[ 青と緑]





世間は揃って挙ってXmasだろうと、世の中が総勢ジングルベル一色だろうと、
季節日柄問わず風邪をひく時はとことん風邪をひく。












チーン。


一体何度洟をかんだことだろう。
消費するティッシュペーパーは膨大な枚数になり、
比例して鼻の下はかみすぎたがゆえ、掠れてゴワゴワ痛い。
とりあえずこの流感症状、酷いのは鼻水だけで今のところ発熱も寒気も咳もないのが救いといえば救い、なのだが。


「あ゛ーーーーー・・・ハナミズが止まらねェ」


つい先刻かんだばかりなのに、
もう次弾が出掛かってきている鼻水をずびびびと啜り上げながら、
コタツの中、銀時は目の前の徳利と猪口に手を伸ばし、手酌で注いだ酒をぐいっと煽った。


この怒濤の如く分泌される鼻水で鼻が詰まりまくっているため普段と比べ、
せいぜい半分ほどしか酒の味も感じず、風味もほとんどわからない。
チクショーこれ高けー酒なはずなのによ、とぼやき混じりで今度はチー鱈を一つ二つ、つまみ上げる。 続けて塩ピーナツも数個口の中に放り込み、
ほどほどに散らかり尽くしたコタツテーブルの上、
それから真向かいでテーブル上に突っ伏し、
いつからかすっかり寝こけているロン毛のヅラ・・・・桂を薄ぼんやりと見た。


「・・・・・・・・」


そもそもこのXmas当日、ナニユエに眼前にあるものが、
すでに空になった麦焼酎一リットル瓶+同じく空のホッピー五本+まだ半分ほど残っている日本酒大徳利+チーズ鱈はじめ乾燥ホタテだの全国珍味大集合パックだの柿ピーだの味噌ピーだの、
所謂一般常識でXmas御用達ラインナップであるはずのケーキやシャンパンや七面鳥他etc. 
等と全く似ても似つかない理由はただ一つ、
数時間前にこのヅラが 『メリークリスマス銀時ィ!』 と浮かれとんちきこの上なしで押しかけてきた際、
手土産(というか万事屋に上がり込む口実で) に持参してきた諸々が上記のそれで。
手渡された紙袋を開封するまで、すっかりクリスマスケーキを始めとした甘物ラインナップ(プラス酒) だと考えていた銀時が思わず 『オイこのドコにクリスマス成分が入ってんだコラ、』 と問い詰めたところ、
『いやそのなあのな年末歳末このシーズンでケーキが買えそうな大通りはどこもかしこも警察やら真選組やらが警戒中厳戒中でな、』 とか何だとか。
あーコレだから全国指名手配のテロリストは役に立たねェ、と毒づいてやったのも束の間、
Xmasだろうがなんだろうが酒は酒だ。 何もないよりは良い。 むしろいつ飲んだっていい。
それによくよく見直してみれば中でも大徳利の日本酒はかなり上物、
自分ではまず間違いなく買おうとは思わない思えない高級品でもあって、
即座に機嫌を直し差し向かいで最初はちびちび、揃って程よく酔いが回ってきたところからはぐいぐいごくごく流し込むようにアルコールを次々と摂取、そして今に至る。


が、


もともと昨日あたりから風邪で鼻水が止まらなくなっていた銀時はイマイチ酔いきれず、
反対にバカと風邪はなんとやらで一人元気だった桂はすっかり酔い落ち、御覧の様だ。


「・・・ったくよォ」


何に対して舌打ちをしたのか自分でもイマイチ不明のまま、
まだ未開封だった薄切りサラミの袋をバリバリと開けたところで、


「ン、 ・・・・銀時」


いつの間に目を覚ましたのやら、桂がもそりと顔を上げた。
それから、じいいいいとこちらをしばらく凝視、ややして何を言うかと思えば。








「たまにはお前が挿れてみるか?」








「―――――――― あ???」








鸚鵡返しに素で訊き返してしまった。
同時に数時間前の、


桂 「させてくれ」
銀 「ざけんな」
桂 「させてくれ銀時」
銀 「見りゃわかんだろカゼひいてんだよざけんなコラ」
桂 「そんなもの汗をかけば治るだからさせてくれ」
銀 「黙りやがれ」


そんなこんなのやり取りが頭に浮かぶ。
この後もヅラは何度かしつこく打診をしてきたが、
その都度ごと当然にしてきっぱり却下しているうち、いつからか何も言わなくなっていたのですっかりその話は終わったものと思っていたのだが。


