[蜜柑と王冠]





「―――― さん」


「・・・・う」


眠い。


「―――― 海さん」


「・・うう・・」


だるい。


「―――― 鳴海さん」


「うあ」


呼び掛けに懸命に返事をするも、頭も体も瞼も重い。 この上なく眠くてだるい。
原因はわかっている。 典型的な見本と云って良い完全な二日酔い症状だ。
だから辛い。 上体を起こすどころか、首をもたげることすらしんどい。


「・・・今・・・何時・・・」


枕に顔を埋めたまま鳴海が黒衣の書生来襲者に向けて呟くと、
「朝の八時半です」と返ってきた。


「冗談だろ・・・帰ったの六時半過ぎなんだぜ・・・」


たまらず呻く。 二時間足らずしか寝ていない。 頭痛もするはずだ。
ただでさえ昨夜(今朝方?) の酒は安酒で、悪酔の度合いが高いというのに。


「頼む・・・昼過ぎまで寝かせてくれ、でないと死ぬ」


なのに十四代目襲来者はあくまで容赦がない。


「4日ぶりの晴天です。 明日からまた雨天だそうですから今干さないと布団がずっと干せません。 だから早く起きて下さい」


一言で却下、そして抱え込もうとした鳴海の腕の間から掛け布団をさっさと奪い取り、
続けてカーテンを全開にする。


「ラ・・・ライドウ・・・」


日差しを遮っていた遮光布をなくし、午前中の眩しい光が思い切り顔面に当たって、
ようやくそこで鳴海は瞼を上げ、この慇懃無礼極まりない、
一回り以上年下の探偵見習い(仮) の顔を見た。


「・・・・・・・・」


相変わらずキレイなカオしてるよなあ、
と思ったことは胸中に留めておくだけにしておこうとズキズキする頭を軽く振りながら、
しかし是が非でも寝床から離れまいと譲らまいと決意を固めようとしたところで。








「この水と交換で起きて貰えないようでしたら、即、襲います」








覚悟は良いですね鳴海さん、と不穏な科白と不穏当な笑みを告げられ向けられて、








「〜〜〜〜〜〜起きる! 今すぐ起きる! ほら起きた!!」








有言実行、時に不言実行のオニであるライドウはやると云ったらやる。
このまま寝ていたら、ヤると云ったライドウに間違いなくヤられるのは自明の理、
悠長に考える間も躊躇するヒマもない。
頭痛も眠気も無理矢理何処かに放り投げ、ガバッと身を起こすと、
起きた鼻先にガラスコップに八分目まで注がれた水を差し出された。


「酷い顔をしていますね」


「だったら寝かせておいてくれよ・・・」


ぼやきつつもコップを受け取るままに、喉に流し込む。
ちょうど喉も渇ききっていたところだった。 旨い。


「ソーマの雫を溶かし込んでおきました。 だからすぐに気分も良くなるかと思います」


「・・・・助かるよ」


果たしてそんな重要アイテムを二日酔い治癒に使ってしまっても良いものなのだろうかと思ったが、どちらにしろ飲み干してしまった今から考えても遅すぎるため、
ありがたくいただいておくことにする。
そして改めて自分の格好を見おろしてみれば服も脱がずネクタイも取らず、
本当に朝方帰るなり、そのまま倒れ込んでしまったため相当相応に酷い格好だ。
こりゃクリーニングに出さなきゃ次は着られないなと自業自得とはいえ嘆息していたら、


「鳴海さん」


「ん?」


名を呼ばれた。
ベッドに腰掛けたまま反射的に声の主、脇に立つライドウの顔を見上げると。


「遅くなったり朝帰りになるようなら、連絡を入れて貰えると助かります」


「・・・・・・、あ、・・ああ。 そうだよな、飯の支度もあるしな」


ライドウお前さん昨夜一晩中待ってたのかもしかして、と喉の先まで出掛かった言葉を慌てて飲み込む。
云って、下手に頷かれでもしてしまったりしたら自分はどうすれば良いのかどうしたら善いのか、危うくわからなくなってしまいかねない。
そんなことになったら拙い。 とてもつなく拙い。
確かに 「飲みに行ってくる」 と云って出て行かなかった(それどころか何も告げて行かなかった) のは自分のミスで、しかし大のオトナ、それも男が一晩帰らなかっただけでどうこう云われるのもそれもどうかと思うのだが、
だがしかし。


