avaricious・1





やたら愚図ついていた梅雨が明けたと思ったら、もう八月だった。




そして気付いてみれば八月もすでに一週間近くが過ぎ、来週には大型盆休みが来るというところまで。
とはいえ警察に(自分たちに) 公休は一見あるようで殆ど無きが如しではあるが、連休中、せいぜい面倒や大事に到らきゃそれでいい。
無難に大型連休を乗り切ったなら多少は仕事も落ち着く八月後半、
頃合を見計らい連休でも取るか、いやダメだ俺が休みでも取ろうモンなら総悟の野郎が一体何しでかすかわからねェ、
となるとやはり一緒に同時に休み取らせるか、でもって無事に揃って休みが取れたなら、
「・・・・・・・・」
・・・・などと妄想混じり僅かなシタゴコロ混じり、四の五の考えながら定時より二時間ほど遅れて終えた本日の勤務、辿り着いた副長室。
やれやれそういや総悟はどこ行った、またサボりもしくは何か企んでやがるのか、と扉を開け、
さて着替えるかと土方が上着を脱ぎかけたその刹那。




「隙ありィィィィ!!!!」




「うおッッ?!!!」




部屋の隅、完全な死角から飛び出てきたのは言うまでもなく一人しかいない。 当の沖田である。
否、先に飛び出てきたのは当人ではなく、鈍く光った銀錆色の剣先。 刀の切っ先。
紙一重で身を捩り、先端すれすれが胸元の空気を掠めていく程度に避けることは出来たものの、
勢いと反動とでそのまま部屋の反対側までゴロゴロ転がってしまう。
しかし転がった僥倖、ここまで離れてしまえば沖田の追撃も届かず、




「チッ・・・・。 また失敗しちまったィ」




残念そうな呟きに混じって響く、鞘に剣を収める柄の音。




「あ・・・危ねェだろうがこの野郎ォォォ!!!!」




怒鳴りつけながらも背中を汗が伝う。 真夏常夏、この季節柄のせいもあるけれど、
今回の襲撃に限ってはかなり際どく紙一重、寸でのところ正にギリギリ、ほとんどリアルラックで避けられたという自覚があったからだ。
実際、屯所内ということと仕事明けというところで気も抜いていたという事実の裏には、
ここ最近、副長の座を狙う沖田の夜討ち朝駆け(? 少し違うか) の奇襲来襲がとんと途絶えていたということもあって。
「てめェ総悟ォォォ!!!」
「なんです?」
体勢、態勢を整えながらギリッと睨み付けるが、毎度の如く沖田は大して表情も変えず、むしろ詰まらなさげに返事をする。
「マジで殺す気か! あァ!?」
先刻の奇襲は突きの勢い、速度、角度共に全てが実戦レベルのもので自然と土方の口調も荒くなる。
もしも避けられなかったら、万一当たっていたら、などとは考えたくもない。 ・・・・良くて重症、下手をすれば即死だ。
なのに沖田は引き続き、先刻の出来事にはまるで興味を失ったかのように。
「フン。 あの程度で死ぬよーな副長の座なんざ、最初っから興味ねーです」
「、ならさっきの舌打ちは何なんだオイ」
「ありゃあ俺のお茶目です。 そんなこともわからねーなんて、これだからジジイは」
「・・・・・・・・?」
今になって気付いた。
土方はふと気付いた。
どこか沖田は拗ねている。 機嫌が悪いというわけではないが、土方にはわかる。 確かに僅かに拗ねている。 もしくはそのフリをしている。
「・・・・。 何拗ねてんだ総悟」
どうせ正面から訊ねても、素直に答えるはずもないということも知りつつ、あえて聞く。
そうしたら。
「今日、何月何日だかわかってますかィ」
「? 八月・・・・八日か?」
「その一ヶ月前は」
「七月八日?」
それがどうした、と首を傾げたところで思い当たった点はただ一つのみ。  ・・・・あれ、か。 アレ、だ。




