[ 12月12日 ]



※主人公の名前は公式(?) の 【鳴上 悠】 でやらせていただきました。
真・エンド前提プラス、デフォで主人公×陽介前提で見ていただけると幸いです。





初めて会った頃から大抵のことには動じないような奴に見えたし、
それは自分たちの見立て通りその通りで、大方彼に任せておけば問題なくて、
実際、そうやって大概のことは乗り切ってきたし。




まるで心配なんていらない奴だと思っていた。 たぶん仲間内、誰もが全面的に安心していた。
端から見ている分には、間違いなくそうだった。
テレビの中の攻略予定も日程も、殆ど彼、リーダーの鳴上任せにしていた。
そしてそれで概ね上手くいっていたし、大きな失敗もなかったから、尚更。








だからこれまでほとんど気になんて留めていなかった。 誰もが気付かなかった。
それでも、あの場所でただ一人彼を待っていた陽介が、
数日後、教室の自席にて珍しくも下を向き、何かに没頭していた鳴上のその顔を、
ふと一抹の何かを感じて覗き込まなければ、この先もたぶん長らく気がつかないままだっただろう。
「? 何、してんだ?」
「・・・・!」
最初に下を向いて一心不乱に一点集中していたその表情を見やって声をかけると、、
珍しくも陽介の気配も察することが出来なかったらしい鳴上が、慌てて顔を上げた。
が、それまで視線を落として指先で辿っていた傷口を咄嗟に隠すことまでは間に合わなかったらしい。
思いきり視認してしまった陽介は、思わず泡を食う。
「ちょ、おま・・・・! 何だよ、血が出て・・・・!」
その手の甲、それから制服の袖口から覗く手首にこびり付いている赤黒いもの、
それに混じって加えてシャツの袖には、より鮮やかな血の汚れがいくつか。
まるでつい今さっき滴り落ちたかのような。
「大丈夫か!? なんで、んな怪我・・・・!」
いくら昼休みとはいえ教室、しかも周囲にはそこそこクラスメイトが屯する中で発する一言では無いと後になって思ったが、止められなかった。
「ただ傷口が開いただけだから」
なのに鳴上は陽介の焦った様子などとんと気になってはいない様相で、
いつの間にかその顔付きさえも普段通りのものにして、座ったまま向き直ってくる。
「すぐ治る」
「治らねーよ!」
たまらず、即座に言い返してしまった。
「そんなんがすぐ治っちまうキズの部類に入るんだったら、医者とか一切いらねーし、回復魔法だってほとんど不要だっつの!」
思わず声を荒げてしまったのは、鳴上がさりげなく隠そうと覆った、
先程目の当たりにしたのとは逆側の手、
その手の甲のとてもとても大きな瘡蓋までをも見つけてしまったからだ。
しかも半分ほどめくれ上がっていて、これまたうっすら滲んだ赤い色。
おまけに、聡い陽介はそれをつい先刻まで懸命に自ら剥がしていたのがその傷を負った当人だということを察知してしまっていて、だから余計。
「しかもほとんど生乾きじゃねーかソレ、見てるこっちが痛くなってきた・・・・」
お前、マジで痛んだりしてないのかよ、と陽介にしては強引に鳴上の手を取って間近で見てみれば、
「うわ・・・・」
やはり眉を顰めたくなるような有様で。
しかし陽介の心情知らず、
「大丈夫」
手を戻しつつ、鳴上は短く一言で片付けようとする。 こういうことはかなり珍しい。
ということは、あからさまにこれ以上は詮索不要、心配も不要、とシャットアウトの方向に持って行きたがっているということになる。
けれどああそうかよとそう簡単に見逃せるレベルのものじゃない。
陽介は顰めた眉を、更に大きく寄せる。
「ちょっともっかい見せてみろよ、そもそもそこだけのケガで済んでるのか?」
倣って陽介も珍しく、しつこく押し通そうともう一度その手首を掴もうとすると、
「大した傷じゃない」
と、さりげなく拒否されてしまった。
「・・・・・・だったら、見せられるだろ」
普段なら陽介だって、ここまで否定されたならとっくに引いている。 だが今回は、今だけは引き下がる気にはなれず。
「お前、その様子だと手とか腕だけじゃなくて・・・・」
どうか外れていて欲しい、自分の思い込みであればそれでいい、と願いながらかけてみたカマは、
「・・・・・・・・・。 全部浅い。 血は出てるけど傷自体は深くないし」
さらりと静かに返ってきた鳴上の返答で、哀しいかな当たってしまっていることを示す。
「なんで、」
向こう側、テレビの中で負った傷、なんでそのまま放っておくんだよ、と本当は怒鳴ってやりたくて、
けれど何故か掠れた溜め息と、疑問符にまでも届かない、どこに向けたのかも定かではない呟きにしかならなかった陽介の声は放課後の教室の喧騒にかき消え、
「・・・・今日、これからテレビ入って、天城かクマに治してもらえよ」
本当は俺が治してやりたいところだけど、ディアラマ入れ替えちまったし、と抑揚の無い言葉にすり替わる。
どうしても外せない目線は鳴上の手の甲、半乾き固まりかけの赤黒い血と血小板との塊との間、
鮮やかな紅をじくじくと滲ませる傷口に集中し、見ている陽介の方が痛みを感じてしまいかねないほどで。
本当は目を背けたいのに、そうすることも出来なくて、
「天城、呼んでくるから」
振り切るよう、そう宣言すれば。
「花村」
「何だよ」
「いい。 本当に平気だ」
静かに諭されるかのよう、ゆっくりと鳴上はそれを止めた。
繰り返すが、あくまで穏やかに。 なのに陽介には、どこからどう聞いてもそれは威迫と同じ意味にしか受け取れない、何某かの我の強さを持って届き、しかも。
「花村が舐めてくれればすぐ治るかも」
そんな台詞で煙に巻く、狡さまで。
「ここで、かよ」
だから陽介も決して嫌とは言わず、ただ確認のためだけに周囲を見渡す。
教室内にはいつも通り仲良く二人で居る千枝と雪子とを含め、ざっと数えて十二、三人。
さすがに難しいんじゃ、と言いかければ。
「誰も見てなんかないさ」
たたみかけるよう、唆すよう、鳴上は陽介を見上げてくる。
そう。 たぶんコイツの言う通りだろうと思う。 十中八九、誰もこちらなど見ていない。 そうだろう。
各々はそれぞれがそれぞれの雑談に興じて夢中で、皆が皆誰もが己のことで精一杯で。
だから誰も自分と鳴上になど注目していない。 日常の放課後なんて、そんなものだ。
「・・・・・んじゃ、手。 よこせよ」
頷いて、その手を取って掴んで口許に持っていく。
当の鳴上は、自ら言い出したにも関わらず、まさか陽介が了承するとは思ってはいなかったらしく、目を瞠る。


