[ 8980円 ]







「だからさ、キミからも言ってよ彼に」
「うーん・・・・。 けど、俺が言ったところで、アイツが素直に聞くかどうか」
「そんなこと言わずに! 親友なんだろー!?」
「そりゃあ、まあ」




場所はジュネスフードコート、
季節はそろそろ夏も終わる頃、
時刻は夕暮れ、
その片隅でこっそりひっそり(?) 並んで意味もなく小声で会話しているのは足立と陽介。




「だったら一回ちゃんとさあ、キミの口から言ってやってってば」
「言うのは別に構わないっちゃ、構わないんですけど・・・・」
「構わないって割りに、どうしてそんな渋ってるのさ」
「・・・・・・・・、それは・・・・」
足立のとある頼みに、自然と陽介の眉が寄せられ、同時に返答が鈍ってしまうのも無理はない。
そもそもつい10分前、たまたま偶然遭遇した足立のその頼みごとの内容というのが、これまたアレな内容であるからして。




アレな頼みごと → 【花村くん、だっけ? ちょっと、鳴上くんあの子なんとかどうにかしてよ】




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そりゃ、胸を叩いて 「わかりました! どーんと任せてください」 なんて気安く安請け合い出来る訳が無いのである。
何故って、ヒトには出来ることと出来ないことが明確に線引かれて分けられているからで、
しかもよりによって対象が鳴上悠、そんなアイツに対して自分程度が干渉できる範囲など、最初からたかが知れている。
しかも(※認めて良いのかもわからないが) それが色恋沙汰、
惚れた腫れたが絡んでくる当事者(※訳:足立透本人を指す) からの要求であるから、余計。
であるから口から出る返事も、




「でも足立さん、大人の刑事が高校生のコトで高校生に頼みごとって・・・・。 プライド、っていうか、そういうのとか気にならないんですか」
こんなふうに、尻込みしまくり(・・・・) の様子を一応のオブラートに包みながらも全面にちりばめまくり(・・・・) のものしか出て来ないのだ。
しかし足立は実際、今ここで困りきったカオをしているであろう自分の更に上を行く、
苦りきったカオをすでに隠そうともせず。
「何言ってるんだよ、そんなくだらないプライド持ったところで、実益なんか一つもないって」
しかも上司の甥、ってこの立ち位置と関係の縛りからして絶望的なんだけど僕としちゃ、
などとブツブツ言っている。
それを陽介が無理矢理遮って、
「ていうか、例えば、俺がアイツと足立さんのこと、誰かに言いふらしちまうかも、とかってそっちの危険性なんか考えたりとか」
一般論常識論に訴えてみると。
「うーん、今となったら、それは無いね。 僕もキミたちのことそこまで知ってるワケじゃないけど、見たところ育ちも頭も悪い方じゃないんだろうし、大体キミと彼とは友達で親友なんだろ?」
だからそっち方面の心配はしてない、と言い切る足立に、
コレ、誉められてるって素直に受け取っていいのか?  と少々疑問に思わなくもないながら、
「・・・・・・それは、まあ」
事実は事実であるがゆえ、控えめに頷くと。
何故だかここで足立はふう、と軽くタメイキをつき、キレイなオレンジ色の空を仰いだ。
「常日頃からさあ、やたら世話を焼きに来るんだよ」
「知ってます。 学校から速攻帰る日は大抵、足立さんとこ行くんだって」
ちなみに仲間内じゃもう公然の秘密みたくなってますけど、と付け加えると、
「ええー? 何ソレ怖い」
真顔で一歩、引かれる。
「いや、まあ別に、俺たちはアイツの意思を尊重したいし、その要素さえなくせば本当に頼りになるしイイ奴だし、だからみんな黙認で」
そうやって陽介としたら慌ててフォローしたつもりだったのに、
「その要素ってモノを一方的にぶつけられまくってる僕の身にもなってよ」
「・・・・・・・・・・・・あ」
今にも澱みそうな声でぼそりと零され、返す言葉が見つからない。
そんな陽介の横、もう一度足立はタメイキをつき、
「ちょっと待ってて」
そう言い置いてすたすたと売店のへ向かい、
「オレンジジュースでいいよね、僕はアイスコーヒー」
ジュースの紙コップを2つ、持って帰ってきた。
「あ、ありがとうございます」
そのうちのオレンジジュースを否応なしに受け取らされ、ちょうどいい具合に喉も渇いていたためすぐ口を付けると、
「よし、これで買収完了」
「ゲッ・・・・!!」
ジュース一杯で刑事に買収される高校生。 しかしすでに遅い。(←何が?)
そして足立は足立で、ぼやく。
「どこまでキミ達が気付いてるか知らないけど、悠くん、かなりワガママだよ?」
「・・・・・・・・足立さん、『鳴上くん』、じゃなくて 『悠くん』 呼びなんだ。 っていうツッコミは・・・・・・・・」
「好きにしたら? 公式だって媒体によって僕の彼に対する呼称、わりとバラバラだったと思うし」
「それは俺も同じですけどね。 ・・・・・って、聞かなかった! 俺は今なんにも聞かないし聞いてないしツッコミも入れてないし言ってない!」
「そうした方がいいね。  で。  ワガママな上、猪突猛進だし」
「?」
「結構、ゴーイングマイウェイだし」
「??」
「ヒトの話、まったく聞き入れないし」
「???」
「優等生っぽいフリしてるけど、色々壊れてるっぽいところもあるし」
「????」
「彼の場合、クレイジーっていうよりマッド気質っていうのかなあ、あれ」
「そう、ですか?????」
まあ、時々は思い切った行動に出たりするかもしれないけど、
そこまで言うほどヒドイとは思えない。 だから、
「足立さんの被害妄想、ってことは・・・・・」
素直にそう言ってみた途端、
「〜〜〜〜〜、それは絶対に無いね」
はっきり言い切られてしまう。
「そ、その根拠とかって」
あったりするんですか、と陽介が続ける前に、三度目のタメイキが足立から漏れ、
「・・・・・・先週の話。 もういっそぶっちゃけるから聞いてくれる? なんかさ、僕のシャツの袖がほつれてたみたいなんだよね」
淡々と話し出した。
「はあ」
「それをたまたま? 目敏く悠くんが見つけてさ」
「・・・・・・はあ」
「僕はいいって言ったんだけど、『縫います』 とか言うワケ」
「・・・・・・・・・・・はあ、」
陽介としたら、とりあえず頷いて聞き続けるしかない。
アイツ針と糸っつーかソーイングセットいつも持ち歩いてたのか、とか呑気にぼんやり思っていたら。
「で、『それじゃ縫うから脱いでください』 って言うんだよ? おかしいって、なんでわざわざ脱ぐ必要があるんだよ」
「そう・・・・ですよね。 袖口だから、普通に着てても縫える場所だし」
「もちろん僕だってちゃんとそう言ったさ。 そしたらさ、彼、何て言ったと思う?」
「さ、さあ?」
「『服は脱ぐために着てるんです』 とか言い切ってドヤ顔。 ・・・・・・・・なんかもう、悲鳴あげたくなった。 本気で」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あの。 俺、今更だけど一つ確認したいことが」
「何?」
今更だ。 本当に今の今更、だけれども。
「それ、場所って一体どこなんですか・・・・・?」
そんなやり取り、どこで行われたのかをもういっそこの際はっきりさせておきたくて、意を決して訊ねれば、




