[神童悪童雷堂ライドウ]



冷たい茶でも淹れて来ます、と云い置き給湯室に姿を消して五分後、
ガラスコップの中、涼しく揺れる冷緑茶を運んできた黒衣の書生が何を云うかと思えば。


「俺と一つになりましょう鳴海さん」


いつもの探偵社いつもの日常いつもの晩夏いつもの昼過ぎである。
毎度毎度の科白である。
(そして机の上にて丸まるゴウトは我関せず、の様相であるのも毎度のことで)


「いや、無理だから。 と言うか無茶だから」


そんな毎度毎度のライドウの誘い(?)提案(??)誘惑(???)おねだり(????)を、
軽く浅くうまいことかわす形でさらっと鳴海が答えるのもいつものこと、
一日一度は繰り返し交わす他愛無い挨拶みたいなものだ。
本日も例外なく流して返事をしつつ、
ふと靴の紐が解けかかっていることに気付いて屈み、
彼に背を向ける体勢で靴紐に手をかけたところ。


「―――― チッ」


「!!?」


慌てて振り向くとライドウは(舌打ちなんてしてませんよ? とすっとぼける)
これまたいつもと同じ顔、
しかしながらその口から出てきたのは普段とは幾許か違った内容の言葉だった。


「そうやって鳴海さんがいつまでもずっとずっと出し惜しみするつもりなら、
俺にだって考えがあります」


「・・・・何?」


何が出し惜しみ、何を出し惜しみしてる(・・・・)って云うんだお前は、
と心の底からの突っ込みを入れたくなりつつ、
一旦視線と手元の注意を靴紐にもう一度向け直し、問題なく結び終えたのだが。
その際、偶然にもチラリと横目に映ったのは封魔管をこちらに向け、
思いきり吸い込むつもり封魔しようとしているつもりのデビルサマナー葛葉ライドウの姿。


「うわあああゴウト! ゴウトーーーー!!」


たまらず机の陰、詳しく云えば机の上のゴウトの後ろに飛び退く。
飛び退る。 そして隠れる。


そんな鳴海をゴウトは片目でチラッと一瞥、
封魔管を構えたままじりじりニジニジ近づいてくるライドウも同じく一瞥してそれから。


『何をやっているんだ、この馬鹿が・・・・』


丸まったまま長い尻尾だけを伸ばし、その黒尻尾でばしっとライドウを牽制してセーフ。
やっとのことで鳴海は安堵ともタメイキともつかない息を吐き出した。


一方で妨げられたライドウは相変わらず飄々としていて。
ごくごくあっさり、


「人間もこの中に封じ込めておけるのかどうか、試してみようと思って」


オソロシイことを云ってのける。
そして何が一番引っかかるかといえば、その説明が鳴海に向けてでなくゴウトに向けての説明だということだ。


「可能なら鳴海さんも独占できるし閉じ込められるし、一石二鳥だと」


「ちょ・・・・危険だろ! 戦闘中とか! って、そういう問題じゃなくてだな、」


ふむふむ頷いているゴウトもゴウトだ、と思いながらも思わず口を挟んでしまったところ。


「それは大丈夫です」


「?」


「鳴海さんを仲魔と同じ箇所には置きませんよ。 鳴海さん管用に一番安全で一番最適な箇所、俺の奥深くにときちんとその点も考えてありますから」


そこなら俺が死なない限り絶対に安全です、と云いきる彼に、
・・・・ハイハイ、とほとほとタメイキ混じりで頷きかけて。




―――― ん?




―――――― 待て。 ちょっと待て。 奥深く、って。 それ、って。




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・尻・・・・・・・・?」




「正解です」




「うわあああゴウト!! ゴウトーーーー!!!!」




『・・・・・・・・フゥ・・・・』





























呆れ返って、どうやらゴウトは本格的にうつらうつらまどろみに入ってしまったようだ。


「まったく、冗談にも程があるぜライドウ・・・・」


「あながち冗談でもないんですが」


ぼそりと呟かれたが、聞こえなかったフリをする。
先刻までこちらを向いていた空の封魔管をくるくると手の中、指で弄ぶライドウ。
細くてキレイな長い指だ。 手も白い。 腕は長いが肩は細い。
そんな細身の身体で、よく。


