[ 雨と飴 ]





「どーだよ、具合は」
「・・・・・・・・・・・・・死ぬかもしれん」





その日、銀時が桂宅を訪れたのは、冷たい冬の雨が降りしきる中でのことである。








「あまりに無念だ・・・・お前と籍を入れることなくこのまま死んでしまうとは」
「んなタワゴトが言えんなら、まー大丈夫だな。 てか、テメー普通にインフルには強かったはずじゃなかったっけか」
「・・・・インフル・・・ではない。 たぶん、コレはただの風邪・・・・だ」
「エ? ただの風邪で呼びつけられたワケ? 俺ってそんなヒマに見えるワケ???」
「うう。 相変わらず小憎たらしい言い様だな銀時。 しかしそんな小生意気なところも可愛くて愛しいぞ俺は」
「・・・・・・・・・・やっぱ帰ってイイ?」




ガラリと開けた障子の真ん前、その位置に敷いてある布団に横たわる桂を眺めやり、
銀時は早々と溜め息をついた。
小さく息を吐きながら、そもそもどーして俺ぁココに居るんだ一体、とも思い、
つい30分ほど前に思考を戻せば。




(・・・・・・あー)




普段は殺してもなかなか死にそうにない程ふてぶてしく図々しいはずである桂から、
その文字通り言葉通り 『熱に浮かされた』 ような声で電話が入ったのは、
つい先刻、銀時がちょうど新八と神楽を妙のところに送り出し、一通り万事屋内の掃除を終えた直後のことだった。
なんだよヘンな勧誘とか支払いの督促だったらメンドーだなと思いつつ、
だけど仕事の依頼かもしれないから仕方ねーかと覚悟を決めて 「ハイ万事屋」 と電話に出、
耳に押し当てた受話器の向こうから 『ぜぇーはぁーぜぇーはぁー』 と前触れもなく、突然聞こえてきた熱く荒い息遣い。
一瞬、ピシリと固まった後、あーこりゃ無差別無作為にかけてきやがったイタズラ電話だなと即座に銀時がそう判断したのも無理はない。
すかさず、
「パンツの色なら教えてやんねーよ。 トップシークレットだから」
と一言言い捨てて即、受話器を置いてやろうとしたその刹那、
向こうから未だ断続的に聞こえ続けてくる荒い息遣いにどことなく聞き覚えがあるような気がして、
一瞬躊躇っていると。
『ぎ・・・・銀・・・時・・・・すまん、どうやらお前を、幸・・・・せに出来ないまま、俺はあの世に逝・・・・くこと、に、なる、かも、しれん・・・・』
ぜーはーぜーはー言う息遣いに混じって途切れ途切れ、鼓膜に届いた 「助けてコール」。
このあたりになると、さすがに電話の相手も唯一ただ一人に限定されてくる。
『死・・・・死ぬ・・・・』
「・・・・ヅラ?」
『す、全ての機能が侵されてしまってな・・・・!』
「何?」
『こ、高熱に加え咳、喉、頭痛に関節痛にハナミズに・・・・』
「あ?」




と、なかなか要領を得なかった電話越しの会話だが、まあ要約すると、


『とてつもなく酷い風邪をひいてしまった助けてくれ銀時』


というものらしい。




銀時としては当然、
「風邪ぐらいで呼び付けんじゃねーよイイ歳した野郎が」
と呆れ果てながらも、縋ってくるアホを見捨てることなど出来るわけもなく。
「万事屋の仕事としてキチンと手間賃と出張費請求すっから」
などというタテマエを盾に、仕方なくやってきてやったのだ。 が。