「僕の部屋」




何のことはない、
言いよどむこともなくあっさり足立がそう答えてきたから、




「あーーーー・・・・・・」




なんだか、一挙に力が抜けた。
途端、不審気に、「何、どうしたの」 と聞き返される。




「それ・・・・、ただのノロケって受け取ればいいんですか、俺」




「はあ!!???」




思わずたまらず呟いた台詞に、足立が素っ頓狂な声をあげる。 けれど。
もう陽介は気付いてしまった。
いろいろ鈍い足立のこと、
おそらく当人、本人は気付いて発したぼやきでは無いのだろうとは思う。
が、これはここまで来たら、どう見てもどう聞いても単なるノロケ以外の何物でもなくて、
なんていうか、
なんというか、




愚痴に見せかけた、ただの恋バナ(・・・・・・・・)。




そんなものに無駄に時間を割かれた自分って一体。
そしてまっっったく!! そんな自らを認識できていない現職刑事って一体。




「すいません、俺、いろいろ放っておきたい。 て言うかほっときますアイツも足立さんも」
「え!? ちょっと待ちなよ、意味わかんない」
驚いてずいっと詰め寄ってくる足立に、陽介は苦笑いを隠さずに。
「待ってくださいよ、そーんな近付いて、こんなトコ万が一にもアイツに見つかっちまったらシャレにならないんじゃないですか」
とか冗談めかして言ってみるけれど、
「いいんじゃない別に? 見つかったら見つかったで。 別に何にもしてないし。 何かしたワケでもないし」
素っ気無く流され、「そんなことより、」 と真正面から再び、ずいっ。
「ノロケとかほっとくとかって何。 僕はねえ、本気で参って、 〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
反駁しようとした足立の動きと台詞とが瞬時、同時に止まり、
「? 足立さん?」
どうかしたんですか、とよくよく見れば目を丸くして自分の肩越し、つまり陽介の背後から視線を外せずに固まった足立に首を傾げつつ、
オレンジジュースを飲みながら何の気なしにくるりと振り向いたその刹那。




