[ 性 は 悪 な り 、 善 な る も の は ]





「例えばの話だ、ヤコ」




「・・・ん?」




「唐突な話なのだが」




「なに、あらたまって」




頭上から落ちてきた声に弥子は首だけを動かして返事をする。
こんなふうに、前触れも脈絡もなしに彼が突然切り出してくるのは日常茶飯事だ。




「貴様の父親を奪った相手に万が一にも復讐できるとしたら貴様は報復するか?」




「・・・・・・・・ホンっトに唐突だよね・・・・」




繰り返すが日常茶飯事、哀しいかな彼の行動言動、
その他諸々にはとっくに慣れた(・・・・) という自覚も芽生えつつあったのだが、
今回のその問いには些か驚いた。
些か、呆れた。




「なんでそんなこと聞くの」




まだ癒えるほど時間の経っていない傷、現状の切っ掛けの始まりでもあった疵、
解いたとはいえそこをあっけらかんと平気で抉ってくる質問に質問で返しながら、
仕方なく、ゆっくり弥子は諦める。




「どうなのだヤコ、可能だとしたなら憎しみに任せて殺すか?」




問い掛けに問い返した形でした返事は当然の如くさらりと流され、
(たぶんネウロは最初から聞いていない)、そんな事柄をあろうことか愉しげに、
興味深げに、正に文字通りの人でなしは重ねて告げてくるから。




「・・・・・・・・」




あまりの無体に嘆息しようとしたのだけれど、
溜め息として吐き出せるほどの酸素は肺の中に残っていなかった。
無理をしてタメイキをついたって、どうせ結果的には徒労に終わる。
だから諦めの続き。 どこまでもゆっくりと。




「しない、と、思う・・・・よ」




「ほう?」




考えて答えながらも一定以上深く踏み込んで思案はしたくなく、
それでいて正直に返してみたら、「何故だ?」 と疑問符で案の定。
どうしてこう、彼は自分に対して矢継ぎ早に詮索してくるのだろうと頭の片隅で弥子はうっすら思う。
そんなこと謎でもなんでもない。
少し頭を動かせば、
否、わざわざ本人に当人に訊かずとも訊ねずとも通常、理解できそうなものなのに。
何故、なんでアンタはと聞きたいのはむしろこっちの方だ。
けれどそれもタメイキと同じく最初から諦めて。




「んと・・・怒ったり、恨んだり憎んだりする感情って疲れるから・・・・。
精神的にも気力的にもだし、それにそういうのを持続させるには凄く体力も使うでしょ?
だから、・・・・だからたぶん、キレイゴトとか、人道とか、
博愛を悟ったとかじゃなくて、ただ物凄く疲れるだろうから、そんなことしない・・・・と思う」




うまく云えたかどうだかわからないが、
誤魔化してもどうせ見抜かれるだろうから正直に云ってみた。




すると彼はニヤリと笑い、




「いいぞヤコ。 貴様のそういう無気力感が良い」




なんて云う。




「もっと優等生的な、誰も望まぬ愚劣な模範的回答をするかとも思ったのだがな」




苦笑も交えつつ伸びてくる長い腕は無温、かといって冷たくもない、不思議な。




被害者の義務でも私憤でも公憤でもなく、
なのに清廉さのカケラもなくて、ただ面倒だからという無気力感。
とてもとても怠惰で偽善に満ちた人間らしくて良い、とバケモノは満足気に。




「貴様のそんなところが悦くて、好い」




「・・・・あのさ、」




訊ねかけながら弥子は彼の深緑、孔雀石色の鳥の眼をじっと見る。




「どうしてそんなに私に執着するの?」




すると彼は猛禽の眼をすうっと細め、
いつもいつも貴様はどうでもいいことを我が輩に訊くのだな、と。




「別段貴様でなくとも構わんのだ。 我が輩に固執する人間なら他にも存在するしな」




「ああ、そう」




最初から期待していた訳ではなかったけれど、一言の元に蹴り落とされる。
なのに。
それなのに。




「だが、まあとりあえずは貴様で我慢しておいてやろう」




「ああ、そう・・・・」




どうだ嬉しいだろう、と重ねて告げられ、
曖昧に頷きながらも弥子は嬉しいのか悲しいのか自分でもわからない。
弥子の心情など何一つ理解なんかしていないくせ、
己のことだけ一番に考えて、全てわかっているような態度の尊大なバケモノ相手、
何故悲しいと一瞬でも思ってしまったのか、それはわからないままだけれど弥子は少しだけ自分を理解する。










執着よりもっと強いもの。 依存。










―――――――― それはとてもとても他の感情によく似ているような。










「サイアク・・・・」




ぼそりと口の中だけで呟く。
当然にして目聡いバケモノは即座に察し、
「? 何を不貞腐れているのだ?」
『アンタが原因よ、』 と云ってやりたくて、でも結局口にしてやる度胸もなくて、
言葉に出せずにそのまま黙り込んでいたら。
悟ったらしいネウロに、クククと笑われた。



「矮小な感情だな」




「うるっさいなあー、もうほっといてよ・・・・」




見透かされ、不思議なほど嬉しくなかったし、かと言って腹が立ったというわけでもなく、
覚えたのは彼曰くの矮小、且つ複雑な感情。
出来ることなら胸元に回っている腕に噛み付いてでもやろうかとも思ってみたけれど即座、
噛んでも美味しくなさそうだったから却下。
その後の自分の保身も考え含めてやっぱりやめた。




「ヤコ」




「あーもー、ほっといてって言ってるでしょ!」




含み笑いが本ッ当憎々しい、と歯噛みした途端、




「ちなみに我が輩、そういう生臭い感情もキライではないぞ?」




「?」




「魔界の生物は大抵皆、枯れ果てていてな。 生々しい感情も悪くない。 新鮮だ」




「・・・・・・・」








噛み付いてやるはずだった腕に絡め取られ、
背中に全身に密着して感じる無温の体温は時々、時折本当に、
どこか間違ったかのように優しくなった。








―――――― それもけっこう、悪くない。





また思いっきりタイトル外しました。
性悪説、『人の性は悪なり、その善なるものは偽なり』 です。
だから人は善に向かうように精進しなさい、という前向きな発送でスキな言葉なんですけど、
何ら関係のない小話に。

・・・・前回に引き続き、これもけっこうヤバイ話だと思う・・・・。