フルコース




牛乳は美味しい。 と私は素直に思う。
そのまま飲んでもいいし、温めてもいい。
砂糖を入れて甘くしてもいいし、更にコーヒーを入れてカフェオレにしてもいい。




スーパーの特売一パック百五十八円で売り出されている牛乳でさえ、そう感じるのだから、
インターネット通販で購入申し込みをしてから待たされること三ヶ月。
『産地直送しぼりたて低温殺菌超極上限定発売』
なんてまるで夢みたいな超高級ミルクがやっと届いた今日は、
とにかく嬉しかった。(もちろん値段もメチャ高だったけど)




「〜♪」




どんな飲み方で飲もうかな〜、って少し考えてみたけれど、とりあえず最初はやっぱりそのまま飲むことにしてみる。
牛乳って、噛めば噛むほど味が出てくる(・・・・スルメ?) っていうけど、
私の場合は市販のパックのじゃ何度試してもダメだったから、否が応にも期待は高まって、




「〜♪♪♪」




鼻歌まで出てきた。
そんな自分を、改めて単純だなーって感じるときもないでもないけれど、
でも嬉しいものは嬉しいから、鼻歌は止めないままビンの蓋を開けて、
とくとくとく。
コップに注ぐ。




「わー! 見て見てあかねちゃん! やっぱ高い牛乳は注ぎ心地からして違うね! なめらか〜♪」




背後のあかねちゃんが、『うん』 とばかりに跳ねてくれたのがわかった。




とくとくとく。
ちょうどコップ八分目。 真っ白で、少し濃い目。




あ、今にもヨダレ出そう。




でもその前に振り向いて、「あかねちゃんも飲む?」 と聞こうとした瞬間。








「ヤコ」








私が振り向くまで、
体ごと向き直るまで、
確かにそこには誰もいなかったはずの場所から声がして、




「・・・・ネウロ」




そこに彼が居た。




少し前までの私だったら、たぶん驚いた拍子に牛乳の入ったコップを取り落として、
それからこぼした牛乳の後片付けという大惨事を経験したに違いない。
けれど最近では大抵のことにはあまり動じなくなってしまっていて(これは100%ネウロのせいだ)、
だから今も、




「なに?」




ずっとずっと待ち焦がれてた高級ミルクの喉越しを確かめようと、
コップに口を付けながら、突然現われたネウロを見上げたその途端。




ネウロは何故だか数秒、じいいいい、と私を頭の上から観察するように眺めて見回して、
それからとんでもない一言。












「貴様は処女か?」












「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!!??」








ゴブッ!! と口に含んでいた牛乳を瞬間全部、吹き出してしまった。




「なっ・・・・な・・・・っ・・・・! 何・・・・いきなり!!」




ああもう、吹いちゃった分が勿体無いよ・・・・!
・・・・じゃなくて!
ちょっと気管に入ったかもしれない、思いきりむせた後、鼻の奥がツンと痛くて、じわり涙目になった。
まさかコレ、逆流した牛乳じゃないよね? 鼻から牛乳ならともかく、目から牛乳だなんてイヤだ!
・・・・じゃなくて!!
涙目を手の甲で拭ってみたら、ちゃんと涙だった。 うん白くなくてホッとした。
・・・・じゃなくて!!!!




「いっ・・・・いきなり何てこと訊いてくるワケ・・・・!!?」




一度むせ返った喉と気管はなかなか落ち着かなかったけれど、
無理矢理ガマンしてでもそう反駁してやらないと気が済まなくて、
さっきから「バカめ」「プラナリアめ」「どうせなら耳からそれを飛ばす程度の芸当くらいしてみせろ」「ミジンコめ」とか、いつも通り普段通り言いたい放題の魔人をきつく睨みつけてやったら。




