[ Deep One ]


※ゴールデンアニメ版、4巻特典の共犯者エンドで年末あたり、と思っていただければ幸いです






「とりあえずこの約一年・・・・・? の総括は、」


と前置いてすっかり中身のなくなった何本目かの缶ビールの空き缶を足立は卓上に放りつつ、
興味も無いうえ、面白くも無いただただ騒がしいだけの垂れ流しにしていたテレビ画面をぼんやりと眺めていた鳴上に声をかけた。


「キミの場合、名前しか知らなかった人間より、大した知り合いでもなかった誰かより、よっぽど僕の方が大切だったわけだ」


ん? よくよく考えてみれば当然っちゃ当然? でも順番からしてみたらそこまで妥当ってワケでもないしなあ、と一応、棘を刺すように軽く笑ってやるのだが、そうしたところで当の本人から大した返答が返ってくる訳でもなく。


「・・・・・・・・何て言われても、反論できないです」


此処に行き着くまでにはただただ(無駄に) 逡巡したのだろうと思わせる響きでの、
しかし肯定以外の何物でもない、そんな呟きで返事をして、鳴上はすっかり冷めきっているはずのマグカップに口をつけた。
その中身は一時間以上も前、「飲みたかったら勝手に使っていーよ」 と伝えた結果、
彼自らが足立の部屋のキッチンに立って入れたコーヒーで(とはいえ無論勿論安物のインスタントだ)、
律儀にきちんと二人分作ろうとしていたのを、「僕はこっち飲むからいらない」 と冷蔵庫から数本の缶ビールを取り出しながら伝えてやったものだ。


「ほんっとキミ、エゴイストだよねえ」


笑って言ってやりながら、足立は自分でも微妙に呂律が回っていないことを自覚する。
たかだかビールの数本で酔いが回ってくるほど、酒に弱かっただろうか。
昨年の暮れはもっと飲んでいたような気がする。
それでも大した酩酊はなかったような。 どうだっただろう。 実際のところは正直、覚えていなかった。
けれどそれでいい。 昨年なんて今となっては何一つ関係ないし、
今年という今もどうやらこのまま終わりを迎えそうだったから。


「けどそれはきっと僕も同じか。 エゴと怠惰と我欲を練って固めたら、きっと僕ができるし」


卓前に座り込んでいる鳴上の視線を背中に感じつつ、へらへら言いながら再び冷蔵庫の扉を開けて最後の一本を手にして、戻る。


「それでもって、エゴと我欲と偽善を捏ねて焼いたら、キミになるんじゃない?」


手の中の缶ビールは当たり前に冷やされていて冷たい。
そしてこの部屋も、帰ってきたときにエアコン暖房のスイッチは一応ONにしたとはいえ、
お世辞にも暖かいとまでは言えず、かと言って他に暖の取れるものがあるわけでもない。
無論のこと空調以外ヒーターも、炬燵も無いというのに不思議なことに、足立としてはそれほど寒さは感じなかった。
もしかしたらアルコールのせいかと、だったら一方でこの子供はどうなんだろうと思わないでもなかったけれど、普通にコートは脱いでいるし、凍えている様子も見当たらず、取り立てて気にしてみるほどのことではなかったようだ。
そして、


「ほとんど、同じじゃないですか」


そう返す鳴上は、もうほとんど開き直った様子で。
無理をして穏やかに笑おうとするその努力は認めてやろう、と足立は 「はは、そうかも」 と軽く頷いてから、
あのさ悠くん、と名前を呼んで、すとんと目の前に腰を落とし、リモコンのOFFスイッチでテレビを切り、
目線の高さを合わせる。


