バカ



注: 第六十五訓の後日談、という算段をふまえてお読みいただけたら幸いです。 コミックス派の方には申し訳なく・・・・。






ずびずびずずず、と洟をすする音と同時に襖を開けて休憩室に入ってきた沖田に、土方は煙草に火を付けつつ振り向いた。




「なんだ総悟、花粉症か?」
「てめー土方この野郎・・・・」




そう口に出してから、もう花粉症シーズンは過ぎてたか、と気づいたと同時、
何故か低い罵倒の呟きと共に、じろりと睨まれる。
「風邪ひいちまったじゃねーですかィ。 土方さんのせいだ」
「あァ?」
突如として全く持って予想だにしていなった突然も突然の責任転嫁に、思わず疑問系で見返すと。
洟をもう一度ずびびとすすり上げてから後ろ手に襖を閉め、自分と同じようにすとんと畳の上に座り込みながら、沖田はもう一度繰り返した。
「土方さんのせいで風邪ひいちまったんだ。 どーしてくれるんだ土方ァ」
頭痛にハナミズで頭がぼーっとしやすぜだから慰謝料よこせ今すぐよこせ寄こしやがれ、とブツブツ言ってくるのを遮って、
「バカは風邪ひかねーよ。 バカでよかったな総悟」
戯れと揶揄混じりに言ってやると、
「・・・・自分だってバカのくせに」
打てば響く、といった早さで即座に言い返されてしまった。
が、こちらはそれに対していちいち反応してやるほどコドモじゃない。
「バカの度合いからいったらテメーには負けるぜ。 ってかバカ談義はもういい」
あっさり切り上げ、先程自分の分を淹れたばかりでまだ急須の中に余っている茶をこぽぽぽ、と注いで湯呑みを渡してやる。
「出涸らしだがな」
「あー。 別にかまわねーです」
渡された少しぬるい茶を喉が渇いていたらしい沖田がぐい、素直に飲み干すのを眺めつつカワイイと思いつつ待ってやり、
「何か用があったんじゃねーのか?」
改めて話題を最初に戻した。




何故ってこの時間、通常ならば沖田は外回りに出かけている時間帯のはずで、
そうは言っても普段が普段ゆえ本日の外回りはサボりか、と思いきや、自分と一緒の時以外は滅多にそんなことはないのが実際のところらしい。
どうやら沖田の場合、サボりや職務怠慢、仕事態度に問題が台頭してくるのは自分と同じ勤務時だけであって、
それ以外の場合は余程のことがないかぎり、同隊士たちに聞くかぎりは通常通りきちんとこなしているらしいのだ。
それをどう受け取るかについては、土方としても最初こそ多少なりとも迷ったところであるけれど、
今となっては寛大に鷹揚に、決して 『甘く見られている』 のではなく 『甘えられている』 のだと受け取って理解するようにしている。
・・・・とはいえ、面と向かってそんな免罪符じみたことを口にしてやったことなどただの一度もないが。




「総悟?」
伺い見る土方に、
「だからさっきから、土方さんのせいで風邪ひいちまったって言ってるんじゃねーですかィこのバカ」
相変わらず沖田は同じ内容同じ言葉を繰り返す。
それがイマイチ腑に落ちなくて、
「ちょっと待て。 さっきからなんで俺が出て来やがるんだそこで」
すると更に更にぎろりとまたも睨まれたあと、
「この前、どっかのバカに高いところから川だか池だかに落とされたのが原因でィ」 と恨めしげに言ってきた。 (※ 六十五訓参照)
「・・・・、あぁ」
言われてようやくあの一件に思い当たる。
が。
それを言うのであれば、
「俺も近藤さんも落ちたがが風邪なんかひいてねーぞ。 ま、とっつァんはどーだか知らねーけどな」
確か俺と同じで今日も今朝もピンピンしてたぜ近藤さんあの人は、と思い出しながら自分も茶をあおると。
「フン。 みんな揃いも揃ってバカだから風邪ひいてんのがわからねェだけですそりゃあ」
ツッコミを入れる間も隙もなく、ぼそりと可愛げの欠片もなく吐き捨てられた。
「?」
「バカは風邪ひかねーんじゃねェです」
「あ?」
なんだそりゃ、と眉をあげる。
「バカはバカだから自分が風邪ひいちまってることがわからねェだけです」
バカだから。
暴言も暴言、それを臆せずきっぱり言い切りやがった目の前のカワイイ年下にコイビトに、
「・・・・・・・・」
沖田がこういうヤツだとこういった性格だと性質だと、もう随分と昔から知ってはいたけれどわかってはいたけれど、
こんなときこんな場合、沸き上がってくるのは込み上げてくるのはただただタメイキだ。
懸命にそれを抑えながら、先程付けて付けっぱなしの煙草の灰を落とす。
「あのなあ・・・・」
それでも半ば義務的に相手をしてしまうのはやはりアレか、なんだかんだいっても結局は愛(・・・・) のせいか。
「俺は熱なんかねーぞ」
そうだ。
ここ数年、風邪などひいたことは一度もない。
最後に寝込んだのはいつだったか、と指折り数えて思い出す。 数年間、自分は病気知らずだ。
そう告げた直後、「だからゴキブリみてーにしぶといんだ土方さんは」 と、また憎まれ口の一つでも叩かれるかと咄嗟に身構えたのだが。
予想に反し、




