[ 11月20日 ]







秋もそろそろ終わりかけ、急激に朝晩の冷えが激しくなってきた頃。
足立が朝、目を覚ますと風邪をひいていた。
紙やすりでも喉に貼り付いているんじゃないかと錯覚するほど、喉が痛い。
先週からの季節の移行を甘くみて、薄着で外出などを繰り返していたのが悪いのか、
それとも今週にかけて冷え込みが一段と厳しくなっていたのに、
わざわざ出してくるのが面倒で初秋のまま、薄い上掛け布団一枚で寝ていたのが原因なのか。
・・・・・・・・まあおそらくきっと両方だ。


「あーあ・・・・」


タメイキと共に意味もなく呟いてみる。
寝起きだったこともあってか、掠れ気味ではあるものの、喉の痛みのわりに声は出た。
のそりとベッドから起き上がれば、どうやら幾許か発熱もしているようで、身体が重い。 おまけに首や腕の関節も酷く痛んだ。
今日が非番でよかった、とぼんやりどんよりと緞帳が下りたような頭でそう考えつつ、
ふらふらと洗面台に向かい、冷たい水で顔を洗い、歯を磨いて、
(そういや・・・・手軽に食べられるモノ買ってあったかな・・・・)
確か一昨日あたりからほぼ空っぽになっていたはずの冷蔵庫の中を脳裏に描きながら、
仕方ない今日のところはカップラーメンで凌ぐしかないか、
などとそんな殺伐とした食生活に自嘲的な思いを抱いたところで。




玄関先、甲高い耳障りな音でインターホンが鳴った。




「・・・・・・・・、」




ほとんど反射的、しかしのろりと鈍い動作で時計を見れば、朝だと思っていたのは自分だけのようで、
時計が狂っているのでなければ、すでに昼前だ。
この時間、というかこの部屋を訪ねてくる心当たりのある人物なんて、一人しかいない。
ふう、と軽く息を吐いてから、
「開いてるよ」
素っ気無く返事をしてやれば、
カタンとドアの開く音がして、
「お邪魔、します」
見慣れた体躯、見飽きた顔で鳴上悠が一歩、上がり込んできた。
その手には、いつもの如くジュネスのビニール袋が提げられている。 が。
「なに? 何か用でもあったっけ?」
首を傾げざるを得ない。
足立が思い出せる限り、今日会いにくる話、もしくは約束した予定などなかったはずだ。
なのに鳴上の口から発された言葉は、
「昨日の夜、電話したとき、足立さん具合悪そうだったから」
心配になって、と続ける台詞を、
「? 電話なんかしたっけ???」
本心からの感嘆符で遮った。 一切記憶が無い。
「しました。 ・・・・・菜々子の話とか」
「あー、 そう。 したって言うなら、したんだろうね。 僕的には覚えてないけど」
・・・・・・酷い台詞だ。
鳴上がほんの少し表情を変えた。
ああ、ちょっと傷付いたかな、自らそう自覚しながら、とりあえず携帯の着信履歴で確認する。
すると確かに昨日の20時過ぎに鳴上からの着信があって、とりあえず自分は出たようだ。
通話時間も、3分弱と記録されていてそこまで短くも長くもなく、普通に何某かの会話(※菜々子の件?) をしたのだろう。
「で、その電話で心配になって来てみたってこと?」
「はい」
「でも学校は」
「今日、日曜日です」
「ああそっか。 でも外、雨だね。 折角の日曜なのにさ」
どうでもいいことを喋るたびに喉が痛む。
痛んで掠れた語尾の拍子、軽く咳き込むと、
「大丈夫ですか、それ、風邪なんじゃ・・・・」
などと鳴上が、臆することなく無防備極まりなく、顔を覗き込んできたから。
うんそう、どうやら風邪ひいたみたいだし物凄く調子悪い、とここは素直に肯定したあと、
「だから、今日はSexしてあげないよ?」
小狡く皮肉めいて笑ってみた。
「、」
息を詰める鳴上に、
「・・・・・・・って、悠くんだってまだ前の傷とか治りきってないだろ? 良かったじゃん」
揶揄めいた暴言。
たかだか数日で完癒するはずもない、その手酷い裂傷を負わせたのは自分だ。
なのに何故だかこの子供は目線を伏せて、
「もう、痛みはないから」
正直なのか素直すぎるのかはたまたただの馬鹿なのか、
おそらく本当のことを告げてくる。 だからついつい足立としても、
「ん? それって、シてほしいって解釈でいいワケ? 治りきっちゃいないけどもう痛くないからSexしてほしいです、って?」
「違・・・・!」
「まあいいや。 違わなくても、ちょっとさ、今日は本気で具合悪いから相手もしてあげられなさそうだし」
キミも風邪ひかないように気をつけなよ、と言い捨て、
再びベッドに戻りかけた足立の背中を、鳴上が追う。
「本当に大丈夫ですか、一応、簡単に料理できるものだけいくつか買ってきましたけど」
それに首だけで振り向いて、
「・・・・それじゃ、軽く食べられるもの作ってよ」
僕寝てるから、出来たら起こしてくれれば、ともそもそベッドに潜り込む。
とっくに体温の名残をなくしていたベッドのシーツは冷たくて、
「悠くんの、そういった気遣いとかの出来る健気なところ。 そういうとこ、好きだよー?」
軽口ひとつ、叩いて枕に頭を沈めたら。




「・・・・足立さんの 『好き 』は、俺の欲しい 『好き』 じゃないから」




鳴上の、零す小声がかすかに届いた。




へえ、そこらへんはわかってるんだ、一応覚悟はしてるのかなあ、と足立は感心してみた一方、
違うな、たぶん違う、と確信する自分もいる。


「なーに言ってるんだよ。 僕がこんなに優しくしてあげるの、キミしかいないよー?」


痛みを増す喉の奥で嗤ってやれば、今度は返事もないまま、キッチンとこちらの部屋とをつなぐドアが静かに閉められた。
僅かに間をおいてその向こう、水を流す音やらコンロに火をつける気配。
甲斐甲斐しいよなあ、まったく。 と呆れ果てることにももう慣れながらも。
もう一度、今度は深く激しく咳き込む。
悪くなっている。 彼が来てからのこの10分足らずの間に、完全に風邪が悪化した。
眩暈がする。 悪寒もする。 頭が痛い。
そもそもこれは本当に風邪のせいなのか。 それすらわからない。
もうずっと、ずっとこんな不調に取り憑かれていたような気もするけれど。












「・・・・・・・・悠くん、」




呼びかける。 痛みでざらついた声。 でも発声できているはずだ。 なのにまたもや返事は無い。




「キミの作ったの食べて、少し眠ったらさあ、やっぱりヤろうか」




返答は無い。 けれど構わず足立は続ける。




「せっかく来てくれたのに、勿体無いじゃない? 時間ももう、あんまり無いし」












だからせめて今のうちに、
わりと沢山のヨロコビと、
二度と縮まることのない距離と、
癒えることのない(そして傷痕になるほどの時間も残されていない) 傷口と、
今まで作ってきたものを全部足した嘘八百を送ってあげるよ、
と零して足立は枕に顔を埋めた。










――――――――――― どちらにしろ、自分も彼もあと少しで、もう終わりだ。














ヒドイ足立にしたかったんですけど、結局全然ひどくないアダッチーになってしもうた・・・・。
タイトルのあたりの日付だと思っていただけると幸いです。

・・・・いいんだ  自己満足の話なんだ・・・・