「疑念が確信に変貌して、深みに嵌まってく感覚はいつの日から始まった?」


覚えてないはずないだろ? 今更もう、隠すことでもないし。 と追って返答を促すと、


「・・・・・・・・・・・・、」


意外なことに鳴上は直接的な回答は避けることを選んだようだ。
一瞬だけ目蓋を伏せ、言葉を選びながら、ぽつりぽつりと。


「疑って、気付いても、何も楽しくないし、気分が悪くなって、そのうち考えるのも嫌になってきて、
・・・・・でも、確信して、 俺は、 ・・・・・・それでも、」


一旦区切り、


「迷いたくなかったから」


小声で、けれどきっぱり言い切った鳴上に足立はどこか醒めた頭の片隅、
嘘だね、思いっきり悩んで迷いまくってたじゃんキミ、とココロの中で断定しながらも。


―――――――― まあ、いいか。


どうだろうと、結果的には何も変わらない。 変わっていない。
だから。


「よしよし。 いいコいいコ」


まるで犬の仔にするように頭を撫でて褒めてやって、ご褒美。
ついっと顔を寄せ、キスをしてやる。
が、
このまま続けてSexまで雪崩れ込むほど欲情は高まってはいなかったし、
彼はとっくに冬休みに突入していたが、明日も自分は仕事だ。
とは言えもしかしたら数時間後には気分も変わり、性欲処理をしたくなるのかもしれないけれど、
予定は未定。 第一、時間的にも今はまだ早過ぎた。
そんな褒めて宥めるだけのキスの終わり間際、
どちらが角度を間違えたのか、口唇を離す際に足立の歯が当たってしまい、僅かだが彼の口唇が切れたらしい。
「、」
大した量ではないし、傷自体もごく小さいが確かに血がそこには滲んでいて、
「・・・・血の味が」
などと言いながら鳴上が手の甲で自ら、拭っていた。
「血の味、ねえ」
それを眺めやりつつ、
「悠くん一つ教えてあげようか。 実は血に味なんてほとんど無いから」
どうでもいい知識を意味もなく、いや、意味が無いから、あえて足立は教えてやる。
「血の味だって錯覚してるモノはただの匂い。 ま、そう言われたところで味にしか感じないだろうけど。 所詮、人間の知覚なんてそんなもんなんだから。 だから、いろいろ錯覚したままでイイんじゃないかなあ」
意味の無い、ダラダラした台詞にほんの一部だけ本音を上乗せしたことに、この子供は気付いたのか気付いていないのか、


「足立さん、」


ふと、今になって何かが気になったかのよう、改めて自分の顔を見てきた。


「何?」


さすがに怪訝に思い、正面から訊き返してみると。


「・・・・・・・・いえ、」


数秒、おいて。


「光の加減で、瞳が金色に見えただけです。 今、ちゃんと見たらやっぱり普通の、普段の色でした」


だからなんでもなかったです、すみませんと謝る鳴上に、


「何言ってるんだよ、キミの眼だって時々別の色に見えるときあるよ?」


「え・・・・?」


途端、目を見開いて驚く様子に、
へー、気付いてなかったんだキミ自身は、と揶揄ってぺろり。 拭ったのに再び血の滲んできた口唇を舐めてやる。 それは紅い鉄錆の匂い。


「キミがシャドウと戦ってたからって、キミがシャドウじゃないとは言えないしさあ?」


低く告げ、もう一度舐め上げた。 二度目はもう血の匂いはしなかった。 ただ、この子供が軽く呻いただけで。
そして身体を寄せた今になってようやく気付いた。
彼の身体が自分よりもずっと、冷え切っていることに。
それでも寒いとは言わない鳴上を不思議に思いつつ、


「でも安心しな。 キミと僕程度なんて、世界にとっちゃ誤算にもならない誤差の範囲だから」


だから全部錯覚したままでいいんじゃない? 人生そこまで長くないし。


と大雑把に結び、


「けど来年も、そこそこ無難な一年になるといいねえ。 お互いに、さ」


言って手を伸ばして二度目、撫でてやった鳴上の頭も髪も先程よりもずっとずっと冷たくて、
突然、気が変わった。












「どうする? 悠くんが頑張るっていうなら僕もその気になってもイイけど。 Sexしてほしい?」












彼の顎が縦に動いて頷かれる前から、あえて訊かなくても最初から答えはわかっていた。














2014年の締めくくりにしては・・・・やっつけ仕事すぎて・・・・すみませんガクリ。
アダッチー優しすぎたかなとも思いましたが直してる時間もありませんでしたガクリ。