イン・1





例えば警察官でなかったとして。
例えば部下と上司でなかったとして。
例えばおまけに野郎同士でもなかったと仮定したなら。




もしそうだったなら、今よりはもう少しわかりやすく安穏で、もう少しくらいは安泰なカンケイでいられたのか。
















「・・・・ふあ」


眠い。 ダルイ。 ねむだるい。
布団の中、噛み殺すことなく沖田は大きく欠伸をした。
中からひょこっと頭を出し、時計をぼんやり見上げてみれば余った時間はきちんと一眠りするには少々足りず。
かと言ってこのままのろのろと何もせず過ごすには少々余裕があり過ぎるといった微妙な程度で。
で。
先程まで 『アンナコトソンナコトコンナコト』 を展開していた当の相手は、自分が転がっている布団のすぐ脇、すぐ横の平机で煙草をくわえている始末。
流れてくる紫煙は少々煙いが、沖田としては決してキライではなく、もうとうの昔から嗅ぎ慣れている。
「ふぁ・・・」
またもう一つ欠伸が出た。
ヒマ、だ。
情事の後というのはどうしてこう微妙な空気が流れるものなのだろう。
この空気にも紫煙と同じく、とうの昔に慣れてもいいはずのものなのに、何故かこれには僅かにまだ不自然なぎこちなさを肌で感じる。
それを覆い隠すよう、あえてもう一度意識して欠伸をした。
「・・・・・・暇、でィ」
こうも暇だと、布団の中でころりと横になっていてもロクでもない、くだらないことばかり茫漠とぼんやりと頭の中に思い浮かべてしまう。




繰り返す。




例えば警察官でなかったとして。
例えば部下と上司でなかったとして。
例えばおまけに野郎同士でもなかったと仮定したなら。





例えば、自分もしくは相手が、土方が、オンナ、だったら。




詮無い妄想だと百も承知の上、煙草をふかす横顔を眺めつつ、強引に想像してみる。
まずは外見から。 とりあえず顔は後回し、着せるものから衣服から考えてみた。
するとやはり着物(いつも土方が着用している着流しではない) か。 そうすると、色、柄。
其の一、赤地に白。  ―――― お笑いだ。 まるで紅白幕だ。
其の二、桃に水色。  ―――― 何の冗談だ。 それじゃチンドン屋だ。
其の三、青色に白。  ―――― ダメだ。 似合わない。
それなら渋く、海老茶に藍。 ・・・・・・・・・どこの未亡人???
「・・・・・・・・・・、」
仕方ない。 やはり落ち着くのは黒色か。
そうして髪は今の短髪ではなく、いつかの昔のように長くさせて後ろで結わせて、そのついでに紅を引かせて。




