「犬だ」




「・・・・・・・・あ?」




2005年もあと数分で終わりという大晦日の夜である。
この世の極楽とも名高く噂高い炬燵(・・・・) に入って案の定抜け出せなくなり数十分が経過、
背を丸めたまま真冬の桃源郷(とは言いすぎか) にぼんやりと浸っていた銀時は、
呼んでもいないのにいつの間にかちゃっかり真向かいに居座り数時間、の桂に面倒くさげに眠たい視線を向けた。




「犬だ」




すると桂はバカの一つ覚えのよう、抑揚もなくもう一度同じ発音同じイントネーションで同じ単語を繰り返す。
「犬? 犬・・・・。 あー、イヌだな」
最初は何のことを言っているのかさっぱり定かではなかったのだが、
音量を極小にしてただ流してあるだけの古テレビのブラウン管の中では、
タレントやら何やらが 『来年まであと○○分! 来年は戌年!!』 とも絶叫の如くはしゃぎ回っていた上、
世間の常識にどことなく微妙に疎い・・・・ような気がしないでもない銀時でも、今年は酉、来年は戌。
さすがに来年、といいうよりあと数分で変わる年の干支くらいは知っている。
「それがどーしたよ」
のろのろと卓上の蜜柑に手を伸ばし、無造作に皮を剥きながら、
面倒くさいながらも半ば義務感に支えられ、聞き返してみる。
「・・・・犬がいい。 そうだ、犬だ」
が、桂は小さく頷きつつイヌ、イヌとまたもまたも繰り返すだけ、銀時の問いに対して何一つ返答になっていない。
「・・・・・・・・」
なんだよオメーはよ、もうボケちまったのか、と不審に思わないでもない銀時だったけれど、
これ以上訊き返してやる義務も責任もあるはずもなく、もそもそ蜜柑を食していると。
ボケ桂脳軟化ヅラは、おもむろに 「銀時、」 と名前を呼んできた。
「んあ?」
「お前のところには、確か白くてでかい犬がいたな」
「は? 定春?」
白くてでかいのっつったらテメーんとこのあのオバQみてーなやつだってそーだろーが、と小声で呟いた一言は、
どうやら桂には聞こえなかったらしい。
「定春か。 その定春とやら、やはり時々はお前が洗ったりしてやっているのか」
だの、
「食事や散歩、ほかの世話等もやはりお前か」
だの、
「こう、たまには一緒に戯れて遊んでやったりしているのか」
だのエトセトラ、いろいろ矢継ぎ早に訊いてくる。
あんだよこれまたイキナリよォ、と先程に続きまたまた不審に思う銀時だったが、
気づいてみるに、そういえばこの桂は元々動物好きだったようで、それほど大して気に留めることもなく。
「あー、まァ、な。 汚れたら大抵洗ってやってるのは俺だし、散歩も俺、メシも俺がほとんど世話してやってるし、んでもって暇がありゃ遊んでやってるし。 ってアレ? 俺、やっぱお母さん?」
確か飼い主は神楽だったハズなんだがな、アレ? ちょっと待てアレ??? と首を傾げながらも銀時がそう答えると直後、
彼はああやはりそうか、と重いタメイキを吐きながら小さく眉をよせ、
何を言い出すかと思いきや。




「・・・・俺は定春になりたいぞ銀時」




「、あ・・・・!!?」




聞き間違えたのかと自らの耳を疑った銀時だったが、
「定春とやらになれば、お前に洗ってもらえるのか」
「な、何言ってやがんだテメー」
桂の更なる呟きに、疑わざるを得ないのは自分の耳ではなくて桂の脳内、正気の程である。
「定春になれば、お前と毎日のように散歩に行けてお前の手料理が食べられるのか」
「な・・・・」
あまりの短絡的変態思考(・・・・) に、一瞬絶句しかけたのだけれど。
続けて発せられた桂の次の科白、




