エロテロ。





「ぎ、銀時」
「あー?」




ずっと前から告げてみたかったのだ。
だから今日、きり出してみた。




「ヨ、」
「なんだよ」




場所は万事屋、いつもの場所いつもの木製テーブル越し、相手は怪訝そうに気だるそうに、
流し見程度につけて眺めていた昼過ぎのワイドショーが展開されているテレビ画面から、ゆっくりと振り向く白髪の天然パーマ。




季節、暦のうえではとっくに春、
先月末に一度季節外れの雪がちらついたものの、本日昼間などは眠くなるほど暖かな上天気。
天気がいいと心なし銀時の機嫌も良い、と桂が気づいたのは何時のことだったか。
併せて恒例、万事屋訪問の際の手土産にと道すがら買い込んだ茶団子が値段の割になかなか美味で程好い甘さで、
銀時の機嫌の良さも普段の二乗気味、
だから。

照れ隠しにエヘンと咳払いをひとつ吐いたあと、おもむろに一息に。




「ヨメに来ないか」
















「・・・・あ?」
















テレビ放送、FM・AMだったなら間違いなく放送事故である、と言うほどたっぷりとした間を置き、
やっとのことで銀時は二、三度まばたきをパチパチと繰り返したあと、眠そうだった目をごしごし擦って、桂を見た。
「・・・・今なんつった?」
よく聞こえなかったんだけど、と訊き返してくる。
訊き返されてしまった手前、桂としても何がなしもう一度告げないわけにはいかなくて、エヘンエヘンと咳払いを繰り返し、改めて一言。


「ヨメに来ないか、と言ったのだ」
















「・・・・・・・・」
















「なんかテレビの音声とテメーの声が混線してるっぽいぞ」
またしても放送事故もかくや、というほどの間のあと、
このテレビも相当古いしな、電波の混線くらいしても仕方ねェか、などと有り得ない現象をさもありなん、
無理矢理自分に納得させるかのように銀時は呟きつつ、今度はまばたきの代わりにほじほじと小指で耳をほじりながら、
心持ち眉を顰めた感じで、重ねて重ねて更に更にもう一度。
「で、なんつった?」
そんな銀時に、桂は 「ぐ、」 と息を詰めるが、彼の言う通り聞こえていなかったのならば仕方がない。
すうっと息を深く吸って、
今度こそはきちんと聞こえるように耳に届くように鼓膜に響くようにそしてそして好い返事が貰えるように(・・・・)、一言一句はっきりと。
「ヨメに来・・・・・・・・あぅッ!!」
はっきり言おうとしたのだ、が。
半分ほど口にしたところで、至近距離、物凄い勢いで何かが飛んできて 『べしゃッ』 と顔面ストライク、クリティカルヒット。
「な・・・・何をする銀と」
うう濡れているではないか、
と顔面にへばりついたままの投げつけられたそれ(つい数秒前までテーブルの上にあった布巾である) を呻きつつ手に取ると同時

これまた最後まで言い終わらないうちに投げつけてきた張本人から、怒濤の如くにまくし立てられてしまった。
「何を、なんざコッチの台詞だコラァ! んな愉快な寝言は寝てから言いやがれ! いや寝ても言うな言うんじゃねェきしょい! きしょいんだよテメーは!」
「む・・・・」
寝言などではない、本心からの台詞だこれは。
と正面きって言ってやりたいのだが、あまりの銀時の剣幕に一旦、口をつぐんで手の布巾をテーブルの上に戻し、
ぜーはーぜーはーと肩で息をしている求婚相手に、とりあえず矛先をかわさせる方向で。
「解せん。 俺の何処が気持ちが悪いというのだ」
真面目くさって問い返したところ、
「全部だ全部」
正に打てば響くの言葉通り意味通り、間髪入れず痛恨の返答が戻ってきた。
「キショイって言うより変態くさい。なんつーの、その無駄な長髪からして変態っぽい。バッサリ切るか縛るかしやがれヅラのくせに」
「それはお前のヒガミだろうが」
黒髪ストレートの自分に対するくるくる天パの僻み妬み嫉み恨みではないのか。
などとついつい思ったことをそのまま口に出してしまったところ、辛くも見事に的を得ていたようだ。
「なッ・・・・」
僅かに顔色を変えた銀時に、すかさず入れるアフターフォロー。
「・・・・とは言え俺としてはそのふわふわくるくる感が綿菓子のようでたまらないのだが。 なんのかんのと言っても可愛いぞ銀時」
が、
入れるアフターフォローがいつだってきちんとフォローになっているかどうかはわからない。
だから今回も、
「やめろォォォォ! ワタアメ嫌いになっちゃうだろーが! そーゆーところが最上級の変態だっつってんだよ自覚しやがれェ!!」
ばたばた騒ぎながら銀時は頭をぐしゃぐしゃかき回し、何一つフォローにはなっていなかったらしい。
それどころかなんだか思いきり逆効果、
憤懣やるせないといった様相で、
びしっと人差し指を突き付けられ、
「大体にしてなんだってテメーは登場時、毎回毎回決まって真っ正面顔のアップから入りやがるんだコノヤロー」
わけのわからない指摘をされてしまう。
そんなことを言われたって、桂としては某空知御大に訊け空知御大に、としか答えようがない。
ここは聞き流す方向でスルーすることにして、先刻からずっと置きっぱなしの急須から自分の湯呑みに出がらし緑茶を注ぎ、
ついでにまあ落ち着け、と銀時にも注いでやってから。
「それで話を元に戻すが」
「・・・・あ? なんだっけ」
あえて忘れたフリをしてくるあたりが小憎らしいやら、しかし可愛らしいやら。
茶を注いでやった湯呑みを銀時が口許に持っていくのを注視しながら、本日四度目の。