「・・・・ふむ。 まあ答えなくてもわかるがな。 処女か。 うむ。 処女か」




「繰り返すなッ!!」




ああもうッ!! セクハラだよこれって、それも第一級の! つーかS級の!!
地団駄踏みたくなりながら、手の中の牛乳をどうしようか考えた。
飲みたい・・・・。
さっきの一口めはほとんど全部吹き出しちゃったから、全然味も何もわからなかった。
けど、また口に含んだ途端に何だかまたも全部吹き出しかねない予感がグルグル私を襲って、
渾身の力で後ろ髪を引かれながらもコップをテーブルの上に置いた。
そしてもう一度、(どうせ効かないけど) 睨んでやる。




「そ、それってセクハラだよ・・・・! 大体、私が」




「ん? 何故わかったのかと訊きたそうだな。そういうカオをしているぞ?」




「そうじゃなくて!」




「まあそれだけ貧相なカラダをしていれば一目瞭然だろうが。 加えてニオイだな。 ニオイでわかったのだ。理解したかこのウンカめ」




「に・・・・匂い? って、嗅ぐなッ!!」




ウンカって、あの川べりに沢山集まってプンプン飛んでるあの小さい虫の大群のことだよね、とか考えつつも、
あまりの言い草に思わずぽかんと呆気に取られてしまっていると、
構わずネウロはウンカウンカ繰り返し言いながら、私の頭をふんふん嗅いでくる。




「か・・・・嗅ぐなってば! アンタいきなりどうしたワケ?! い、今までそんなふうなコト一度も言ったことなかったよね・・・・!!?」




なのに今日になって今になって、
こんな俗っぽい・・・・ってか、セクハラ的発言は一体なに!




引き続きフンフンしてくるネウロから、両手を振って一歩下がって逃げる。
そうするとやっと、彼は説明する気になったらしい。
どこか面白そうに真正面から私を見据えて、やっと説明する口を開いてみせた。




「なに、ただ退屈で退屈で仕方がないから貴様でフルコースを試してみようと思ってな」




「フルコース? ん? 私で?」




全然イミがわかんない、と聞き返そうとすると、




「魔界のフルコースといえば食材は処女で、」




「?」




ネウロは口許をニッと笑みのかたちに大きく歪めて、












「犯す殺す食す。 に決まっているだろうが」













「・・・・・・・・へー。そりゃあ剛毅な。  って、・・・・あたしィっ!!?」








目ん玉、飛び出るかと思った。
理解できたと同時、ギャーーーー! と叫んで飛び退く。
最初のはともかく(・・・ん?) 残りの二つはシャレにも何にもならないよ!




「他を探しても良いのだがそれも面倒だから我が輩も貴様で譲歩してやろうどうだ嬉しいだろうヤコ?」




「んな一息で言われたって納得できるかッ!」




いやだよ!
いくらなんでもまだ死にたくなんてないし、殺されたくだってない。
だってまだ16年しか生きてないんだよ私、
ざっと計算して、普通に生活してればあと70年は生きられるとして、365×70=25550日、
きちんと一日三食の食生活をするとすれば、25550×3=76650、
76650回もゴハンが食べられるんだよ・・・・!!?
おまけにおやつも付けられるとすれば、76650+25550=102200、
十万回以上も美味しいものが食べられるっていう可能性があるはずなのに!




やだやだやだッ!




「あと十万回以上オイシイもの食べ尽くすまでは絶対納得もしないし承知もしないからね! 死んだらもう何にも食べられないじゃん!!」




ブンブン頭を振りながら必死で叫んでずりずり後ずさる。
そんな私をもう一度頭のてっぺんから爪先までどこまでも愉快そうに眺めて、ネウロは。




「それも道理と言えば道理だな。 ・・・味わい食べる愉しみはウンカの貴様も同じか」




一人勝手に頷いて、




「よし」




何か思いついたよう、ポン。 と手を叩いてみせた。








「ならば我が輩が更に更に譲歩してやろう。 今回は味見程度にしておいてやる」








「味、見・・・・?」








「殺す食すは後にとっておくことにしよう。 とりあえずは食材の鮮度が落ちる前に味見だ。 味見」








食材・・・・。
鮮度・・・・。
味見・・・・。




「なッ・・・・なななな・・・・っ・・・・!!」




ネウロが何を言ってるのか、
私に何を言いたいのか何を指し示してるのかは理解できた。
殺す食す云々、とりあえ命に関わるず最悪の事態はなんとか回避できたのかもしれなかったけれど、
立場からしたら、
危険度からしたらそう大して変わってない・・・・!