「さわってみなきゃわかんねーですぜ、そんなこと」




珍しくもずい、と向こうから膝を詰めてきた。
「おい、・・・・総、悟」
拙い。 この雰囲気は自分的にシチュエーション的にとにかくマズイ。 充分すぎるほど自覚はある。
今まで通りの定石としてセオリーとして、とにかく。
今は仕事中だ。 それに昼間だ。 いつ何時、誰がここに入ってくるかもわからない。
そんなことは最初からわかっている。 が、しかし自覚していながらも止められない。
「・・・・・・、」
わかっちゃいるがやめられない、とは正にこのことで、
「総悟」
自分も身体ごと向き直る。
心持ち近寄り、続けて口を開こうとしたのだがそれより僅かだけ沖田の方が早かった。




「・・・・俺は」




向かい合うと自然、身長差ゆえ、どうしたっていつだって沖田が下方から見上げてくる姿勢になる。
こんなこともう何度も何度も経験している経験させている図で、
長い付き合いと関係からして、いい加減とっくの昔に慣れてしまうのが普通のはずなのだが、
どうにもこうにも毎回毎回喉を鳴らしてしまうあたり、自分もまだまだひよっ子か。
それとも贔屓目と言われようが何と言おうが、ただ単に沖田がかわいらし過ぎる(・・・・) のが原因か。
どちらにしてもご多分に漏れず、今回もごくりと唾を飲み込んでしまうと、




「・・・・さわってもらうの、好きでさァ」




沖田が上げた腕が動いて、ほら微熱がありやがるせいで熱いでしょう、と自分の手を頬に当てさせた。
「お、おい、」
「さわってもらって熱があると、自分が生きてんのがわかるから好きです」
「・・・・・・、」
オイオイオイ勤務中に仕事中に、一体いきなり何言い出すんだてめーは、と思いながらも、
手のひらの柔らかな感触と体温を感じ取って思わず息を飲む。
「んでもって土方さん、」
突然の沖田の行動に、一体どう反応すればいいのか咄嗟に選びあぐねている土方に向かって、ゆるゆると伸びてくる腕。
決して急がず、ゆっくりと触れてくる。




「ついでに言うならさわるのはもっとずっと好きで」




「・・・おう」




「こうやってさわってりゃあ、相手が生きてるのもちゃんとわかりやすから」




一挙に近づく上半身と、ふわりと動いた空気が重なる。
動いた拍子にさらさらふわりと土方の頬に触れた髪は、まるで空気より軽そうでやわらかそうで。
「土方さん」
そして自分の名前を耳元で呼んでくる。
「そ、総悟?」
オイオイなんだ、なんだなんだなんなんだこの甘えっこ沖田は。
妙に積極的な沖田の行動に、僅かなりとも訝しさを感じてしまうが、無論もちろん悪い気などするはずもない。
思わずこちらも背中に腕を回しかけ、本気になりかけたその一瞬、
またも耳元でカワイイカワイイ声が聴こえてきた。




「・・・・ちなみに俺ァ、かわいがられるのも大好きです」








―――――― だから可愛い俺を、もっともっとかわいがってくれねーといつか地獄に堕ちますぜ。












吐息混じり、鼓膜に直接響くまだ幼さの残る艶声に。




「・・・・・・・・」




なんだなんだどうしたどうした、なんだって今日に限ってこんな素直でこんなとびきりの甘えモードに突入なんだコイツは、
まあんなこたァこの際どーでもいいか。




「俺もだ」




頬に心地良い沖田の髪を心ゆくまで堪能するよう、背に腕を回してぐいっと更に更に互いの身体を密着させてから、




「とことん甘やかしてやるのは嫌いじゃねーぜ。 ・・・・むしろ得意だ」




告げて雰囲気の流れそのままに、押し寄せる情欲に逆らわず押し流されおもむろに口づけようと首を傾け、あと数センチと接近したところで。




「・・・・うぅ」
聞こえてしまった小さな呻き声。




「――――、あ?」
その声に土方が思わずはっ、と現実に戻り我に返ったと同時。
『ふにゃあ、』 とくったり倒れ伏し、身体ごともたれ掛かってくる沖田総悟。
「おい総・・・・、うおッ・・・・!?」
今にもカクンと崩れ落ちそうな細首を支えるため、慌ててまた頬に触れた手。 熱い。
最初に触れたときより格段に熱い。 ・・・・ということは、熱が体温が熱が熱が高熱が。
「マジ熱ありやがったのかよォォォ!!?」
「・・・・うー」
「馬っ鹿野郎、あるならあるって最初からそう言えコラァァァ!!」
下手に期待しちまっただろーがその気になっちまっただろーが! と喚きたくなったがそんな場合ではない。
「ってそれどころじゃねェ、 ・・・・ぅおい! 誰か! 誰かいねーのかよ!!?」
沖田を抱えたまま、慌てて廊下に向かって大声で呼びかける。