「定春になれさえすれば、お前と毎日毎日戯れられるのか。 こう、犬の特権と特性を駆使してペロペロペロペロ・・・・!」




「やめろォォォ!! 気持ち悪ィ!! 気持ち悪ィんだよテメーはァァァァ!!!!」
それにたまらず叫びながら手にしていた蜜柑の房を変態ヅラに向かって投げ付ける破目になった。
「去ね! 去ねェェェ!! テメーなんざ除夜の鐘と一緒に消えてなくなっちまえコラァ!!」
ぶんぶんと渾身の力で蜜柑を投げ付けるも、こんな時、桂は妙に身のこなしが良い。
「・・・・フ、残念だったな銀時、除夜の鐘ならもうとっくに鳴り終えている。 一分程前にすでに年は越しているぞ?」
軽口を叩きながらも銀時が投げ付ける蜜柑をひょいひょいと軽くかわしてしまい、一つもぶつけることが出来ないまま、
「!!?」
言われてテレビに目をやれば確かに零時一分、
こんなくだらないやり取りをしている間に世間はとっくに新年を迎えてしまったようで、その事実もただ単にストレスを溜める結果になってしまう。
「〜〜〜〜〜ッッ!!」
歯噛みして頭をぐしゃぐしゃかき回してみるも、変態相手では結局何一つ的確な報復も罵言も暴言もそれ以上出て来ず、




「・・・・。 もういい・・・・」




ぐったり脱力してそれ以上の会話を打ち切り、
もう犬だろーがヅラだろーがなんだろーがスキにしろやチクショー、と新年早々投げやり極まりない気分になった。
何故だろう、腹ただしいと言うよりはやるせない気分、そしてどちらかと言えば舌打ちより心底からのタメイキしか出て来ない。
「・・・・ったく」
炬燵の上、ぐんにゃり上体を崩れ落ちさせながら次々沸き上がるタメイキと、後悔混じりのぼやき。
「・・・・なんでこの年の瀬にテメーみてーなのと一緒にいるんだ、俺ァ」
抑えきれずボソ、と口に出すと、バカ桂アホヅラは真面目くさって打てば響くかのよう、
「それは俺とお前が恋・・・、」
そんなふうに言ってくる。
「んなワケねーだろーが」
しかし間髪入れずキッパリ、最後まで言い終わる前に否定してやる。
そしていつから俺とテメーがそんな仲になったんだよコラ、妄想もいい加減にしやがれヅラ、テメーとはただの腐れ縁だろーがオラ、
やっぱ上がり込んで来やがる前にさっさと叩き出しておくんだった、と悪態づくことも忘れない。
「ぎ、銀時・・・」
すると桂は一旦がっくり首を落とし、僅かに凹んだ様子を束の間見せながらもさすがにしぶとい。
即座に立ち直り、
「そ、それなら 『深い仲の友人』 というわけか。 ・・・・まあそれでも、表向きはそういうことにしておいても別に俺は構わんぞ?」
「はァ?」
・・・・なんだその含みのあるような言い方は。
胡散臭く見る銀時に、桂は一層たたみかけるよう、真正面から言ってきた。
「恋人も友人も夫婦も皆、似たようなものだ」
「?」
『何が違う?』 そう重ねて問われたが、禅問答でもあるまいし突然訊かれたって困る。
何が、って全て違う、そりゃ全部別々のモンじゃねーか、何言ってやがんだヅラ、と口ではなく頭の中で答えてやった途端、
見越したのかそれともあえて銀時からの言葉を待たなかったのか、
「どんな間柄だとしても、お前と一緒に居る時間が長ければそれでいい」
眼前の男は相変わらず変態なのに生一本、変態のクセに真面目くさって言い切った。
「・・・・・・、」
いまいちわからない銀時は、なんだよそいつぁ、ワケわかんねーよと呟いたのだが。




