カウンター





春も深まる4月後半、昼過ぎのことである。
屯所内、電話が鳴った。




鳴った外線電話にたまたまそこにいた近藤が出る(最初に局長が出るというのも組織図からしてみれば妙な気もするが) のを横目で確認しながら、
そういや今朝から総悟の姿が見えねーな、一体どこ行きやがったアイツ、またサボりかあのヤロー、
などと考えながら呑気に新聞など広げようとしていた土方だったのだが。
開いた記事に目を通す間もなく、


「え゛え゛え゛え゛え゛!!?」


電話に驚愕する近藤の声が耳に飛び込んできた。
「・・・・?」
思わず顔を上げ近藤を見てしまうと、助けを求めるかのよう丁度こちらを向いたゴリラとはたりと目が合う。
「何だよ」
不審に思い、一歩二歩、そちらに歩み寄ったところで。
「あ! ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待っててェェェェ!! 今代わるから! 今その担当と代わるから!!」
端に立っている第三者の自分にも聞こえてくるほど電話先、
がなり立てる声が電話口通話口から(内容はわからないが) 漏れてくるのを近藤は何とか遮り、
ほとんど無理矢理プチッと保留ボタンを押して保留にしたが早いか、
「トシ! こりゃあトシの出番だトシの仕事だ任せた! 全部オマエに任せた!!」
叫びながら保留中の受話器をグイグイ押し付けてきた。 その形相は必死だ。
「な、」
オイそりゃ一体どういうコトだ、なんでアンタそんな慌てて俺に押し付けようとしてるんだ、と不審に怪訝に思いつつ、
押し付けられた受話器をつい反動で受け取ってしまう。
すると当の近藤はこれで自分の問題は終わった、じゃああとは任せたぞトシ、とばかりに。
「そういや俺は別件で用事が・・・・そんじゃ」
あまりに言い訳くさく呟きながら(だが決して視線を合わせようとはせず) そそくさと席を立ち、そのまま逃げるようにどこかへ行ってしまい、
「オイ・・・・」
残された土方の手の中には、先程からずっと保留中の受話器が一つ。
どうしたもんか、と十数秒、受話器を眺めてみるけれど、どちらにしろこうなってしまっては選択の余地もない。
タメイキを飲み込んで、保留ランプが灯っているボタンをプチ、と再度押し、保留を解除。
受話器を耳に持っていきながら、
「あー・・・ハイ?」
通話に出た、その途端。


『・・・・え、誰?』


「!?」


電話回線を通して直接耳に届いたのは、いつもの通り妙にやる気の無さばかりが目立つ、白髪の天然パーマの、例の。


「な、」


たった一声でわかってしまうあたりが物悲しい。
けれどこの万事屋天然パーマとは、妙縁か奇縁なのか定かではないが最早宿敵同士(?) のようなもので、
悲しいかなそれは向こうも同じだったらしく。


『・・・・。 もしかして多串くん? ・・・・あー、まァ、納得ってカンジ?』


言い当てると共に、何やら勝手に納得している。 土方としては何が何やらわからない。
それでも近藤が自分にこの電話を押し付けたということは何某か、
多少なりともそれなりの理由があるはずで(あのヒトが仕事をサボることは滅多に無い。 基本的に真面目な人間なのだ)、だから。
「テメーが何の用だ。 簡潔に言え」
宿敵それとも天敵? であるがゆえ、どこまでも高圧的に、それでも最低限の責務を負って、先を促すと。


『さっきもゴリさんに言ったんだけどさァ・・・・キミたちんトコの、つーかキミんトコのね、つーかキミのね、沖田くんがね』


「あ?」


思ってもみなかった相手から、沖田の名前が突然出てきた。
が、どうやら聞き間違いではないらしい。
というか先程の一文がやたら気になる。 『キミんトコのね』 というのはまだしも、最後に言い直しやがった 『キミのね』 というのは一体なんだ。
前々から疑ってはいたが、もしやバレてでもいるというのだろうか。 よりによってコイツに。 坂田銀時に。
内心、僅かなりとも動揺しつつ、けれど当たり前だが気取られてはならなくて、


