[ わわわん ]





テレビの横のいつもの定位置、
うとうとしながらも、コロマルはいつだってちゃんと住人たちのやり取りを聞いている。




「なあ風花、コロマル見ててふと思ったんだけどさ、犬の鼻ってなんで濡れてんだ?」




今日もまたインスタントラーメンをかき込みながら彼女に突然訊ねかける順平と、




「え・・・? それは、」




律儀にもソファーの上でそれまでひろげていたノートパソコンをたたみ、
テレビの向こう、テーブルに居る彼に向き直って答える風花。




「確か、濡れた鼻で空気を吸い込んだ方が、匂いの分子を一層多くキャッチできるから・・・・だったと思うけど・・・・」




(・・・・ワン。(あたり))
ココロの中でコロは頷く。 さすが風花。




「へー、そうなのか。 やっぱ風花は何でも知ってんな」




感心して感嘆する順平。
まっすぐな誉め言葉に、可愛い風花は、
「え、そんなことないよ」 と少しだけ照れくさそうに笑った。




「私もね、コロちゃんと一緒に暮らすようになってから、どうしてかなって不思議に思って調べてみたの。 だから知ってただけ。 調べたって言ってもただ本に書いてあった記事の受け売りだけどね」




「それでもさ、ちゃんと調べるだけ行動するだけ、偉いと思うぜ。 それに知識なんて結局、全部自分以外の何からかどっからかの受け売りだろー?」




「えっ・・・?  あ、 ・・・・ふふ、そう・・・・かもね」




順平の言葉に、風花は最初だけきょとんとしていたけれど、彼の言わんとしていること伝えんとしていることを感じ取ったと一緒、今度はしっかり微笑んで。




「あとはね、これはもう伝説の類いの話になっちゃうんだけど。 ノアの方舟ってあるでしょ?」




「ハコブネ?? あー・・・・、えーと、あの大洪水のやつ?」




旧約聖書の 『創世紀』 だ。
自信なさげな順平に、シッポを微かに振って教えてやる。
とは言え、 ・・・・それで伝わるはずもないのだが、一応。
と、何故コロマルが知っているのか答えはカンタン、
風花がその本を読んでいたとき、コロマルも横から一緒にそのページを眺めていたからだ。
そのあと一緒のベッドで寝たし。 潜り込んだし。 犬の特権だし。




「その話の中でね、航海の途中でみんなが乗ってる方舟の船体に小さな穴が開いちゃうの。 船だもの、どんな小さな穴でも沈没に繋がっちゃうから大変でしょ? だからみんなが困り果てていたら、そこにいた犬が咄嗟に鼻先をその穴に入れて塞いで、舟は沈没しないで助かったんだって。 それから、航海が終わるまでの40日間ずっと鼻先で穴を塞いでいたから、水に浸かってた犬の鼻はいつでも濡れてるようになったっていうお話もあるよ」




「へーえ。 律儀っつーかなんつーか、見上げた奴だよな、その犬も」




「だよね。 コロちゃんに勝るとも劣らないね」




(わわん!(いやそれほどでも))
ほめられた。 内心でコロマルがはちきれんばかりに尻尾を打ち振るっていると。




「でもよ、もし俺がそいつだったら少ーし、違ってたぜ」




「え?」




突如、エヘンと咳払いをして宣言する順平。
風花が意外そうに目を丸くすると、少しばかり高らかに得意気に胸を張って、その後を続けた。




「俺がそいつなら、鼻先じゃなくてシッポでその穴を塞ぐ!」




「え、えーーーー???」




たまらず吹き出す風花。




「だってその方が鼻先突っ込むより簡単だし、楽にメシも食えるし苦しくねーし、絶対イイじゃんかよー」




「で、でも、それじゃ・・・・」




風花は笑い続けているが、確かに順平の言う通りそれもそうだ。 一理ある。
もし自分が、コロマルがどっちか突っ込まなきゃならなくなったとしたって、絶対シッポを選ぶだろうし。
だから。








「ワワワン!」








理に適ってる! と全面的に順平を支持・支援する声を一吠え、あげたら。




「お? やっぱりなー。 お前も賛成だろ」




「そうなの? コロちゃん」




二人、同時に顔を見合わせて、笑った。




























「んじゃ、舟に穴が開いちまったら頼むぜ〜?」




「お願いね、コロちゃん」




冗談めかしての依頼。
もちろんコロマルは 「ワン!」 ありったけの元気で返事をする。




「おっ、これなら沈没の心配はねーってな!」




「コロちゃん、ありがとね」




ふたり、最後まで冗談めいての口調は変わらない。
でも。








でも。








でもコロマルは知っている。 気付いている。
この寮は出来たときから箱舟で、
ここの住人はみんなみんなそこに集められた乗組員。
外は海。
いつか見えるはずの陸はまだ見えてない。




それでもコロマルはみんなが大好きだったから、








「ワワワン! ―――― ワン!」








いざとなったら鼻とシッポだけじゃなく、全身使ってみんなを守る。 絶対。
























・・・・・・・・そう、誓ったのに。
あの時、そう決めたのに。








なのに、全部全部使ってみんなを守ってくれたのは 『彼』 だった。












彼がひとりで逝ってしまった新天地、そこに何があるのかまだコロマルにはわからない。












―――――――― わからないまま、もう明日は3月31日だ。












そして後日談へ続く。 みたいな。 ←苦しい・・・
前半はともかく、フタを開けてみたらものっそ暗いオチになってしまいました。 あと鼻を穴に云々の話は昔どこかで聞いたことがあったネタを持ってきただけなので実際本当かどうかはわかりません。 スミマセン!