「ゴブッッッッ!!!!」




噴いた。
盛大に口の中のジュースを噴き出した。 何故って。




「楽しそうだな、二人とも」




「ああー! 陽介お兄ちゃんと足立さんだー!」




一体どこから現れたのか、すぐ真後ろに鳴上と、菜々子が。




「な・・・・な、なんでココに・・・・」
別段慌てる必要も無いはずなのに、あわあわと狼狽する陽介に、
「言っただろ? 菜々子と出かけるって」
妙にさらりと普通に答える鳴上悠。 その表情はあくまで普通で普段と変わらず穏やかで、
ここに自分と足立とが居ることに、別段腹を立てている様子は無い。
「菜々子と出かける、イコール買い物はジュネス、っていつもの法則じゃないか」
可愛い菜々子と手を繋ぎ、パッと見るその姿はどう見ても 『良いお兄ちゃん』。
なのに何故だろう、どうしてなんだろう、陽介は恐る恐る振り向いていた首を戻し、
足立をうかがってしまう。 と、
ついさっきは 「見つかったら見つかったでいいんじゃない?」 などと軽口を叩いていた足立本人は傍目にもわかるほど蒼褪めカオにはタテ線、
逃げるに逃げられない悲愴さまで漂わせ始め、硬直状態で。
と、天使のような菜々子の罪の無い、邪気のない、




「菜々子はね、お兄ちゃんとデート。 足立さんたちは何してるの?」




まさかの悪魔の一言。




「 「!!!!!!!!」 」




なにもしてない。
当たり前だが当然だが陽介と足立は、天に誓って! 本当にたまたまかち合っただけなのだ。
そして正真正銘、何もない。 せいぜいジュースを奢ってもらった程度。
それなのにそれなのに、どうして。
どうして無駄にこんなに怯えなければいけないんだろう。
理屈じゃない。 おそらく。 全てが理屈で通るとは限らないこの世の中だから。




「足立さんたちも俺たちみたいに、『デート』 みたいだな」




「そうなのー!?」




「 「!!!!!!!!!!!!!!!!」 」




少しだけおどけて菜々子にそう告げる鳴上と、同時に震え上がるふたり。




「・・・・・・・・・・・・・・詰んだ・・・・・・・・・・・・」




遠い目、乾いた声でぼそっとそう呟いた足立の悲劇的顛末は陽介的にも想像に難くない。
まあそれでも、鳴上の独占欲嫉妬欲の矛先が向かうのは間違いなく足立に向けてであって、
親友である自分には、おそらくほとんど被害は被らないことは感じ取れているし、
いくら足立に目が眩みまくっている(・・・・) 鳴上でも、流石にそこまで道理の通らないヤツではないことくらいは、今までの付き合いでわかりきってもいたから。
「ご愁傷様です・・・・はは・・・・」
心の底からそう告げて、同情した。




この後、鳴上と菜々子は、
「それじゃ花村、また明日学校でな」
「またねー!」
ごくごく普通に別れの挨拶をして連れ立って五歩ほど進み、
突然鳴上だけが軽く振り向いたかと思った直後。




「明後日からの金曜、土曜って足立さん非番ですよね。 覚悟しててください」




にこやかにさらりと宣言された足立の顔色が蒼から紫へと変化していくのを隣で眺めつつ、




「・・・・・・・・ご愁傷さまです・・・・・・・」




先程とまったく同じ台詞を、陽介は繰り返した。



























後日談、余談で補足しておくと、
その金曜・土曜で押しかけてきた鳴上によって、
げっそりやつれはてた足立とは対照的に、妙に嬉しそうにしていた鳴上とが土曜日の夕方、
連れ立ってジュネス四階・布団売場にて 【お買い得寝具6点セット】 を品定め(※主に鳴上が) していた様子が完二によって目撃されている。
それを聞いた陽介が、「で? どんな会話してたんだよ」 と迷わず探りを入れてみたものの、
「いや・・・・自分でもワケわかんねえっスけど、オレの本能が、『近寄ったらマズイ』 って警告してきたんで・・・・。 遠目から見て、サッサと帰ったっス」
そう答えた完二に。
「ああ。 それ正しいな」
陽介は間髪入れず頷いて、
「布団・・・・」
ナニユエに布団の買い替え、とそこまで考えかけ、
「あ、」
気付いて、即座にそれ以上の想像と思考とを、やめた。












陽介の記憶が正しければ、【お買い得寝具6点セット】 は税込8980円、だったはずである。
















アホな話をまたやりたくなったのです。
シャツ云々(笑)の、前日談(?) も出したいなーーー   ※無論後日談も!