Merry・・・・?




「世間はクリスマスイブというやつらしいではないか」




と、唐突に彼が言った。




「だから我が輩も、貴様に特別にクリスマスプレゼントをやろう」




とも、彼は口にした。 




「えぇ!!?」




弥子はそれまで真剣に吟味していたクリスマスケーキの総合カタログをめくる手を止め、
大きく口を開けたまま、固まった。





































「な・・・なにがあったの・・・・」




ありえない。
そんな常識的、否、・・・・庶民的、否否、人間的なことを彼が言い出すなんて、
自分から進んで提案するなんて天と地が逆様に引っくり返ったってありえない。
驚きのあまり固まって硬直する弥子にネウロはきょとんと首を傾げてみせた。




「違うのか? クリスマスというものは、浮かれた上で飲み喰いをし、
他人から金もしくはプレゼントを奪い取る最上の日と聞いたのだが」




「・・・・概ね間違っちゃいない気はするけど・・・・」




どっか根本的に違うでしょ、と呟きながらケーキカタログをぱさりと閉じ、弥子はやっと硬直を解きネウロに向き直る。




「クリスマスっていうのは、確かキリストが生まれた日で・・・・ムガッ!!?」




ええとね、と説明を始めた途端、打てば響く早さで口に手を突っ込まれ、
それ以上喋ることを無理矢理制止させられてしまった。
容赦なく喉の奥まで届いた手に、オエッ(・・・・) となりかけ苦しさに涙を浮かべ、
「いきなり何す・・・・!」 と反駁しても、
彼は貴様の苦しみなど知ったこっちゃない、とばかりのいつも通り涼しい顔で。




「どうでもいい薀蓄含蓄は不要だヤコ。 とにかく世間はクリスマスなのだ。
クリスマスと言えばアレだ、赤い服を着た赤ら顔で髭の大男が真夜中に煙突から侵入し枕元に現れ、
背負ったズタ袋からプレゼントを置いて去る・・・・、というのが一大イベントなのだろう?」




「って、サンタクロースの事? それも大体は合ってると思うんだけど、ちょっとニュアンスが違ってるような・・・・」




一体そんな話どこの誰から聞いたの、と逆に訊ねると、眼前の魔人は思いのほかあっさりと。




「昨日笹塚刑事から聞いたのだ。 確か七面鳥の腹を掻っ捌いて喰う日だとも言っていたな。
 一年で一番七面鳥の腹が裂かれる日だとも」




「〜〜〜〜〜!!」



間違ってはいない。
間違っているどころか、むしろ的確に真実を現実を捉えている発言ではある。 けれど。
あああ笹塚さんてばよりによってなんつー表現でこいつにクリスマスを教えちゃってるの、
いやいやでもそんなところが笹塚さんっぽいけど! と、弥子は納得しながらも頭を抱えざるを得ない。
だがその傍ら、でもでもだけどだけどあながち間違いでもないんだよね、
実際七面鳥のオーブン丸焼きってオイシイし、
お腹の中に詰める香草とゴハンとのバランス加減って超ムズカシイんだよね、
けどけどそのその配合加減が絶妙だと最高にオイシイ七面鳥の香草詰め、
オーブン丸焼きが出来上がるんだよね〜♪、・・・・などと気づけばいつの間にか自分まで脱線しかけ、




(・・・はッ、)




ブンブンと頭を振って七面鳥の妄想想像から引き戻って。
しかしどう返答すればいいのか、素直に頷いてもいいものやら躊躇した挙句、




「うん・・・・気の毒だよね、七面鳥・・・・」




自分でも直接的な返答になっていないとわかりつつ、
けれどとりあえず小波を立てたくないあまり、さりげなくさりげな〜く視線をそらしながら日和見の肯定。




するとネウロは 「まあそんなことはどうでもいい」 と軽く一蹴、




「で、貴様は何が欲しいのだ?」




そして改めて最初に発した科白に直接的な質問を加えた言葉で、弥子を覗き込んできた。




「何が・・・・って、」




「言ってみろ」




そんなこと突然言われても、咄嗟に何も思いつかない。
が、




思いつかなかったのは初めの数秒だけで、
手にはついさっきまで垂涎寸前で眺めていた某有名店の限定ケーキカタログ、
ついでに先刻の話内容は七面鳥、おまけに本題がクリスマスとあれば、弥子が願う方向はただ一つ。




「ほんとにホントにいいの!? じゃ、じゃあ、この限定特別生チョコケー・・・・、
ああでもちょっと待って、あっちのお店の特大ターキーまるまる一羽も捨てがたいし、
だけどこっちのケーキにはシャンパン2本セットも付いてくるし・・・・」




