[ anxious ]



(※足立バッドエンド前提でみていただけたら幸いです)






最初は、
始めはそんな空気なんてこれっぽっちも、微塵もなかった。
不穏なものなんて何も感じ取れず、ただ、ただただ朝と昼と夜とマヨナカと、
事件と騒動と小さなすったんもんだの悶着等、いろいろあるにはあったけれどほとんど結果オーライ、
総じていえば軽快な時間と日付とだけに流されていく毎日だった。
だから誰も気付かなかった。 気付けなかった。 気付くことができなかった。
自分の知らないところで、ときにはすぐ目の前で、少しずつ少しずつ、しかし何よりも確かに確実に、
じわじわ侵食するように彼がアイツに浸み込んでいったのに。




日常と、一般でいうところの常識の崩壊はほんの、ほんの僅か、些細なシーンから。




たまたま目撃してしまった、学校からの帰り道。 路地裏。
ジュネス新装特売売り場の手伝いに入ると父と約束していた時間に遅れそうになって、普段なら絶対に通らないはずの寂れも寂れたその一角に、二人は居た。
その時、どうして慌てて身を隠してしまったのか、陽介は今でもわからない。
堂々と横を通って、『ん? 鳴上? こんなとこで何してんだ足立さんと』 とか、普通に何も気にせず話しかけつつも急ぎ足で立ち去ればよかったのだ。
なのに、
何故、そんな自然なカンタンなことも出来ずに、息をひそめて20メートルほど距離を置いた電信柱の陰で足を止めてしまったのか、今でも後悔の念にかられるだけで。
陽介が遠目で見るに、何某かの会話をしていたようだが正直、
声までは全く届いて来ずちっとも聴こえず、二人の挙動と仕種から察するしかなかったのだが、
概ね、大体のところを感じ取ってしまえる様相だった。
ひとえに、しきりに何かを訴えているかの如くの鳴上。
対し、当の相手の足立は聞いているのかいないのか、それとも流しているのかいなしているのかは定かではないけれど、その所作からするに鳴上が薄遇されていることは一目でわかった。
たぶん自分を含め、仲間たちにも菜々子にも、おそらく堂島さえにも見せたことのなさそうな薄ら笑いで、鳴上を相手取っている足立をもう見ていたくなくて、
そして何より、苦しげな表情の親友をこれ以上目の当たりにするのがいたたまれなくて、
一度きつくギュッと目を閉じ、くるりと背中を向けて一目散に走り出し逃げるよう路地から出て、
それから息と体力の続く限り走り去り、気が付いたらジュネスにたどり着いていた。
「・・・・なん、だ、・・・・よ・・・・」
ジュネスの壁に手を当て、身体を支えながらも息が切れる。
あまりに懸命に走り続けたせいか、胸が痛い。 否、痛いのはそれだけが原因じゃない。 その証拠に、少しずつ息が整い始めても動悸が止まらない。 むしろ酷くなってくる。
「なん・・・だっ、て、んだよ・・・・!」
わかる。
いつもアイツを、鳴上をすぐ横で見ていたからわかってしまう。
予感でも予測でも予想でもない、現実でしかない、何なんだこの尋常じゃない厭わしさは。
どうすればいい。 どうしたらいい。 仲間の誰かに話して、仲間の誰かと、もしくは堂島に、
・・・・・・いやだめだ駄目だ。 そんなこと。 話せる訳がない。 巻き込める訳もない。 そもそも信じてもらえない。
「・・・・ッ、」
込み上げてくる苛立ちに任せ、陽介はたまらず拳で壁を叩いた。
直に伝わる痛み。 打ち寄せ続ける動悸に、ふらりと眩暈まで重なって、
「ちくしょう・・・・」
絞り出す声も、実際声になっていたかどうか。
気付いていたのに。
鳴上と足立、二人きりでいるのを初めて目の当たりにしたのは今日、つい今、つい今しがた。 それはそうなのだけれど。 だけど。
陽介の中の何かはもっと前から、確かに何かに感付いていたのに。
どうして今まで放置してしまっていたのか、見過ごして、見逃してしまっていたのか。
「手遅れ、なのかよ・・・・?」
呟いて痛恨の悔恨の念に苛まれ、
もちろん、父との約束の時間には大幅に間に合わず遅刻した。