「ヤだっ! いくらなんでもイヤだよっ!!」




「・・・・・・・・」




じっと無言で見られて、少し焦る。




「な、なに・・・・」




するとネウロは、実に意外だ、みたいな顔をした。




「ヤコ」




「なに」












「それなら訊いてやるが、 貴様は何が嫌なのだ?」












「え、・・・・」












「我が輩が正視に耐えない醜男だというなら未だ知らず、これだけ端整な容貌をしているというのに何が不満なのだ?」




それとも何だ、貴様には我が輩が醜男にでも映って見えるのかこの単眼生物、と彼は首を傾げる。




「ち、違・・・・」




違う違うそうじゃない、って慌てて手を振っても、
私だってどう答えればいいのかわからない。




「嘴だってこんなに見事ではないか」




「? クチバシ? ・・・・って、いい! 元に戻らなくていいから!!」




「そうか? 嘴が見事な方がいろいろと都合が良いのだぞ? 例えば」




「い、いいよ! わざわざ説明してくれなくってもいい・・・・!」





説明を始めようとするのを必死で止める。




「いい・・・・。 なんか聞いてもきっとロクな内容じゃないような気が思いっきりするから・・・・」




答えながら、
なんだか、
なんだかここに到って諦めの境地に達した方がいいような気までしてきた。
なんだろこの感じ、
ああそうだ、無理矢理ネウロに探偵にされたあの時と同じ感じがするんだ・・・・。
そしてやっぱり今回もまったく同じ、無理矢理引き摺られて行ってしまいそうな気がして。












「・・・・だってアンタ、化け物だもん」




「それがどうした?」












呟いてみせたって、きっと人間相手じゃないから通じない。
『伝わらない』 わけじゃなくて、ただ 『通じない』。
言葉が通じないとかそういうことじゃなくて、言い訳が通用しないということ。
そんなことくらい、私だってわかってる。
だけど。












「ヤコ」








ネウロの声が、急に近くなった。








「我が輩は結構、貴様を気に入っているぞ?」








もっともっと近い声。 もう私と彼との距離はほとんどない。
そして失くす初めてのキス。 
はじめてだったから、人間と何が違うのかとかはよくわからなかった。 ・・・・たぶん普通。








ただ、「化け物」 である彼の言いたいことは、それでわかった気がする。
けれどやっぱり 『通じた』 とか、『伝わってきた』 っていうわけじゃない。








・・・・・・・・『わかってしまった』。 そう表現するのが一番正しい、・・・・と、・・・・思う。






























「・・・・ネウロ」




「何だ?」




「ちゃんと普通にしてよ。 ・・・・いたくしないでよ




「ほう。 貴様は痛みなどを気にするのか」




「あっ・・・・当たり前でしょ・・・・!」




「痛みより空腹と退屈の方が余程・・・・苦だと思うがな」




「・・・・え。 ・・・」




改めて言われて、ふと考える。
こいつにとってはそうなのかもしれない。 でも。 私も。
また少し考えて、真上にあるネウロの顔を見上げた。




「・・・・ん。 そう、かもしれない・・・・ね」




















頷きながらも、二律背反。
移動したこの部屋で、さっきまでいた隣室のテーブルの上に置いたままの牛乳のことはすっかり、忘れていた。
















ゴメンナサイもうしません・・・・ ←言い訳すら思いつかない
おとなしくほも作文生産するだけに留めておきます・・・・。 脱・・・・兎・・・・。