[ 、いたんで ]










人間、誰しも生活・生存するための三大欲を持っているとよく言うけれど。
その最低限必要量、となるのは各々それぞれどの程度のものなのだろうと笹塚は思う。


睡眠欲 →→→→→ ・・・・20分ほど
食欲  →→→→→ 餓死しなければまあ何とか
性欲  →→→→→ ――――― この子が退屈しない程度、には?





















「笹塚さんの部屋っていつも片付いてていいなあ・・・・」
「ん?」
あたりを軽く見回しながらの声に、笹塚は手にしていたコーヒーを脇に置いてそちらを見た。
その視線の先、いつもの制服姿とは違って私服の弥子は、「前々からずっと思ってたんだけど」 と、周囲を見遣って告げる言葉を増やす。
「パッと見、生活雑貨とか、最低限のものしかないみたいだけど。 それにしてもキレイ」
「そうかな」
「うん絶対。 私の部屋なんかよりよっぽど片付いてる」
「弥子ちゃんの場合は食べ物でほとんど埋め尽くされてるんだろ」
「う・・・・」










笹塚が弥子を自室に入れるのはこれが初めてではなく、
以前からすでに会うたびそのうちの半分は、大体此処で過ごしている。




ここに来ていろいろな意味合いを込めて 「俺でいいのかな」 と一応確認してみたら、
座り込んだクッションの上、「もちろん!」 と彼女は自然に笑った。
その笑い方があまりに不自然なほど、自然過ぎたせいだと思う。
「――――― ネウロはいいのか?」
何故だかあまり考えず、しかし自分にしては珍しくも主語まで付けて重ねて問えば、
「だってアイツじゃ、一緒に歳をとってくれないし」
さらりすらりと返事をしたあと、
それに、と続けて。
「昔からお母さんがよく言ってたから。 『旦那なんてどれも大して変わらないから、一人目をキープしておきなさい』 って」
そうやって考えたら、出会いははネウロとより笹塚さんとの方が早かったし、
と、どこまでも明確で正直で現実的な答えを女子高生は簡単に返してきた。
「・・・・まあ確かに」
納得しつつ頷きつつ、笹塚はそれまで弥子が目を通していた持参の雑誌(ティーン誌というやつだ)が、卓上に置かれているのを目に留めた。
その派手なピンク色とパール色とをした表紙をふと何の気なしに手に取り、
中をぱらぱら捲ってみれば。
最初の十数ページは服やら何やらが載っていて、
残りは所謂 『H記事』。
「あ・・・・それ、叶絵が―――――友達が、たまにはこういうのも読め、って貸してくれたものなんだけど」
「へぇ・・・・」
読者投稿、といった形は一応とってはいるものの、どこまで本当なのかと首を傾げたくなるその中身は扇情的というかドリームというか、ある意味文学的というか。
とはいえ内容は男性向けを単に少女向けにしただけのもので、それほど特別なものじゃない。
むしろ野郎向けより余程過激にリライトしてある向きもあるような気もしないでもなく、
しかしまあそのあたりはどうでもいいかと無造作に本を閉じようとしたとき。
と、視界に入ったページの左端、中くらいの太字の見出し。
【子宮をガンガン突かれて快感に失神】
「ウソだろ、・・・・コレは」
流石に思わず小さくツッコミを入れてしまった。
「え? 何が?」
笹塚の、雑誌相手のツッコミが珍しかったからだろうか、弥子が物珍しげに横から覗き込んでくる。
瞬間、空気が動いてふわりと香る彼女の匂い。
「いや、コレ」
その部分を指差して教えてやる。
「普通、そこまで届かないし」
「そう、なの?」
「第一、直に子宮なんて触られたら、激痛でやってる場合じゃなくなる」
「へえ・・・・。 笹塚さん、物知り」
改めて感心したような弥子に、つい。
「そういうプレイがしたいなら、ネウロと寝ればいいんじゃないか」
あいつドSだし、人間でもないし、だからたぶん間違いなく体験出来る、と云い終えた途端。


「・・・・・・・・・・だから、ネウロとはそういうんじゃなくて」


ほんの少し、機嫌を損ねたような、拗ねたような少女の声と、
床の上、あからさまに咎めてくる上目遣い。


「、悪かった」
すかさず謝る。 間違いなく今のは100パーセント自分が悪い。


「私が一緒にいて欲しいのは、笹塚さんなのに」


つたない表現。 まだ幼い声。 彼女は未だどこまでも子供で、小娘で、
でもだからこそ限りなくその純度は高いのかもしれなくて、


「悪かった、弥子ちゃん」
言い訳はせず、ただもう一度謝罪を告げて名前を呼んだ。
同時、自分も床に膝をついて目線を同じにする。
どちらかといえば薄暗い部屋の明かり、人工的な光の中、浮かび上がる彼女の頬の白さ。
夜はまだこれから、
そして瞬き一つせず、じっと笹塚を見つめてくる瞳に心を惹かれた。
「――――してく?」
自然な動作で、柔らかな弥子の髪に指を通し、
短いその髪がさらさらと笹塚の指の間をすり抜けて落ちる短い間に、彼女も心を決めたらしい。
「・・・・・・・・うん」
白い頬をそっと撫で、上向いて薄く開いてきた唇に口付けた。



































甘やかで、生々しい時間が流れたあとは大抵、どこか現実に戻りきれない、
白々しい空気の中で二人、黙って衣服に袖を通す 『作業』 に入る。
その数分、否、数十秒が実は弥子は苦手でいつまでたっても慣れなくて、
だから必定、彼女から口を開かざるを得ず。


「笹塚さん」


「・・・・ン?」


「私、ここにいて良いんだよね」


ここ、っていうのは一体何処のことなんだろう。
自分でも何を言っているのかわからない質問をして、返ってきたのは。


「良いんじゃないか、多分」


当たり前のような、当たり障りのないような、
嬉しいのか悲しいのか掴みどころの無いよくわからない答え。


「・・・・うん」


曖昧な返事に曖昧な頷きで返して、
「ね、笹塚さん、」
敏くもある弥子はそこでがらりと雰囲気を変える。 声のトーンと表情をつくる。
「これからの笹塚さんが幸せに向かいますようにって、私、いつも願ってるから」


「・・・・ありがとう。 そこは俺も同じだから」


「うん。 そう言ってもらえると、・・・・なんか、すごい嬉しいかも」


嬉しかった。
純粋にただ、本当に嬉しかった弥子には、


『でもそれなら、・・・・君は俺と居ない方がいいんじゃないかな』


そのあと彼が唇の動きだけでなぞり、
伝え損ねた科白は結局最後まで一ミリたりとも彼女に届くことはなく。






























あなたが私にくれた傷跡は、
今でも痛んで、傷んで、悼んで膿んで、










気が狂いそうで、仕方がない。











書き逃げ御免! です。
前半と後半の視点とテイストがやたら違うのは、書いた時期があからさまに違うから・・・・アワアワ
真ん中に本当はえろが入る予定でした。 ガクリ