[ 同棲してみました。 番外編 ]







いつもの朝の、いつもの部屋の、いつもの風景だ。




ベッドの上、だらしなく寝転がったままの足立の横、(インスタントだが) モーニングコーヒーを差し出しながら鳴上が口を開く。
「久しぶりの休日ですね」
「うん。 だからずっと寝てたい。 ゴロゴロしてたい」
「休日で、連休ですね。 明日も休みですよね」
「そうだけど。 だから今日も明日も寝て過ごす予定。 ダラダラしてたい」
「いい天気ですね」
「そんなの言われなくったってわかってるよ」
「ここまで快晴だと、どこかへ出かけたくなりませんか」
「全然」
マグカップを受け取りながら、「これっぽっちもならないけど、」 と続ける足立を遮って、鳴上は強引に。
「じゃあ、思いきって泊りがけで温泉にでも行きましょうか」
「何その飛躍っぷり!? キミ、今さっきの僕の返答ちゃんと聞いてた?」
「もちろん聞いてます。 だけど足立さん、無理矢理にでも誘わないと絶対に来てくれそうにないですから」
「わかってるならそれでいいだろ。 僕、行きたくないし」
「行きましょう。 そんなこと言わずに」
「・・・・・・。 しつこい。 行かない」
重ねて誘う鳴上に、足立は声のトーンを一段下げる。
少し前までは、これで鳴上も時折の譲歩を見せたのだけれどどうやら最近はそんな足立の威嚇にも慣れてしまったらしい。
一向に構わない様子で、
「行きましょう。 たまには稲羽市を出て、命の洗濯でも」
「・・・・・・・・・・・。 悠くん、時々 「いつの時代の人間???」 って言葉使うよなあ。 「命の洗濯」 って今どきの子は絶対言わないって。 そういうとこ、ちょっと感心するよ」
「? そうですか? まあ、温泉だけに」
「それは蛇足。 いただけないね」
「足立さんと温泉、ずっと行ってみたかったんです。 夢だったんです。 そうと決まれば急いで支度しないと」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。 待てって。 いつ 「行く」 って言った?」
「この時点で、マガツイザナギを出されなかったのでOKだと判断しました。 本当に嫌だったら、とっくに出されてると思って」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 ああ。 よくわかってるじゃん」
「光栄です」
タメイキまじりで白旗を掲げる足立に、鳴上は嬉しげに笑った。
実際のところ足立としてはOKも何も、ただ単に途中から面倒くさくなって、抵抗をやめただけの話なのだが。
そもそも突然 「温泉に行こう!」 なんて思い立ったところで、宿が空いているかどうかだってわからない。
宿の予約が取れなければ鳴上も諦めるはずであるし、
そもそもそもそも彼はカンタンに 「マガツイザナギを出される」 とか口にするけれど、
事態はそうそう簡単に簡便に簡潔に済んだり進んだりするものじゃない。
第一にして、アレを出すのだってそこそこ体力と精神力とを使うのだ。
先月も些細なことが原因で、足立のマジギレのブチギレからまた大喧嘩に発展、互いにペルソナ召喚バトルの挙句の果て、ほぼ相打ちK.Oで翌朝を迎えたところ、
時間になっても職場&学校に姿を現さない二人を心配した堂島と陽介とがこの部屋を訪ねてきて、
その結果、虫の息な二人が発見された後のすったもんだのどたんばたん(・・・・)、とりあえず回復したあとの言い訳と取り繕いという、(陽介はともかく) 堂島への説明にどれだけ苦労したことか。
「あんなの、二度とゴメンだね」
その時の騒動を足立はうっすら思い出しながら、コーヒーを一口飲んで。
「? 何がですか」
怪訝そうに見てくる鳴上に、「なんでもない」 と答えながら。
「僕は何もしない。 予約とか手配とか、全部悠くんがやりなよ」
丸投げ。 全投げ。 ぶん投げ。
すると彼は、
「わかりました、任せてください」
10分で全部済ませてみせます、と大口を叩いて、満面の笑みでスマホをいじり出す。
その姿ほぼんやり眺めつつ、足立がコーヒーを残り3分の1まで飲み終えたところで。
「予約できました。 すぐ支度して、出ましょう」
「えーーー・・・・、できちゃったんだ・・・・」
「どうしてそんなに残念そうに言うんですか」
「だって僕、行きたくな」
「いいから支度しましょう、着替えとかは俺が用意しますから」
嬉しさを隠そうともしない鳴上に遮られ急かされ、のろのろと立ち上がる。
その向こうで一人妙にキレのある動きで嬉々として準備を始める鳴上悠。
どう贔屓目にみても自己中この上なく、加えて言い出したらきかない我儘っぷりも兼ね備えている挙句、
そうなるともうヒトの話なんて全く聞かない。
外見と、一見的な人当りの良さに隠れてはいるがその中身は控えめに言っても気狂いの域、であって、
一体どうしてこんなのが主人公だったのか、
どうしてこんなのとペルソナが色違いでお揃い(・・・・) なのか、
そしてどうしてこんなのに好かれてしまったのか、誰かが答えを知っているのなら、本気で締め上げてでも問い詰めたい。
「・・・・・・・・」
そんな思いにかられながら、
仕方なし、足立は出かける方向に頭と意識を無理矢理、切り替えた。
