「たまには良いだろう」


「・・・・・・・・オイ」


「たまには、と言うよりお初だな」


「・・・・・・・・・・・・オイ、」


呆気に取られる銀時を前に、桂はどことなく据わった目でウンウン頷きながら。


「ウム、 ・・・・確かお初だったハズだ。 その点は大丈夫だ」


「オィィィ!!」


「お前が挿れさせてくれないというなら、俺のバックバージンをお前にやりたい。 もらってくれ銀時」


「いらねェよ!」


断固断ったにも関わらず、
「もらってくれ」 ともう一度繰り返した桂は今にもごそごそコタツから出て、
一直線に自分に迫ってきそうな勢いだ。


なんだこのヅラは。
いつでもどこでもこいつはおかしいが、この男が気持ち悪いのは昔からだが、
こんなふうに違った感じ(・・・・) でキモチワルイのは初めてだ。


「ヅラ、」


どっかで頭でも打ったかマジで、と言いかけ銀時は、ここでやっと気が付いた。




―――――― どうやら酔っ払っているらしい。 本格的に。




そうでなかったら今度こそ本格的に脳がどうにかなったとしか思えず、
泥酔状態というのを前提に素早く観察してみれば、
微妙に口調も呂律が不確かな上、やはり目もさっき感じたのと同じどころか随分と据わって、
間違いない。 完璧に酔っ払っている。
そして銀時がそれと確認する中、泥酔者の戯言はまだまだ続く。


「安心しろ銀時、自分で確かめたことはまだ無いがつるつるだと思うぞ。
汚れなき括約筋だ。 いや、お前のには到底及ばないと思うが」


「黙れコラ」


「今更だがお前のは最高だ銀時」


「死ねコラ」


「・・・・違った、『お前のは』 でなくて 『お前は』 の間違いだった。 お前は最高だ銀時」


「・・・・・・・・・・・・頼む。 頼むから黙って」


いつものことだが、このあたりまで来ると罵倒するのも面倒になってくる。
おまけに普段通常でも罵倒悪言葉罵詈雑言をモノともしないこの桂が相手、
しかも今は泥酔状態というのでは尚更のことで。
ったく誰かこのヅラどーにかしろってんだとブツブツぼやきつつ、徳利から再び酒を注いで喉に流し込んだ。
些か所帯じみ過ぎているような気も自分でするが、
これから年末年始にかけ何かと物入りで散財予定でもあるし、飲めるときには飲めるだけ呑んでおきたい(タダ酒だし)。
そんな思惑でがぶがぶ飲みながら、


チーン。


負けじと分泌される洟をかむ。


チクショーこのハナミズさえなけりゃもっと旨い酒なハズなのによ、と悔やむ銀時に、
また何を言うかと思えばバカヅラ桂は。


「洟が詰まっているのか?」


「・・・・見りゃわかるだろーが」


チーン。


次から次へとハナミズにいとまがない。


「そうか。 ならこっちへ来い銀時」


手招きをされた。


「・・・・?」


が、思いきり訝しい。
不審に思うと同程度の嫌な予感、経験がもたらす危機感に銀時は眉を顰める。
無論、桂の手招きには応じず、
むしろ心持ち上体をコタツから反らす所作でいたところ、 ・・・・案の定。


「ハナミズが詰まっているのだろう? 口で吸い取ってや・・・」


「去ねェェェェ!!!!」


瞬発的咄嗟的に噴火した憤りで危うくコタツ返しをしそうになったが、
万が一にも壊れてしまうと困る。 万事屋内でこの冬、暖を取れる唯一のものであるのに。


ガッ、と縁に手をかけ今にも引っくり返しそうになるのを寸でのところで何とか堪え、
ちょっと待てもしかしたら今の俺の聞き違いだってかもしんないし、
あーそうだ多分聞き違いだ、いくらこのヅラが変態だからっていくらなんでもソコまで酷いわきゃねーだろ、
聞き違って怒鳴って悪かったなヅラ、で、ホントはなんつったんだ、と懸命の努力で折角再度確認しようとした途端、
やはり現実は現実、ヅラはヅラ、変態は変態で。


「何、たぶんキスと大して変わらんぞ? お前のなら唾液もハナミズも似たようなもの、青っパナだろうと緑っパナだろうとどんと来いだ。 任せろ」


「〜〜〜〜〜ッ!」


キショイ。
いや、気持ち悪いを通り越して、もう何と表現すればいいのかわからない。
もう手を伸ばして殴り付けることさえ躊躇したくなったけれど、


「だから早くこっちへ来い銀時」


しかし何が何でもとにかく黙らせたい。
そこで手元に転がっていたホッピーの空ビンを思い切り投げ付け、
ゴンッッと顎の下にクリティカルでヒットするのを見届け、
悶絶するヅラをどこまでも醒めた目で見ながら、銀時は心の底から溜め息をつく。