「よくそんな細っこくて、刀とか振り回していられるよなあ」


「え?」


「大変じゃないか? ・・・・今更俺が言うのも何だけどさ」


云っても仕方がない。
云ってもどうしようもないことで、
わかりきってはいるけれど。
傍にいるオトナとして微妙に苦い思いもしなくもないのが本音だ。
(・・・・・・・・)
とはいっても結局、色々須らく 「どうしようもないよなあ」 に集約されてしまうのだが。


「でも刀が無いと困りますから」


「そうだよなあーーー。 そんな細っこいんだもんな」


真っ当で正当な理由に頷く。


「いえ、素手だとどうしても、衣類が汚れますし」


血やら脳漿やら、で。 と続けたライドウ。
続いて頷きかけ、


「・・・はあ?」


彼の云う意味がイマイチよく分からず、首を傾げると。


「返り血とか脳漿とか一見瑞々しく見えますけど、実際は相当ベタついて、身体に付くとかなり不快ですからね」


一度付いたらシミになって洗っても落ちないし、
まあこの黒の学生服とマントならほとんど目立ちませんけど、
だからといって付いても良いわけでもないですし。
つまり実質的に現実的な意味で刀と銃は必需品です、と説明する眼前の。
と、いうことは。


「・・・・本当は悪魔相手に素手でも平気なワケ? ライドウは」


「はい。 どちらかといえばむしろ体術の方が得意です」


「・・・・・・・・」


ちょっと信じられない。
かと云って、ライドウが嘘だの出まかせだのを云うわけもないし、またその意味もなく。
なのにとどめとばかりの一言。


「まあ・・・後の始末とかそういうことを考えなければ、ゾンビー憲兵程度なら同時に七体までなら素手で瞬殺可能です」


「う・・・嘘だろ・・・・」


そりゃいくらなんでも嘘だ。 ハッタリだ。 そんな細指で細腰で。
またまたライドウ、冗談キツイぞと無理矢理笑ってみせると。


「それなら、見ていて下さい」


おもむろに彼はごそごそとマントの内側、懐から小さな玉を一つ取り出して見せた。
銀色の玉、よく見かけるチーンジャラジャラ、パチンコの玉だ。
それをあえて利き手でない方の左手、人差し指と親指で摘んで挟んで造作もなく。




「・・・・!!!!」




瞬間、音もほとんどしなかった。
力を込めているふうにさえ、見えなかった。 なのに。
まるで手品を見せられているような錯覚に陥った鳴海の前、
「どうぞ」 とうっすら笑顔で差し出された見事に砕け散った銀色の破片、残骸、
粉々になったパチンコ玉。


「は・・・はは・・・・」


もう笑うしかない。 末恐ろしい。 否、今でも十分オソロシイ。 何よりこの笑顔がオソロシイ。
なのに当の彼は、ひとりごちる。


「でもまだ俺は修練不足です。 向こうの雷堂は砲丸を左手の親指と小指だけで挟んで砕いていましたし」


「いや・・・もうそこまで行くと人間のレベルじゃないと思うぞ・・・・」


「そうですか?」


「・・・・・・・・」


そしてお前さんもな、と喉まで出掛かって、慌てて止めた。
こんなサマナーに四六時中、カラダを狙われているのは正直たまらない。
が。
だが。


(でもなあ、居ないより居なくなっちまうより、一万倍マシなんだよなあ・・・・)


そう思ってしまう自覚に自分に苦笑しつつ、置きっぱなしになっていた冷茶に手を伸ばす。
些か温くなっていたが、丁度良い濃さだ。
玉露だ。
なんとなくお茶請けが欲しくなってきた。


「そうだライドウ、確か一昨日貰った栗羊羹があったんじゃないか? ついでに切って持ってきてくれないか。 ちょうどいい、食べて片付けちまおう」


「わかりました。 でもあまり食べ過ぎると中年太り予備軍になるのが心配なので、とりあえず半分だけにします」


「そんな細身で何言ってるんだか・・・・ちっとも心配いらないだろ」


「俺じゃありません、鳴海さんのことです」


「・・・・・・・・」






ぬるい会話。
温い冷茶。
こんな日常は、とてもとても悪くない。












―――――― 云うまでもなく、鳴海は彼をスキである。



阿呆なのが書きたかっただけです。
けどライ様はパチンコ玉くらい余裕で砕けると思います。 だって刀一本で戦艦を沈めちゃうんだぜ!
とことんアホな話にしたつもりなんだけど、あれ? ラブラブ?(笑)