「総悟がどうした」


余裕を持つフリをして、淡々と聞き返す。
と。


『そうそうその沖田くんがね、総悟くんがね、さっきからウチに来てんの。 つーかいきなり上がり込んで来てんの』


淡々と聞き返した土方の倍も、更に淡々淡々と続ける銀時。


「・・・・あァ? どういう事だ」


銀時の言っていることが一概には読み取れず、もう一度聞き返したところ、で。


『 だ か ら ァ ァ ァ ! !  ウ チ に 沖 田 く ん が 押 し 掛 け て 来 て る の ォ ォ ォ ! ! 』


電話の向こう、銀時がキレた。
突如がなり立てられ、
「ッ!」
反射的に耳に当てていた受話口を離し、遠ざけたが遅い。 鼓膜にビリビリと響いてきた。
更に電話の向こう、耳から離しても充分過ぎるほど聞こえる銀時の怒声はまだまだ続く。


『そんで [今日からウチで働く] とか [万事屋の社員になる] とかなんかワケのわかんない事言い出してるんだけどォォォ!!』


「な・・・・」


『こっちが 「キミには真選組って職場があるだろーが」 っつっても、[あんなトコ今日限りで辞めまさァ!!] だの、[死ねェ土方・・・・!] だの、
[俺もう旦那と生きまさァ、旦那と暮らすんで!] だの、全然手ぇ付けらんないんで110番したんですがねェェェェ!!』


「な・・・・、」


くわえていた煙草を、思わずポトリと落としそうになった。
その言い方、まるで原因が自分にあるような韻と因が含まれまくり、である。
何かあったか。
「・・・・・・・・・・・・」
思い返すが、何もない(はずだ)。
昨日は自分が夜勤で沖田は昼勤、特に何もなく。
今朝、重なった出勤時にカオを合わせたときは普段と変わりなかった。 それ以来姿は見ていない。
何かあったとすれば、今朝以降のはずなのだが。 土方が覚えている限り、本当に何もない。
呆気に取られる土方の向こう、


『ってワケで、今すぐ迎えに来て連れてって欲しーんだけど。 沖田くんは土方くんが担当だし』


また声のトーンは通常に戻ったけれど、受話器越しの銀時の文句はまだまだ続く。


『てか、キミと沖田くんとでこうなった原因に何があったか知らねーけどよ、ウチは駆け込み寺じゃねーっての。 困るんだよねコッチも忙しいし』


「ッ〜〜〜〜、総悟は」


ぶちぶち垂れる銀時を押し切り、呻くよう、「総悟は今何してやがる、ちょっと代われ」 と告げてみるが。


『代われ? 不貞腐れてソコで突っ伏して寝てるんですけど。 あ、ちょっと待て、なんか言った沖田くん? 何? なになに???
・・・・あ、そう。 ハイハイ!  ・・・・あー、聞いてる土方くん? ・・・・代われっつってもムダだって言い張り始めやがった』


「〜〜〜〜〜〜ッッ・・・!!」


銀時越し、思いきり駄々を捏ねる沖田、ごねる沖田、我を通す沖田。
土方はギリギリと歯噛みする。 けれど。
「・・・・・・・・」
何が原因なのか作因なのか、一体何に起因しているのかさっぱり見当もつかずさっぱりわからないが、
このまま電話で話をしていても、銀時を通して会話をしていても、何一つ事態は好転しないという状況になってきた。
迎えに行かない訳にも、さすがに行かないような展開だ。
それから不承不承、受話器を持たない片手で、しかし急いで支度する。 上着を着る。
「・・・・・・・・すぐ行く。 総悟もテメーも、そこで待ってやがれ」


『ハイハーイ。 三分以内な』


「三分で行けるかァァァ!!!」


『あーヤダ。 冗談も通じないお役所勤めはコレだからアレなんだよな。 ・・・・いーから早く来てくんない?』


「てめェ・・・・」


『それとさァ、改めてホント色々まったくお役所仕事だよなァ。 さっきとかどんだけ電話口で待たされたと思ってんの?
待たされた分の通話料、そっち払ってくれんの? そんでもって・・・・』