至近距離、見つめれば見つめるほど痛々しく生々しい赤黒い傷痕。
僅かな血の匂い。 ああ確かに鉄錆のそれとそっくりだ。
覚悟とココロとを決め、ゆっくりと舌先でなぞってやろうとしたところで。


「・・・・・・やっぱり教室じゃ拙いだろ。 今度またうちに来て、してくれたら嬉しい」


自分から言い出しやがったくせ、ここに来て退いていくその手。


「せっかく花村が舐めてくれるっていうんだから、此処だけじゃなく他もいろいろ示したいし」


今うちは俺以外誰もいないから夕方からでも気兼ねもいらないし、
都合さえ合えばいつでも頼む、と小さく笑いながらもまるで他人事のように鳴上は言う。
そして、あくまでまた他人事の続きの如く。


「今日は、菜々子に会いに行くから帰る。 禍津稲羽市には、明日以降行こう」


「・・・・・・お前、」


どこか自嘲的な、その笑みは誰に向けられたものなのか、陽介にはすぐさま判別が付かず。
少なくとも自分に向けられたものじゃないということは確かで、だからこそ。


言いかけて口籠もった陽介に、鳴上は小さく笑ったまま淡々と。


「待ってるんだから、辿り着かないと」


まただ。


――――――― そんな表情をしやがって、また。


怒ることも泣くことも出来なかったがゆえ、笑うしかなくなった結果の齎す選択。
お前はどうしたいんだよ、どうすればいいんだよ、どうなれば収まりがつくんだよ、と言いかけて、
けれど結局何も言えない言わない陽介に、鳴上は後を続けてくる。


「花村があそこで待っててくれて、助かった」


「なんだよ、」


「お前が居なかったら、本当に」


「・・・・・・・・・・・」


今更気付くこいつのズルイ癖。 途中まで言って、そこで言葉を切って、そこから後はけっして紡ごうとはしない。
今だってこの台詞だって、『本当に、』 の続きは何なんだ。
どう続けようとしたんだ。 どう続けるつもりだったんだ。 矢継ぎ早に浴びせかけたかったけれど。
答えられてもきっと困り果てる立場に追いやられるのは、きっと自分の方だと最初からわかっていたから、
結局何も言わず、口籠もるだけで終わってしまう。
そして実際のところ正直なところ、陽介からしてみれば、
春から初冬までの期間、こいつとアイツの間に、自分たちの知らない何かがあったのかなんて、
自分の居ないところで、どんな時間を過ごしたことがあったのかなんて知らない。
あえて知りたくはない。
むしろ知りたくも、ない。