ケーキかターキーか、今にもシェイクスピアの主人公も顔負けというほど悩み始めかけた弥子だったのだが。




「それは却下だな。 我が輩は金を持たん」




一言の元に却下、あっさり蹴落とされる。




「な・・・・! それじゃ結局何にも願えないし食べれないじゃん!」




せっかく本気で喜んで真剣に考えてたのにぬか喜びさせるなッ、と弥子が憤慨すると、
ふむ、とネウロはほんの僅か思案し、それから何か思いついたようにポンと手を打った。




「そこまで言うのなら、まあ・・・・魔界の特製ケーキで良ければ調達出来ないこともないが」




「えッ♪ どんなの?」




『魔界の』、という一節が心持ち引っかからないでもなかったが、
それよりも 『特製』 ケーキ、というフレーズの方が勝り、
わくわくしながらネウロの次の言葉を待った弥子が、馬鹿だった。 ・・・・というより愚かだったと言うべきか。




「魔界の特別ケーキはそれはそれは立派だぞ? 喰うか喰われるかのスリルも味わえるしな」




「・・・・・・・・は?」




「襲い掛かってくる特大ケーキの攻撃を避けながら、
隙をみて手でもぎ取り引ったり、ねじ切ったり、千切って食すのだ。
喜べヤコ、なかなか美味だという話だぞ? もちろん隙を見せればこちらが引き千切られて喰われてしまうが」




「〜〜〜〜そんなケーキが食えるかッ!!」




バカだったバカだったネウロにそんな期待した私がバカだった、と嘆き喚く弥子、
ネウロはそんな様子をいつもと変わらず、どこまでも尊大さを崩さず見下す口調と顔つきで。




「このユスリカが。 そう即物的な事ではなく、もっとこう我が輩にしか出来んことを言ってみろ願ってみろ」




「え、?」




「特別サービスだ、大抵の事であれば叶えてやるぞ?」




見下してくる口調と表情は大して変わらなかったが、何故か今日のネウロはどこか心持ち楽しげだ。
が、
だからと言って食物関連の願いが却下されてしまった今、
よりによって魔人相手にそうそう簡単に 「じゃあ、」
なんて出てくる願いごと頼みごとが出てくる弥子であるわけもなく、
そもそも相手の性格性質からして、万が一にも下手な願いを口走ってしまったら最後、阿鼻叫喚・・・・、
とまでは行かなくとも結局痛い目を見るのは弥子の方だと今までの経験(?) からとっくに学習済みで。
(以前、何も疑わずネウロから差し出されたメロンを受け取った途端、
間一髪で首チョンパ首コロリの危機という憂き目に遭わされた前例はまだ記憶に新しい)
・・・・かと言って無論のこと 『丁重に断る』 なんて選択肢は奴隷以下の弥子には最初から存在せず、
押し付けがましい・・・・、ではなく、あまりにも恐れ多い(・・・・) ネウロの申し出、
それをノーダメージ+リスク最小限で切り抜けるにはどうしたら良いのかどうすれば良いのか、




「ど、どうしよ・・・」




ぐるぐる回る頭を抱え、苦悩のがけっぷちで右往左往していたら。




「この想像力創造力のカケラもないカメムシが」




「・・・カメムシ・・・・。 ぎゃッ・・・・!」




むんずと伸びてきた手で頭をグワシ、と鷲掴みされた。 痛い。




「いいい痛い痛い痛いッ、離してよッ・・・! ふぎゃッ!?」




たまらずじたばた暴れた途端、ひょいっと軽く持ち上げられそのまま後方にぶん投げられ、仰向けに落下。
これはあれ、プロレス技のアイアンクロースラムというやつに近い。




「い・・・・いたた・・・・。 ひ、ヒドイよッ!」




呻きながらも何とか起き上がることが出来たが、頭を打たなかったのが不思議なくらいの危険技である。




「ふむ。 カメムシには刺激を与えれば悪臭を放つかと思ったのだが・・・・。
ニオイも出せんとはつまらんぞヤコ。 カメムシ以下め」




「刺激云々の前に、死んじゃったらどうするつもりなのよッ!!」




私臭腺持ってないしッ、もうカメムシ以上でも以下でもどっちでもいーよ! と真正面から憤慨してみせると、
眼前の化け物はフフン貴様もなかなか自覚を持ち始めたではないか、と妙に肯定し、
まあカメムシ以下(↓)では仕方がない、と弥子にとっては不条理極まりなく(・・・・) 勝手に納得されて。




