愛情たっぷし





「おい」




自宅(と称するアジト?)、片隅の一室。




横から短く呼ばれたと思ったら、
むんずと腕が伸びてきて、前触れもなくグイッと髪を掴まれた。




いつもながらの甘味物でおびき寄せ・・・・・・否、餌付け、否否、甘味物で彼を誘い出した昼下がりのことである。
昼下がりといったら情事である。
しかしとりあえず今は今回は、その後布団の中でぐったり・・・・否(それは銀時だけであるが)、まったりしていた時のことである。




「銀時?」




つい数秒前まで頭から布団をかぶって低く唸っていたはずの銀時のそんな行動はあまりに突然で、
すぐ横にいながらも桂が意図も意味もさっぱりわからず、思わず片腕を枕元につく形でその方を伺い見たところ。
「・・・・ヅラ」
銀時は一言そう呟いたあと、
「何?」
「ヅラヅラヅラァ! この無駄に長げーヅラ取れ! 取りやがれコラァ!!」
突然喚き出し、掴んでいる桂の髪をグイグイ引っ張ってきた。
「痛たたたたたた何をする銀時」
そうは言いながらも実際は大して痛くなどはないのだけれど、一応言うだけ言っておきながら、
くるりと体ごと向きを変えて正面から向き合うと。
「こそばゆいんだよ無駄に長げーから!」
言ってグイッ。 また引っ張られた。
「??? ・・・・、ああそういうことか」
最初は本当に銀時の言わんとしていることがわからず、桂は一瞬呆けたような表情をしてしまったのだが、
同衾している事実から導き出して、今やっとここに至って思い当たった。
肌を重ねる際、やたらと触れる髪がくすぐったいと言いたいらしい。
「大体なァ、前々から言ってんだろーがこのロン毛変態テロリスト。 ヅラ取れ! ヅラじゃねーならまとめてバッサリ切れ!!」
短くしやがれェェェェ! とグイグイグイグイ。
引っ張る力がどんどん強くなってきた。 今度は僅かだが痛い。
心持ち眉を顰めつつ、とりあえず引っ張るなこの手を放してくれ、と言外に示しておいて、
それでもまあ素直に銀時が放すはずもないことは承知の上であるから、
さほど構わずに正面きって先程の言葉に対する返答をきっぱりと。
「いやそれは断る」
「何でだよ!」
グイッ。
「これが俺のポリシーでな」
引っ張られても、一言で返してやる。
そんな桂の返答に銀時は、引っ張って掴む手に更に力を入れたらしい。
「ヅラにポリシーもクソもあるかァァァ!!」
グイグイグイグイ容赦がなくて本当に痛い。
「痛たたたたたたたたた引っ張るな、だから引っ張るなと言っている、何を言うポリシーはきちんと有るぞ銀時」
「あァ?」
さすがに耐えかねて、自分の手を使って銀時の手を押し留めながら真面目くさって口にすると、
怪訝そうな表情と同時にようやく引っ張ることを彼はやめた。
「なんだよ、ホントにんなモンがあるってんなら言ってみろよ」
訝しげに、首を傾げて訊いてきた。
その首の角度がこれまた桂としたらアレでアレでアレ(・・・・)、なのだが、
まあそれはそれこれはこれということで、ああやはりお前は可愛いぞ可愛いなあいとおしいなあいとおしいぞ銀時、
と心の中で復唱しつつ。
ゴホンとわざとらしい咳払いをあえてして見せてから、
合理的というやつだ」
「・・・・は?」
ますます首を傾げまくる愛すべき天パに向かって諭すように。
「たとえばだ。 お前のように短くすると、少し伸びただけで切らねばならんだろうが」
違うか? と顔を覗き込むと、銀時は頷かざるを得ないことに少し嫌そうにしながらも首を縦に振った。
その様子から洞察するに、どうやらまだよく呑み込めてはいないらしい。
「まァな。 で? それがどーした」
先を促してくる。
「だからだな、短いとその点が面倒だろう? しかし元からこれだけ長ければたとえあと5センチ伸びようが10センチ伸びようが実際には大して変わらん」
「はァ!?」
「それに普段は後ろでくくっておけば日常ではそう邪魔にもならんしな。 長ければ伸びた毛先を自分で切れば良い。 その分だけ散髪代も浮くというものだ」
「・・・・・・・・」
「どうだ、合理的だろう」
「・・・・・・・・」