嫌味たらたら、天パの声。


この電話はフリーダイヤルだァァァ!!」


途中だったが叫んで怒鳴って叩きつけるよう、切った。 最後まで聞かされる義務なんざ一片たりとも無い。
























「・・・・総悟テメー、どういうつもりだ?」


「・・・・・・・・フン」


到着した万事屋、
電話の通り、確かに沖田は其処にいた。 思いきりの不貞腐れっぷりで。
入口入ってすぐの応接間、土方から見て右側の椅子に沖田、左側に家主の銀時。
「総悟」
「・・・・・・・・」
その声に沖田は、僅かに頭を持ち上げたがただそれだけでこちらを見ようともしない。
逆にふいっと向けた視線の先には、あろうことか銀時がいて、目が合ったとおぼしき途端。
「旦那」
「あ?」
自分のことは初っ端から無視したクセに、銀時には声をかける。 そして返事をする天然パーマ。
「さっきも言った通り、今日から俺ァ万事屋の社員になりまさァ。 後ですぐ荷物も運んで来るんで」
「いや、ウチもういろいろ限界でこれ以上誰一人養える余裕なんてないから」
これ以上食い扶持増やせねーよ、とキッパリ断る銀時に、


「それなら居候料、1日五千・・・・いや、1日一万円払いますぜ。 ・・・・土方の財布から」


そう沖田が告げたが早いか、


「よく来たよーく来た沖田くん、なんなら一生ウチにいろ」


近寄ってぽんぽんと肩を叩いて歓迎する天パ。 即金? それとも月末締め掛け払い? と即その話に持ち込んでいく。


「なんだテメーらその勝手な取り引きはァ!!!!」


いつもいつも思う。 本当に思う。 こいつらは毎回毎回何か示し合わせてでもいるのか。 徒党を組んで企む練習でもしているのか。
何故にこう、この二人はこういう時だけやたら意気投合ばかりするのか。
「・・・・戻るぞ総悟。 言ってやりてーコトは山ほどあるが、・・・・仕事中だろうが」
ここにいても埒が明かない。
それにまだ勤務時間中だろうがオイ、言うこと聞かねーなら首根っこ引き摺ってでも連れて帰るぞコラ、と銀時の手前もあり、凄んでみる。
が、
「フン。 俺の上司はつい今さっきからもう万事屋の旦那でさァ」
何ら効き目がなく、
「総悟ォォ!」
「フン」
全く持ってかわいくない。
「〜〜〜〜〜!!」
こんな状態では問答にもならず、かと言ってまさかこの場所で上司、年上である自分の方がマジギレするわけにもいかず。
仕方なし、間を持たせるため懐から煙草を取り出し、火をつける。
どうするか、と浅く煙を吐き出していると、それまで呆れ顔で自分と沖田を眺めやっていた銀時がふらりと動いた。
土方の横を通り過ぎ、玄関で靴を履いて彼はどこまでも面倒くさそうに振り返ると。
「ちょっと用事あるんで出かけてくるわ。 20分くらいで戻るんでそれまでに何とか事態の収拾、ヨロシク」
ついでに戻るまでの留守番、ヨロシク。 まあ別にカタがついたらそのまま帰ってもらっても結構だしさあ、
むしろそっちの方が面倒なくていーや、別に盗まれて困るほど金目のモンとかねーから鍵はそのままで、とどこまでも他人事。(当然か)
自分と沖田とを応接間に置き去りに、すたすた出て行ってしまった。
こうなると取り残された土方としては、どれだけ沖田が拗ねていようが不貞腐れていようが、当人相手に話を進めるしかない。


「・・・・総悟」


「・・・・・・・・なんです」


呼びかけに、やっと返事が返ってきた。
「説明しろ。 何いきなりヘソ曲げてんだ」
「・・・・・・・・・・・・」
プイッとそっぽを向く沖田。
「総悟」
「・・・・・・・・・・・・」
「総悟、」
呼びかけの声、僅かにトーンを落としてみた。 なんだか本日自分は、やたらと沖田の名前を呼んでいる。
すると突然、


「・・・・昨日の夜は、何処でお楽しみだったんです?」


意想外過ぎる科白と共に、じとー、とトゲのある視線で睨みつけられた。
「はァ!?」
本日二度目、またもくわえた煙草を落としそうになる。
なんだそれは。
身に覚えなど、一切ない。
「何言ってんだ、オイ」
「そーやって惚ける腹積もりかィ。 往生際悪いですぜ」
視線と口調にトゲトゲが増える。
が、往生際も何も、覚えがないものはない。 昨日は仕事が終わったあと近藤と飲みに出かけて帰った。 ただそれだけだ。
証人としたら近藤がいる。 最初から最後までずっと一緒だった。
まさかそれを 『浮気』 と責めているわけでもあるまいし。
そう言うと沖田はトゲトゲを一瞬消して、今度は。
「・・・屯所の洗濯機に今朝放り込まれてたアンタの昨日の着物、口紅がべったり付いてましたぜィ」
「な」
んなワケあるか、と即座に否定。 行ったのは場末の居酒屋だ。 酌も何もかも自分たちでしたのだ。 女っ気なんて一切なかった。 付くはずがない。
思い当たるとすれば、帰りに二駅分だけ乗った満員電車くらいだ。 とにかくギュウギュウに混んでいた。
そういえば自分の真ん前に立っていたのは化粧の濃い女だったような気もするが、今となってはわからない。
疑うなら近藤さんに確認してみろ、そう説明したところ、