銀時はここで思考を30分前から現実に引き戻し、
改めてぐるりと(かつて知ったる) (見慣れていなくもない) ヅラの部屋を見回し、
何はともあれ普段なら風邪の菌など菌の方から敬遠して寄り付きもしなそうなヅラが、
珍しくも伏せっているという事実に妙に驚きつつも納得した後、
整然と生真面目に掃除の行き届いている(奴の性格を反映してのことなのか)、
畳の上を数歩進み、
これまた見慣れた(・・・・・・! ←意味もなくタメイキを吐きたくなった。  そして吐いた)
布団の中、顔半分まで掛布団に埋まった桂の脇に腰を落とし、
やれやれの風情で顔を覗き込んでやった。
「熱は」
高熱、と言ってくるからにはそこそこあんだろーなと思いつつ訊いてみれば、
「39.3℃・・・・」
お前に電話した直後に計ってみたらついに39℃の壁を越えてしまったのだ、
とヅラの(熱のせいか) もごもごした返答。
あーそりゃ確かに高熱だなと頷きつつ、
「薬は」
重ねて問うと、
電話する寸前に薬箱から適当に解熱剤をいくつかまとめて服用はした、と言う。
しかし実は熱の出た昨夜から何も食べていない、
空腹なのだが台所には無論のこと立てず、このままでは服用した解熱剤も全く持って効かんのだ、と力なく語る桂に対し、
ここにきてまだ3分も経ってもいないというのに、
この部屋に上がってからまだ200秒も過ぎていないというのに、銀時はまたもまたもや三回目の溜め息を吐いた後、
「・・・・粥でよけりゃ作ってやるけど」
言い置いて返事を待たず、そのまま台所へすたすた向かおうとするその背中に。
「俺のために銀時が粥、だと・・・・? これはきっと夢か、何かの罠に違いない・・・・」
浮かされた桂の呟きが投げ掛けられたけれど、返事などもちろんしないで障子を閉めた。
そんな二択しか出てこないほど、普段自分は奴をないがしろにしていただろうか。


・・・・・・・・・・・・・・・、あァ、してたか。


と思いつつ納得しつつ殺風景な台所内、
かなり旧型の冷蔵庫の中を覗き込んでこれまたまたもやまたもやまたもや、
「・・・・・・・・・・」
間を置かず四度目のタメイキを吐く破目に陥った。
理由なんて一つしかない。
無造作に開いた冷蔵庫の中身があまりにもあんまり、
下手をすれば万事屋のそれよりロクなものが入っていないといった状態だったからだ。
入っていたものといえば大量の麺つゆ(蕎麦用か) にソースにバターに味噌、ワサビのチューブに練りカラシに他エトセトラ、
つまり所謂調味料と呼ばれる類いのものは、無駄に多く扉のサイドポケットに整然と並んで納まっているのだが、
肝心の食材がほとんど、いや、皆無といっていいほど入っていないのだ。
目に付くものはせいぜい、奥の方に転がって放置されているミネラルウォーターが一本と、
加えて扉の右横に、申し訳なさそうに転がっている卵が一つ二つ。
予想だにしていなかった冷蔵庫内の殺風景っぷりに、
オイこりゃなんだどーした、いくらぶっ倒れて買い物にも行けねーったってこりゃあねェだろ! と、
ほぼ反射的、普段なら乾物やら対自分用の桃缶もとい甘物が入っているはずの木製ストッカーの抽斗を三つ、上から順番に開いてみても、そこにあったのは一体いつからここに放り込まれていたのかさえわからない、中途半端に口だけが開いている乾蕎麦のみ。 しかも残り五分の一。
最高に大きい五度目の息を吐きながら、仕方なしに冷蔵庫から取り出した卵を手に、
もうどんなんでも驚かねェぞと全く期待せず、むしろ諦めをもって米びつを覗いてみると、
今度は幸い、白米だけはきちんとそこそこの量・質ともに保存してあり、
続いて適当に開いてみた戸棚の中からは塩・その他諸々の粒状調味料もちらほら発見されて。
米と卵と調味料、使えそうなものはこれだけしかないが、
逆に言えば病人食でもあることだし、まあこれだけあれば何とか、なるはずだ。
「・・・・・・・・」
扶養家族二人と一匹を抱え、自然と培い養われてしまった手馴れた手順で米をとぎ鍋に火をかけ、とりあえずの粥が出来るまで一段落。
自分でもよけーな世話だな、とわかっていながらも、
銀時は台所から踵を返しそして再度、ヅラの脇に腰を下ろして。