と数秒後、廊下の向こう側から 「副長、呼びました〜?」 と悠長に現れたのは山崎だ。




またサボって隠れてその隙につまみ食いでもしていたのか、口の端に餡子が付いていたのが気になったが、
こちらも先程までイチャついていたため引っ付こうとしていたため(・・・・)、細かいことはこの際見逃してやることにして。
「布団! 今すぐココに布団敷け山崎ィ!」
「? 副長・・・・?」
「敷いたらとりあえず解熱剤と水持って来い、早くしやがれ!」
「あ、はい。 ???」
山崎は山崎で土方の突然の指示と腕の中の沖田に多少目を丸くしながらも、
指示された襖をあけ布団を下ろして敷きながらシーツまで掛け、さすが長年の使い走りだ。 なかなか手早い。(これはもちろん誉めている)




そうして今度は解熱剤と水を取りに山崎が走り去ると、
「・・・・ふー」
彼の手によってぱぱぱぱ、と敷かれた布団一式に沖田を寝かせてやっと一息。
先刻までの甘々な雰囲気など風邪っぴきの前に病人の前に、瞬時にしてどこかへ消え去ってしまった。
「おい総悟」
屈み込んで頭上から声をかけてみるけれど、返事はない。 横になると同時にどうやらすぐに寝てしまったようだ。
それでも続きを口にする。
「早く治せよ」
言いながらも一瞬、眩暈のような頭がふらりとするようなぼんやりするような、そんな感覚に襲われて、
「・・・・?」
土方は眉を寄せた。




なんとなく目の奥が熱い。 ・・・・ような気がする。
なんとなく頭痛がする。 ・・・・ような気も、する。
なんとなくなんとなく、身体全体がとてつもなくだるい。 ・・・・ような気までしてきた。




「・・・・。 まさかな」
そうだ気のせいだ。
首を横に振る。
けれどこの症状、自覚すると同時にどんどん重くなってくるのは一体何故だ。
「・・・・・・」
ついに顔まで熱くなってきた。
二度三度とブンブン頭を横に振っているうちにパタパタと足音が聞こえてきて、山崎が戻ってきたらしい。
見れば山ほどの薬のパッケージを両手に持っている。
「バファ○ン、ありましたありましたよ副長〜。 それとも○ブがいいですかね、ナロ○エースとかセデ○とかノー○ンピュアとかいろいろあったんで全部持ってきましたけど」
「なんだそりゃ。 ・・・・いくつか違うラインナップのも混ざってんじゃねーのか」
総悟に必要なのは生理痛用鎮痛剤じゃねーぞ、と無駄口を叩きつつ、
「一応はバ○ァリンでいいんじゃねーか」
これまた指示をして、山崎からそれを受け取る。
と。
「あの、副長?」
「なんだよ」
珍しくも山崎が、じっと土方の顔を凝視してきた。
「何だか副長も顔、赤いですけど」
「・・・・。 気のせいだろ」
気のせいだ。 何度も何度も重ねて言うが気のせいだ。
「いや物凄く赤いですよ、ほら念のため体温計も持ってきてあるんで測ってみたらどうです」
「ねェよ多分」
「だから念のためって言ってるじゃないですか、これ一分計だからすぐに終わりますから、早く」
「ったく仕方ねーな。 ・・・・貸せ」












一分、経過。


「さ、39℃近くもあるじゃないですか、なんで今まで気づかなかったんですか副長!!?」
「熱なんかねェって。 この体温計、壊れてやがるんじゃ・・・・ねー、のか・・・・?」
「壊れてないですよ! ああほらもう呂律回らなくなってますよ、もう一枚布団敷きますから薬飲んで大人しくそこで寝ててください!」
「・・・・おう」


結局、沖田のために持って来させた解熱剤は自分が使用することになり、
これから丸二日、沖田と二人揃ってたかが風邪程度で寝込むことになってしまった顛末が副長の立場としては少しばかりナサケナイ。












『バカは風邪ひかない』。 
否、沖田の言葉を借りるのであれば、『「バカ」 はバカだから自分が風邪をひいているのがわからない』。








どちらが一層のバカかは一目瞭然である。














自分で書いたものながらコメントの付けようがないってどういうこと・・・・(ガクリ)。
タイトルもそのまんま(・・・・)で、もう勢いだけで思いついたものをそのまんま出すのはやめた方がいいのかもしれない・・・・。
とりあえず言うなれば、甘えっこ沖田をやりたかっただけなのかも。
そして何よりも山崎の口調がまったくわかりませんでした。 切腹。