どこから突いても隙のない理論だ、と口にした本人は思っていたのだ、が。
返ってきたのは、妙に間の抜けた沈黙と、心底呆れ返ったような銀時の視線だけで。




「ん? どうした銀時???」
「・・・・もー、いい。 なんかテメーと話してると妙に疲れる」




言って銀時は、
「・・・・また寝る。 寝るから起きるまで絶対起こすんじねーぞこの横着ヅラオトコ」
これ以上の会話を続ける気力と興味とを一挙に磨耗して失ったのか、それまで掴んでいた桂の髪をパッと無造作に放し、
そのままごろりと背中を向けてしまった。
「ぎ・・・・銀時?」
「・・・・眠るっつってんだろーが! もう話しかけんなこのヤロー」
「・・・・・・・・と、突然どうした? もしかして俺のこの艶やかな長髪ストレートに対して今更嫉妬でもしたのか?」
くるくる天パの銀時を煽ってしまうような言動だが、 ・・・・実際、怒声混じりにでも反駁してくれればよい。
怒ってでも何でも反応して、反論してくれれば良かったのに、
「・・・・・・・・」
だが、まだこんなに早く寝付いてはいないはずの銀時の背中はぴくりとも動かず微動だにせず。
「し、嫉妬ではないのか。 もしくはそれなら羨望か? 見てみろこの奇跡のキューティクルを、この長さで枝毛の一本も無いのはまさに奇跡だと思わんか」
「・・・・あーハイハイ。 キューピーねキューピー。 マヨネーズバカなのは多串くんですよー」
必死の言に、やっと反応があったと思えば冷たい。 思いきり冷たい。 わかっている。 これはわざとやっている。
「キューピーじゃない。 キューティクルだ」
はて多串くんとは一体誰のことだと不審に思いつつ、
それでもきちんと告げ直してしまうあたり、それが桂の所以というかもう直らない性癖というか。
「キューティ? キューティーハニーはもちろん好きですよー」
「ボンッキュッボンの変身する娘ではない。 キューティクルだ」
「・・・・・・・・」
今度は即座には返ってこなかった。
どうやらさすがにニアミス三つめは、即座には思いつかなかったようだ。
これ幸いと、その間を縫って、それではすかさずこちらから。




「そして俺がこっちを向いて貰いたいのはこの頃流行りの尻の小さなオナゴでもない。 くるくる天パの猫っ毛の銀時、お前なのだが」




所詮は長い付き合いだ。
だからこういった状態にあったとしても本気で銀時が怒っているわけではないことくらい最初からわかってはいるし、
むしろこんなハズカシイ言い回しで自分の願望を直球も直球すぎるほど素直に口にしてやった方が、
反応する銀時としても、より呆れた反応がしやすいだろうという、
軌道修正をも兼ねたわざとらしい科白がよく効くことも桂は誰より知っている。
無論のこと、銀時だって言わずもがな全て承知の上だ。




――――あのなァ・・・・、」




テメー本物の底無しのバカじゃねーのかヅラ、と呟いたあと、
はああああ、と銀時がついた期待通り、いや、予測通りの深い深いタメイキ。
背中ごしのそれは、一応タメイキの形を取ってはいるけれど、決して決して悪いものではなくて、
別の受け取り方をするとすれば、軽くじゃれあったあとの予定調和のようなもので。
しかしそれでもまだこちらに向けられているのは布団をかぶった背中のままで、
まあ銀時の性格からして、そうそう簡単に素直に向き合ってくれはしないだろうということも充分すぎるほど充分、わかりきっているから。
そしてここまで来たならもう少しあと少し、
同等レベルのクダラナイ甘言妄言でじゃれあっていたいと思ってしまうのも、仕方がないと言えないこともない。
ここはもう一段階、搦め手(?) から入ってみる。