「ヅラ」
「・・・・・・なんだ」
当たり前だが熱はまだまだ下がらず高いままらしく、ぼんやりと桂は見上げてきた。
「なんだあの台所? テメーもっとイイ暮らししてたんじゃねーの」
「・・・・・・何?」
「ウチに来るときとか、頻繁にせこせこ手土産とか持って来てたじゃねーか。 ていうかフツーに生活苦しかったワケ? テロ活動にみんなつぎ込んじまうワケ?」
だからやたらいろんなトコでバイトとかしてたワケ? と重ねざまに問い掛けると、
「それは違う」 と反論された。
「? じゃあなんでだよ」
「・・・・・・・余計なモノを、持たないだけだ」
「あ?」
「必要なときに、必要なだけ買えばいい。 無駄な蓄えはいらん」
「程度ってモンがあるだろうがよ」
大体極端過ぎるんだテメーはよ、少しは真ん中ってモンを選択しやがれ、とビシッと言ってやってやっと、
「・・・・・・・・・・う」
桂は口籠もり、続けて悔しげに銀時を見上げてきた。
「納得したかよ」
「うう・・・・俺は自分が不甲斐ない・・・・」
「分かりゃいーんだよ、分かりゃ」
一見、ヅラにしてはやたら物分かりのいい、他人の忠告を素直に聞き入れ受け入れた台詞に半分驚きながらも、
火にかけたままの鍋の様子を見るために腰を上げようとした銀時だったのだが。
くるりと背中を向けた途端に布団の中から、聞こえてしまった呻き声。




「・・・・うう。 此処に銀時が、しかも布団の真ん前に居るというのに・・・・何の手も出せない自分が俺は何より不甲斐ない・・・・」




迷わずこのまま速攻、帰ってやろうかと思った。






それでも、さすがにその後は比較的大人しく、玉子粥が出来あがるまでの数十分は静かに伏せていた桂だったのだが。
出来上がったばかり、湯気を立てて熱々の鍋を運んできてやった途端、
「まさしくこれは新婚生活のリハーサルと見たのだが・・・・」
目を輝かせて上体を起こし、またろくでもない台詞を言い出してくる。
もう溜め息をつくのにも嫌気が差してきてしまい、(すでに何度目か数える気もなくなっている)
無言で玉子粥を差し出してやったら、挙句の果て。
「食わせてくれ」
こんなことまで言い出してきやがった。
「今ココでこの鍋ごと引っくり返されたくねーなら、黙ってテメーで食え」
「ぐ・・・・」
こんな時でもつれないなお前は、と肩を落としながらも桂は、食欲に負けたのか残念そうにしながらも自分でそれを食べ始め、そして残さず食べ終えた。
それだけ食欲があるならまァ平気だな、と心なしか、先刻よりも顔色が良くなったような気がしたとたん、「すまんが水をくれ」 と病人特有の要望を訴えかけられ、やれやれと呟きつつ銀時が再び立ち上がろうとしたところ。
先程と全く同じ状態、桂に丸ごと背中を向けた刹那。




「銀時」
背後からの桂の声が、背に当たった。


「なあ銀時、」
なんだよ、と振り向く寸前に、桂の声が銀時のそれを追い越していく。








「・・・・愛してくれ」








一瞬、今だけ雨の音さえ大きく響いたように聞こえたのは多分、 ・・・・気のせいか。




「・・・・・・・」




無言でリアクションを起こさない銀時に、桂はそのまま。
「欲しいのだお前が、・・・・だが、それだけではなくて、・・・・全部、お前を手に入れられないのなら、」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・違う、そうじゃない、銀時だけ、お前だけが欲しい、他のものは全部なんでも誰にでもくれてやる。 ・・・・だからな、」
さらにもっと続けようとする桂を遮るよう、銀時は首だけ傾ける。




