[ コクハク ]









「私もアンタみたいだったらよかったのに」








ネウロに対し、さらりと出てきた言葉ほど、彼女の本音に近く。








「我が輩に対するそれは憧憬か羨望か、それとも賞賛か?」








しかし素直に認めてやるのは癪だし悔しいし、弥子としても何よりそれだけじゃない。


「違ーう!! アンタみたいなバケモノだったらもっとずっと長く生きれるから、その分、美味しいものも食べ放題だって思ったの。 ただそれだけ」


言い切った途端、 『ムギュ。』
いつもの通り、踏み付けられた。


「何処まで浅はかで浅慮で浅薄で短絡的に無神経なのだキサマは」


キサマ如きが我が輩と同等レベルの生き物に納まろうなどとは片腹痛い身の程と恥を知れ、


・・・・・・くらいのことは立て続けに言われるかと思ったのだが。
(自分に向けられるそんな科白が自然とすんなり浮かんできてしまうこと自体、弥子当人としても末期だと感じつつ)
予想外、遥か上から降ってきた彼の科白は、いざ想像だにしないものだった。


「・・・・そうして永く生き続け、全ての食物と食料を喰い尽くした後、キサマはどうする」


「、」


「残りの永い生涯、飢えと空腹を抱えながら孤独に過ごすつもりか?」


「・・・・え、」


その長身を支える足の下、不意を突かれほとんど反射的に見上げてしまったら、
ムギュギュ。
足の裏(靴裏)、抑え込まれて更に加圧。


「ギャアア痛い! キタナイ!!」


そんなことある訳ないじゃない、とか、
そんな極端な、とか。
不思議と一掃できなかったのはどうしてなんだろう。


「キタナイ! 痛い! 重い苦しいッ!!」


ムギュギュギュ。
更なる更なる加圧と重圧に弥子は必死で抵抗しながら懸命に答えをつくる。


「・・・・っ、でも、それでも私は幸せだと、思う・・・!」


「ム?」


口走った一言に、意外にも彼は反応。
踏んでくる足の力が弱まった。


「もし、もし全部食べ尽くしちゃったとしても、その後おなかが空いてもうどうにもならなくなっちゃったとしても、後悔だけじゃなくて、『全部食べた』 って満足は残ると思う」


この世界の食べ物を私が全部終わりにしたんだよっていう満足感が、と弥子は告げる。
大好きなものは誰にもあげない。 あげずに自分だけのもの。
それはとてつもなく賎しくて浅ましい、でも絶対的な事実。
最後の一口まで全ての有機物を喰い尽くしてしまえば、
残った無機物からは一切何も生まれることはなく、
無機物は何も産み出せない。




――――― 弥子と彼とのように。




「そういう自己満足を抱えたまま、虚ろな幸せに浸るのも悪くないんじゃないかな、って」


「・・・・フム」


考える仕種を見せたネウロの足から力が緩められた。


「い、今だッ」


その隙、長い脚の下から慌てて抜け出す。 逃げ出す。


「そういう考え方も、有りか・・・・」


逃げ出した直後にも関わらず、間を置かずネウロはゆらりと近付いて、


「ネ、ネウロ・・・?」


ゆっくり、弥子の喉元を掴む。
その手にはまだ力は入ってはいない。
だから苦しくはないけれど、些か不穏すぎる。 だってこのままキュッと握られてしまったなら、喉が潰れて死ぬ。


「そうだな。 いっそ、」


「ネ・・・・」


手袋越し、僅かな圧迫感。
大きな手と長い指は、弥子の首など造作もなく捩じ切れる。


「やってしまうか」


「・・・・・・ッ、」


主語は無い。 でもわかる。
端整な顔のラインは決して崩すことなく、瞳孔だけを僅かに絞った鳥の眼で真正面からじっと見つめられつつ、弥子は本能で理解する。




少しでも動いたら、
少しでも逃げようとしたならたぶん。 終わる。




そのまませいぜい10秒か、20秒か。
けれどずっと瞬きもなし、微動だにしない状態でいられるわけもなくて(だって目が乾くから)、
ぱちり。
どうしてもしてしまったたった一度の瞬きのまさに刹那の瞬間。




「ん・・・・っ」




首を絞められる代わり、落とされる代わり、
口唇を口唇で激しく殴られ、
それから魔人の舌で喉の奥の奥まで強く激しく、嬲られた。








――――――――――― ディープキスにも、程がある。








でも最後にくれた柔らかな食みかたが心地好かったから、
今回は(今回も?)不問にしてあげることにした。




















「脈絡、無さすぎ・・・・」


「そうでもなかろう。 己の手で終わらせて残る満足感が在ると言ったのはキサマだろうが」


だから実行してみるかと考えた、と至極軽く言うネウロに対し、
弥子は小さく溜め息。 でもそれはどちらかというと苦笑に近い。


「アンタ、ちょっと私のこと好きすぎかも」


「ほざけゴミウジが」


「否定になってない。 それだと」


追い討ちをかける揶揄に 『げし。』
容赦なく殴られつつも。








「ヤコ」








名前を呼んでくる声色は気持ちが悪いくらいの猫撫で声。
なのに続くそれはまるで酷薄を凝縮したかのような、容赦のない真実。








「安心するがいい。 どれだけ足掻こうとどれほど願おうとキサマは魔界の住人にはなれず、
人間のままだ」








「・・・・・・・・わかってるわよ」








そんな優しくない現実をワンブレス、
躊躇もなしに告げてくる優しくないバケモノが気に喰わなくて。








「わかってるから、私」








図体ばかり、縦にはやたらと長いけれど厚みはあまり無い、
細身細腰の身体を弥子はぎゅっと抱きしめた。








「わかりきってるから」








平気、と願うよう、呻く。








だから大丈夫。 だから。








―――――――― 優しくないくせ、普段はちっとも優しくしてくれないくせに。












そんなにやわらかく頭を、
抱き込んだ弥子の後頭部を繰り返し撫でたりしないでほしかった。













時間かけてないのが一発でバレる話。 本当はもっと濃厚にしたかったです