[ Youth is not a time of life、 it is a state of mind.]



「それは秘密です」
「・・・・何?」


あっさり返されて鳴海は片眉を上げ、聞き返した。
このライドウ(少年というには些か達観し過ぎている感も否めず、
だからと言って一概に単純に青年とするには心持ちまだ、若い)
が当探偵事務所に居候を始めて数ヶ月。
そろそろ訊いてみても良い筈だと、
「ところでさあ、ライドウの本名は何ていうの?」
先刻まで交わしていた雑談の折、それとなくさりげなく水を向けてみたところ、
返ってきた返事が上記のそれ。


「秘密?」


間抜けにもただ復唱してしまうと、
いつもの定位置、壁際に立ちこちらを向くライドウは云う。


「別段隠している訳じゃないですけど。 どうだっていいじゃないですか、名前なんて」


「はあ?」


ますます怪訝な顔になる鳴海に、机を挟んだ向こう、
彼はいとも簡単に彼にしか出来ない不敵な笑みで、しかし綺麗に笑って繰り返す。


「俺の本名なんて、どうでもいいんです」


「へえ・・・。 そう、なの?」


・・・・最近の若者の考えは分からない。
最近読んだ記事の中に確か、
古代エジプトのピラミッドだか何だかそのあたりから発掘された石版だか壁画だったかにも、
『全く最近の若いものは』 なんて呟く大人のぼやきが記載されていたとか何とか、
そんなような事実もあったとか。
もしそれが信用に足る本当のことならば、
太古から繰り返されてきた永遠のジェネレーションギャップというものか。
曖昧に相槌を打ちながらも内心、鳴海は頭を横に振った。


「でもさあ、本当の名前で呼ばれないのってなんか淋しくない?」


名は体を表す、までは行かずとも、
世間一般で云う言霊もしくは言の葉エトセトラ、
それなりに自らの名前の持つ韻と因は相応に重要なものだと思うのだが。
なのに眼前の黒衣の書生サマナーはいつも簡単に云ってのけるのだ。


「? 別に。 淋しいどころか、本名で呼んで欲しいなんて思いませんよ」


「なんで? ずっと 『ライドウ』 呼びでいいの?」


「勿論」


「葛葉の、役職・・・っていうか、仮名なのに?」


「構いません」


事もなし、あっさりすんなり短い返事で頷くライドウ。
対照的に不可解な表情から抜け出せずにいる鳴海は、次に告げる言葉が見つからない。
「・・・・・・・・」
かける言葉を探しつつ模索しつつ、仕方なく黙り込む鳴海を見やり、
今度はライドウが、言葉数を増やしてきた。


「一応俺にも本名はありますが、たとえば本名の場合、この狭くて広い日本、
もしかしたら何処かに全くの同姓同名がいないとも限らないでしょう。
だけど葛葉の名前とライドウの銘なら、
俺が死なない限り葛葉ライドウはこの世に俺だけです」


「・・・・」


「だから鳴海さんが 『ライドウ』 と呼んだなら、それは全世界で唯一ただ一人、
俺だけを呼んでいるってことです」


「あ・・・ああ、そう・・・」


・・・・嗚呼、随分と自分も気持ちだけは精神だけはまだまだ若いつもりだったけれど。


ぼりぼりと頭を掻きながら改めて歳の差プラス年代差、
縮めることの出来ないジェネレーションギャップを噛み締め実感していると、


「という訳で、ですからむしろ俺は 『ライドウ』 呼びが良いです、
正直この名も鳴海さんだけに呼んで欲しいと思っているんですが、
世の中なかなかそう巧くは行きませんね」


(表向き・タテマエだけの)探偵見習いは楽しげにそう結び、


「でも一つ屋根の下で暮らしている今、
半同棲状態の現状もこれはこれで随分と愉しいですから、
そんな贅沢は云いませんよ」


と口許で笑って締めたライドウ相手、


「、 ・・・・」


一瞬思わず呆気に取られたあと、鳴海は突然気付いて、
そして突然理解する。


違う。
最近の若者がわからないんじゃない。








『ライドウ』、 ・・・・この目の前の人物が、わからない。




















心情を悟られない程度に見せかけだけの浅く軽い溜め息をついたあと、


「まあそれはそうと、もう一つ気になってたんだけどさ」


「はい?」


意識的に鳴海は話題を変えた。


「ずっと被ったままのその学帽だけど、取ったらどうなってるんだ?」


いつでも何処でもきっちり、時折目深に被るその学帽。
外は勿論、家屋の中でもどこでも彼が取ったところを見たことがない。
まさかその下には尖った角が生えているという訳でもないのだろうし。
人前で外さないのはポリシーというやつなのか。


「知りたいですか?」


「うーん、知りたいって云うより見たい」


半分近く年下の質問に、正直に答えた。
先に立つのはライドウに対する探究心というより好奇心というやつだ。


「どうしても?」


「どうしても」


もう一度訊ねられ、繰り返し頷くと。


「じゃあ、今夜鳴海さんが俺に身を任せてくれるっていうなら見せてもいいです」


「・・・・・・・・」


「オーケーしてくれるのなら、今すぐ取りますよ」


どうしますか、と彼は真顔で帽子に手をかけながら、一歩こちらに歩み寄る。
が、どうするもこうするも首を縦に振れるわけがない。 了承など、断じて決して。


「ひ、卑怯な・・・」


「え? どこが卑怯なんですか」


純然たる取り引きでしょう、とどこまでも楽しげにこちらの反応を堂々と覗い見るライドウ。
そして彼はよくよく重ねて云ってくる。


「それが嫌だというなら、俺の隙を突いて無理矢理取ってもいいですし。
隙あらば夜中、寝込みを襲う形で試みても別に全く構いませんが、
俺としては返す刀で押し返し押し倒す自信満々ですから、
たぶん返り討ちに遭いますよ。 それでもよければ、どうぞ。
むしろ楽しみにしてますから」


綺麗な顔で、いとも簡単に云ってのけニヤリと笑う葛葉ライドウ。


「・・・・遠慮しとく」


隠しもせず今度こそ、鳴海は心の底から長い長い盛大な溜め息を吐き出した。








けれど多分そうそう遠くない未来。








―――――――― あっさり奪われていそうな予感と予兆がする。









ライ鳴・・・・です、よ?
黒いライ様を書きたかったはずなのに、
出来上がってみたらただの変な気持ち悪いヒトになった!
うちの鳴海さんは34歳くらいがちょうど良いと思います。
対してライ様17歳くらいのダブルスコア年齢差で。
いつかライ鳴で、  大人は子供に絶対勝てない  っていう話を書きたい・・・