[ リトル ・ リトル ]



※ゴールデンアニメ  アナザーエンドあたりの話だと思っていただけると幸いです(またか)










冷たいのか暖かいのかよくわからない手が鳴上の身体を這う。
深いところを探られて、ゾクリと腰から背中にかけて溜まる重い快楽。
たまらず、流されそうになって唇を噛んだ。
すでにこんな痴態を晒しているのに、どうして声を出したくないのか自分でもわからない。
「我慢したって意味ないのに」
それを見た彼の、せせら笑うかのような囁きに鼓膜が震える。
けれど唇を噛み締めているため、言葉を口にすることができなくて。
ただ、小さく首を横に振ることしかできなかった。
「さて、と」
まるで作業の一環のよう、事務的な仕草で口調の彼に無造作に足首をつかまれ持ち上げられ、
続けて腰を抱え上げられて。
直後あてがわれた足立の熱に、一瞬呼吸が止まった。












本日何度目かのSexのあと、数時間ほど互いに眠って鳴上が目を覚ますと、
すでに足立は起きていた。
一応、いつもの服を一通り身に着けてはいるが、
情事の後でせいぜいだらしなく身体にひっかけている、といった呈。
そんな足立は数時間前からテーブル上に放置されていた、
すっかりぬるくなったペットボトルに手を伸ばしつつ、
相変わらずいつも通りの掴めない表情で、「キミ、うなされてたよ」 と告げてくる。
「そう、ですか」
素直に鳴上は目を伏せた。 自覚はあった。
「・・・・・・・・ちょっと、夢見が悪くて」
悪い夢を見ていた。
こんな悪い夢を見たのは初めてだった。
鳴上は頭の中だけでその内容を反芻する。
細部まできちんと思い出せるわけではないけれど、たぶん季節はこの冬を通り越した春で、
そこそこ薄着でいられる季節の日常の中、自分と眼前の足立とがとめどない会話をして、
また一年が始まる、そんなまっさらな、ありえないほど焦がれる普通の世界。
「ありえないような、悪夢だったんです」
「ふーん」
大して興味も無さそうな足立はそのまま、すたすたとバスルームの方へ行ってしまい、
がらりとした室内に一人、鳴上は取り残される。
とっくに彼の体温の欠片も残っていないベッドの中、汗で貼り付いた前髪をかき上げると、くらりと眩暈がした。
そう、ありえない。
ありえないのだ。 また普通に春が来て、自分と彼とが同じ場所にいるなんて。
あるはずがないのだ。 普通に足立が自分に笑ってくれるだなんて。
何も難しいことのない、淡々と過ぎ去る平坦な日常。
それは等しく誰にも訪れるはずだったのに、ただの毎日、日々だったはずなのに、
何故、
どうして今、それを悪夢だと思ってしまうのか、
どうしてそれを狂おしいほど望んでしまうことが悪い夢になるのか。
現実は今、此処でこれがリアルで、
こうやって彼とふたりで居られること自体、自分が望んでやまなかったことであるのに。
「・・・・・・・・、」
深く、深く息をつく。
そうして数分後、のろのろと自分もベッドから這い出た。
身体のいたるところに情事の爪痕は残っているものの、傷の痛みはほとんど無い。
幸いなことに今日は無理な体勢を取らされることもなく、関節も違えてはいないようだし、
しいて言うなら身体の奥、時折鈍く傷む瞬間があるけれど、それもいずれ消えていくものであって、
少しだけ安心しながら鳴上は自分も服を着た。
直後、ふいに実生活の一端を思い出す。
確か、提出期限の迫っていた物理の課題をひとつ、残してしまっていたはずだ。
気付いて放置してあった鞄に手を伸ばし、テキストを手に取ったところで。
「? 教科書?」
いつの間にか戻ってきていた足立が前触れもなく背後から覗き込んできて、
「!?」
そう大したことではないのに、ただそれだけのことなのに、面食らってしまうと。
「何もそんな大袈裟に驚かなくったってさあ。 別に取って喰うって訳でもないんだし」
苦笑しながら足立は、「あ、もう喰われた後か」 などとここにきて茶化す。
しかし聞こえなかったフリをして鳴上が、
「今週末までの提出なんです」
と、シャープペンシルを握りつつ、
「30分だけ、テーブル借りていいですか」
と部屋の主の了承を得ようとすると、
「別に構わないけど」
ひとり先にシャワー後の足立は事も無げに頷き、水気の残った髪をタオルでがしがしやりながら。
「けどそんなの、いいじゃん誰かに写させてもらえば」
誰かしら写させてくれるお人好し、クラスに一人くらいいるだろ?、と言ってくる。
それに、つい反射的に、
「やっぱり、自分でやらないと」
どうしてそう答えてしまったのか自分でもわからなかったけれど、直ぐに、
「・・・・・・・・誰かに、それで借りを作るのは嫌だから」
取り繕って付け足してみたのだが、小さく口許を歪めて声を出さず笑った足立には、看破されていたようだ。
「あー、優等生だねえ悠くん」
揶揄めいた含みで、
「イイ子でいるのも大変だよねえ。 適当にちゃらんぽらんでいる方がよっぽどラクなのに。 自分も、でもって周囲もさ?」
「・・・・・・、」
足立の声音は柔らかだ。
表情も、いつもとほぼ変わらなくて、先ほど歪められた口許も今は穏やかで、
だからこそ鳴上は息を飲んだ。
なぜなら彼のそんなカオはこんな声色は、残酷さが発火する前触れだとわかってしまっているからで。
「悠くんさあ」
薄笑いから零れ落ちる、彼の中身。
知らず知らずのうち、爪が白くなるほど強く握り締めていたシャープペンシルを名前を呼ばれ、
はっと我に返って落としてしまい、反射的に拾おうとして床に膝をつけて屈んだ鳴上の上、
足立の声が降ってくる。
「いい子でいようとして最初はそこそこ上手くいってたのに、けどこんな途中でねえ? 僕なんかにつまづいちゃって」
「・・・・・・・・・違う、と思います」
床に視線を落とし、鳴上は答えながらシャープペンを探す。
どこに行ってしまったのだろう。 見当たらない。
「ええー? 何が違うって?」
珍しくも否定した鳴上に、面白そうに足立が訊き返してくるけれど。
きちんと答えられるだけの理由も語彙も無く、ただ鳴上は無言で貫き通した。
「相変わらず、よくわかんないなあ、キミの言うこと」
途端、興味を失って渇いた欠伸混じり、足立はくるりと背を向け、洗面台の方へ去ってしまった。
そして聞こえてくるドライヤーで髪を乾かす音に導かれたかのよう、向けた目線の先でシャープペンシルが見つかった。
思いのほか、やたら遠くへ転がってしまっていた。 嘆息しつつ、床に這いつくばって手を伸ばす。




『僕なんかにつまづいちゃって』




脳内で繰り返される、足立の先刻の台詞。
違う。
それは違う。




躓いたんじゃない。








―――――――――― ただ、跪いただけだ。








すでに痛みとほぼ判別がつかなくなった、強烈な多幸感に支配されながら身体を起こしたと同時、
鳴上は自分が笑っていることに気が付いた。








彼のその、薄っぺらい暗闇の奥まで一緒に行きたい。










なんじゃこりゃ・・・・