本日より遡ってちょうど一月前、七月八日は沖田の誕生日。




「そういや・・・・」




「やっと思い出しましたかィ。 この薄情者」




一ヶ月間、いつ思い出すかいつ気付くかずっとずっと待ってたんですけどねェ、と沖田は恨みがましげに下からじとーっと見上げてくる。
そんな視線に耐え切れず、第一なんで一ヶ月も経ってからんなコト言って来やがるんだ、と不審に思った。
が、思い起こしてみれば一月前と言えば例の柳生編の終盤(・・・・) でとてもとてもそんな状態ではなかったし、
やっと落ち着いたのはつい先日だ。
加えて沖田はその件で片脚を負傷骨折、それを口実に度々公休をふんだくっていたりもしていたため、一時は顔も合わせない数日間もあったのだし。
「・・・・・・・・」
それを思い出し、「確かあん時テメー骨折してしばらく職務サボってたただろーが、」 と口から出そうになって止めた。
骨折と職務怠慢と自分が誕生日を忘れていたこととは関係ない。
失念していたのは事実なのだし。
「・・・・・・・・」
詰まる。
完璧に詰まってしまった。
とことん言い訳になるが、何しろ普段ほとんど四六時中一緒にいるため、そして仕事が仕事なため、季節に関わらず個人に関わらず祝い事に薄い。
先述の盆休みないしクリスマスないし年末年始ないし、世間一般で言うところのハレの日は毎度毎度職務にて忙殺されるのである。
そんな中、誕生日を覚えていろ、そして祝えと言われても。
・・・・言われて、も。
物質的に実質的に無理だ諦めろ、ときっぱり言ってやりたいところなのだが、
・・・・・・・・なのだ、が。
「・・・・。 お前も俺の誕生日なんざ、ハナっから覚えてねーだろーが」
出てきたのは、別の逃げ道。
もう随分前に思える三ヶ月前の5月某日、当日はGW真っ只中、警備やら取り締まりやらに忙殺され自分だって忘れていた。
だから従って沖田から祝いの言葉をかけられた記憶など何一つなく。(あればさすがに覚えていたはずだ)
いや、今になって思い出した。 (土方の誕生日をも含めた)あのクソ忙しいGW真っ最中、このバカはこのガキは一人悠々と休みを取っていたはずだ。
間違いない、そうだった。
なのに。
「五月五日でしょ?」
「、」
思い出した様子もなく、考えたふうもなく、さらりと答えられて少し驚く。
だがそれだけで引き下がるわけにもいかず、
「覚えてんなら、当時祝いの一つでも言ったらどうだってんだコラ」
「んなコト、あん時は忘れてました」
沖田はけろりと言う。
「・・・・。 なら、おあいこじゃねーか」
「そんなん違いまさァ」
「何が」
「五月五日でしょ? 五月五日っつったら子供の日ですぜ。 もうジジイの土方さんの誕生日なんかじゃくて、全国的にその日は子供の日でさァ。
コドモの日は未成年の日。 ってことで、まだ若くてピチピチの俺の日ってことです」
「・・・・・・・・」
なんとなく理解できたようなさっぱり出来なかったような。
「・・・・ワケわかんねーよ総悟」
そう答えながらも、自然と小さな笑みが口許に浮かんでくる。
沖田の言っていることはわかって半分、だったが、その心境は読み取れなくもなく。
なんやかや言いつつ仕掛けて来たり、つまり彼は暇なのだ。
先刻の待ち伏せ奇襲もよくよく思い起こせば日常茶飯事、戯れと一緒で、早い話が。
「ならこれから一月遅れで祝い酒でも飲みに行くか。 負けず劣らず俺も暇だ」
言って、沖田の出方を探る。
今日の財布には、まあそれなりに入っているし。
たとえ酔い潰れたって明日は午後からの遅番出勤だし。
それは沖田も同じはずだし。
覗い見ると、当の沖田は考える様相を見せながらもやっぱり即答。
「土方さんの奢りでならついて行きますぜ」
「・・・・今までテメーが少しでも払ったことあったか?」
「さあ?」
「今まで全部が全部俺の奢りだろーがァ!!」
「わー太っ腹土方さんダイスキでさァー」
「・・・・見事な棒読みだな」
棒読みでも何でも構わない。
土方は、否、真選組副長は基本的に部下には仲間には寛大で鷹揚なのだ。
そして中でも、この沖田にはいろいろな意味で甘くもあり、寛容でもあり、結局一言で表すならば。
「土方さん、」
「あ?」
ふいに呼ばれ、反射的に沖田を見ると同時。