「なあ、お前・・・・。 大丈夫か?」
翌日。 翌朝。 陽介は教室に入ってすぐ、カバンを机に置くのと同時、すでに登校し着席していた鳴上に訊いた。
「?」
怪訝な表情で 「何?」 と聞き返される。 当然だろう。
すぐに答えず、ぐるりと教室内を見回してみると、クラスメイト数人の他、雪子がいた。 どうやら千枝はまだ来ていないようだ。
「昨日、帰る途中で、お前を見かけたからさ」
とりあえず雪子には聞こえないよう、声のトーンを下げる。
あえて主語は出さない。 もう一人の固有名詞も。 すると、
「・・・・ああ、」
曖昧に頷かれ、鳴上にしてはめずらしくもそのまま口ごもられてしまった。
そんな様子に、格段に不安が増す。 やっぱり探らなきゃ良かった、と一瞬思いかけ、しかし陽介はそれでも。
「なんか・・・・お前が、お前じゃなくなっちまうような気がするんだよ」
だって言うしかない。
告げられるのは自分しかいない。 理解はまだできていないけれど、状況と立場と立ち位置とをわかっているのは自分しかいないのだ。
けれど、
「大丈夫。 俺は俺だ」
心配し過ぎだ花村、と鳴上はいつも通りのカオで笑ったけれど。
「、あのな、」
陽介が思い切って切り出す前に、『おっはよー!!』 といつも通り元気に千枝がやってきて、
「おはよう、里中」
「ったく・・・・。 毎朝毎朝元気だよなあ里中・・・・」
流れは断ち切られ、昨日までと全く変わりのないそれに取って代わられ、
結局、その日はそのまま鳴上と大した会話をすることもなく、済し崩しに終わってしまった。
自分は今日も、ジュネスで手伝いだ。




くすぶる胸中を抱えながらも今日は遅れずにジュネスに着き、しばらく働いた後の休憩中、
それそれ暮れ始める駐車場の片隅でコーラを片手に縁石に座り込んでぼんやりしていると、
「あれ?」
不意に頭上から声が降ってきた。 「、!」 と意図せず慌てて顔を上げると、
今一番見たくない顔がそこにあった。
「キミはなんだっけ、ああそうだ、彼の友達だったっけ」
「・・・・足立さん、」
一番会いたくない人物だったはずなのに、口から出てきたのは本人の名前。
そしてどうでもいい言葉が続く。
「また、サボりですか」
「そう言わないでよ、息抜き息抜き。 あ、休憩って言った方がイイか」
「・・・・・・・・・・・・」
ひとりごちる足立に、対して陽介は話しかける雑談の欠片も見つからず、意味もなく両手でコーラの缶を握りしめた。
そんな陽介の上から、
「ねえキミ、昨日遠くからこっち、見てたよねえ?」
相変わらずの軽い口調で、突然言われ、
「、」
僅かに息をのむ。 が、思い切って顔を上げ、縁石から立ち上がってみた。 身長は、足立と自分、ほぼ同じ程度。 視線が交差する。
「足立さんが、アイツのこと実は苦手なの知ってます」
質問にまったくもって関係のない、答えになっていない台詞を吐いて、陽介なりの宣戦布告。
なのに敵は、小さく 「はは」 と笑って否定もしなければ誤魔化しもせず、「わかってるなら話が早い」 なんて楽しげに。
「苦手なんじゃない、嫌いなんだよ、子供が」
明るく軽く、言ってのけた。 そして足立は更に続ける。
「苦手じゃないから、テキトーに相手して流すのは得意だよ? だけどさ、言葉が通じないからね子供は。 あ、それを言ったら年寄りも通じないなあ」
ぽりぽりと頭を掻きながら、あっけらかんと言ってのける足立を、一体自分はどんな顔をして見ているのだろう。 陽介にはわからなかった。
「キミの方がよっぽど話しやすい。 キミの方が、彼よりよっぽどオトナ」
「・・・・本気でそう言ってるんですか?」
1オクターブ、声が低くなった。
「本気だよ」
「アイツのこと嫌いとか、冗談でも言わないで下さい」
「冗談なんかじゃないよ。 心の底からキライなんだってば」
「絶対、違います」
そんなことない。
そんなことがあるわけがない。 陽介は唇を噛む。 だって、どうしてって、
もし、本当にそうであるのなら、昨日のように、あんなに酷薄そうなカオをしながら、同時に愉しげな表情も向けるなんて出来るはずがない。
第三者の、部外者である自分が見て一目瞭然なのに、まさかそんな、当の当人がわかっていないなんて、まさかそんなこと。
「・・・・・・・・」
有り得ない推論に歯噛みする陽介を3秒ほど眺め、口を開いた足立が何を言ってくるかと思えば。
「可哀想だよねえ、出逢わなければさあ」
読めない。 真正面から見ているはずなのに、足立がどんな顔をしているのかわからない。
「稲羽市に来なければ、キミも僕もこんな目にあわずに済んだのに」
顔はわからないままなのに、さっきの自分同様、その台詞のラスト、ワン・センテンスだけ足立の声も低くなっていることだけ、わかった。
茫然としている自分に、「それじゃあ。 そろそろ僕は帰る」 とふらり踵を返して去っていくスーツの後ろ姿。
『【誰】のせいで、』
とは口にしなかったのは、足立が鳴上悠の名前を最後まで出さなかったのは何故なのか、それもわからなかった。
気付けばとっくにあたりは暗くなり、咄嗟に目で追ったけれど足立の姿ももうとっくに見えなくなっていた。