「しかし本当に何も思いつかんのか?」




「うーん・・・・」




改めて顔を覗き込まれても、やはりやはり返答に困り、




「じゃあ、たとえば・・・・たとえばどんな願いなら叶えてくれるの?」




逆にストレートに訊いてみると。




「例えば、か? そうだな、 
【・憎い誰かを生きたまま頭の先から胴体から爪先まで10センチずつの輪切りにし、
それを一枚一枚透明な額に入れて他の誰かに送りつける】 とか、
【・気にくわん奴の体をジッパーで五体バラバラにして電車の中に転がしておく】 とか、
【・腹の立つ人物の口の中にカミソリや釘を無数に出現させてやる】 とか、
そう深く考えずとも無数に出てくるだろうが」




「ジョ・・・・JoJoかよッ!! (それも五部)」




知らない人には全くわからないネタで申し訳な・・・・否否、 願いだの望みだの言う前に、そんなのただの拷問だ。




「大体それに私、そこまで憎い人とか全然いないから・・・・!」




慌ててぶんぶんと手を振る弥子に、




「それなら貴様が直に実験台になってみるか」




「却下ッ!!」




一瞬ネウロが目を輝かせたが、一刀両断で今度はこちらが却下。 どうしたって譲れない。




「チッ・・・・」




「・・・・なんでそんなに残念がるの」




詰まらなさそうに舌打ちをするネウロに、弥子は深い深い溜め息しか沸き上がって来ない。
はああ、と語尾に溜め息を引き摺りつつ、




「・・・・せっかくの申し出はありがたかったんだけど・・・もういいよ・・・・」




全権ぶん投げる。 放り出す。 ネウロには悪いけれど、なかったことにする。 そうしたい。
もちろん言って即座に 「む?」 と眉をしかめられたが、きちんとアフターフォローだって出来なくも、なく。




「だ、だってよく言うじゃない、悪魔とかってタダじゃ願いを叶えてくれないって。
大抵は願いを叶えるかわりに命とか魂と引き換えとか、
そうじゃなければ他の大切な何かと交換とか、そういうのがそっちの世界のセオリーなんでしょ・・・・?」




弥子の知る限り、昔話や童話、教訓話ではほぼ100%、願いと何かは等価交換となっている。
そしてこれまたほぼ十割の割合で等価交換の末に願いは叶うものの、行く先は十割五部、不幸な結末だ。




「だから・・・いいよ、私まだ魂とか取られたくないし、まだいっぱい食べたいものもあるし・・・」




今後、なんか色々もっと切羽詰まったときが来たら、お願いしちゃうかもしれないけどさ、
とフォローのフォロー、を、 ・・・・した途端。




「コナダニが」




今日になって二度目、またも頭をグワシ、と鷲掴み。




「いいいいいいいい痛い痛い痛い痛い痛い痛いッ・・・・! なっ、何なのよ何なのよいきなりまた・・・!!」




「バカが。 我が輩を悪魔ごときと一緒にするとはバカめが。 貴様はダニ以下(↓) に格下げだ」




「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い・・・・ッッッ!!
何が違うのよ、・・・って死ぬ! 死んじゃうッ!!」





「フン」




喚く弥子をネウロは一瞥後、ポイッとまたもまたも放り棄て、
放られた弥子が体勢を立て直す前に、黒オーラを纏って仁王立ち。




「よく聞けヤコ。 悪魔は人間を誑かすために嘘を吐くが、魔人は正直なのだ。
気にいらないものを叩き潰す時も、
腹を減らせて謎を解く時も喰う時も、
我が輩はいつでも素直で本気で正直だ。 ・・・・悪魔とも、貴様ら人間とも違ってな」












――――――― だから貴様も素直に正直な願いを我が輩に言ってみろ。












「・・・・痛・・・・、 ・・・え、」








やっとよろよろ身を起こしかけた弥子の頭上から命令形、
しかし不思議なことにこの時だけはその科白から言葉からいつもの抑圧感はほとんど感じられず、








「ヤコ」








「え・・・・えっと、・・・・それじゃ・・・、」








促されるまま、一瞬だけ考える。
考えながら、弥子の頭の片隅、
有史以来、人間が悪魔に誑かされるときってこんな感じ・・・・なのかな、 ・・・わかんないけど。
なんて思いが僅かによぎったけれど、
彼本人が一番最初に魔人と悪魔は全然違うと区別して否定していたし、
言われてみればその実、彼が弥子に嘘を吐いたことなんて、
思い返してみれば実際、 ・・・・一度もない。
彼はいつでも本音、露骨なほど正直だったと今頃気づいて。