「・・・・まさかコレ目当てでココ、来たって?」


客室備え付けの露天風呂。
露天、とはいえ外部からの覗き見を遮断する背の高い竹囲いでの目隠しと、四阿にも似た屋根部分の設置角度は完璧で、
どちらかといえば 『ちょっと外に出してみた露天風内風呂』 といったようなもの。
「相当高いだろ、この部屋?」
大の大人が高校生にするにはいささかそぐわない台詞がついつい口をついて出てしまったが、
「大丈夫です。 この時のためにバイト代貯めていましたから」
当の鳴上はどこ吹く風、の素振りで軽く受け流し、
「思いのほか早く着きましたね」
まだ15時半です、夕食までの間どこか出かけますか? などと話題を変えてくる。
そんな様子が清々しいほど空々しくて足立は宙を仰ぎつつ、「行くわけないじゃん面倒くさい」 と返事をして、所謂旅館のオヤクソクであり形式美(?)の座卓に腰を落とし、用意されていた茶菓子に手を伸ばした。
「だけどせっかく来たんだし、ちょっと休んだら風呂には入るよ」
「ええ、入りましょう」
間髪入れず頷く鳴上。 だが。
「でも入るのは別々。 一人ずつだから」
きっぱり断言、宣言すると。
「どうしてですか!?」
座卓の相向かい、同じく腰を下ろしていた鳴上は身を乗り出して迫ってくる。 何もそこまで焦って慌てなくても。 本当にこの男は余裕があるのか無いのか未だにわからない。
「決まってるだろ。 悠くん絶対サカって欲情して暴走するだろ。 一緒になんて冗談じゃないね」
「・・・・・・ええ、まあ」
一息で言うと、がっくり肩を落としながらも(・・・・)鳴上は素直に(・・・・)頷いた(・・・・)。 こういうところは妙に素直だ。
「入るのはキミが先でも僕が先でもいいけど。 でも絶対別々」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「もし入ってきたら殺す」
「その口調は本気、ですね」
「当然」
無理矢理連れて来られたとはいえ、温泉に来たからにはせめてゆっくり堪能したい。
なのにそんなところで襲われて雪崩れ込んでしまったら、間違いなく湯あたりするし。 あまり体力に自信がある方ではない自分は、そうしたらその後はほぼ100%ぐんにゃりぐったりするし。
「どうする? 先に入っていい?」
「はい。 その間、俺は菜々子に到着の電話をしておきます」
「あー、そうだねー」
つい今さっきの落胆ぶりはどこへやら、やたら物分かりが良い様子の鳴上に首を捻りながら、
浴衣どこだっけ、と呟いて足立は立ち上がった。









どんなに頑張ってもせいぜい30分足らずしか露天風呂に居られなかった(※もともとからして長風呂ではないがゆえ) 足立と入れ替わりで鳴上が入り、そんな当人もそこそこ短時間で戻ってきた一時間後。
揃って浴衣、また先ほどと同様、座卓で向かい合う。
湯上がりで喉が渇いて手を伸ばしたお茶はとっくに急須の中で冷たくなっていて、「ま、これでイイか」 と妥協する足立の真ん前、鳴上が言うことには。
「誰も俺たちを知らない場所で、こうやってゆっくりできるなんて夢が叶いました」
「ふうん」
足立は適当に相槌をうつ。
「浴衣姿も見られたし」
「ふうん」
適当に。 相槌をうつ。
「それで、俺の叶えたい願いはあとひとつだけあったりするんですが」
「ふうん。 、て。 ・・・・・・・・何」
またも相槌を適当にうちかけ、直後、よぎった嫌な予感に問い返す。 と。
案の定、
「浴衣姿、湯上り直後のSexがしたいです」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あのさあ」
どこまでもストレート、
どこまでも臆することなく述べてくる鳴上悠。 キミやっぱり頭おかしいよなあ、と多分足立は1000回目くらいに呆れながら思いながら溜息をつく。
「・・・・・・はあ。 わかっちゃいたけど」
「日常から少し離れて、こんなシチュエーションも時にはいいかと思うんです」
やたら嬉しげに、
やたら満面の笑みでそう言ってくる鳴上。
「そうは言っても、ヤるコトは普段となんにも変わらないと思うんだけどなあ・・・・」
嘆息混じり、肩をすくめる足立の傍ら、気がつけば彼は一瞬で移動してきたらしい。
背後、物凄く近いところであまり着慣れない浴衣の衣擦れの音。
今さっき着たばかりだというのに、早々と乱される首筋、襟足。
「ま、夕食までまだ時間あるし」
諦め混じり、
イイよ。 甘やかしてやるよ、と低く囁いてやれば音を立ててごくり、と鳴上の喉が鳴った。




