そしてあざなえる何かの如し。
半分以上も残ってしまったコーラの缶を半ば持て余しながらジュネスの中に戻ろうとすると。
「あっ、陽介お兄ちゃんだ! こんにちは。 あれ? こんばんは、かな・・・・」
店内から、耳慣れた声が飛んできた。
「菜々子ちゃん・・・・」
と、いうことは。
「この時間なら、こんばんは、だな」
保護者代理で、同伴しているのはもう言うまでもない。 鳴上しかいない。
「・・・・鳴上」
日付が変わって夜が明けて、少し時間が経ってからならまだしも、
今は、今だけは今日は 『二番目に』 見たくなかった顔だった。 先程、足立と遭遇してしまったから尚更。
「・・・・鳴上、あの、な、」
特に何も告げられることもないまま、ただ、今の陽介が伝えられることだけを声にしようとして、
『あのな、アイツは、駄目だ』
なのに言葉にする寸前に朽ちていく。 言いたいことは山ほどあるのに、全て陽介の中に留まって、目の前にいる鳴上には届かない。
それを、
たぶん見越しているんだろう、
「花村」
驚くほど彼は穏やかに言ってくる。
「今、そこで足立さんとすれ違った。 その時、『お友達と少し喋ったよ』 って」
「そっか。 ・・・・なに話したか、聞くか?」
「いや」
二人の会話を、不思議そうに見上げている菜々子の手を握りながらはっきり鳴上は首を横に振り、


「悪い。 一つだけ、我儘を許してほしい。 それを、それで、最後にするから」


「お前・・・・」


陽介の背中と声が震えたのは、あと数日で12月を迎える日付、冬の寒さのせいではないだろう。








もう止められない、彼等の罪業の始まりまであと少し。












―――――――――――― さあ、本当に可哀想なのは誰だ?














陽介観点からみた足主の話。 酷い話を書きたかった! のですが全然酷くなくなってしもうた。
そして懺悔、

こ の 時 期     菜 々 子 ち ゃ ん    い な い 

入院中だったァァァァ!!!! ・・・・全部書き終わってから気が付きました。 土下座。