「ヅラ」




何も返さないつもりだったが、ほとんど無意識に唇が動いていた。




「テメーの言ってることは、支離滅裂なんだよ」
「・・・・何がだ」
掠れた背中越しの問いに、より無意識の中、言葉だけが台詞だけが先行していく。
「いつもいつも小難しいコトばっか言いやがって」
「難しくない。 簡単なことばかりだ」
「理解できねェ」
僅かに首を横に振った銀時に、心なしか桂は小さく笑ったようだった。
「それなら理解しなくていい。 というか元々が他人同士なのだ、腹の底から理解しあえなくともな、」




なあ銀時、ともう一度たたみ掛けてきて。




「骨の髄まで、愛し合うコトは出来るだろう」




どこにそんな余裕があったのか、完全に笑みを含んだ口調を作ってみせるテロリストに、
銀時は決して振り向いたりはしてやらないまま。




「・・・・・・無茶言うんじゃねーよ」




そう一言だけ、返してみた。



















そのまま台所へ直行、水道から直にコップに水を注いで戻り、相変わらず上体を起こしたまま待っていた桂に渡す。
「飲んだら寝ろ。 あとは寝ときゃ治んだろ」
「・・・・銀時」
「んだよ」
先ほどまで背中で受け止めていた視線が、今度は真正面からぶつかってくる。




「こうやって、明日も明後日も明々後日もずっと面倒を見てくれ」
「・・・・・・」
「何処にも行かなくていい。 全部、お前が背負っている数々のモノとかコト、全部捨ててずっと此処にいてくれ」
「・・・・・・」




正面からの視線と言葉を避けるために耳を澄ましてみても何故か、
ずっと降り続いているはずの雨の音は聞こえなかった。
雨足が強く屋根や窓を叩いていれば、何も聞かなかったフリ聞こえなかったフリ聞いていなかったフリも出来たというのに。






けれどそのどれも選択できず、ましてや桂の言葉に対して肯定が出来るはずもなく、
仕方なし、まるで無理矢理に溜め息と共に押し出すかのような努力を重ね、
「・・・・寝言は寝てから言いやがれ」
銀時はやっとそれだけ、呟いた。








「チッ・・・・病床でこれだけ頼み込んでみてもダメか。 ・・・・やはり手強いな」








直後、布団の中から軽くもごもご言ってきやがったヅラのこの愚痴に対しては、
堂々とあからさまに無視してやった。
本当に少し、少しだけ本気で困ってやったのに何なんだ最後になって。
しかしその冗談めかした一言により深刻さと真剣味とがかなり薄まって、
ずいぶんと助けられたのも事実は事実で、
はァ、と最後に短くついた本日最後のタメイキは、
いつの間にか再び響き始めた雨の音に溶けて、消えた。



























「ところで一つまた頼みがある。 林檎を剥いてくれ。 林檎が食べたい」
「ドコにあんだよ」
「・・・・・・・・無い。 買ってきてくれ」
「んな金はビタ1文ねェ。 第一こんな雨ん中もう出歩きたくねーし」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「なんだよ」
「今、出歩きたくないと言ったな? ・・・・ということは今夜はココにお泊り決定という解釈で良いのだろうか。 となると剥かれるのは林檎ではなく銀時お前ということに」
「気が変わった。 今すぐ剥いてやらァ」
「なッ・・・・そこで何故俺に向けて木刀を抜く!?」























翌朝、桂の風邪は見事すっかり回復していた。









ずーーーっと前に書いた、前ジャンルの一本を基にして換骨奪胎してみた話。
昔からここをご存知の方は、どっかで見たような・・・・と思われるかもしれませんがご容赦くださいまし。
前ジャンルの再UPはもう無いから、パソ内から全部消しちゃう前に一本くらいは形として残しておきたかったんだー