・・・・・・・・前科がある身としては(※第拾話)。


「・・・ライドウ」


「連絡さえ入れて貰えれば、俺は待つのはそれほど嫌じゃないです」


現に鳴海さんが俺に身を任せてくれる日を今かいつかと待っていますし、と彼は生真面目に云う。


「それにたとえ鳴海さんが帰って来なかったとしても、
帰って来ないとしても、誰かにそう云われたとしても此処で待ちます。
・・・・真3のフォルネウスとデカラビアのように


「―――― は?」


嘘付けお前さんちっとも待っちゃいなかったクセに(※第拾話)、と
本心を隠して子供じみた笑いで返してやろうと思ったライドウの言の前半部分は、
ぼそっと呟かれた後半部分に呆気なく消え去った。


「フォル・・・・何だって?」


「どちらも仲魔に出来なくて残念です。 ペルソナ3には二体とも揃っていたというのに」


内輪ネタだ。 思いきりの内輪ネタだ。


「王冠を載せたエイのあの桜色の口に手を突っ込んでみたり、蜜柑色をしたヒトデの大きく潤んだ眼球を思う存分撫でくり回したいと願って思ってやまないのは俺だけでしょうか」


「ライドウ・・・話が見えない」


「あのふよふよ浮いた72柱のヒトデにメギドを連発させたかったのに」


「おい、」


なんだかさっぱり話が見えないさっぱり分からない。
あまり尋常ではない事柄についてぼやいているらしいことはなんとなく理解できたが、所詮そこまでだ。
まったくサマナーの願望というものはわからない。
アズミとタラスクが居るんだからいいじゃないかと思い云ってみたのだが、
「だって彼等は川棲生物でしょう。 勿論彼等も大切ですが、出来ることなら海洋生物も欲しくて」
と蒐集家的サマナー的発言。


「ふーん。 そんなもんかねえ・・・」


川魚もカメもエイもヒトデも似たようなモノの気はするが、
まあ仲魔は多いに越したことはないか、と正論で鳴海が自分を無理矢理納得させていると、


「それはさておき」


目深に被った学生帽を軽く直し、掛け布団を手にしたまま改めてライドウが向き直る。


「何の連絡も無しに一晩空けた償いとして、口接くらいさせて貰えませんか」


「な・・・」


なんでそうなる。
大体にしてその歳で 『口接』 とは一体何だ。
せめて接吻とか、口吸い・・・・は古過ぎるか、・・・だとすればせめて口付けとか、西洋風に云えばベーゼとかキッスとか、他にいくらでも云い様があるだろうに。


(・・・・!!)


いやいやいや、そうじゃない。 何を考えているんだ自分は。 問題はそうじゃなくてそんなところではなくて。
強請る内容自体が、了承をせがむ行為自体がおかしいのだ、最初から。


「い・・・」


「嫌、ですか?」


「い・・・いやそうじゃない、そうじゃなくてだなライドウ、とりあえず俺は寝起きだし(二時間も寝てないけど)、おまけに二日酔い後で酒臭いしな、」


だからその、と慌てて取り繕おうとしたのだが。


「大丈夫です。 そのためにソーマの雫を一つ消費したんですから」


「・・・・!!」


やられた。
云われて気が付いてみれば、あれだけの悪酔いと二日酔いと気分の悪さは何処へやら、
なるほどレアアイテムの効果・効能は凄い。
(って、感心してる場合じゃ・・・)
焦る。
慌てる。


「ちょ・・・ちょっと待ったライドウ!」


じりじりと近づいて来ていた綺麗な顔を必死で押し止める。
なまじ綺麗だからタチが悪い。
なまじ嫌いでないから、より困る。
そして何より。


「・・・・はい?」


これだ。 止まって鳴海を真正面から見るこのカオに、この表情に自分はとことん弱い。
ヘンなところで世間知らずでこれまたヘンなイミで純粋培養で、
けれどそう云い切ってしまうには少しばかり不敵で不敬で不謹慎の度が過ぎて、
そもそもこういった感情の相手に自分を選択してしまうあたり、どういった教育をされてきたのか。


