのに、
さっきまであんなに狼狽えていたのに、
しかも黄瀬的に、何だかやたら嬉しいことまで言われたような気もして、
「じゃあ黒子っち、仲直りってコトで・・・・!」
これからオレんち来ねえっスか、と誘いかけ、途中で 「そうだった今日は家族いるし、なんか午後から親戚まで来るとか朝言ってたような」 ということを思い出し、タイミング悪ぃ、と沈みかけたところで。
まさかの、




「うち、来ますか?」
「えッ・・・・!!!!」




大きな、




「ボクのところ、今日は誰もいませんから」
「!!!!」




大きな甘やかし。




「行く!! 絶対、絶ッッッッ対!! 行くっスから!!」
「・・・・・・・・・・そんなに叫ばれても」




あまりの剣幕に、黒子に少し引き気味になられてしまったけれどこればかりは仕方ない。
「それなら、次のバスの時間がもうすぐだったと思います」
時計を見上げつつ、ソファーから立ち上がる黒子を横に、
「あ・・・・黒子っち、ちょっと待・・・・」
黄瀬は、腰をおろしたまま、
「3分だけ、ちょ・・・このままで・・・・」
ソファーに沈んだまま要領を得ず、動かない。 動けない。
「・・・・・・? 黄瀬君?」
首を傾げ、訝しげに見下ろす黒子に。
「ゴメン・・・・・。 興奮しちまって、たってるからたてねえ」
「・・・・・・???」
伝わらず、ますます怪訝そうなカオになった黒子相手、黄瀬はもう一度。
「・・・・・・勃ってるから、立てねえ」
「!!!!!!!」
状況と言葉とを理解した途端、硬直して絶句、
そして固まりながらも僅かに後ずさった黒子に黄瀬は苦し紛れ、声を張り上げた。








「いざって時に勃たないよりマシっスよ!!」








周りに、誰もいなくて本当によかった。














【 →→→→→→→→ 続く。】













タイトル通り、たまには甘やかそうと思ったのですがいつもと何にも変わらん!(・・・・)
後半もやっぱりいつもと同じくヤってるだけになります(・・・・)。 がんばります!