どこまでも桂は淡々と、




「俺にとってみれば恋愛感情も友情も同じだ。 何であろうと、毎日毎日事あるごとに一番大切で一番に思い出すのはお前のことだ銀時」




それでいて堂々と。




そして銀時は、こんな桂に余計、余計頭を抱えたくなる。

「・・・・あのよォ、ヅラ・・・」
よくもそんな真顔でそんな科白が言えるものだ。 ある意味感心してもいいほどだとも思う。
けれど当人、眼前でのたまう本人はどこまでもいけしゃあしゃあ、
白々しく 「ん? 呼んだか?」 などとほざきながらいそいそ炬燵から身を乗り出してきた。
確かに呼んだ。 呼んだけれど。 それはそういう意味で名前を呼んだ訳じゃない。 呆れただけである。
もちろん桂としても最初からそれくらいはわかっているはず、承知の上であることは明白で、
これはアレだ、ただ距離的に銀時に近づきたいだけのことだ。




―――― 友情、愛情、ねェ?




そうちらりと考えたあと、
あーあーあー、と銀時は苦笑にも似た溜め息をまたもつく。




「・・・・友情だとしたらよ、」
そして意味深に笑って前置いて。
「じゃあなんで暇さえ見つけちゃ夜な夜なアンナコト&コンナコトしてんだ俺達ァ?」
「、」
桂が銀時の、この含みのある眼をして笑ってやるカオに弱いことは以前から知っている。
だからあえてそのカオで、誘うというより挑みかけるかたちで。
「アレか? 友情から来る同情ってヤツか? それとも何だ、全国指名手配のカワイソウな昔っからの馴染みに対する自己ギセイの精神ってヤツか?」
「ム、」
問いかけるフリをして、けれど桂が口を開くその前に先制。
こちらに寄ってきたは良いが、銀時の問いかけと同時にピタリと動きを止めてしまった桂に手を伸ばす。
「ま、世の中には自己ギセイなんざ偽善だ欺瞞だなんて言うヤツもいるけどよ」
伸ばした手、それでぐい、と掴んだ腕に爪が喰い込むほど強く引っ張りながら、








「偽善でこんなコトできるかっつーんだ。 なァ?」








言いながら近づけた顔。 鼻先をぺろり、 軽く一舐め。








―――――― 今さっき移り変わったばかりの今年の干支のよう、まるでじゃれつく犬の戯れのような悪戯。








「ぎ・・・・」
「ン?」
「銀時ィィィィ・・・・!!!!」
あまりのことに数秒硬直し、その硬直が解けたあと一瞬にして興奮、瞬時に発情した桂ががぶり寄ってくる。
が、当然それも想定の上、
「させねーぞ今日は」
またまたキッパリ撥ね付け二度目、神楽も新八ももう少しで帰って来るんだよ、と堅く堅く拒否。
いつもいつもそう簡単にさせてやっていたらたまらない。 カラダだってそうそう持たない。
「む・・・無念だ・・・・」
新しい年の幕開けをお前と触れ合いたかった、
夜明けまで初日の出のその時までお前の中にいたかった、
いやいや許されるなら松が取れる七日までチョメチョメしていたかった、なのに・・・・!
などと唇を噛み、堂々と口に出し悔しがる変態ヅラを銀時は思いきり蹴飛ばしたくなりながらも。




「出かけんぞ」




立ち上がり、上着を羽織る。
「? どこにだ」
「元旦この時間に出かけるっつったら初詣しかねーだろーが。 近くの小せェ神社なら指名手配犯でもまあなんとかバレねーだろ」
だから早く支度しやがれ、そんでもって出てたら出店でクレープとか鯛焼きとか甘物買って俺に貢いでもバチは当たらねーだろ。
言いながら、愚図愚図している桂の上着も床から放ってやって。


三分後、連れ立って万事屋をあとにした。










謹賀新年。








犬は、キライじゃない。












明けましておめでとうございます。 新年早々いつもいつも桂さんが変態でスミマセン・・・・!(土下座)
戌年にあたって、とりあえず自分の願望としては自分も定春になりたい。 定春になって、銀さんを乗っけたいプルプル・・・・!
なんか尻切れとんぼ(・・・・) で終わってますが、時間がなかった・・・・すみません毎度毎度中途半端でアワワ・・・・。