[ artlessness ]





「、」




「・・・・あッ!」




非番の自分と、
帰宅途中の女子高生。




事件現場でも何でも無く、長閑な春の昼下がり。
何の意味もなく足の向くまま曲がってみたT字路で、
はたりと出くわしてしまう偶然が起こり得てしまうほど、この街はそう狭くはないはずだ。












それでも出会ってしまったのが運の尽き(?)、
全身から 『空腹オーラ』 を放出させていた桂木弥子の本能と嗅覚に赴くまま導かれ、
気が付けば店内の一角に自分も居ざるを得なくなってしまった某ドーナツ店。
(他に頼むものが無いため) メニューもショーケースの中も見ずに頼んだコーヒーを前にして、
ああああれも食べたいけどこっちもこれもそれも食べたい、でも今月もうお金ないようどうしようetc.
少し離れたショーケースカウンターにて、まるで一人漫才のように財布の中身と胃の腑とのギリギリのせめぎ合いと葛藤を繰り返している弥子を眺めつつ、
まったくもってあらためて不思議な子だ、と笹塚はぼんやり思う。




父親を失くした娘と、妹を無くした兄。
互いに身内を、家族を亡くした共通点。




血腥い事件の中、当事者として出逢ったいびつな形の結び付き。
だが少なくとも自分の中に父親を見出だしていない分だけ、彼女の方が健全だ。




あの日から耳の奥、ずっと鳴り続けている不協和音。
不協和音はどこまで行っても噛み合わないままで、カデンツァには決してならず、




「・・・・・・・・、」




そこで笹塚は思考を止めた。
知らずのうちテーブルの木目に落としていた目線を戻せば、
カウンタ前の弥子は未だ何を食べるか決めあぐねているのか、その苦悩は眉間に皺まで寄せている。
このまま行くと延々と悩み続け、空腹に胃酸過多まで起こしかねない有様に見て取れたため、
一回り以上も年上の立場(プラス他の客&呆れ果てている店員のためにも) として、
すたすた歩み寄り煩悶する彼女に鶴の、否、笹の一声。




「いーよ弥子ちゃん、俺が御馳走するから」




「ほ、ホントにっ!!?」
















「ええと・・・・上、あ、でもやっぱり下のも捨て難いし、でも、でも・・・・あああでもでもやっぱりやっぱり上の、右から三つ目のと四つ目のと、下の段の一番端っこのと、」
「・・・・・・・とりあえずこの中にあるもの全部一つずつ」
「さ、笹塚さん大好き!!」








「御馳走してもらって凄い嬉しいけど、え、えと、気付いてみればすごく申し訳ないです・・・・」
普通に考えれば、そこにある量は彼女の細身の身体には到底収めきれないであろう体積を持っているはずだ。
なのにその大皿山盛りのドーナツを怒濤の勢いで消費していく様を、
あたかも上等のマジックショーを見せられているような感覚で眺めていたところ。
ちょうど半分まで平らげ終えた弥子が、両膝に手を置いて正面からぴょこりと頭を下げてきた。
どうやら一応胃も落ち着いたらしい。
「い、一個百三十円平均にしても、何千円って単位になっちゃってるし・・・」
「いいよ別に」
大した額じゃない。
「で、でもやっぱり、ちょっと見境なかったかも、私・・・・」
そう言いながらも新たなドーナツに手を伸ばすところはすでに無意識の境地のようで。
「・・・・弥子ちゃん一人くらい、養えないほど薄給って訳でもないし」
それは本当だ。
大体にして自分一人では元々大して金も使わない生活でもあるし。
すると弥子は一度だけ小さく瞬きをして、それから。
「ええ〜、じゃ、お言葉に甘えて笹塚さんにお嫁に貰ってもらっちゃおうかな〜」
公務員だし親方日の丸だし、そしたらお母さんもきっと安心だよね、と明るく、
ただそれだけの軽快な話題として受け止めた17歳の少女は、
実は自分としては半ば冗談ではなく言ってみたと知ったら、どんな反応をするのだろう。
「? 笹塚さん? どしたの?」
「いや、・・・・何でも」
僅かに考え込んだ自分をきょとんと見てくる表情はまだまだ幼く、
「あっもしかして笹塚さんも食べたい? 、と、だったら新発売のこのチョコレートのやつ、試食してみる???」
「本当に何でもないから」
「そう?」




17歳。 高校生。
試食の上の過ちを犯すには、さすがに冒険心より思慮分別の方が勝る。












店内に居たのはせいぜい30分程度だっただろうか。
あれだけを平らげたにも関わらず弥子の体型には一ミリたりとも変化がない。
どんな四次元胃袋を持っているのか、はたまたクラインの胃袋なのか。
と、一部で非常に疑問に覚えながらの帰路。
「今日は本当にありがとうございました、ご馳走さまでした」
本日二度目、再びぺこりと頭を下げる弥子。
「いいって。 弥子ちゃんたちのおかげで手っ取り早く犯人逮捕出来た時もここ最近、少なからずあるし」
「え? あ、あはは・・・・」
「・・・・・・・・実際は少なからず、と言うより尋常じゃない遭遇率と的中率なんだけど」
ぼそっと呟く。
「あ、あははははははは・・・・」
この話題については弥子は笑って(しかし引き攣っている)誤魔化すことにしたらしい。
が、別にいい。
どうせ多かれ少なかれあの助手が絡んでいるのだろうが、
絡んだところで自分に大した関係は無いだろう。
「それじゃ、気をつけて帰りなよ」
「こんな近くまで送って貰ったんだもん、大丈夫です」
「それもそうか」
気付けば覚えのある桂木家はもう目と鼻の先、角を曲がればすぐそこだ。
「じゃ」
短い挨拶の後、笹塚が踵を返しかけた途端。




「笹塚さん」




「ん?」




振り向いた刑事に、女子高生探偵は満面の笑みで何を言うかと思えば。




「ウェディングケーキは、天井まで届きそうなくらい背があって大きいやつで、当たり前だけど丸ごと全部食べれるやつがいいな♪」




「、」




「許されるなら天井突き破っても全然オーケーだから!」




「・・・・・・・・・・・・・・・・設計図、用意しといて」
















彼女は、どこまでわかっているのか。
















――――――――― 自分の半分程度には、本気なのだろうか。









消化不良極まりない話になりました。 如何せん笹が饒舌すぎる!(・・・・)
近いうちリベンジしたいです・・・