[ insanity ]






ある日の夕方、いつものようにジュネスの片隅でさぼって、否、
時間潰し、・・・・・・・・否否、
・・・・・・・・時間の調整をしていたら、
案の定、面倒くさい子供と遭遇した。




「足立さん」
「・・・・うわ。 またキミか」
「また、って言われても二週間ぶりです」
「たった二週間。 偶然の遭遇にしたって、頻発しすぎだよ」
あからさまにうんざりした表情を作ってやっても、彼は全くもって気にしない。
やたら嬉しげに、それでも一応周囲を軽く見渡して、近くに他に誰もいないことを確認しながら近づいてきた。
「今日も仕事ですか」
「そう。 私服のキミは休み・・・・か。 そういや今日って日曜だったっけ」
この職に就いてから、曜日感覚がなくなってきていて、
普段は制服の鳴上が、彼の歳にしては妙に落ち着いた私服でいることで、ようやく日曜日が終わりかけていることに足立は気付きながら。
「そんじゃ、早く帰って明日に備えなよ。 早く寝ないと、明日の朝がツライから」
軽く流して、会話を打ち切ろうとしたのに。
「時間があったら、買い物がしたいです」
「してくりゃいいじゃん。 ここ、ジュネスなんだから」
「いえ、足立さんと一緒に」
「はあ?」
鳴上が何を言い出すかと思えばそんな言葉で、思わず足立が呆気に取られたカオをしても、構わず。
「擬似デートみたいな感じで」
「・・・・・・・・はあ???」
「いや、むしろ 『擬似』 じゃなくて、普通に足立さんとジュネスでデートがしたいです」
「悠くん、頭大丈夫?」
淡々と、しかし真面目に告げてくる鳴上に呆れ返りつつ、こみあげてくる深い深い、溜め息。
「あのさ。 僕とキミとがジュネスの中、連れ立って歩いてたらただの補導シーンにしか見えないから。 あしからず」
一応(?)割合とマトモ(?)な理由を盾にして突っぱねてみても、
「俺は別にそれでも構いませんが」
流石というべきかどうか、鳴上はそんな程度では揺るがない。
「でも、足立さんが気にするんだったら、別の場所でも。 夏なら祭とか海とかプールとか」
「うわー。 考えただけでも遠慮する。 それ」
「そうですか・・・・。 それじゃ冬ならクリスマスとか、スキーとかスノボとか。 公式でもコラボ、やってましたし」
「ああ確かにやってたねー。 とは言っても、僕の気配一切ナシだったろ? だから無理。 そもそもスノボとかスポーツ系、僕絶対無理だね」
「でも、ダンスはあんなに巧かったのに。 しかも最大の難易度で」
「ていうかさっきからキミが何言ってるのかさっぱりわからないんだけど。 ホント、脳みそ大丈夫?」
公式コラボとかP4Dネタで持ってくると時間軸が狂うからやめときな、と早口で諭して、
「それじゃ僕、そろそろ行くから」
さっさと切り上げようとした足立がくるりと背中を向けた瞬間、
「待って下さい」
ぎゅう、と腕を掴まれた。
「!!」
掴まれただけならともかく、ぐいっと引かれて引き戻される。
「ちょっ・・・・!」
ほとんど力ずく、の鳴上のその行動に咄嗟に足立が顔を顰めると、
「すみません。 つい。 ・・・・・・・・補導されても、何も言えないです」
鳴上は意外にも、真顔で謝ってきた。
読めない彼の表情に、足立としては、
「キミ一人補導したところでねー。 これ以上面倒な仕事増やしたくないし。 今のは見逃しとく」
「ありがとうございます、 ・・・・すみません」
「それじゃ」
「、」
ひらひら手を振って、くるりと踵を返そうとした途端。
何だか物凄く、物凄くこちらが、自分が酷く悪いことをしたかのようなカオをされた。
たまらず 驚いて、「ええー?、」 と瞬時、逡巡してしまい、そして。
足立は盛大なタメイキを深く重く、長く吐く。
「〜〜〜〜〜〜わかった。 いいよ。 コーヒー飲むくらいなら、これから付き合うよ」
「!!!! 本当ですか」
鳴上の顔が輝く。 その変わりようは、ある意味感心させられるほどだ。
そういえば鳴上一人に限らず、ここ数ヶ月見るに、鳴上の友人等である子供たちは個々あれど皆、それぞれ表情が豊かで喜怒哀楽がはっきりしていた。
もう自分には到底、そんな芸当は出来そうにない。
いや、『もう自分には』 というより、たぶんおそらく10年以上前、彼等と同世代だった頃ですら自分は、
そんな。
・・・・・・・・・・正直、その頃のことなどもうあまり思い出せないし、無理矢理思い出したところで多かれ少なかれ、補正がかかってしまっているのだろうけれど。
だからどうでもいい。
どうでもいいのだ。 だから。
「はは。 嘘ついたって僕にメリットないし」
本日初めて口許だけをやわらげてやって、
「フードコートでいいんだろ? 手っ取り早いし」
行くならさっさと行くよ、と言い置いてすたすた歩き出す。
と。
「俺としては、夜明けのモーニングコーヒーを一緒に飲みたいです」
背後から呟かれた鳴上の独り言。
どうしてそういう解釈になるんだ。
「・・・・・・。 キミちょっと本当に何かのご病気? 堂島さんにそれとなく伝えとこうか? 違った意味で保護観察必要なんじゃないの」
わからない。
何一つ、足立にはわからない。
フードコートへ向け、歩を緩めることなく先に立ち、数メートル後ろから鳴上が着いてくることを気配で知りつつ、ぽつりと口の中だけ、決して声にはせず。
「いつか世間に蹂躙されてみな。 分をわきまえて」
呟きにもならないヒトリゴトは、絶対に聴こえるはずもない。
どうであれ鳴上の耳に届くはずがないのに。
「知ってます」
背後から、返事だけがかえってきた。
「わかってます、色々」
それにわざわざ返答してやる義務はない。
聞こえないフリをして、ただ足だけを動かしてエレベーター前まで移動し、
ボタンを押すと、待ち構えていたかのよう、すぐに扉が開いた。
さらに何かに仕組まれてでもいるかの如く、その箱の中に人影はなくて無人で、
先に足立が乗り、二秒ほど遅れて鳴上も乗り込んで、扉が閉まる。
「でも駄目でした。 どうしたって好きなんです、貴方のことが」
小さな密室。
足立は無造作にフードコートの階へのボタンを押す。
「どうすればこの感情はなくなりますか」
鳴上の言葉に合わせて、箱が動き出した。


「狂ってる」


自嘲も交え、無意識に足立から零れたのは本音。


この世界も。
有象無象と存在する人々も。
彼等も。
キミも。


そして今にも嗤い出してしまいそうな僕も。


「狂ってるよねえ、全部」


なんだか色々、飽和状態だ。 からっぽなのに。 なんにも持っていないはずなのに。 何故。


エレベーターが止まる。 フードコートに着いたようだ。
くらり、と一瞬だけ立ちくらみがした。
落下する精神。


「足立さん」


すぐ後ろから呼ばれ、
今度こそ返答しようか無視しようか半瞬迷い、
そして。


「何、」


振り向かず、それでも一応律儀に返事だけしてやったら。












「何があっても俺は足立さんのこと、」












――――――――――――――― なんだかもういろいろ限界な気がする。














このあと二人とも無言でコーヒー飲んで帰ったと思われます。


ていうかうちの鳴上悠が気持ち悪くて気持ち悪くて、自分でもどうしようもないです(笑)。