「大丈夫だから」


最後にそう言って席を立ち、それじゃまた明日、と教室から出て行った鳴上を振り返って見送ることもせず、ただ今の今まで彼が居た机の天板に視線を落としたまま、


「馬っ鹿・・・・野郎・・・・」


堪えきれず吐き出しながら、ゆるゆると首を振ったら。


「・・・・・・・・花村」
「花村くん」


背後から続けて名前を呼ばれ、顔を上げれば千枝と雪子がいつの間にかすぐ近くに立っていた。
どこから察知していたのか、どこまで自分達の話を聞いていたのか、揃ってその表情は暗い。
だから陽介は、強引極まりなくも意識したうえで、
「まっ、なんとかなるだろ! 今までだってなんとかなってきたし」
クリスマスまでには全部終わって、きっと皆で 「Merry Christmas!」 って騒いでるぜきっと、
と誰も、きっと自分さえ一片の根拠さえ持てない言葉でやり過ごそうとするのだけれど。


「クリスマスは、 ・・・・・・きっと来るよ」
そう答える千枝の口調は普段の彼女らしさもなく、可哀想なほど沈んで。
「うん。 私も・・・・きっとクリスマスは迎えられるって思うけど、でも、」
追従する雪子すらそれは同様。
「・・・・・・随分、寒くなってきたよね。 十二月なんだから当たり前だけど」
揃って誰も、誰も追いかけなければならない彼の名前を出さないでいるのは偶然ではないと思う。
わかっていながら、三人とも。
「これから、もっと寒くなっていくよ。 毎年そうじゃない、千枝」
雪も積もるし、年明けて一月頃は一面、真っ白になるのが恒例だよねと雪子は言う。
そんな雪子の手を、千枝がぎゅっと握り締めるのをどこか視界の隅で眺めつつ、
「そうだよなあ。 去年、ビックリしたもんな俺」
男と違って、女子の指って白くて細くてキレイだよなああ、などとどうでもいいことを陽介は考えて、
下降一直線の思考を無理矢理引き上げようと努力するのだが。
「このまま、時間が止まってくれればいいのに」
雪子と、
「でも、もう遅すぎるんだよね・・・・」
千枝の。
「今からじゃ・・・・遅いんだよ、雪子。 もし何か奇跡が起こって、春に戻れて全部全部知らないままやり直せたとしたって、結局何も変わらなくて、ただ、あたしたちは」
「わかってるよ。 だって、彼が来たときにはもう始まってて、 ・・・・・・もう、どうしたって」
「・・・・・・・・。 だよ、な」
とてもとても現実的な遣り取りに再び突き落とされ、頷かざるを得ず。
「鳴上くんが・・・・本人が平気だって言ってるんだから、あたしたちはそれを信じるしかないよね」
誰でもない、自分に言い聞かせているような千枝の呟き。
「だよね・・・・。 彼だもん、大丈夫」
賛同、というよりもそう信じたくて、それ以外どうすることも出来ないから、倣うしかない雪子の独言。
「そうだ天城、明日とか、テレビの中に行ったらさ、何より最初にあいつの怪我、治してやってくれよ」
たぶんあいつ本人からは言わないだろうから、強制的にで頼む、と陽介は頼み込めば。


「・・・・・・鳴上くんが一番好きなのは、花村くんだよ?」
「あたしもそう思う。 花村と二人でいるときの彼、見てれば、わかるし」


言いながら繋いだ手の、指と指を絡めて更に強く握り合う女子二人。


「はは、なんだよ、もしかして色々バレてた?  ・・・・・・・・・・・・どこからどこまでだよ・・・・」


冗談めかしながらも決して否定はせず、むしろ肯定以外の何物でもない軽口を叩いて、
陽介は無理矢理笑って。
























彼の、鳴上のずっと平気な振りに頼って、いつの間にか全てが嘘か本音か虚勢か判らなくなり、
不安定な彼の作り出した安定は結局揺らぎ、混迷と困惑を齎した12月、半ば。
















真・エンド前提プラス、デフォで主人公×陽介前提。 ・・・・の暗い話。
なんですが、これだと絶対鳴上氏はアダッチーとも一回くらいはヤってるような気がしてならない関係だとおもいました(作文)。
そんな三角関係も大好物です。 ←誰も聞いてない