「ホント、俺のコト大好きですねェ?」




先手を取られ真正面からニヤニヤニヤリと笑われてしまったが、




「・・・・・・・・ほっとけ」




事実だ。 仕方ない。
















「そうと決まったら、さっさと着替えて行きましょーぜ。 俺ァもう準備は万全ですから」
「最初っからそのつもりだったのか、テメーは」
改めて沖田に目をやれば、自分が残務に勤めている間とっくの昔に着替えていたのか、最初から私服である。
「まさか。 偶然に決まってるでしょ」
言われてみればそうか。 そう思いながら、シャツから腕を抜いた瞬間に気付いた手の甲の紅い筋。
薄く浅くだが五センチ弱にわたって真っ直ぐ一筋、切れていた。 視認できる程度に血が滲んでいる。
先程の沖田の一太刀、完璧には避けきれず僅かに掠っていたらしい。
「、」
舐めときゃ治るか、とも最初思ったのだが、私服はまだしも下手をして支給品でもあるシャツに滲み続ける血が付いたりでもしたら面倒だ。
一度付いたら血は落ちにくい。 むしろ落ちない。
「あれ? もしかして避け損なってたんですかィ」
目聡い沖田が気付いた。
「・・・・。 不覚だ」
返事をしつつ沖田を見ると、「じゃあ、」 と彼は何やら部屋の端の机の引き出しをガサゴソ掻きまわし始める。
傷テープか何かでも探しているのか。
んなトコに傷テープなんかあったか、いやその前にいつからそんな甲斐甲斐しくなりやがったんだ、と怪訝に感じたところで。
「あったぜィ♪」
沖田は目当てのものを見つけたらしい。
それを手に、「ハイ、これ。 血止めにピッタリです」 と渡された小さな筒状のものに目を落としてみれば、
「アロンア○ファじゃねーかァァァァ!!!!」
一度付いたら離れない、と名高い例の。
「えぇ? 何が不満なんです? それさえ塗っときゃピタッと血も止まるし切れた皮膚もくっ付きますぜ?」
「・・・・・・・・」
「近藤さんだって、前に額かち割ってたトコにそれ塗ってやったら一発で血も止まったって喜んでたし」
「!? ・・・・ったく・・・あのヒトは・・・・」
「ちょいと沁みるってんで、最初は悲鳴あげてましたけどねィ。 ついでに危うく目ん中に入っちまうところで」
正に危機一髪でした、と真顔で(しかし楽しそうに) 語る沖田に、わかってはいたが、 ・・・・・・前々から嫌というほどわかってはいたが、
今更ながらに土方は溜息をつく。 嘆息する。
「総悟・・・・テメーには、優しさってモンがねェのか」
「心外ですぜ土方さん、俺の半分は優しさで出来てまさァ」
悪びれもなく、いけしゃあしゃあ返してくるあたり、こいつは。
「・・・・与太ってんじゃねーぞ。 テメーの優しさはせいぜい千分の一だろ。 つーかその千分の一の優しさでさえも俺が飲みに連れてくからだろーが」
「あーヤダ。 疑い深い野郎はこれだから」
「事実だ」
素早く切り返し、手の甲の滲んだ血をぺろりと舐める。 全く持って大したことはない。 すぐに血も止まる。
それを沖田もわかっているからなのか、
「じゃあ残りは?」
ふっと傍らに立ち、見上げてくる大きな瞳。
最高に性格悪しサディズム成分過多の腹黒野郎であるはずなのに、
「、」
その気になってしまう。 喉が音を立てずに鳴る。
「悪知恵と腹黒と、・・・・」
答えながらも目が離せない。 これだから困る。 相手は部下で男で、繰り返すが性格本質性根サイアクなのに。
「・・・・・・・・」
沖田は黙って自分を見ている。 それも困る。 これから飲みに行くというのに。
「残りは?」
重ねて問いかけられて、




―――― 残りは。




「俺だ」




堪えきれず寄せた顔に、柔らかく吸い付いてくる口唇。
誘われるキスも、決して悪いものじゃない。




息継ぎをきっかけに離れると、
「なーんか、罪悪感感じてるカオしてますぜ」
そんなふうに言われた。
「んなこたねーよ」
そんなもの、沖田相手に感じたことはたぶんない。
夜とは言ってもまだまだ時間は早い。
だから。
「・・・・二時間ぐらい遅れても、まだやってる店もあるだろ」
「何言ってやがるんです、大抵の飲み屋はここ最近、朝までずっと開いてまさァ」




「なら構わねーな」
「別にイイんじゃ?」




だから傾れ込むように縺れ合うよう、床の上に転がった。












なんやかやゴタゴタが続いていたおかげで、触れるのは久し振りだ。








【「avaricious・2」 に続く】












これまた大した意味もなく本番(・・・・) は後編に繋げてみました。
いつもと変わらず、ほんと毎度毎度ベタベタしてるだけの話・・・・ですな・・・・。