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「あー・・・・。 疲れた。 今日はホント疲れた」




そうまだ陽も低くなっている訳でもないのに、自分の部屋に戻るなり上着をばさりと放り投げながら、
疲れた疲れたと連呼する二十七歳。
と、
そのすぐ後について狭い玄関で靴を脱ぎ、軽く溜め息を吐きつつ、放られて床に落ちた上着を拾い上げるのは制服姿の男子高校生で。
そしてカーテンレールからかけっぱなしのハンガーを目敏く見つけ、
「落としたままだとシワになるし汚れるからココに掛けときます」
と慣れた仕種で吊るし終え、


「疲れた疲れたって、今日の仕事は午前中までだって・・・・」


あまりモノも無い様相であるにも関わらず、微妙に散らかった部屋の中、
どさりぺたりと直に床に腰を下ろした足立に鳴上は向き直ってきた。


「そう。 だからこんな中途半端な時間に帰れてるワケ。 でもってその帰る途中でキミに見つかって、なんでかわかんないけどいきなり押しかけられる破目に陥ってんじゃん」


言いながら、上着に続き、ネクタイも解いて無造作にそのあたりに足立は放置する。
すると律儀にも鳴上はそれも拾い上げ、上着と一緒にハンガーにかけながら、
「仕事、大変なんですか」
まるで小学生のような問いを発してきた。
愚直な質問に、足立はほんの少し中空を眺める素振りをして、
「んー。 キミだからさ、この際正直なとこぶっちゃけるけど」
「?」
「働いた対価の給料ってのはね、貰う額の30パーセント程度。 残りの70パーセントは、イヤなこととか面倒なことに耐えた慰労金みたいなものだって僕は思ってる」
だからまあ、大変っちゃ大変だけどもう割り切って諦めてるからね、と公務員の模範解答の風上にもおけない足立の返答に、戸惑うかと思いきや鳴上は眉を顰めてきた。
「・・・・・・大丈夫ですか?」
「え? 心配してんの? ああ、平気平気」
それにへらりと笑って返して、
「ツライツライって言いながら、一日とか一週間とか一ヶ月とか経てばみんな笑うんだよ。 人間ってそういう生き物だし。 じゃないとむしろ生きていけないし」
ついそう零すと、鳴上は顰めていた眉のかたちを今度は微妙に変えて。
「時々、足立さんの言ってる意味がわからなくなるんですけど」
「うん。 僕もキミの言葉、さっぱりわかんないから気にしなくていいよ」
下手すると面倒くさくなりそうな問答に発展しかねないやり取りを、
そんなのお互い様だから安心しな、とこれまた軽く笑って流してやって、
「で、ところで悠くん、いつまでそこに立ってるつもりなのさ。 座るんだったら座りなよ」
足立が自分の方から狡猾に終わりに向かわせようとすれば、
鳴上は鳴上で、
「はい」
従順に頷いて素直に床に腰を下ろすかと思いきや、
ずいっ、と足立の上に乗ってきて、所謂マウントポジション。 体重をかけられて、重い。
「・・・・・・・・。 あのさ。 普通に座れって言ったんだけど。 耳、聴こえてた?」
懸命に上体を起こし、思わず真顔で突っ込みを入れてしまう足立に一向に構わず、
怖いもの知らずも甚だしいこのクソガキは、そのリーチを伸ばし髪に触れてきた。
「髪、見た目より柔らかいですよね」
「は? 頭大丈夫?」
「ずっとこうやって、触ってみたかったんです」
Sexの後はすぐ足立さん頭まで布団に潜って眠るからなかなかさわれなかったし、と呟く鳴上に、
「もう帰って自分ちで菜々子ちゃんの髪でも洗ってあげなって!」
たまらずそう喚いた直後、
「あ。 でもそれだと下手したら犯罪になるか。 でも身内だし。 ・・・・・・キワドイところだね」
などと自己完結で収束させざるを得ないまま、足立は。
最終手段(?)、胸ポケットから携帯を漁って、取り出して。


「・・・・・・・・どかないと、堂島さんに連絡するよ」


「叔父さんに?」
当然、鳴上は怪訝そうな顔をする。
「そう。 悠くん、少しイタズラの度が過ぎるって報告するけど」
「・・・・・・それはちょっと困ります」
「困っていいよ。 その倍くらい僕は困らされてるんだから」
言って、即、堂島にかける。