「ン・・・・っ、・・・・」
鳴上が、内股に吸い付いて赤い跡を残していく。
同時に、勃ち上がった性器も手の内に握られ、性急に上下に扱き上げられて刺激を受け続ける。
と、濡れた先端を突然咥え込まれ、軽く吸われた。
鋭い性感に、足立の腰が跳ね上がる。
その反応に気を良くしたのか、続けて鳴上は亀頭部分に舌を絡ませ、執拗なほど丁寧に何度も何度も舐め上げてきた。
「・・・・ッ、う・・・・!」
基本、声なんて出来る限り出してやりたくない。
そんな足立が口許を片手で抑え、堪える様子を承知のうえで鳴上は嬉しげに目を細めつつ、
根元を強めに指先で擦り、舌先は括れた部分をなぞり上げる動きに変えてきて。
煽られる欲。 熱。
「―――――、ッ!!」
そして訪れる絶頂。
は・・・・ッ、と吐精の余韻に喘ぐ間も与えられず、自らの下肢から身体を起こした鳴上に唇を塞がれた。
彼の唾液に混じる自分の精。
こんなものの匂いも味も、知りたくなんてなかったのに。 すでに慣れてしまった自分はどうかしている。
そう薄ぼんやりと思っていたら、体勢を変えられて腰を抱えあげられた。 脈打ち、侵入してくる肉棒。
これにも、慣れた。




















「・・・・・・・・。 はぁ」
・・・・・・・・・・・色濃く身体に残った情事の跡を拭うため、
結局、揃って露天風呂に身体を沈めることになってしまった。
三度も(無理矢理) 達かせられた(・・・・) おかげで、ぼんやりとしていたところを済し崩しに鳴上に一緒に連れて来られてしまい、気が付けば湯に浸かっていた。 不覚だった。
一方で、鳴上悠は最上級に御機嫌で。
「幸せです」
「随分と安いシアワセだね」
「幸せすぎて、もうここから動きたくない」
口にしてやった嫌味は完全スルーされ、「いっそのことしばらくここにいたい」 「一週間くらい逗留して湯治もいいかもしれない」 とかブツブツ言い出す始末。
「そうすれば温熱効果で足立さんも疲労が回復しますよ」
「疲れさせたの誰だよ」
「水圧効果で、天然マッサージにもなります」
「キミ、そんなのまだ必要な歳じゃないだろ。 僕もだけど」
「何よりも心理的効果があります。 自律神経中枢に効き目があるって」
「言っとくけどそれが必要なの、僕じゃないから。 キミの方だから」
どこで覚えてきたのか、温泉の効能を唱え続ける鳴上。 それをぴしゃりと遮って、
「どうせ忘れたフリしてるんだろうけど、あのさ、僕、殺人犯だよ?」
痛いトコロ(・・・・どちらにとって???) を突いてみる。 それにしてもどうしてこんな台詞を自ら発する羽目に陥っているのだろう。 すると。
「忘れてなんていません。 俺は構わないです」
「・・・・・・・・へえ・・・・・・」
思いのほか即答。
多少は迷うかな、との足立の予想は意外にも外れ、きっぱりはっきり断言された。 
「もし、足立さんが殺人者でなかったらきっと俺たちはこんな関係にもならなかったし、なれなかったはずだから。 だから、あなたが犯罪者だっていうのは俺の、唯一無上の結末なんです」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
前問、
どうしてこんなのとペルソナが色違いで、おまけにやたらに過剰に(・・・・) 好かれてしまったのかの答え。
現実問題、一方的な過剰な好意と、押し付けられる愛情なんて、ほとんど呪いと同じ。
「やっぱりキミ、狂ってると思う」
呟きながら足立は、でもまあ、それはそれで悪いコトばかりじゃないか、と思い直す。
もしも鳴上悠の頭がとち狂っていなかったなら、きっと自分は今頃とっくに塀の中だろうし。
この男に盲目的に偏執的に固執された結果、それだけがよかったと思うしかない妥協点。
同性、しかも十も年下の子供に脚と腰とを無様に拡げられ、ありとあらゆる一方的な睦言を聞かされながら生かさず殺さず続いていくこの毎日。




これが罰なのだとしたら、世界は自分に甘すぎる。












そう思ったところで、ふいに頭がくらりとした。  おそらく、湯あたりした。






日を追うごとにイチャ度があがっていく気がするけどもう止められないです。 どうしよう