[ rotting ]


※ゴールデンアニメ  アナザーエンドあたりの話だと思っていただけると幸いです






足立宅。




30分ほど前、
狭い街中、偶然なのかもしくはこそれすら予定調和内なのか、ばったり遭遇したから、
釣った魚にその都度餌をやる如く、
懐いてきた犬の頭を今日もまた撫でてやるよう、
『来るなら来てもいいよ?』
と告げてやったら、おとなしく付いてきた鳴上悠。




「、あ」


「何、どしたの」


背後、ふいにあがった声にほぼ反射的に足立が振り向けば、鳴上が右手の人差し指を見つめて僅かに眉を寄せていた。
「紙で、切りました」
「紙?」
「課題です。 学校の」
「キミ、着いて早々ここで課題やる気?」
「提出期限、明日だから」
この用紙一枚だけなんですけど、と彼が手にしているものは確かにそう、数学の課題らしい。
数式やら設問やらがずらりと並んでいる。
それを 「ちょっと見せてみな」 と受け取ってなぞるだけ、目を通しながらも、
別段懐かしいとも今でもその程度なら簡単に解けるとも逆に解き方ももう忘れたとも微塵も思わず、
むしろ何の感慨もないまま、
「はい。 返す」
鳴上に手渡す。
しかし鳴上はそれを受け取りながら眉をしかめ、鋭く切れて血の滲む人差し指を凝視したままだ。
「そんなに痛いワケ?」
たかだか1cm程度の切り傷で大袈裟にも程があるんじゃないの、
そんなの笑い飛ばすくらいのキズだのケガだの、悠くんテレビの中でさんざん負ってきたんだろ?、
と半分揶揄りながらいつもと同じ、くたびれた上着から腕を抜いて無造作にテーブル上に放り、ネクタイを緩めると、
「いえ、ただ、・・・・傷の深さと大きさに比べたら、少し気になって」
言葉を選びながらの鳴上の返答。
それに思わず 「なんだよそれ」 と失笑し、
「やめなってそういう迂遠な言い回し。 素直に痛いって言えばまだ可愛げがあるのにさ」
言い放ってどさり。 ベッドに腰掛ける。
「絆創膏。 その後ろの抽斗のどこかに入ってたと思うから、探して貼っとけば?」
「ありがとう、ございます」
軽く頭を下げ、自分に背を向けて鳴上は足立がここに住み始めてから不用物やら不要物などまとめて放り込んでおいてある抽斗の中を探し始めた。
その背中に向け、
「紙で切った傷が痛いのはさ、」
どうでもいい言葉を繋いでやる。
「指先に神経が集まってることくらいは知ってるだろ? で、紙で切ると傷口の断面がギザギザになるからだよ」
ちょっと想像すりゃわかるだろうけど、紙なんて小さいノコギリみたいなものだし、と付け加え、
「それと傷口についた繊維のせい。 見えないけどしっかりちゃんと付いてる。 でもって最後、傷自体は浅いからね。 逆に浅いからすぐ閉じない。 神経剥き出し。 だから空気に触れると地味に痛いってワケ」
「そうなんですか。 ああ、・・・・・・そう、ですね」
理解したのか納得したのか、頷きながらもどうやら鳴上は目的のものを見つけたらしい。
左手で器用に絆創膏を巻き貼り終え、くるりと体ごと、足立に向き直った。
そうして何を言うかと思えば。
「どうして、俺に優しくしてくれるんですか」
「はあ?」
何を言い出すんだ、このガキは。
どうやら自分でもあからさまなほど、意外なカオをしてしまったらしい。
続けて鳴上は微妙に目を逸らし、
「でも、優しくしてくれるだけで、好きになってはくれないことも知ってます」
この上なく正直、しかし愚昧にも程があり過ぎる台詞を口にする。
足立はこれまた危うく失笑しそうになり、
「なあに言ってるんだよ、キミのことはだァい好きだって」
あながち間違ってはいない事実をあえて大袈裟に告げながらも、
「僕はね、僕の役に立ってくれるヒトは大好きだから」
当の本人がそう言ってるんだから悠くんももう開き直りなよ、と締めてやる。
それでも鳴上は目線を逸らしたまま、十秒、
二十秒、
そして三十秒。
何も言わず、
「・・・・・・あのねえ」
待ちくたびれた足立の方が、溜め息を吐く。
実はずっと訊いてみたかったんだけど、と前置いて、
「どうしてキミは僕がイイの? それが理解できない」
「、」
息を詰める鳴上を、しかもレンアイ感情とかさあ、と足立は軽く頭を掻いてみせてやりながら手招く。
それにおとなしく従い、一歩、二歩自分の方に近寄り、手を伸ばせば届く位置に来たその腕を掴んで、
「ま、いいか」
乱暴に引いた。
「ッ!?」
不意打ちだったのか、身体ごと倒れ込んできた鳴上の重みが加わり、僅かにベッドが軋む。
「SEXも一つの手段だよ?」
何の、とはあえて口にせず、足立は続けて唆すカオと口調で。
「ほら、最初にキスから始めて欲しいならそう言いなって」
「な・・・・」
今更、よくもそんな驚いたような、戸惑うような表情がよくできるよなあこのガキ、とある意味感心しつつ、
「言わないならしてやらないけど。 ま、別に必要ないか」
ひとりごち、事務的作業的にさっさと鳴上の衣服を取り除き始めたところで、
ようやく現状と展開を彼も理解したらしい。
「そん、な・・・・!」
部屋の中、帰宅してすぐに暖房のスイッチは入れたから脱がされて寒いといったわけではないのだろうが、組み敷いた身体が一瞬戦慄くのがわかった。
「明、日、学校・・・・っ・・・」
「そりゃ平日だし。 ちゃんと行きなよ?」
きちんと手加減してやるって、
と足立は口先だけの言葉を吐き、