世間はXmasだというのに、
なのにナゼ、自分はこんな変態ロン毛の相手をしているのか、


(・・・・・・・・)


あまり深く考え詰めると、袋小路に迷い込んでしまいそうだ。


「たく・・・・そもそもこの国は仏教国じゃなかったのかよ? あ? 死んだら寺で坊主に経あげてもらう国じゃねーの? なのになんでこんな時だけメリーなワケ? ウィッシュアクリスマスなワケ?」


迷い込んだ挙げ句、ぼやきはますます方向違い見当違いのところへ向けられ、
この欧米かぶれも甚だしい世間に毒付きかけたが、


「それはアレだ銀時、臨機応変というやつだ」


回復した桂が、いそいそ口を挟んでくる。
つい数秒前まで顎を抑えていたのに立ち直りが早い。


「というかアレか、柔軟性の問題というやつでもあるな。 日常語を含めた言葉や世間一般の常識、礼節等も世の中が変わるにつれ次第に変化していくことと同じで、クリスマスも国民的お祭り行事として定着しきってきたというだけのことだ」


滔々と喋り出す。 しかもあながち間違いでないところも納得がいくような、
しかしすんなり認めてしまうのも癪なような。
だからヅラ相手、当たり障りのない返答を。


「ま、それでシアワセならいーんじゃねーの」


何でも楽しむことに対し貪欲、
ある意味とてもとても逞しいと取れなくもなく。
けどそりゃまた別意味でチャランポランて事じゃねーのかオイ、とも思い当たってしまったけれど、まあそれはソレこれはコレ。
銀時としては正直どうでもいい。


チーン。


引き続きズビズビ止まらない鼻水を惰性でかみ、
その拍子に偶然、いつからか目線を自分に向けていた桂と目が合った。


「だがな銀時」


「あ?」


「だがな、決して変わらないものもあるはずだろう」


「・・・・まあ、そりゃ、な」


主語はない。
短い一言、ともすれば酔っ払いヅラの先刻の戯言の続きでもあるはずなのに、
何故だか今度はすんなり肯定、頷いてみてしまった自分が、心なし不覚だった。


チーン。


そしてまた洟をかむ。


時計を見れば、あと数十分で今年のXmasも終わる頃合、
明日の朝になれば少し固くなり、飾りの取られたXmasケーキが破格の安値で叩き売られるはずだ。
この風邪を治すにはもう糖分摂取しかない。
万が一にも明日の朝までこのヅラが居座っているようなら、朝イチで買いに行かせる算段を決めていたら、自分と同じく桂も時計を見上げていることに気が付き、
当の桂も銀時が同様であることに感付いたらしい。


「銀時」


改めて名前を呼んできた。 だから自然、


「何だよ」


先を促せば奴は鼻息荒く。


「年に一度のクリスマスだ、今日が終わらないうちに抱き合おう」


油断すれば即座に膝で詰め寄って来かねない勢いで、 やはり。


「〜〜〜〜〜〜ッ・・・・!!」


プチ。


懲りもせず、最初の時点から全く何一つ自分の話を聞いていない分かっていないヅラに(たとえ今が泥酔状態だとしても) 流石にプチ切れた。


「カゼひいてんだっつってんだろーがァァァ!!」


二本目、力一杯ホッピーの瓶を投げ付ける。


ゴッ。


またもやヒット、今度は見事額に命中。


「せ・・・・折角のクリスマスに・・・・」


苦悶しつつも未だしつこくこちらに手を延ばしてくる執着心に、銀時もほとほと呆れ、
ほどほど感心する。 ここまで来ると決して誉められはしないが大した執念だ。


「おいヅラ、」


「なんだ銀時?」


呼べばパッと顔をあげ、今にもシッポを振りそうな表情で、
何を期待しているのか一目瞭然のカオでもある。
しかし。




「クリスマスにかこつけなきゃなんねーほど、させてねーワケじゃねーだろーがよ」




反論も言い訳も微塵たりとも許させない、我ながら見事な正論。




「そ、それもそうだな」




「・・・・・・・・・・」




(一応は) すんなり納得した単純極まりない桂にほっと息をつきながら、




チーン。




Xmasジングルベルの夜、銀時はまたまたまたまた、洟をかんだ。




















本日 『御預け』 の分、正月明けくらいには、もしかしたらさせてやってもいい。





あんまりなヅラで土下座。
一応、正月はやる予定。←笑