・・・・・・・・。
・・・・・・・・。
・・・・・・・・。
・・・・・・・・。




ちょっと考え想像し、出た結論は。




「オェェ。 気色悪ィ」
ストップ。 強制ストップ。
そんなことを考えてみた、いや最初っからそんな無茶を思ってみた自分がバカだった。
慌ててぶんぶんと頭を振って脳裏の女性土方、いや、女装(バケモノ) 土方の幻を乱暴に打ち消していると。
「? 何してやがんだ、総悟」
沖田の異変に気付いたらしい土方から、訝しげに訊ねられた。
が、いちいち口で説明するのも面倒くさい。
だから、
「アンタがもしオンナだったら、どんなバケモノだったかちっと考えてただけでさァ」
ごくごく簡単に、結論のところだけを答えてやると土方は案の定、あからさまに嫌なカオをした。
「脈絡ねェな、オイ」
言って、すぐ後を続けてくる。
「女になりやがるなら、テメーの方が100倍も似合うだろうが」
が、最初から予想した通りの科白。 その程度、構えて受け流す用意は出来ている。
「何寝惚けたこと言ってるんですかィ、俺だったらアンタの10000倍は似合っちまいます」
ちっとも嬉しくねーけど。
とそれはココロの中だけでつぶやく。 すると。
「言ってろ」
こちらも予測通り、ぼそっと一言で片付けられ、
「んな、今更考えたって仕方ねェだろうが」
根本的なところを指摘される。 ・・・・まあ、確かに。
それでも沖田はしぶとく食い下がる。
「もし俺たちが女だったならどうなってたんですかね」
「・・・・さァな」
大して今と変わりねェだろ、と土方は味気ない。 付いてるか付いてねーかが上か下かって程度の問題だろ、と呆気なく。
けれど沖田としては素直に頷いてやる義理はなく。
「へぇ。 俺の場合は、少なくとも肉体関係にはなってなかったんじゃないかと思いますが」
「? あ?」
意味ありげに言ってやると、想定通り。 食い付いてきた。
だからにんまり笑って、安心させてやる。
「性欲肉欲は男の方が上でしょーに」
「あァ、そうかもしれねーな」
「けど、もし俺と土方さんが女だったなら、きっともっと修羅場ってたと思いますぜ」
「あァ?」
「愛憎ドロドロ渦巻くのは女の十八番でさァ」
もう一度、にんまり。
こういう実にも毒にもならないダラダラとした会話が沖田はスキで、
わざわざ毎回毎回付き合う土方も相応に嫌いではないのだろうと思う。 否、奴が好きなのは会話ではなく間違いなく自分の方なのだが。
そんな会話を今日もこの通り交わしつつ、先程から土方は時折、首を左右に捻ったり肩を上下させたり不思議な行動を取っている。
「何してんです? アタマのネジでもすっ飛んじまってそんな動きに?」
端から見ると、思いっきり挙動不審極まりない。
すると土方は軽く眉を寄せながら。
「昔っから線が飛んでんのはテメーだ。 ・・・・どうもここ最近、首と肩が微妙に痛ェんだよ」
働き過ぎだなこりゃ、とひとりごちてくるから、沖田は大袈裟に驚いてみせてやった。
「うわあ大変だァ土方さん、そりゃ絶対水子の霊の祟りでさァ。 それも一体でなく、いくつもいくつもたくさんくっ付いてますぜ」
ほらここにもそこにもあそこにも、と身振り手振り指差す沖田の揶揄に、土方も負けてはいない。
「んな失敗、しねーよ」
それも随分と余裕のありげな言い方で、少し。 いやかなり。
カチン。 と来た。
「――――― サイテイですぜ」
ほんの僅かだが真顔でそう言い放ってやったら。
「・・・・。 ま、そもそも身に覚えもねェ。 んなヒマもねーだろ」
今更遅いアフターフォロー。
でもそれは多分本当で(何故って奴は自分と四六時中、非番のオフも勤務中もほぼ一緒にいるのだ)、
だから沖田は機嫌をすぐ直す。 直してやる。
「じゃあ更年期」
「早ェよ!」
「老化現象は自分で気がつかねーうち日に日に顕れてくるモンです。 明日には加齢臭まで漂わせてそうだィ土方ジジイ」
「クソガキ・・・・」
口の減らない沖田に、土方は問答を諦めたようだ。
二本目の煙草に火を付ける。
「んなロクでもねーこと考えてねェで、少しはマトモなことも考えやがれ」
「そうは言っても、どーにもこーにもかったるくて仕方ねーです。 あ、コレもしかして倦怠期ってやつですかィ? ああ違いねェ、ついにこの時がやって来ましたぜジジカタさん」
「だから俺はまだジジイじゃねェ!」
年寄り扱いに律儀に反応した後、土方は、「あァ? 倦怠期? そりゃねェよ、ねーだろ」 と繰り返す。
そうしてその手で先程火を付けたばかりの新しい煙草の火を忙しなく消したかと思えば、
「第一、ココに無理矢理引っ張り込みやがってのはテメーの方だろうがよ」
「あれ? そうでしたっけ」
事実を突き付けて来やがる。
「このエロガキが」
「アンタだって思いっきりその気だったでしょーに」
事実には、事実を。
そうだ。 互いに滅茶苦茶その気でやる気でしけ込んだ和風ラブホ、連れ込み宿の一室。
「俺はテメーにつられただけだ」
「よく言うぜィ」
沖田は鼻で笑ってやる。 あれだけヤっといて、よく。
「エロ土方」
そもそも土方はいつだってカッコつけだ。 淡白なフリをして、その実かなりねちこくて。
一見その気もないような物言いながら、実質シタゴコロは見え見えで。
そう、今だって見え見えだ。
忙しなく煙草の火を消したのがその証拠。
ついでにとてもなくよろしくない目付きの目許をうっすら細め、自分を斜め上から見てくるのも決定的な事象。
しかし現時点でやりたいのは間違いなく自分の方、欲しいのは沖田の方だったりもして。
「・・・・・・もっかい、ヤっときますかィ?」
だって足りない。
一回や二回や三回じゃ、とてもとても足りない。
それくらい自分は貪欲にワガママに育て上げられたのだ。 誰でもないこの土方に。
「俺ァまだピチピチの若さなんで体力にも性欲にもまだまだ余裕ありますぜ。 どうです?」
挑むフリをして、ナマイキな目付きで誘ってやる。
こんなふうに自分から胃ってるのはそう多くない。 だから土方も一瞬(良い意味で)驚いた様子だったのだが、
すぐ。
「・・・・異論はねェ」
むしろ大歓迎だ、とあからさまにその気を前面に押し出しながらも。
となると戻りがちっとばかし遅くなっちまうな、とぼそり。
「一応、近藤さんに連絡入れとくか」
「今から俺とラブホで延長、って電話するんですかィ?」
そりゃちょっと馬鹿正直すぎませんか土方さん、と茶化せば。
「阿呆か。 んなこと知ったら泡噴いて倒れちまうわアノ人は」
「そうなったらそうなったで面白そうだけど」
まあその場合、責任は全部土方さんにぶん投げますが。 とあっさり続けた沖田に土方は命令してくる。
「・・・・・・。 まあとにかく、電話しろ総悟」
「俺が、ですかィ?」
自分で電話すりゃいいでしょーに、と言外に表すと。
「言ってなかったが俺の携帯は屯所だ。 忘れて置いてきた」
奴はあっさり。
「えぇーーー?」
「? 何か不都合でもあんのか」
テメーは持ってただろ携帯、毎日仕事中にそれで遊んでやがるだろコラ、と余計なことまで言われてしまう。
そりゃもちろん持っている。 持っては、いる。 今日もちゃんと。
だが。
「総悟?」
「実は、俺のケータイ、ちょっと前からメモリがふっ飛んじまってるんです」
ケータイ自体は使えねーことはないんですが、と補足。 一息置く。
「はァ? なら番号入れて電話すりゃ済むだろ」
「そりゃそうですけど」
土方の提案はごくごく真っ当だ。 それが一番早くて簡単だ。 普通そうする。 しかし。