「じ、じゃあ、」




投げられたショックでガンガン響く頭を緩く振りながら立ち上がり、
思いついたと言うよりはごくごく自然、気づいたら途端に自分の中から出てきた願い。












「・・・できたら、でいいから、もうちょっと・・・優しくしてよ・・・・」













心持ち小声になってしまった・・・・ような気が自分でもしたのは、
やはりどことなく遠慮(?) があったせいか、それとも。
それとも、認めたくはない。 決して認めたくも自覚したくもないけれど、
現時点でも充分に彼は自分に優しいのかもしれない、という事実らしきものに
思い当たらずとも遠からず、
ますます困った方向にいろんなことが向かってしまいそうになっている・・・・からなのか、はわからなかったけれど。




「だ、だめ、・・・・かな? ・・・やっぱり・・・・?」




「ふむ」




恐る恐る訊ねる弥子の前、ネウロは軽く思案したあと、
その長い腕を伸ばし、




「わッ・・・・!」




頭をまたもまたもまたもや鷲掴み・・・されるかと経験が招く被害妄想から予測した弥子が、
ぎゅっと目を瞑って首を竦めた一秒後。




「・・・・ん、?」




予想外にも、軽くポン、と頭の上に置かれた手に、おそるおそる薄目を開ける。
すると魔人は置いた手でそのままぐりぐり弥子の頭から髪から縦横無尽にわしゃわしゃかき回してきた。




「ちょっ、ちょっ・・・・、何・・・・!?」




ネウロの突然の行動に、されるがままでいながらも混乱した弥子が慌てて頭上を仰ぎ見るのに構わず、
彼は楽しげにしばらくの間ずっとそれを続けている。
そうしてやっと、




「・・・・まあ、こんなものか」




頭をかき回され続けた反動で、弥子の目が回る一歩手前で、やっと解放された。




「なに・・・今の・・・」




今度は投げ出されなくて良かった、とほっと息をつきながら、
眼前の不可思議な人物の、不可解な行動に、弥子は頭上にクエスチョンマークをいくつも浮かべて首を捻る。




「ネ、ネウロ・・・・?」




なんだったの今のは、と訊ねようとしたのだが、




「・・・ム?」




当の当人はすでに興味の対象を他のものに移してしまったらしい。
途端に弥子に背を向けすっかり夜景にかわったクリスマスイブ、窓の外を一度注視、




「出かけるぞ、ヤコ」




言ってそれからパッと再び振り向いた眼は、
いつも通り定石通り、どこかで生まれた 『喰い物』 の気配を見つけたときのそれ。




「え、そんな急に出かけるって言われても」




どこに、どうして? (なんて聞くのは本当に今更だと思うけれど)




「って、ギャーーーー!! 首ッ、首が絞まる・・・・ッ・・・!!」




問いかけようとする前に襟首を掴まれ、
まるで猫の仔か何かのように持ち上げられたままビル内の階段へ直行、




「し・・・絞まっ、苦し・・・・、しッ、死ぬ死ぬ死ぬーーーーーーッッッ!!!!」




化け物じみたストライドで彼が階段を駆け降りていくたび、
必然的に生まれる重力と引力とで弥子の首がぐいぐい絞まっていくがネウロは意に介さない。




























12月24日クリスマスイブ、




一日早いけれど世間にメリークリスマス、 弥子はきっとメリー・・・・クルシミマス。




明日は当日25日、




良い子のところにやってくるのはサンタクロース、
けれど弥子の傍にいるのは魔人であってNotサンタクロース、・・・・たぶん散々苦労シマース。




















ちなみにあの時のネウロの不可解な行動についての件、
もしかしたらあれは頭をかき回されていたのではなく、
撫でられていたのかもしれないということに弥子がふと思いあたるのは年が明けてからの元旦、
朝から数えて25個目の餅をたいらげ終えたときのことであったが、
さすがに当人に面と向かって聞けるはずもなく、未だ真相は謎のままである。












――――――― Christmas gift to you !
















前回、「もうやりませんすみません」 とのたまった舌の根も乾かないうちから何をやっているのか・・・・(突っ伏し)。
でも好きなんです、ノーマルCPで一番好きなんですネウヤコ!
機会があればそのうち吾ヤコとか笹ヤコとかもやってみたいなあと思う今日この頃。
理由はたぶんただ単に自分が、ヤコちゃんが好きなだけだと思い思われ。