「・・・・。 ふうん」


沖田のトゲトゲは消えたままで、一応納得はした様子だが、まだ折れる様子がなく。
「満員電車だ、仕方ねェだろうが」
「仮にもしそーだったとしても、紅に気付かねェでそこまで接近を許しちまうのが腹立つんでさァ」
「・・・・・・・・」
「んで、結局最後まで気付かず、屯所の洗濯機に放り込んじまう無神経なトコも気に障るんで」
「オイ・・・・!」
待て。
ちょっと待て。
何故にこう、今日に限って沖田がここまで突っ掛かってくるのかが土方にはわからない。
非番の一昨日に一緒に過ごした時はいつも通り、何ら変わりなかったはずだ。
そんなことを考えながらも、ふと気になった点を聞いてみる。
「? 洗濯機? なんでんなトコにいた」
屯所の洗濯機はそれなりに広い屯所内の片隅、水場に設えてあって、用も無いのに近づく場所じゃない。
それも平隊員ならともかく、一隊長である沖田がそんな場所に行く理由はほぼ皆無である。
「や、折角なんで土方さんのだけこっそり切り刻んでおこうと思って。 ただのいつもの嫌がらせです」
「テメーはァァァ!!」
またか! またそうやって陰険に俺を陥れようと画策してんのか、と突き詰めようとしたのだが。
「・・・・。 そうしてイイのは俺だけだィ」
ぼそっ、と呟かれた一言にたちまち怒鳴りつける勢いは雲散霧消、一挙に失せてしまった。
アンタの服を汚してイイのも、切り刻んでイイのも俺だけです、陥れられたくなかったらずっとずっと見張ってろィ、と沖田は続ける。
「な・・・・」
それが不機嫌、今回の本件の理由、か。
だけれどそれだけではまだ半分くらいが腑に落ちない。
ここまで拗ねて不貞腐れるほどの理由にはならない気がするのは土方の気のせいか。
そう思っていたら。
「大体アンタ、最近いろいろ怠慢ですぜ」
「・・・・?」
何がだ。
「揃ってキャバクラに出向いた時(※第百十訓) も、山崎とか他の奴等は連れてったクセに俺一人置いて行きやがって」
そりゃテメーがまだ未成年だからだろうが、と内心で即答する。
けれどどうせ薮蛇になることはわかっていたから口には出さず。
「それに、」
まだあるのか。
「一昨日もそうでさァ」
「あ?」




「いつだったか公衆の面前で、おまけに公共の電波まで使って 『痛くしないから』 って言った(※第百二訓) クセに、メチャクチャ痛くしたじゃないですかィ・・・!!」




「ばッ・・・・」




二度あることは三度ある。 本日三度目。 三度目の正直。 今度こそ口から煙草を取り落としてしまった。




慌てて記憶を辿ってみれば、
そう言えば一昨日のその時は確か僅かながらもそんな(・・・・どんなだ) 気分でほんの少しだけ 『鬼の副長』 モードになっていて、
いつもより普段より些か(?) 虐め気味虐げ気味(・・・・) になってしまっていたことは確か、だったような。 否、確かだった。
加えて長々と頑張っていたせいで翌朝思いきり寝過ごした結果、
ロクなフォローもアフターケアもしてやらずに寝床を飛び出し、ぐずる沖田を無理矢理急かせ屯所に飛び込んだ(・・・・) 事実も有り。
それか。 口紅プラス置いて行ったことプラス一昨日の乱行で倍率ドン、更に倍(!)。 原因はそれか。
「うおッ焦げる・・・・!」
気付いたら床に煙草を落としっぱなしだった。 焦って拾う。 微妙に床に焦げ目が付いてしまったが、万事屋の床だ。 そ知らぬフリで構うものか。
床にうっすらついた焦げ目をごりごりと靴の裏で擦ってかき消そうとする土方の前、
沖田は引き続き 「怠慢だ怠慢だ、そんなんだったら副長の座、寄こせ譲れ土方ァ」 などとごねている。 むくれている。