「覚えてません屯所の番号」




「あァ?!」
正直に言った途端、思いきり目を剥かれてしまった。
呆気に取られる土方相手、ここまできたらきっぱりはっきり。
「だっていつもはメモリ呼び出しだったから」
「自分の職場の番号だろーがァ!」
「俺ァ、覚えなくていいことは覚えねェ派なんです。 あの有名なアインシュタインも、ちょいと調べりゃわかることは一切覚えない派だったみたいだし」
万が一、いざとなったら110番してそこから真選組に回して貰うつもりでした、とまで告げたのは一言余計だったか。
「アインシュタインは 『いらねェことは覚えなくても構わねェ』 って言ったかもしれねーが、誰も 『バカでいい』 とは言ってねェ」
でも覚えてないものは覚えてない。 仕方がない。
それにますますもしかして一千万分の一、いざとなっちまった場合でも、どうせ俺の横にゃアンタがいるんだからどうとでもなるでしょーよ、
とまで口にしてやろうかとも思ったが、そこまで言ってやるほど甘えてやる気にはならなかった。 だってそうしたら図に乗る。
「・・・・ったく・・・。     ・・・・あ? 俺だ俺。 近藤さん出せ」
ぶちぶち言いながらも、沖田の携帯で仕方なく土方は(番号入力で) 電話をし始めた。
「なんだよ、 ・・・・またか。 なら、さっさと薬でも何でも飲めって言っとけ。 嫌がってもムリヤリ口ん中にぶち込んどけよ。 いいな山崎」
向こうの声は聞こえないが、会話の端々を聞き取るに電話に出たのは山崎で、どうやら近藤は長時間トイレに閉じ篭もりっきりらしい。
また詰まっているのかそれても逆でユルイのか。
そうしているうち、土方は短い通話を終える。
携帯を戻し返され受け取りながら沖田が見上げたそのカオは、何だかフクザツな表情で。
「? 土方さん?」
不審に思い、「どうかしましたかィ」 とこちらが聞く前に。
「山崎・・・・。 あの野郎・・・・」
「山崎?」
あいつがどうした。
小首をかしげる沖田に、土方は低く唸る。
「こっちがまだ用件を一言も言い出さねェうち、『ああ沖田隊長と一緒ですね、今日は事件も何も起きてませんからどうぞごゆっくり。 だけど当局とかマスコミだけにはバレないようにして下さいよ、もし暴露されちゃうと色々風当たりもキツくなるんで』 とか一息でぬかしやがった。 ・・・・・・知ってんのか、あいつァ」
少なくとも自分は言ってない。 当然、土方だって言うわけもない。 となると。
「知ってるっつーより、気付いてるんじゃないですか」
「同じだろ」
ええ、まあ。
あっけらかんと頷いて、
「あれでいて割合けっこう目聡いんですぜ、山崎は」
「・・・・あなどれねェな」
地味な分、そーゆーアンテナは利くんじゃないですかまああいつなら大丈夫です周囲にゃばらしゃしません多分。
・・・・だったらいーのになーってテキトー言っただけだけど。 と最後は煙に巻く。




そしてここまで来ると、決してキライじゃないはずのあーだこーだの会話も億劫になってきて、




「ってことで、さっさとフシダラでジダラクでイロキチガイ極まりねェ2ラウンド目に縺れ込みましょうぜ」




自分から腕を伸ばし、沖田は土方を布団の中に引っ張り込んだ。












【「イン・2」 に続く】













お子様総悟たんを書きたかったのです。 けど撃沈しました。
やたらとテンポの悪い話になってしまいました。 ツマラナイし。 反省。 後半はいつも通り、やってるだけです。 反省。