[ MAD ]





MAD [狂った] ―――――― 高濃度の知的独立心に侵された
























どうして、
いつから私は彼と此処まで接近するようになったんだろう。


薄ぼんやり思ったあと、弥子は 「あ、違う。 そうじゃない」 とすぐ訂正した。


どうして、いつから彼は私を此処まで近くに置くようになったんだろう。
ここまで深く侵すようになったんだろう。


そんなことを考えながら、すぐ脇で眠っている(らしい) 秀麗なカオを見る。


「・・・・・・」


しばらく眺めたバケモノの顔は、化け物なのにそれらしくなく穏やかに目を伏せ、
バケモノだからなのか肌は僅かに蒼褪めている上、
緩やかで規則正しい呼吸に肩が上下しているのがわからなければ、
まるで無機質的物体かと錯覚してしまうほどその体温は低くて。


「・・・・・・・・・・・・どうするつもりなんだろ」


ほとんど無意識でひとりごち、ころりと寝返りを打って彼に背を向けた途端、
そもそも二人分の体重を受け止める目的では作られてはいないであろう安物のベッドスプリングが、ギシリと音を立てる。
思いのほか、音よりも軋んだスプリングの反動に 「あ、」 と息をつく間もないまま、
ゴツンと背後から後頭部を小突かれた。


「え、あ・・・・起きてたんだ」


てっきり眠っているとばかり、
意表を突かれたが何故だか顔を合わせたくなくてそのまま背を向けた体勢でそう言うと、


「何がだ?」


先刻打った寝返りも意味を持たず、長い腕でグイッと転がされ結局向かい合う形、
むしろ先程より余計一層近いところにネウロの顔があった。
そしてまた、今度は正面から小突かれる。


「痛いって! 何すんのよッ」


小突かれた額を押さえながらの弥子の文句には一切答えずそもそも最初から聞いておらず、
彼はもう一度、同じ質問を繰り返す。


「何がだ?」


「なに、って・・・・」


「言ってみろ。 答えてやろう」


「・・・・・・・・・・・・」


「ヤコ」


名前で促され、そろりと上目遣いで見上げた鳥の眼。
よく自分でもわからないまま、眼が合った瞬間、
・・・・やっぱり意地悪だ。
そう確信した。


とはいえ、その理由も何も結局弥子としてはわからないままで、
根拠の無い確信は勿論のこと、言い訳にも理屈付けにもなんにもならなくて。


「・・・・・・・・・・・・」


「言えんのか?」


「・・・・・・そうじゃ、ないけど」


取り立てて言えなかった訳ではなく、
自分でもどう表現すればいいのかがよく分からなかっただけだ。
だから少し戸惑って、だから分からないまま思ったことだけを簡潔に。


「・・・私は、多分・・・・っていうか絶対、アンタより先に死んじゃうけど、」


それでいいの、
それでもいいの、


とは流石に続けられず、そこで言葉を切ってしまったが、
とりあえず弥子の言いたいこと、言わんとしようとしていることはそこそこ伝わったらしい。


「馬鹿が」


ゴッ。


三たび、小突かれる。


「痛いってばッ!!」


「全く、貴様の育ちの悪さと浅慮の程が知れるな」


続けてゴツゴツゴツゴツゴツ。
四度、五度、六度、七度、八度、続けて小突かれまくりで。


「痛い痛い痛い痛い痛い!!」


たまらずガバッと身を起こし、両手で頭を抱えてかばう。
シーツの上、場所が場所であるだけに格好も格好、肩も背中も胸も裸だったけれど、
コイツ相手じゃ今更ハズカシイも何もない。


「タンコブだらけになっちゃうじゃないッ!」


「フン」


見下したように軽く鼻を鳴らして彼も長身を起こし、
ギシリ。 またスプリングが撓んで軋んだ。
その音だけが妙に生々しい。
なのに自分は、弥子には大して現実感が伴っておらず、
・・・・やっぱりバケモノ相手なんだよね、と改めて思い至ったり。


「例えばの話をしてやろう」


前置く化け物。 ネウロは弥子を見る。


「例えば、哀れで惨めなほどアタマが悪いというなら多少は鍛えてやれる」


「?」


「例えば、不憫で痛々しいほど扁平で貧相なカラダだというのも、
まあ我が輩が我慢すれば良いことだ。 だが」


「・・・・・・それって」


もしかしなくても私のこと、
と聞くまでもなく危うくすんなり頷きかけてしまいそうになったのだが、
続けられた科白に息をのんだ。


「先に無くなると言われたら、いくら我が輩でもどうしようもないではないか」


「、」


種族が違う。 寿命が違う。 感じる時間の長さが違う。 持っている絶対的なものが違う。
元から何から全てが違うがゆえ仕方がないことだ。 なんて彼はさらりと。


「だから貴様も早々に諦めろ。 仕方がない」


「・・・・・・」


「諦めたら覚悟を決めて、まあその時までせいぜい我が輩に養育されることだな」


「・・・あのねえ・・・・」


果たして命令されているのか、
それとも諭されているのか、
はたまた丸め込まれているのか、
もしかして宥められているのか、 ・・・・若しかして。


だが彼の表情からは本心なんて弥子如きが読み取れるはずもなくて、
繰り返し、リフレイン。




『仕方がないから、』




吐息のような溜め息と同時にコクンと頷いて、
















「でもね、やっぱり狂ってると思うの」








「―――――― 貴様もな」
















何が気に入ったのか、
珍しくも 『嬉しそう面白そう楽しそう』 なカオをした猛禽類の長い腕に巻き込まれ、
流れる体温。 触れる肌。
弥子だって、優しくされるのは嫌いじゃない。 けれど。















つめたいはずの化け物の身体を何故かあたたかく感じて、
それからすぐ、彼の体温は何も変わらず、
ただ自分の体温が下がっただけだということに気がついた。







なんだかどんどんワケのわからなくなってくるネウヤコでごめんなさい・・・