「ところで知っているか銀時」
「・・・・何をだよ」




手を伸ばさなくても届く距離、そっぽを向いたままの背中に投げ掛ける呼び掛け。




「天然パーマというものはだな」
「・・・・・・・・」




ぴくりと背中が動いた。 ような気がした。
が、ただ動いたような気がしたそれだけで、銀時の体勢も態勢も相変わらずそのままだ。




「他人から愛情をたっぷりかけられると、そのくるくるは直るらしいぞ」




――――、」




嘘八百。




しかし今度こそピクッと背中が反応した。 間違いない。
布団と素肌との衣擦れの音。
銀時は気だるげな動作で仕種で腕を支柱にして、のろのろ顔だけ振り向くかたちでゆっくりと桂の方を向いてきた。
「・・・・へェ」
さも意外、というようにまばたきを数回彼は繰り返す。
けれど、桂を凝視するその目許と口許には心持ち悪戯げな笑みにもにた表情の小さな欠片が浮かんでいて、
「そんなモンで直んのかよ、コレ?」
真正面からこの稚戯じみた妄動物言いに乗ってきた。
こんなとき、ふっと一瞬銀時が見せる表情は誘惑的と表すよりも断然蟲惑的で、
そんな銀時の思惑に無意識のうち、ついつい桂の喉が鳴る。
「あ、・・・・ああ。 いつか読んだ本にそう書いてあった」
嘘八千。
「へェ? ・・・・なんで? どーやって? 一体全体どーゆー仕組みだそりゃあ」
「そのあたりの小難しいことは面倒で忘れた」
嘘八万。 
「ふーーーん。 納得はしてねーが俺もめんどいからまァいーけど」 
「・・・・。 そうしてくれると俺もありがたい。 、だからな銀時」
一旦切って、すうっと息を吸ったあと、この続きを桂が口にしようとしたその途端。




再びグイッと髪を掴まれ、おもむろに引っ張られた。




「・・・・ってコトは今現在、俺がくるくるでびょんびょんなのはそれ相応の意味だって結論づけて構わねーんだなコラ。 ヅラぁ?」




愛情たっぷり効果で天パが直るというのなら、
今現時点現況でくるくるのふわふわである理由はひとつ。




「、いや違う、」
「違わねーだろーが」
引っ張られた分だけ、元から皆無に近かった距離がまた縮まって密着する。
それは俺の愛情が足りないのではなくてお前が妙に捻くれているからだなかなか素直になってくれないからだ、
だから天然パーマも相応に手強いのだ、とはそれこそ大嘘八百万。
捻くれもせずはきはきいつでもどこでも素直まっさら! な銀時などただの似て非なるモノ、最早それは銀時でなし、
そんなモノなどくるくるの先っぽ一センチだって欲しくはない。
欲しいのはただ一つだけひとりだけで、




自分のこの白髪男への、
愛情恋情慕情恩情歓情旧情交情懇情色情真情心情切情煽情熱情発情欲情、
全てひっくるめて砕いて注ぎ込むことができたとしても。




―― たぶん百年かかっても全部は注ぎきれまいな」
「はァ・・・・?!」




「うむ。 間違いなくそれくらいの容量だ。 だからまあ、その髪質は一生直らんだろうがむしろ喜べ銀時。 それほど愛しているぞ?」




「オイ! オイオイオイィィィ!! 何一人で勝手に自己完結してんだヅラァ!!? こっちはサッパリ訳わかんねーんだけど!!」
「そう喚くな。 誰が何と言おうと俺はお前のそのふわふわくるくるが気に入っている。 タンポポの綿帽子のようでカワイイぞ銀時?」
「やめろ! そういう表現やめろォォォォォ!! これから道でタンポポ見るたび蹴散らしたくなっちまうじゃねーかァァァ!!!?」




喚くのに合わせて、強く強くグイグイグイグイ頭皮が引っ張られて攣られる。
力任せとは正にこのことだ。




痛たたたたたたたたたたたたたたたたたたた引っ張るな、引っ張るな銀時、万が一にもごっそり抜けたらどうしてくれる!?」
「あー、なんか最初っから思い出してきたらムカムカしてきた。 無駄にこそばゆいしよテメーのうぜーロン毛は毎回毎回・・・・」
「・・・・それはただ単にお前が敏感すぎるからだ。 それはそれでこれまた可愛・・・・」
「〜〜〜〜〜ッ!! 抜け! 全部抜いちまえェェェェこのロン毛ヅラァァァァ・・・・!!」
渾身の一撃。




ブ チ ッ 。




抜けた抜けた右上の方、間違いなくまとめて何本(・・・・何十本?) かが思いっ切り無理矢理抜けた。




「ギャアアア本気か! 本気か銀時ィィィィ!!」
「去ねェェェェこの変態ヅラァァァァァーーーー!!!!」




寝乱れた寝具の上、じたばたどたばたギャアギャアギャアアアと騒がしい。
互いにほぼ全裸に近い格好での取っ組み合い、こうなるともはや色気も何もないから専らしどけないを通り越してみっともない。 下品に近い。
だがしかし、












これでいてたぶん、




――――― 愛情、たっぷし。












ヅラ銀でほのぼの・・・・というかまったりしたのがやりたかったんですが・・・・。 蓋を開けてみたら、
よ  く  わ  か  ら  な  い  け  ど  た  だ  の  ハ  ズ  カ  シ  イ  話  に  な  っ  た  よ  。
うちの桂さんは只の自己完結のオトコです。 ←わータチ悪ーい。  ってそれってタダのきしょい男じゃないですかー! ガクリ。
かっこいい桂さんを一度くらいは書いてみたいです。 けど無理だろうな・・・・きっと。