ハニィ




「姉御、何してるアルか?」




出勤前のひととき。

(元々あまり化粧は好きではないのだが) 必要最低限の化粧と身支度とを妙がしていると、

カラカラと引き戸が開いてそこから顔を出したのは。




「あら神楽ちゃん」




「それ、何アル?」




嗜み程度に吹き付けたトワレの瓶。

神楽の視線は小さな鏡台の上に並べ置かれた色とりどりのそれに釘付けだ。

そうねえ神楽ちゃんもそろそろこういうものが気になり始める年頃だものね、と妙は笑って。




「香水が気になる?」




「うん。 いいニオイですごく気になるアル」




素直にコクンと首を縦に振る、桜色をしたチャイナボタンのワンピースを着込む彼女に手招きをした。




「じゃあちょっとこっちいらっしゃい。 神楽ちゃんにも付けてあげる」




「わあっ、ほんとにいいアルか!?」




目を輝かせ、ぴょん、と一足飛びでこちらにやってくる神楽はまるで本物のうさぎのようで、

思わずウフフと口許に笑みが浮かぶ。

元々、妙はふわふわした可愛らしい小動物が大好きなのだ。

特にこの夜兎族の少女は出逢った直後から事あるごとに、

『姉御、姉御』 と自分を慕っていろいろ着いてきて、可愛いことこの上なく。




「神楽ちゃんに似合いそうな香水は・・・・そうね、」




笑みを隠さず、それでいて口許に指を当てつつ少しだけ考える。

まだ成熟には程遠く、だからと言ってまるきり子供というわけでもないが小さく元気な少女。

わくわくと妙の次の言葉を待っている様子は、本当に可愛らしい。




「―――― これなんてどうかしら」




思いついて妙が手に取ったのは、ジャンヌ・アルテミス銘柄、

AMORE MIO.

青林檎の香水だ。




「リンゴのニオイがするヨ」




くんくん、と瓶に鼻を近づけて嗅ぐ神楽。




「神楽ちゃんは林檎は嫌い?」




「大好きアル!」




「そう。 それなら良かったわ。 それじゃ耳の後ろと手首に。  ・・・・どう?」




夜兎と言いながらも姿形は全く人間と変わらない形の耳と、

細い手首。

こうして見れば、透き通るような肌の色の白ささえ普通に見える。




「いいネ、姉御ありがとアル、いいニオイ」




「どういたしまして。 私も神楽ちゃんが喜んでくれて嬉しいわ」




心底嬉しそうに神楽は、林檎の香る自分の手首を眺めやっていて、

妙はそれがまた、嬉しい。

そのまま出勤の準備を続けようと自らのトワレの瓶をもう一度手にしたところ。




「姉御のもいいニオイがするアル」




「そう?」




「甘いアル」




好奇心旺盛に、今度はこちらの瓶にも鼻を寄せてきた。




「こっちはね、ラストノートに蜂蜜が使ってあるからかもしれないわね。 だから凄く甘い香りがするでしょう?」




「ハチミツ?」




「ええ」








林檎の香りの貴女と、

蜂蜜の香りを纏った私。








「ワタシ、リンゴもハチミツも好きアルよ」




「・・・・そうねえ、」




でも、香水は混ぜて使うものではないし、








―――― ああ、それなら。








「私と神楽ちゃんがこうやっていつもずっと一緒にいれば、林檎の香りも蜂蜜の香りも両方、楽しめるわ」








さくさく香る禁断の実と、かぐわしき蜜の香。


















林檎を持ったかわいらしい仔うさぎに、

甘く滴る金色の蜜をかけて食べたなら、一体どんな味がするのでしょう?


















「・・・・・・・・犯罪かしら」




貴女はまだ小さいし、林檎は罪の果実だし、と、思わず呟いてしまったら。




「姉御となら共犯者になってもいいアルよ?」




妙の思惑と目論みを知ってか知らずか、

勇ましく恐れを知らないこうさぎは、ふわりと顔を近づける。




「一緒ならきっと、完全犯罪が企めるネ」




「あらあら」




クスクス笑う妙に、うさぎの瞳は多分お見通しで、




「適わないわね、神楽ちゃんには」




言ってそっと桜色の髪を引き寄せて、青林檎と蜂蜜が重なるほど近い距離にて。












―――― それなら一緒に目論んで企んで、完全無敵の日々を過ごしましょう、と囁いた 。




































「え〜〜〜、姉御出かけちゃうアルか・・・・」




「ごめんなさいね、今日はどうしても休めないのよ」




玄関にて、ぷぅ、と残念気に頬を膨らませてむくれる神楽に困ったわねぇと妙は首を傾ける。

せっかく姉御と会えたのに残念すぎるアル、と肩を落とす神楽だったが、それは妙も同じだ。

しかし今日は休めない。

とは言え平日なので店が閉まるのは週末と比べて早い。 零時前には終わるだろう。




「それなら夜まで待てるかしら?」




「え?」




「少し遅い時間だけど・・・・」




「じゃあずっと待ってるネ、姉御、留守は心配いらないヨ」




「でも大丈夫? 新ちゃんと銀さんにもちゃんと言っておかないと」




「勿論だいじょーぶネ! 姉御、銃後の守りはワタシに任せるアル」




「うふふ神楽ちゃんったら」




それじゃお留守番お願いね、と笑って玄関の引き戸を開ける。

そうして一歩外に踏み出して、だがもう一度振り返り、無邪気に手を振ってくる仔うさぎに。




「、神楽ちゃん」




「ン」
















ふわりと桜色の舞い上がった額に、
優しいキス、優しい軽犯罪から始めることにした。
























べらぼうに短いですが、べらぼうに楽しかった・・・・!!

お妙さんから毒気が抜けまくり(・・・・) ですが、きっと神楽ちゃんには滅茶苦茶優しいだろう(笑)、

ということで不問にしておいてください。

しかし楽しかったのと出来は比例しないなあ・・・・精進したいです。 ゲフン。