「あ・・・あのさ、改めて聞くけど本当に良いワケ? 俺はまだまだお兄さんだけどお前からすれば結構年上でアレだし、いくら若かりし過ちって云ってもだな、やっぱり流石にちょっと問題が・・・」


しどろもどろ。 情けないが滑稽だ。 冷や汗をかいているのが自分でわかってしまうあたりも物悲しい。
適当な女と居るときの自分とは真逆に別人で、そんな現象に吐く溜め息も尽きてしまう。
所長たる者、いつでも余裕ありきの余裕綽々でいたいのだが、
きっと今の脈拍は100を軽く越えているだろう。 大人が子供に、繰り返すが全く情けない。


「・・・問題がある、ってものだぜライドウ、そう思わないか?」


が、駄目元で云ってみた科白に、


「そうですね」


驚いたことだがすんなりライドウは頷いた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」


あっさり肯定され、意外すぎて一瞬ぽかんと固まった鳴海の眼前、ライドウは淡々と。








「昨夜は無断で朝帰りのうえ悪酔いにして二日酔い、
それでなくても普段も不摂生から来る低血圧で寝起き悪し、
加えてもう少しきちんとすればとても好い外見をしているにも関わらずいつも頭髪は鳥の巣状態でくしゃくしゃ、
現役だった昔はどうだったか知りませんが今は仕事もあまり熱心でなく、
場面少ない仕事中調査中でも時折他のことに気を取られていたり、
週に一度は箪笥の角に足の小指をぶつけていたり、
あちこちにツケという名目の借金があったりしている、


――――― そんな中年の鳴海さんの面倒を見られて、尚且つ愛せるのは俺しかいません」








「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おいおい・・・・・・・」




誉められているのか貶されているのか馬鹿にされているのか判らず、
ますます呆気に取られながらも、これだけは云っておかねばならない一言を。
ゴホン、と咳払いを一つして、
心構えもきっちりしておいてから。




「ライドウ」


「なんですか」


「俺は中年じゃない。 まだまだ現役バリバリの 『お兄さん』 だ」


「・・・・・・・・・・」


「なんだよその無言の返事は」


「・・・・いえ」




頷きながらも腑に落ちない様子のライドウに、先程構えたココロを持って、




「今後 『お兄さん』 だと留意するってなら、このまま目を閉じてやってもいいぜ」




必殺、決め科白。




「わかりました」




途端に打てば響くような了承と肯定の返事があって、最接近する顔。
近くで見ても矢張り本当に端整な造りで、
僅かに上がった口角がどことなし彼の本性を現していて、








「―― ン、」








あざといほどの直向きさに免じ、 『お兄さん』 の唇くらいくれてやる。
































その後、勢いに任せて服まで引ん剥かれそうになったが必死で抵抗、
三十二歳の貞操はなんとか死守成功。




しかしその結果、
剥かれ途中、シャツ一枚のほうほうの体で部屋から逃げ出したところを丁度訪れたタヱに目撃され、言い訳やら口止めやら弁解やら誤魔化しやら、本当に大変だったと後に鳴海はゴウトにしみじみ語る。
そんな鳴海にゴウトは呆れかえり複雑極まりなくヒゲを曲げ、
「まあ・・・今後もせいぜい死守することだな」
と何ら意味のない助言を与えてみるが所詮鳴海には 「ニャン」 としか聞こえない。
その際、無言で大学芋を齧り続けていたライドウが一瞬ニヤリと笑ったのだが、
利発なお目付け役はそれ以上、何も云わず何も気付かなかったフリをした。








バックバージン崩壊の日は近い。




フォルネウスとデカラビアを語りたかったがため、それだけのために打ち込んだ話でございます(!)・・・・。
いつかこの海洋生物二匹の話もやってみたいと半ば本気で思ったり。