「ヨメに」
「行かねェぞ断じて」




またしても最後まで言い終わる前に告げる前に、今度は倒置法まで使用された挙句、
至極冷静に却下、御断りされてしまった。
「な・・・・何故だ銀時・・・・」
なんだか、なんだかこんなふうに冷静に撥ね付けられてしまう方が、
先程のようにギャアギャア騒がれるよりもダメージが大きいような気がするのは何故なのだろうか。


がっくりと肩を落とす桂に、対する銀時は冷め切った緑茶を喉に流し込みながら。
「ナゼもヅラもねーだろーが。 万が一にも届け出たって区役所は受理してくんねーぞ」
「それはわかっている。 男同士なのだからな」
「おお。 わかってんじゃねーか」
挙句テメーはテロリストだしな、と言いながらちらりと目を上げて、桂の方を見てくる。
「・・・・う」
そんな他愛無い仕種が桂の急所を突きまくりで、
しかしまさかこんなところで欲情、こんなタイミングで発情してしまうわけにもいかず、
せいぜい喉を小さく慣らす程度に懸命に留めておく。
無論、銀時にはそんな喉の音は多分聞こえなかっただろうと仮定して、
「し、しかしな銀時、」
それでもしつこく食い下がる粘りを見せる。
先程の銀時曰くの 『真っ正面顔のアップ』、しかもとことん真面目くさってとことん真摯に真剣に。




――――― 気がかり、なのだ。 普段傍に居られない立場としては桂としては。




いつもいつも自分の知らないところで何かに巻き込まれて首を突っ込んで知らず知らずのうちに負傷していたり、
面倒な目に遭っていたり。
銀時が並大抵のことでは揺るぎもせず、大して心配もいらないことくらいは充分に承知の上ではあるけれども、
だからこそ余計目の届くところに居て欲しい、置いておきたいのが本音だ。


「・・・・・・・・」


なのに、言ってやろうと思った本音を告げる言葉は何故だか出て来ず、


「ヅラ?」
「・・・・いや」
「なんだっつんだオイ」
「気にするな」
「・・・・」


逆に不審気に眺めやられ、ややした間のあと、
小さな苦笑にも似たタメイキを吐かれた。


「馬ッ鹿じゃねェのか、回りくど過ぎだ」
「何がだ」
「ちゃんと言えちゃんと」
「・・・・・・」


だいたいテメーは大抵にしてウダウダウダウダ考え過ぎなんだよ、と銀時にしては珍しくも穏やかに、しかし一刀両断で。
そして先刻と同じ視線同じ角度、目線だけを上げてこちらを見上げてニヤリと笑う。


「そうしたら、」
「・・・・?」


「たまーに遊んでやって、たまーにイイ目みさせてやって、たまーにいろいろ確かめさせてやってもいーぜ?」


「・・・・それでは足りん」


回りくどい、と指摘されたから今度は単刀直入に素直に正直に言い返すと、
うッわワガママ、と呆れられたあと、
「人間ってのはなァ、どっか妥協して生きるモンだろーが」
「それでも妥協できん」
この件に関してだけは、絶対に絶対に妥協も出来なければ譲ることだって出来ない。 出来るわけがない。
「あのなァ・・・・」
「だからこうやって今も悩みに悩んでいるのだ」
「何をだよ」
互いの間にある、木製のテーブルが邪魔だ。
身を乗り出して一気に乗り越えても良いけれど、流石にそれでは行儀が悪い。 だから。
何気ないフリをして立ち上がり、すたすた回り込んで何も邪魔をするもののない位置に移動して詰めた距離で一言で。
「今、本能の赴くままに行動して、お前に本気で呆れられないかどうか悩んでいる」
「・・・・・・。 けど妥協できねーんだろ? だったら考えるだけ時間のムダじゃねェの?」
「良いのか、」
今更逡巡する桂に、銀時はますます呆れた表情を作った。
「さっき言ってやっただろーが」
そして彼の方から手が伸びてくる。
「たまにはな、」