「・・・・。 ・・・総悟」


「・・・・なんです」


ごねて、むくれてはいるがトゲトゲはもう欠片もない。 呼んだらむしろ駄々っ子のような顔で見上げてきた。
こんな時の沖田には、一応謝ることも含めて変に湾曲し婉曲した遠まわしの腹芸は通じない。
まだ帰って来ねーはずだがな、と注意深く玄関口を一度見て、そこに銀時の、
この場の世帯主の影がないことを土方は確認する。 目撃なんかされたらそれこそ洒落にもならない。
「総悟」
「だから、何です?」
まどろっこしいことしてねーでさっさと言いやがれ土方ァ、と可愛くない暴言がちらりと聞こえたが、
可愛い口から紡がれた言葉であるからゆえ、不問にする。 聞こえなかったことにする。
無言で一歩、二歩、近づいた。
ふっと見上げてくる薄茶色の瞳はすぐ自分の真下にあり、




―――――― 、」




とてもとても柄ではないから、滅多に言わない科白。
けれど事態解消のため、ご機嫌斜めの可愛い沖田のため、小声で
互いにだけ聞こえるように告げる。




「―――――― 、」




途端、小さく笑った沖田から打てば響くように返ってきた言葉で一瞬、我を忘れそうになったけれど。
必死の努力で我慢する。
自分も沖田も制服姿、今は勤務中だ。 そして何よりここは万事屋だ。 触れたら流石に拙い。




「・・・・とりあえず、・・・帰るぞ」




そのまま細い腕を取り、促し揃って玄関を出て、階段を降りようとしたところで。




「ん?」




ちょうど戻ってきた銀時とばったり遭遇、ピッタリ鉢合わせ。
連れ立っているのを確認されたとおぼしき途端、にんまりと笑われた。
「ん? 終わった? 痴話喧嘩終わった?」
「・・・・・・・・」
どう返せばいいいのだろう。
基本的に、「面倒かけたな」 くらいには言っておくのが、謝っておくのが妥当なところではある。
だが口から出て来ない。 原因は一つ。 銀時のこの、意味ありげなニヤニヤほくそえみ笑いが要因だ。
畜生どうすりゃ、とコンマ一秒躊躇する土方の横、見て取ったのかそうでないのか、銀時に向けひょいっと顔を出したのは沖田で。
「面倒かけちまってすいませんでした旦那」
素直に謝る反面、けど全般的に見て悪ィのは土方さんで俺の責任じゃないんで、と責任転嫁の付け加えも忘れない。
土方からすればオイオイオイィィィ! と訂正是正、思いきり入れてやりたいところだけれど、下手に口出しなどしたところで相手は沖田と銀時、
こちらの発した一言に対し100倍くらいの返報が来ることは嫌と言うほどわかりきっているから、あえて黙って我慢の一手。
「この詫びは、そのうちまた旦那の違反キップと交換、相殺ってコトで構わねーですかィ?」
「よーし取り引き成立。 あ、なるべくなら駐車よりスピードの方頼むわ」
「任せといて下さい」
「ついでにさー、そろそろ免許も更新の時期なんだけど、アレってめんどくさくね? 書き換え程度で半日潰すの、めんどくさくね? だから書き換えもちょこっとやっといてよ沖田くん」
「あーすいません、そっちは俺関わってねェです。 どっちかってと山崎に頼んどいた方が・・・・」
「んじゃ、ヨロシク頼んどいて」
「一応伝えときますぜ」
放っておけば、どこまでも官民癒着が進行して行きそうな雲行きだ。
・・・・終わったなら行くぜ、帰るぞ総悟」
まるで井戸端会議のような雰囲気の二人の間に強引に割り入り、帰路を促す。
どちらにしろ早めに屯所には戻らなくてはならない。
副長という役職柄、片付けなければならない仕事はいつだって大抵溜まっているわけでもあるし。
くるりと背を向け、先に歩き出す自分の脇、沖田は足を止め振り返って銀時に手なぞひらひらと振っている。 何故にここまで気が合うのかこのドSコンビは。
「そんじゃ旦那、また」
「おー。 ・・・・あ、これからドコ行くの? 真っ直ぐ帰んの?」
「たぶん。 俺としちゃ仕事したくねーからどっかでサボってたいんですがね。 どっかイイ場所、知らねーですかィ」
ずんずん階段を降りていく土方とは対照に、沖田は歩みを止めたまま上階で、再度銀時と向かい合う。
どうせすぐついてくるだろう。 構わず先に行く。