身勝手な性欲処理に、少しだけ時間を割いた。





























「ひとつ教えてあげようか」
「・・・・・・はい」
事後、体液でベタ付く身体をシーツの上で反転させ、足立が目線を上げると、
つい今さっきベッドから下りた鳴上がぎこちない動作で衣服を身に着けている途中だった。
「SEXの後、そうやってすぐ服着るクセは直した方がいいよー? 女の子相手だと、薄情者だって思われるから」
「・・・・相手なんていません」
「だろうね。 言ってみただけ」
だってキミが好きなの、僕なんだもんなああはは、と空笑い。
「帰ってもいいけど、血とかいろいろ出ちゃったし、シャワーくらい浴びてけば?」
そんな跡とか堂島さんに見つかったら、また煩いからさと天を仰ぐと。
「大丈夫です。 これくらい」
「ふうん」
たかが指先ひとつの小さな切り傷は気にするくせ、
身体に残された情事の爪跡は平気と言い張る鳴上。
足立としては、本人がそう言うのであればそれならそれで面倒が無い分、構わない。
と、その間にも鳴上は手早くコートに腕を通し、
「それじゃ、俺、帰ります」
言いながら、
「・・・・・・・・足立さん」
「んー? 何?」
「足立さんが、本当に、本当に少しでも、少しだけでも俺を好きになってくれたのか、」
「は?」
「いつか、教えて欲しいです」


俺が壊れる前に。


と最後のワンフレーズだけは無音、でも確かに鳴上の口唇はそう動き、
すぐに彼はくるりと背中を向け、玄関に続くドアに手をかける。
その後姿に足立はどう返答してやろうかと一瞬だけ、考えて。


「違う違う。 ヒトは音を立てて壊れるようなものじゃない。 気付かないうちに少しずつ、少ーーしずつ腐っていくだけ」


軽いトーンで否定、


そして。


うって変わって真逆の声音で。












「今のキミがそれ」












現実を突き付けた。


無言でドアが閉まった。


鳴上の姿が消えた。


玄関から出ていく足音がして、彼の気配が消え静かになった。


言われた鳴上が一度も振り向かなかったため、どんな表情でいたのかはわからなかった。


ひとりになった部屋の中は耳が痛くなるほど静かで、
そんな中、








「いいんじゃないかなあ。 食べ物だって、腐りかけが一番オイシイって言うしさあ?」








つぶやいて何の気なしに窓の外を眺めてみれば、また雪が降り始めていた。
この街に来て、散々見飽きた雪に布団の中、足立は小さく欠伸をしつつ、
彼の指先の切り傷が完治する頃、もう一度呼んでその時は互いに腐臭を嗅ぎ合って、
ドロドロの糸を引きながら、今度は快楽神経を剥き出しにしてやろうと思った。




それくらいの時間はまだ、あるはずだ。


















ヤろうと思ってたんですが、不発に終わりました・・・・。
次はがんばります