―――――こーやって、

「遊んでやって、」




―――――こうして、

「イイ目みさせてやって、」




―――――こんなふうに、

「確かめさせてやってやるってんだよ」




吸い付いてくる口唇と、
額が触れた僅かな一瞬に感じた柔らかな白髪の猫っ毛。




どちらかと言えば最初から最後まで銀時から主導権を奪えないままのキスが終わると、
口唇を離して彼はぺろりと舌先で端を舐め、
ますます桂を煽り立てるかのように。
「二時間」
三時過ぎには新八も神楽も揃って戻って来ちまうんだよ、と指を二本、眼前に立ててくる。
「だから二時間くれてやる。 それで今日はとりあえず妥協しとけこのエロテロゲリラ」
なんのかんのと銀時だって(余程のことがない限り) 桂に甘い。
というか桂の扱い方を良く知っている。
「何を言う、」
「何だよ、二時間じゃ足りねーってか?」
ストイックと淫蕩と、どちらの雰囲気も兼ね揃えた表情と口調と言葉。
僅かに唾を飲み込みながらも、違う、と桂は呟いて。
「テロとゲリラは全くの別物だ。 混同されては困る」
「・・・・・・・・」
「それに俺はテロリストなどでは断じてない。 志士だ志士」
「・・・・あの、よォ」
「何だ?」
「エロ、ってコトバに対する否定はないワケ? テメーの焦点はそっちなワケ???」


「・・・・・・・・・・」


全く持って予想外の方向に突っ込まれ、しばし口許に手を当てて考えた込んだあと。


「・・・・実際に俺はお前に欲情している訳だしな。 というかお前にしか欲情せんからお前に言われる限りは否定できん」


「やっぱテメーは掛値ナシの変態だァァァ・・・・!!」
「好きに言え」


今度はこちらから先制し、口唇をもう一度塞いで黙らせる。
余裕は二時間しか無く、無駄に費やせる時間は一秒たりとも無い。
























事後、疲れから布団の中、薄手の毛布に包まりごろごろ寝転がる銀時の横、
哀しいかなさっさと布団から追い出され、桂はのろのろと着物に袖を
通す。
二時間、と最初に指定された時間はもう僅かに過ぎていて、あと三十分も経たないうちに新八か神楽かのどちらかが帰ってくるのだろう。
果たしてそれまでに、銀時の体力が回復するのかどうか、・・・・微妙、である。
「大丈夫か」
「・・・・・・・」
声をかけてみるも、返事はない。
ふう、と小さく息を吐き、自分の帯を結び終わったところで、布団の間から僅かに覗く天然パーマに目を向けもう一度問いかけようとすると。
「・・・・だよ」
小さく呻くような声が、布団の中もごもご聞こえてきた。
だがほとんど聞き取れない。
「何か言ったか?」
「・・・・んだよ」
まだ聞こえない。
布団、銀時の頭があるあたりに耳を近づけた途端。




「ねちっこいんだよ毎回毎回テメーのやり方は・・・・」




ぐったりと脱力感まみれな声で今度はきちんと聞こえてきたが、
「・・・・・・」
ここはやはり聞こえなかったフリをして流すのが妥当なところか。
それにしてもどのあたりが一体ねちっこい行為であるというのだろう。 自分ではわからない。
もう一度息をつく。
「なあ銀時」
「あー・・・・?」
息を吸う。
そして布団越し、先程からずっと考えていたことを告げてみる。




「お前の嫁入りが無理だというのなら、俺が此処に婿入りをするというのはどうだろうか」




「・・・・」
間。




「・・・・・・」
間。




「・・・・・・・・」
更に、間。




「全然・・・・わかってねェ・・・・」
本日三度目の放送事故を想起させる長い長い無言状態のあと、そんな呟きの他は何一つ答えてもらえず返答もらえず。


「ぎ、銀時?」
「・・・・・・・・」
「銀時」
「・・・・・・・・」
「・・・・銀、」
「・・・・・・・・」


最早銀時は頭からすっぽり布団をかぶって身動き一つせず、とことん桂の無視を決め込むつもりらしい。












結局この後追い払われるかの如く万事屋を追い出され退去させられ、
次に甘い時間が持てるのは一体いつになるのか甚だ不透明なかたちのままで。








このご時世、テロリストの嫁取りもテロリストの婿入りもどちらもなかなか難しく困難な道でありそうだ。








――――― 粘り腰・桂にシアワセあれ。












なにがやりたかったのか、よくわからない話になってしまいました切腹・・・・。
ほのぼのな桂銀がやりたかったのに、なにコレ。 自分が一番自分に聞きたいよー!
今更ですがイマイチ銀さんの口調がわかりません。 んでもって桂さんのも輪をかけてわかりません。
コミックス横に置いて確かめなから打ち込んでたんですが(なんか微妙にアレなコミックスの使い方だ・・・・)、なんか違うどこか違う・・・・。
『ねちっこい』 桂さんの部分、滅茶苦茶やりたかったです(笑)。 けどそれはまた次回以降に!
(だってそうでもしないと桂銀はほんとにえろばっかりになっちゃうから・・・・)