「穴場はいくつか知ってっけど、そのケーサツの制服着てたらいくらなんでもヤバイって」
「そうかな・・・・」
「私服ならともかく、良くも悪くもキミタチ、揃ってやたら目立つしさァ」
「でも最近はアレですぜ、無人のトコロもけっこうあるし」
「いやいやいや、周りに全然人気がねーってワケでもないだろーが。 そういうトコに限っていろいろ危ねーんだよ。 銀サンは色々知ってんだよ」




歩みを進めながらも、土方の耳に入ってくる二人の会話。 一体奴等は何の話をしているのか。




「じゃあ普通のビジネスホテルとか」
「だからその制服で? 不自然極まりなくねーの?」
「張り込みとか何とかテキトーに言っときゃ大丈夫でさァ」
「汚した布団とシーツの始末はどーすんだって」
「あ・・・・」




何の、話、を。




「というワケでご休憩で良けりゃ、二時間五千円でウチの奥の部屋、貸すぜ? 勿論掃除と始末はちゃんとしてってもらわないと困るけど」
「二時間で五千円? あの部屋でですかィ? そりゃ高すぎますぜ。 そんなに貧窮してるんですかィ旦那の懐は」
「んー正直。 最近ロクなモン食ってねーよ」




・・・・な、んの話、を。




「どーする? 使うなら邪魔しねーようきっかり二時間、出かけてくるけど」
「・・・・・・・・どーしよーかなー」




「ッ!」
あまりの会話の内容に土方が流石に堪えきれず振り向くと後方、考え込み始めている沖田。
銀時はそんな沖田と自分を見やり見比べ、面白そうに答えが出るのを待っている。
「総・・・・!」
テメー何馬鹿げた提案に乗ってんだコラァァァ、ってかそんな赤裸々に何話してんだオイィィィ、と喉まで出掛かった矢先。




「すいません旦那、折角ですが二時間なんかじゃ全然、足りませんや」




あるイミ爆弾、ある意味セキララにも程があるぶっちゃけ発言。




「ッ・・・・!!!?」




「・・・・へーえ」




土方は絶句、そして銀時でさえも、まさか沖田がそう返してくるとは思いもよらなかったらしい。
頷いたまま次の句が出て来ず、ただぽかんと凝視するその視線を沖田は身体全体をくるりと方向転換、遮って。
「・・・・ってことで。 あ、そろそろホントに行かねーと、あそこで阿呆なカオして立ってるマヨネーズバカに本気で怒られちまう」
「あ、・・・・そう」




開いた口が塞がらない年上二人を悠々手玉に取りつつワガママ大王沖田総悟は愉快気に、
階段の下、舌打ちしながら待っていた土方のところに駆け寄った。




「あれ? 文句言わねーんですかィ? 言われるかと思ったんだけど」
「・・・・もう慣れてんだよ」




そうだ。 このくらいの対処善処収拾取り沙汰には土方は、とっくの昔に慣れている。
自分と沖田、そして万事屋の銀時とのスタンスは、多分この程度でちょうどいい。
























『―――――― 、』




とてもとても柄ではないから、普段ほとんど滅多に言わずにいる科白。
けれど事態解消のため、ご機嫌斜めの可愛い沖田のため、小声で互いにだけ聞こえるように告げた。




『―――――― 、』




途端、小さく笑った沖田から打てば響くように返ってきた言の葉。
















【好きだぜ】 と告げれば、
大抵大概、「・・・そんなん知ってまさァ」 普段通り、素気ない返事が返ってくる。




けれど100回に1回程度の割合、とてつもない稀少価値で繰り出されるカウンター、
【・・・・俺もです】








万事屋で前触れもなく喰らってしまい、












――――――――――― 確かに二時間じゃ、到底足りない。














無駄に長くなってしまいました。 もっとさっぱりあっさりした話にしたかったのに。
とりあえずこの後、屯所の自室個室もしくは物置とかにしけこんで長々とイチャイチャしたと思います(笑)。 
土←沖度MAX。 次は土→沖MAXなのが書きたいです。