『はい堂島』


コール五回で出た。


「あ、堂島さん? 悠くんが今僕のところに来てて」


『悠が? どうした?』


真上の鳴上が軽く息を詰める。


「まあ、学校帰りに偶然会ったんですけど。 彼が、ちょっと」


『?』


通話しながら、目線だけを上げてチラリと鳴上を見れば、ただじっと様子を伺うことに徹したようだ。
たとえばここで通話の邪魔をしようとか、何某かの横槍を入れてくるようであれば本当に告げてやろうかと思っていたのだが。


「彼の具合が少し悪いみたいで。 良くなるまで、休ませて行きますから。 ええと、菜々子ちゃんには、・・・・・ハイ、はい。 じゃ、失礼します」


会話を終えて切って、「悠が迷惑かけてすまんな、だって。 でもって菜々子ちゃんには堂島さんから連絡しとくってさ」 と飄々と告げてやる。
最後の意外な一連の流れに、呆気に取られたままの鳴上に、
「だってキミ、頭の具合悪すぎだからね」
あーあ、また甘やかしちゃったよ、と苦笑せざるを得ない。
「ってことで、とりあえず一回、どいてくんない? 重いし背中痛いし」
「すみません。 でも凄く嬉しいです」
謝りながらも、 「どきませんけど体重、ずらしますから」 としぶとい子供。
「ごめんで済むなら警察いらないよ」
だからこっちも同等レベルの無駄口をたたいてやる。
すると直後、台詞通りに彼の体重が移動されて、気がつけば10も年下の野郎から仕掛けられる、キス。
抵抗するのも面倒くさいから、したいようにさせてやる。 高校生とはいえ、そのあたりは下手ではないから別段構わない。


「なんか・・・・・・・仕事の10倍くらい一気にどっと疲れた」


「すみません」


「ごめんで済む世間だったら、僕も堂島さんもとっくに失職してる」


キスの余韻の残る口でたたく、更なる無駄口。
「あーあ。 こんなつもりじゃなかったんだけど。 5つくらい年下の可愛い子か、3つくらい年上のキレイなおねーさんで、料理の上手いヒトが良かったんだけどさー?」
「俺、得意ですから。 料理なら任せてください」
「10も年下の、しかも男は論外だね。 論外。 そもそもキミだって、わりと周りの女の子レベルは高かったはずだろ? 高校生にしては、だけど」
それがなんでどうしてこうなって・・・・・・、との足立のぼやきも、鳴上はもう聞いていない様子で、
いそいそと自分の制服の上着から腕を抜き始めた。
そして先程自ら放った台詞はどこへやら、バサッと後方に学ランを放り投げる始末。
こうなってはもう、止められない。 止めようがない。
「ハァ・・・・。 まあ、いいけどさ。 こうやって毎回僕のコト焚き付けて、最後までちゃんと責任取れるんだろうね悠くん?」
深いタメイキを吐きながら、探る足立の問い掛け。
「取ります」
おそらく何もわかっちゃいない、これっぽっちも深く考えちゃいない鳴上が間髪入れず頷くのを見て、
危うく口許を歪めそうになるのを堪えた。
どう足掻いたところで、高校生如きが取れるはずもないのに。
けれど自分には、わざわざそこまで指摘してやるほどの親切さも、それこそ責任さえも無い。
「ふうん。 ・・・・それなら、いいよ? スキにしていいや」
「足立さん?」
「ん?」
「・・・・・・いえ。 何でもないです」
何かを言いかけた鳴上は結局途中で止め、代わりに先程のキスとは段違いに激しく口を塞がれた。














こうやって侵蝕しあう行為は決してキライじゃない。
野郎同士だろうが愚かな子供相手だろうが、本音本心を曝すより、断然ラクだ。
時間以外、失うものは何もないから。
快楽以外、得るものも何もないから。















物凄くイチャイチャしてるのが書きたかったのです。
そして、

・・・・・・・・・やはりいつもと何一つ変わらなくなった(突っ伏し)・・・・・・・・・。