[ いつか ]





コイツの言い出すことは、いつもなんでも突拍子もない。








「貴様は、いつか我が輩に会えなくなる日が来ることを知っているか?」








「・・・・? どこか行ったりするの?」




見上げた目線の先、すらり長身の化け物はまるで他愛無い世間話、
例えるなら天気の話でもするかのように。


「我が輩と貴様、時間が来て先に消えるのは貴様の方だ」


その覚悟は当然ながら出来ているのだろうな、
と、こんな時にこんな場所でこんな状態のまま彼は弥子に返事を促す。


「・・・・わかってる。 それくらい」


強制的に促されて弥子はほんの少し不機嫌になり、
大して高級ではないが決して安物でもない紗のシーツと無駄に長い彼の腕の隙間、
くるりと寝返りを打って背を向けた。
途端、身動いた拍子に身体の奥、走る鈍い痛み。


「痛・・・・」


抱かれているのか、乱暴されているのか、玩ばれているのか弄ばれているのか、
陵辱されているのか、それとも愛されているのか分からない、
所謂Sexというコイツとの行為は大抵(その度に場所は違えど)、
身体のどこかに相応の痛みを伴う。


「わかってる、最初から」


鈍痛をごまかすため、一ミリだけふてくされた含みでもう一度、繰り返してみたのは、
弥子の返事に対してネウロからの答えが無いからで。
だから余計、格差を実感して思い知る。


「・・・・・・・・わかってるけど、それと理解して納得するのとは違うもん」


詭弁。
それすら判っている。 全部全部出会ったときからわかりきっていた。


「私、そもそもアンタに望んでない。 何も望んでなんかない」


最初に勝手に押しかけてきたのはそっちで、望んできたのも彼の方だ。


「ヤコ?」


耳朶のすぐ後ろから響く深い彼の声色に、訝しげなものが混じる。


わかっている。
どれだけ足掻いてももがいても詮無いこと。 どうしようもない。
自分がどう取ろうとネウロがどう言おうと、種族の壁は超えられない。
けれどだからこそ、それだからこそ、


「人間には可能性があるって言ったのはネウロの方でしょ」


支離滅裂。 否、本題の筋を取り違えている。
しかしそのことも全て承知で半ば八つ当たり気味にこぼした呟きは、
結局その倍のダメージを連れて自分に跳ね返ってきた。
無論、跳ね返したのは他の誰でもなく、言うまでもなく。


「ああ、確かにそう言ったな。 だがそれだけだ」


「、」


「可能性はあっても、勝ち目は無い」


じゃあ、どうして。


どうして、


「―――― ネウロ」


名前は呼んでも向き合わず、素肌の背中を向けたまま、
多分そういう意味では初めての質問、
たぶん最初で最後の、可哀相な(どちらが?) 問い掛け。








「おなかが空きすぎて、誰でも良かったほど淋しかったの?」








「―――― 安いプライドなど喰えぬと知っているだろう。 さっさと捨ててしまえ、ヤコ」








返事になってない。
お互い、何の答えにも応えにも解にもなっていない。
互いの言葉はきちんと真っ直ぐ脳髄に届いてはいるくせに。




でも、思い返せばずっとずっとこうだった。
ヒトの話なんてちっとも聞いてなんかいなかった。
いつも、いつでも。 二人とも。




「少ない脳細胞に刻み付けておくがいい。 貴様の立場は絶望的だが、深刻ではない」




力技、強引に腕力だけでぐるりと変えられてしまう体勢と態勢。
抗っても無駄だからされるがまま、人ではない者と向き合う。
さらした胸元、白い乳房に薄く浮き出る青い血管を手袋越しの指先で辿られつつ、
マウストゥマウス、記憶と感触とに刻まれるのは実験台上のような接触。
(not mouse, ・・・・maybe rat)




「貴様ではペットにするにも寿命が少なすぎる。 せいぜい下僕が良いところだ」




そんな冷たい科白を吐きながら、なのに触れ方は少しずつ、
本当に少しずつ柔らかくなってくる。




「・・・・・・少ないっていうのは、足りないってこと?」




先程から言葉になって弥子から出てくるのは疑問符ばかりで、子供のようだと自分でもおのずと思う。
だからもう少しだけ、
もうちょっとだけでも大人になってこの化け物を抱き締め返してやりたいのに。
なのに、




「溺れた水溜りの中で必死に藁でも掴むがいい。 ボウフラの100分の1でも貴様の存在価値があるうちに」



やっぱり返答にも返事にも、
それどころか誤魔化しにさえなっていない捻くれたいつもの暴言。








―――――――― いつか会えなくなる日が来ること。









「・・・・・・いーよ。 私、楽観主義でいくから」




ひねくれている彼に、弥子は捩じれた開き直りを見せ、




「阿呆が。 その程度の陳腐な主義で自らの浅慮の度合いを披露してどうする」




即座に撃沈されるいつものセオリー。




「現実とその隙間にある真実を見ろ、ヤコ。 『少ない』 というのは 『足りない』 という意味ではない。 『どうにもならない』 という意味だ」




「・・・・ほんっと、イヤな奴・・・・」



救われる言葉なんて望んだわけじゃない。
先刻と同じ内容で弥子は繰り返す。
望んでなんてない。 なんにも、望んでなんかいないのに。
にも関わらず、身体の深いところをそこが乾く前に遠慮なしにまさぐってくる長い指に意識を乱されながら、抵抗にも似た口答え。




「駄目、だよ。 その真実とは絶対に向き合ったらいけないの」




アンタがどれだけ脅してきたって、私、それだけは言うこときかないからと補足。




そんなことしちゃったら、きっと次の朝は起きられなくなる。
次に食べるゴハンは美味しくなくなる。
そして多分、




「ヤコ」




「ん・・・・!」




抱き締めてやろうとして、失敗し快楽に崩れ落ちて、やっと気付いた。




助けてくれるのが誰でもいいほど寂しかったのは自分。
喰えないプライドなら、彼の言うとおりに捨ててしまえ。




「・・・・どうにもならなくても、どうにかしてよ」




アンタなら出来るんでしょ、できて当たり前でしょ、とねだる。 せがむ。
すると彼は一瞬眼を瞠り、それからすぐに面白気に弥子を瞬間、眺めて。




「そういう願いは通常、『神』とやらにするのが人間の常のはずだがな」




「・・・・神様なんていないよ。 見たことも、話したこともないし。 そんな人、アテにしない」




いるわけがない。 だってもし居たなら、自分はきっとネウロとは出逢っていない。
そして万が一にそんな偉い人がいたとしても、最初から初めから神様なんかには何も出来やしない。
どうにか出来るのは、悔しいけど憎たらしいけどコイツだけで。














でも時々(ネウロには絶対言わないけど) 感じてしまう。
飢餓に耐えかねて独りこちらに来た猛禽のバケモノはやっぱり、
やっぱり少しはさびしいんだと思う。
だって人間界において異質な彼は孤高でもあり、
だけれど孤高と孤独は一字しか違わない。
孤独と孤立だって、一文字しか変わらないから。













「おなか、空いたな」




「我が輩もだ」




絡み合っても慰めあっても空腹は満たされない。
互いの唾液を啜っても、体液を飲み干しても何の足しにもならなくて、




お互いに喰えないものでも互いはどうしても捨てられなくて、




仕方がないから今日も明日も傍若無人な助手の好きにさせている。








好き、に。










我儘グダグダ弥子たん。 をやりたくて失敗した感ありありでございます・・・・うう・・・